収容所群島 1: 1918-1956文学的考察 (新潮文庫 ソ 2-7)

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  • Amazon.co.jp ・本 (484ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102132074

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  • 今頃、この本を手に取ろうという人は、あまりいないかも知れない。
    だが、東日本入国管理センター等の入国者収容所における外国人に対する極めて非人道的な処遇を目にするにつけ、この文学的ルポルタージュが北朝鮮や中国においてのみならず、現代日本においても、今もなおアクチュアルなものであるとの思いに駆られ、手に取った。

    タイトルからは想像もつかないが、驚くほど読みやすい本だ。
    もちろん、ここで暴かれているソ連の強制収容所で行われていた人倫にもとる悪虐非道の数々は凄惨を極める。
    だが、それにもかかわらず、この本は笑える本でもあるのだ。
    もはや、あまり読まれなくなってしまった本を、一人片隅で読んでいくというのも、異人の務めかも知れない。


    【コルイマは《収容所》(グラーグ)という驚くべき国の最も大きく最も名高い島であり、苛酷の極地ともいうべき場所であった。この国は地理的に見れば群島の形で散らばっていたが、心理的には一つに合わさって大陸をなしていた。ほとんど目に見えず、ほとんど触れることのできない、大勢の囚人たちの住む国であった。
     この《群島》は国じゅうのあちこちに入り組んで点在し、都市の中に入り込んだり、通りの上におおいかぶさったりしていた。それにもかかわらず、まったくそれに気づかぬ人びともいた。】


    【その扉の一つがやがてさっと開き、(略)四本の白い男の手が、私たちの足を、腕を、襟を、帽子を、耳をつかまえ、俵でも引きずり込むように、私たちを引きずり込むと、私たちの背後の扉を、私たちの過去の生活とつながっているその扉を、ばたんと永久に閉めてしまうのである。
    万事休す。あなたは逮捕されてしまったのである!
    そしてあなたは小羊のような弱々しい声でこう訴えるほか、それに応える言葉を何ひとつ思いつかないのだ。
    「私が?? なんのために??」】


    【今日われらとともに歌わぬ者ーー
        それこそ
          われらに
            敵対するものだ!(マヤコフスキー)】

    世の異人どもには、なんと怖ろしく凶々しい詩句だろうか?
    残念ながら、この詩句の方は生きながらえたのだ。


    【地区の党代表者会議が行われている。(略)会議の終りに同志スターリンに宛てた忠誠のメッセージが採択される。もちろん、全員が立ち上がる(略)。小さな会議室に《嵐のような大喝采》が巻きおこる。三分、四分、五分、と経っても依然として嵐のような大喝采がつづいている。もう掌が痛い。

    ー中略ー

    六分、七分、八分‥‥もう駄目だ!(略)
    そこで製紙工場の工場長は十一分目にさりげないふうを装い、幹部席の自分の席に腰をおろす。するとーーおお、奇蹟!(略)皆いっせいに拍手をやめ、やはり腰をおろす。助かった!(略)
    だがしかし、ちょうどこんな具合にして自主性のある人たちがわかってしまうのだ。ちょうどこんな具合にしてそういう人たちは取り除かれてしまうのだ。
    その晩、工場長は逮捕された。彼にはまったく別件で十年の刑が申し渡される。だが、彼が二〇六号(最終調書)に署名した後、取調官はこんな注意をする。
    「だから決して最初に拍手をやめてはいけないんですよ!」】


    【イデオロギー!ーーそれは邪悪な所業に必要な正当化と悪党に必要な長期にわたる頑強さを与えるものである。それは、自分の行為を自分と他人に対してその潔白を証明し、非難や呪いではなく、名誉と尊敬をもたらすことを助ける社会的理論である。こうして宗教裁判官はーーキリスト教によって、征服者はーー祖国を礼賛することによって、植民地搾取者はーー文明によって、ナチはーー人種によって、ジャコバン党員(略)はーー平等、兄弟愛、未来の世代の幸福によって、それぞれ自分たちを強化してきたのであった。
    イデオロギーのおかげで二〇世紀は何百万という人びとを殺害する邪悪な所業を体験しなければならなかった。】


    【もっとも、誰ひとりあえて悪徳のことは口にしようとはしない。(略)
    事実として、何百万という人びとが滅ぼされたが、その罪を負う者はいなかったのだ。誰かが「それをやった連中はどうした‥‥」と言おうものなら、四方八方から咎めるように、最初は優しく「おや、どうなさったのです、皆さん、もう古傷にさわることもないでしょうに?!」】


    【もし母親が子供をジプシーに売りとばしたら、いや、もっとひどいことをして、犬の群れに投げとばしたら、彼女はなおも子供の母親でいられようか。もし妻が売春宿へ行ったなら、夫は彼女に対して貞節でいられようか。自分の兵士たちを裏切った祖国はーーなおも祖国なのであろうか。】


    【扉の側に新入りが立っていたーー痩せた若い男で、ごく普通の水色の背広を着、頭にも水色の鳥打帽をかぶっていた。
    「いつ逮捕されたんだ?」
    「昨日の朝」

    ー中略ー

    「なんで?」
    (略)
    「私は‥‥檄文を書きました。ロシア国民宛に」
    (略)
    「それにしても檄文とはどういうわけで書いたのか。いったい誰の名で?」
    「自分自身の名で」
    「あなたはそもそも何者かね」
    新入りはすまなそうに微笑みを洩らした。「皇帝です。ミハイル皇帝です」】

  • 人間はここまでもなれるのだと衝撃を受ける事実による作品。すべての人が読むべき貴重な作品。

  • (1995.07.25読了)(1975.03.01購入)

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