アメリカの鱒釣り (新潮文庫)
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この作品に関連する談話室の質問
この作品からのみんなの引用
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精液は湯のなかに流れ出て、馴れない光に会ってびっくりすると、たちまち霧のような紐状のものとなった。それから流れ星みたいに渦巻いて広がった。すると死んだ魚が精液のなかに流れこんで、それをまんなかから折り曲げた。魚の目は鉄みたいにこわばっていた。
― 87ページ -
ある日のこと、すっかり陽も落ちて、わたしは家に帰るまえに鱒を洗っていた。そのとき、ふと、こんなことを思った――貧乏人の墓場へいって芝を刈り、果物の瓶、ブリキの空缶、墓標、萎れた花、虫、雑草、土くれをとりあつめて持って帰ろう。それから万力に釣針を固定して、墓地から持ち帰ったものを残らず結わえつけて毛鉤をつくる。それができたら外へ出て、その毛鉤を空に投げあげるのだ。すると毛鉤は雲の上をただよい、それからきっと黄昏の星の中へ流れさっていくことだろう。
― 46ページ
みんなの感想・レビュー・書評
"Stop making sense!"「いちいち意味づけるのはやめようぜ!」(訳・柴田元幸)
これは、アメリカのロックバンドであるトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンの言葉だ。一方的な価値判断の否定。カッコいい言葉ではないか!
本書『アメリカの鱒釣り』も、"Stop making sense!"が似つかわしい作品だ。というよりも、価値判断しようがないんじゃないだろうか。ただ、カッコいいなあ、って気ままに感じるだけで、いいんじゃないだろうか。自分はそれでいいと思います。
ある歌い手がいる。とてもくせのある歌い方をする。 その歌い手は歌を歌うことが特別好きなわけではない。けれど、なぜかはわからないが自分の歌を聴いて周りが喜んでくれる。だから歌を歌う。自分には自分の歌の良し悪しはわからないけれど、みんなが喜ぶ顔を見るのが好きだから歌う。みんなが喜ぶ顔を見るのは楽しい。 「あいつ面白いなあ」ある種の人にはその好んで歌っている楽しそうな感じが伝わってくる。しか... 続きを読む »
まだらに鮮やかな部分がある。
もちろん、書いた人が「まだら」に書いているのではない。
読んでいる私の理解が「まだら」なのだ。
書き手の問題ではなくて、読み手の問題。
たぶん、私には鮮明でない部分を理解できる人には、
この作品は傑作なんだろう。
いや、曖昧模糊としているのが実態なのかもしれない。
それこそ、最初の一行から最後の一行まで、放り出したくなる書物だが、読んだあと、顔を上げて現実の世界を眺めると、この本にあるように現実が見えてくるのだから、やっぱり「これ」は偉大な何物かなのだ。
(2012年4月22日)
一度目でわかろうなんて思ってない、けどいつか何かがわかるようになればいいな。・・・まるで永遠の59秒目だった・・・なんて文章いったい誰が思いつく?
古きよさを失われたアメリカ。しかしところどころに求めれば「鱒釣り」の姿がある・・・>
リチャード・ブローティガン
ケルアックやギンズバーグと同じ世代ながらビートニクから一線をがし、
文学のポップさ、軽やかさを前面に押し出されている。
非常に軽妙でポップな文体と比喩や暗喩の数々。
でも・・・
うん、さっぱりわからない 笑
読者をくった物語の数々。
それを楽しむものなかのかもしれません。
そのうちもう一度読むかも。
乾いたその表現は素敵ですが、普通の物語と思って読むと意味が良く分かりません。これは「詩」だと考えて一応納得しました^^;
不思議と自由な雰囲気を湛えた小説(なんだろうか?)。何となくグレイトフルデッド的で、軽妙。
いろんなとこで評価が高いので借りてみましたが・・・。
私には理解できず、挫折っ。
ユーモアがあるのはなんとはなしにわかるのですが、
これはアメリカ文化に浸りきっていれば理解できるものなのか?!
次の本に移りまーす。無念。
わかったかわからないかと聞かれたらわかったとは答えられないけどとてもおもしろかった。独特な文体、バカバカしさ。あとがきのテンションの高さに若干引いたけど、ブローティガンのほかの作品もぜひ読みたい。
なんでこういう本を書こうと思ったのか、何が書いてあるのか、ぼくはなんでこの本を読んでいるのか、いずれもわからない。まあ、人生とはそういうもんかもしれない。「さようなら、ギャングたち」を読みたくなった。
マイベスト3の中の1冊。かなり独特な雰囲気の小説なので友人に勧め辛いのがナニです。藤本和子さんの訳が上手なのも良し。
なんかいかにも土臭いアメリカの大地が思い起こされた。
村上春樹はかなりこの作品の影響受けたんだろう。文体とか、世界観とか。
ほんとうにくだらないことがほんとうにすばらしい調子で書いてある。
ほんとうにすばらしいことがほんとうにくだらない調子で書いてある。
その両方でした。真似できないです。
どういう作品か。最後から数えて二番目の章の結びの文章を引いてみます。
<<ここで、わたしの人間的欲求を表現すれば、──わたしは、ずっと、マヨネーズという言葉でおわる本を書きたいと思っていた。>>
で、最後の章、その名も「マヨネーズの章」の結び。
ということはつまりこの本の結び。
<<あげるの忘れてしまって、ごめんなさいね、例のマヨネーズ。>>
うーん、この本の面白さが伝わるためには十分な引用ではないかなー。
もひとつ引用修行が足りないです。読みが浅いのでしょう。
詩人の書く文章というのはなかなかなじめない。
特に翻訳となるとさらに難しい。
原文の持っている息づかいなどが伝わりにくいからだと思う。
興味を持って読んでみたもののあまり入り込めず。残念。
合わなかったということで。
今までにまったく読んだことのない、一風変わったユーモアをたたえた本。
最初のうちは一体何を訳のわからないことをくっちゃべっているのか、と思い途轍もなく眠たかった。
でも読んでいるうちに何となく彼の話に笑えるようになってきた。
十分にこの本の良さを理解したとはとても言えないが、もう一作くらい読んでみたらこの作家のことが好きになるような気がする。






