蠅の王 (新潮文庫)

  • 2573人登録
  • 3.69評価
    • (266)
    • (316)
    • (530)
    • (36)
    • (6)
  • 370レビュー
制作 : William Golding  平井 正穂 
  • 新潮社 (1975年3月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (442ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102146019

蠅の王 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 戦争の最中、イギリスから疎開する少年たちの乗った飛行機が南太平洋の孤島に不時着する。大人がいなくなった世界で、少年たちは秩序を設け協力し合いながら助けを待とうとするが――。

    手放しで面白いと言ってはいけないほど混沌に満ちた作品だけど、読んで良かった!と素直に思える凄い本でした。
    規律を重んじるラーフとピギー。それに反発するジャックとロジャー。孤独を好むサイモン。そして多くの小さな子供たち。秩序の象徴である「ほら貝」や火を起こせるこの島唯一の文明の利器「ピギーの眼鏡」を巡って、少年たちなりに「うまくいっていた」スタートから徐々に雲行きが怪しくなっていきます。

    志高くあくまでも理性的であろうとするか、あるいは自衛のために本能を曝け出すか。舞台は助けが来るかも分からない極限の状況下であると考えると、どちらが正しいとも間違っているとも言えません。そう思ってしまうのは、少年たちを通して“人には元来激しい暴力性や攻撃性が備わっており、それらは普段理性が抑えている”という人間の本質が浮き彫りになるからです。
    ラーフやピギーでありたいと思いながらも、ジャックやロジャーになり得る自分がいる。子供だからではなく大人も、人間なら誰しも。普段は心の奥の奥にしまわれている闇を引きずり出されたようで思わず背筋がぞっとします。

    小さな世界で起こった無垢な少年たちの悲劇にも終わりが訪れます。しかし彼らの心の傷は甚大であるし、そもそも脱出した先にあるのは戦争最中の自国。再び理性だけでは乗り越えられない悲惨な状況が待ち受けているかもしれないと思うと、なんとも恐ろしく救いのない作品です。

    周囲を冷静に眺め「蠅の王」と真正面から対峙したサイモンは、この作品の唯一の良心だったように思います。

  • ある戦争期のお話。
    イギリスの少年たちが疎開のために飛行機に乗っていた。が、途上で撃墜され、ある孤島に不時着した。幸運にも島には食べ物があった。樹々に果物や椰子の実が生り、なにより豚がいる。大人たちの助けが来るまで少年たちは自給自足することに。
    全員でリーダーを選び、ルールを決めた。ほら貝を吹くと集会の合図。発言するには必ずほら貝を持つこと。救助のための目印に山の上で烽火を焚くことになった。助かるため、決して火を消すな。煙を絶やさないよう当番を決め順々に担当することに。
    でも食べるものが欲しい。島には豚がいるし。捕まえて食べよう。そうだ、狩りに出よう。
    選ばれたリーダーがいう。いや、烽火を絶やさないことが大事だ。少し年上の少年がいう。いやいや、飢え死にする前に豚を捕まえ食べよう。
    烽火を焚くか/ 食べ物を探すか。意見が対立する。これがもとで少年たちは分裂し、いがみ合い、敵対関係へと発展し・・。

    これは無人島でサバイブできない愚かなイギリス少年たちをただ描いたものでも、スクールカーストを書いたものでもない。おそらく本質は人が集まると必然的に生じてしまう、統べる/統べられる関係性(政治)を描いたものだろう。
    どのように力(権力)が生まれ、それを目的のために機能させるか。力の維持がいかに難しく、破綻すればどのような現実が待っているか。その非情さと残虐性までも描く。少年漂流物の冒険譚の形をとりながら、政治の機能と破綻を物語として描いている点にこの小説の凄みと魅力がある。政治学や国家論で必ずこの作品が言及あるいは参照される理由がここにある。

    無人島に不時着した当初の少年たちの間にも、政治があった。ほら貝を吹けば集会の合図で、ほら貝を持った者が発言権がある。リーダーを選び、役割を分担する。秩序とルールがあり、統べる/統べられる関係性、つまり政治が機能していた。

    ところが、救命のための印(烽火)か。飢え死にしないための食糧(豚狩り)か。意見が対立する。難しい問題だ。どちらがより正しく、どちらが優先されるべきかは簡単には判断できない。でも、だからこそ、少年たちの意見は鋭く対立する。政治は権力をもったリーダーが全体的な理念に基づいて集団を組織化していくための技術でもある。ここでは、少年たちの考え(全体的な理念)を巡って集団は分裂する。人を束ねるための方法が分からない(うまくできない)がために力の均衡が崩れる。対立が先鋭化する。集団が暴走し始め、凄惨な現実を迎える。

    子どもだから上手くできなかったのか。大人なら上手くやれたか。この問いへの答えは明確に書かれていない。

    が、島の外の世界では大人たちが戦争をしている。無人島で少年たちが繰り広げた争いは、大人の世界の縮小版でしかない。沖合に停泊した端正な巡洋艦の描写で小説が終わるのは、そういうことだろう。冒険譚としてスリリングな展開や感動があるわけでもないこの小説の後味は悪い。が、含まれる意味や示唆はどこまでも深く広い。

  • これほど胸糞悪い小説は初めてかもしれない。「女が集まると大奥になり男が集まると十五少年漂流記になる」と言うが、この島ではその「十五少年漂流記」が徐々に瓦解してゆく。それも徹底的に。見事なまでに。
    最後の最後に救いの手が差し伸べられるとはいえ、その救いさえ絶望的に見えてしまうのは杞憂だろうか?

  • 子どもたちが殺戮に走るさまがこわかった。

  •  ラストシーンで、「初めはうまくいってたんです」というラーフの言葉は結構、心に響いた。翻訳が悪いだの、物語がつまらないなど、ディスられるレビューが多いのだが、結構楽しんで読めた。
     無人島で、少年達は、最初は一致団結して山の上で煙を焚いて自給自足の生活を営みつつ、救助を待つ。だが、そのうちグループ同士の対立ができ、「救助を待つ大義名分グループ」と、「狩猟で食料を確保できる俺達が一番偉いんだグループ」に分かれ、殺し合いがはじまる。そのきっかけが、島の一番高いところに潜むとされる謎の黒い影の動物(?)、蠅の王だ。それは人を襲う怪物だとして、子ども達に恐怖心を植え付ける。(実際は自分たちでそういう怪物を作り出して恐怖している)その恐怖の対象に立ち向かう狩猟グループ一派が、内部抗争を繰り広げ、島は滅茶苦茶になる。
     眼鏡で火をつけるのが都合良くいきすぎていたり、ツッコミどころはあるのだが、ほら貝の奪い合いとか、子ども達が救われた先に、巡洋艦と戦争が待っているとか、示唆的で面白い。ただ、ノーベル文学賞ものかどうかは少し疑問だと思った。

  • 「二年間の休暇」で KiKi が感じていた「できすぎ感」みたいなものの正体は、やっぱりこちらの作品にあるリアリティに多分に影響されたものであったことが確認できました。  あっちの作品とこっちの作品で大きく異なる点の1つに「少年たちが既に顔見知りだったか否か」というポイントがあると思うんだけど、「二年間の休暇」では無人島に漂着した少年たちの行動規範に「協力し合って生き延びるんだ」という強い合意が常に存在したけれど、この「蠅の王」ではその行動規範自体がものすごく緩い・・・・。  これはやっぱりそれなりの統率・秩序があった寄宿学校で暮らしていた子供たちが漂流したのか、たまたま今回の旅で一緒になった子供たちが漂流したのかの違いによる部分が大きいと思うんですよね。

    とは言っても、やっぱり小さな子供達というのはあの「二年間の休暇」の中の下級生たちほどは聞き分けの良いものではないのが本当だと思うし、漂着生活の中では着るものに不自由したり、髪が伸び放題になってボサボサになったりするのが自然だし、森に自生する果実を手当たり次第に食べていたらお腹を壊したりするのもリアルで、そういう面ではやはりこの作品の方が真実味はあると感じられました。  

    「二年間の休暇」では漂着した少年たちの中にたまたま貴族趣味の少年たちがいて彼らが「腕の良いハンター」だったという前提条件さえありました。  だから、食肉を得るためには島に自生する動物を銃で撃ってそれから捌くというどちらかというと洗練された(?)手段で行われていたのに対し、こちらの少年たちは時代こそ下れど銃を持ちません。  そのため彼らは食肉を得るために野性の豚をなぐり殺すという、結果は同じでもどこか凶暴性があるように感じられる手段になってしまっているのが印象的です。  そしてその延長線上に彼らが好んで歌い・踊る、あのセリフがまるで物語の通奏低音のように流れます。

    「獣ヲ殺セ! ソノ喉ヲ切レ! 血ヲ流セ!」

    時代背景的には「二年間の休暇」の方が古い時代に起こった出来事なんだけど、どちらかと言えばあちらの物語は環境こそ変われど少年たちがやっていることは常に「普通の生活ができていた頃」の延長線上にあります。  そこに比べてこちらの物語の少年たちの生活は文明社会から一気に狩猟時代に突き落とされた感があり、そのギャップの中で喘いでいる印象があります。

      

    この物語は色々な読み方のできる物語だと感じます。  でも、その中で KiKi がもっとも強く感じたのは、この物語のメインの対立軸の主である少年たち(ラーフ、ピギー、ジャック、ロジャー)は誰もが無人島という閉鎖された、さらには限られた資源という環境の中で心理的・集団的な秩序を何とか見出そうと躍起になっていたんだということです。  ラーフやピギーが範としたのは彼らがそれまで暮らしていた文明社会で習い覚えた「理性的な秩序」とも呼ぶべきものです。  他方、ジャックやロジャーが範としたのは軍隊的な統率・・・・とでも言うようなもので、そこにはこれまで彼らが「大人から守られる前提がある世界」の中で経験してきた「理性的な秩序」だけでは子供達だけで生き延びることは困難であると本能的に感じていたんじゃないかと思えるものがあるんですよね。

    まだ彼らの対立が決定的なものになる前、ジャックは「狩猟隊」兼「狼煙見張り隊」を率いていました。  彼は狼煙をバカにしていたわけでも必要ないと考えていたわけでもない(もしも必要ないと考えていたならそもそも狼煙の見張を率先してやろうとは言わないと思う)けれど、「皆で食べられる肉が必要」>「狼煙の見張り」ということで、狩猟を優先します。  まさにその時、彼らが漂着した島の沖合を船が航行していました。  狼煙が消えてしまっていたことにより「救助された可能性」を失ったことに苛立ったラーフはジャックを執拗に責めます。  KiKi はここがかなり重要な分岐点だったと感じます。

    確かにあの瞬間、狼煙が上がっていれば「救助された可能性」はそれなりにあったと思います。  でも、結局物語の最後の最後、実際に彼らが救助されたのは狼煙な~んていう可愛いものではなく、ラーフを狩るためにジャックたちが放った火が燃え広がり、島全体に及んだ火災によって発生した空を覆うような黒煙によってだったことを考えると、仮にあの時、狼煙が上げ続けられていたとしても沖合を航行していた船に「気がついてもらえなかった可能性」だってあったわけです。  その場合には「狼煙」よりも今日の命を繋ぐための「肉」の方が大事だったこともありうると思うんですよ。  でも彼らは半ば意地の張り合いのような形でお互いがお互いの是を、さらには自分の非を認めようとしません。    

    その後、様々な紆余曲折を経て、ジャックたちは著者の言うところの「蛮人化」をしていきます。  その中で本来仲間であったはずの2人の少年の命が奪われるに至ったことは悲劇としか言いようがありません。  でもその悲劇の一番の原因となっていたのは「蛮人化したジャックたち」ではなく、実は人間が弱いがゆえに誰もが持つ「恐怖心」だと思うんですよね。  妄想かもしれないけれど彼らの心を占め始めていたまだ見ぬ「獣」に対する恐怖、「闇」に対する恐怖、「このままここで朽ち果てるのかもしれない」という明日をも知れぬ恐怖。  そんな恐怖を克服するためにジャックたちは「力」を求め、体にペインティングを施し、原初的な宗教儀式のようなものを執り行うに至ったのだと感じます。  

    これは言ってみれば安定した集団生活を志向する1つの手段にすぎず、ラーフやピギーがこの一見無秩序に見える集団をまとめるために、「理性的な秩序」のアイコンとも言うべきほら貝やのろしに執着したのと大差はないように KiKi には感じられます。  つまり彼らは結局対立に至ったわけだけど、この物語に描かれているのは「善と悪」とか「理性と本能」とか「文明と野蛮」といったような現代人が好む概念上の対立ではないと KiKi には感じられるのです。  文明社会の中で暮らす私たちはともすると忘れがちになるけれど、実は人間というこの弱くてしょ~もない生き物が「生き抜く」ためにはそんな思想的・哲学的な綺麗事では片付けられない部分がある・・・・・そんな風に感じました。  

    印象に残ったのは物語の最後、少年達が救出される場面です。  ピカピカの制服に身を包んだ士官が蛮人化した少年たちを前にこんなことを言います。

    「なかなか面白そうに遊んでいるじゃないか。  (中略)  今まで君たちは何をしていたんだい?  戦争ごっこかい、それとも?」

    少年たちが潜り抜けてきた悲惨な日々を知る読者には、「なんとまあ、能天気な!」と思わせずにはいられないセリフですが、これが文明社会に生きる、ラーフ達が常に頼りにしたいと思っていた大人の言葉なんですよ。  ここに KiKi は著者のある種の皮肉のようなものを感じずにはいられません。

    そしてラーフはこの士官との会話の中で KiKi にはどうしても納得のいかないセリフを吐きます。

    士官 「戦死者はいないだろうな?  死体は?」

    ラーフ 「二人だけ死にました。  二人とも消えてなくなりました。」

    ここでラーフが意識しているのは、自分たちを襲う獣だと勘違いして恐怖にかられたあまり自分達自身が手を下してしまったサイモンと、事故で失ったピギーの2人のみです。  物語の冒頭で彼らが起こした山火事以来姿を見せない「顔にあざのあるちびっこ」のことは忘れてしまっています。  もっと言えば「ちびっこが全部で何人いたか?」は最初から最後まで分かっていなかったわけで、そのちびっこたちがここでの生活の中で何人欠けちゃったのかは実は分かっていないのです。  ラーフにとってサイモンやピギーといった年長の仲間たちは名前を持つ個人として、その死も記憶されているのに、ちびっこたちは名前を持たない「ちびっこ達」という集団に過ぎず、数にも入れてもらえていないのです。

    もちろん KiKi はこのことでラーフ個人を責めたいと思っているわけではありません。  ラーフがちびっこたちの総数を把握していなかったのはあながち彼の責任ばかりというわけではない(点呼したくても遊び興じることに夢中なちびっこたちはラーフには管理不能だった)こともよくわかります。  でも、それならラーフが常にちびっこたちのことをリーダーとして気にかけていたのか?と言うなら、必ずしもそうとは言い切れない描写が多々あったことも事実です。  それでもラーフはこの島に漂着した直後に皆から選ばれたリーダーだったし、彼自身もこの士官に「自分がリーダーである」として名乗り出ました。  この集団に秩序をもたらすことができなかった原因の1つは、彼のこのリーダーシップの欠如にもその一因があることは確かです。

    この物語は「子供の漂流物語」の体を取っていますが、実はここに描かれているのは人間社会そのもののような気がします。  そして「十五少年漂流記」と異なる最後の1点は、ここで救出された少年たちが戻る世界は決して平和で安定した社会ではないということです。  この島で過ごした間に「理性的な秩序」に背を向けるかのような生き方を選択し、実行してきたジャックたち。  そんな彼らと対立し、最後は自分自身が狩られる立場に追いやられたラーフ。  そんな彼らが戦時中の世界に戻った時、どんな生き方をすることができたのか??  暗い想像しか浮かんでこないのが悲しい・・・・。

  • いわゆる、「極限サバイバル作品」の始祖?なのかな?
    無人島に流された子供たちが、子供だけで生き残っていくうえで起こる様々な試練が描かれますが、決してそれはキレイごとではなく、生々しい人間の動物としての本質が描かれます。

    これを楳図かずお先生が、名作「漂流教室」で現代的に昇華させ、そして今もポツポツと現れては消えていくサバイバル作品につながっているのかなーと思います。

  • イギリスから疎開してきた少年たちは不時着してしまった孤島で秩序的な集団生活に努めるが大自然のなかで生活していくうちに、内に潜む荒々しい獣性が目覚め、集団にも派閥が生まれ激しい対立が起こり始める…


    なんかすごく読むのに時間がかかってしまいました…やっと読み終わった~っという感じ。


    こんな結果になってしまったのは少年達が年相応に未熟だったからなのか。少年達が絶対的信頼をおく「大人」だったらこのような過ちは犯さなかったのか。

    集団って難しいです。

  • LOSTの製作陣が大いに参考にしたという一冊。
    飛行機が島に墜落した少年達がサヴァイバル生活を営みながら脱出を目指す。
    しかし、その間に意見の対立、内部分裂、派閥同士の戦い等が繰り広げられる。
    極限状態に陥った人間がどのように考えて行動するのかを描写しているまた、物語途中で出てくるモンスターと呼ばれるものが、より一層スリリングな展開を深めていく。
    物語を楽しむだけではなく、タイトルの意味は??ということを探すもの楽しめる一冊です。

  • 無人島に不時着した少年たちの顛末。
    リーダーを立て、秩序だった生活が始まったものの、その先にあったのは狂気だったりする。

    いや、これいいですよ。
    狩猟班の子どもが顔にペイントする件や、無人島で子どもたちが殺し合いをしていく様はどうにもクレイジーですが、ある意味とても誠実に感じました。実際のところ、人が集団の中でどう振舞うかというのは環境次第だと思うのですね。単なる冒険活劇だと思っちゃいけない。

    一番印象的だったのはオチのシーン。
    似たような設定で描かれた他の作品と比較してみるに、時代性が反映されているようで実に興味深かった。現在だとたぶんあの解決にはならんよなぁと。

全370件中 1 - 10件を表示

ウィリアム・ゴールディングの作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
ヘミングウェイ
ダニエル キイス
ヘルマン ヘッセ
フランツ・カフカ
三島 由紀夫
ジョージ・オーウ...
有効な右矢印 無効な右矢印

蠅の王 (新潮文庫)を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

蠅の王 (新潮文庫)を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

蠅の王 (新潮文庫)の作品紹介

未来における大戦のさなか、イギリスから疎開する少年たちの乗っていた飛行機が攻撃をうけ、南太平洋の孤島に不時着した。大人のいない世界で、彼らは隊長を選び、平和な秩序だった生活を送るが、しだいに、心に巣食う獣性にめざめ、激しい内部対立から殺伐で陰惨な闘争へと駆りたてられてゆく…。少年漂流物語の形式をとりながら、人間のあり方を鋭く追究した問題作。

ツイートする