私たちがやったこと (新潮文庫)

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制作 : Rebecca Brown  柴田 元幸 
  • 新潮社 (2008年9月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (257ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102149324

私たちがやったこと (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

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  • 昔表題作を読んでこれはもっと大人になってから、と思ったけど、やっとすんなり読めた。
    というか時代が彼女に追いついたことが大きい。

    ●結婚の悦び ―The Joy of Marriage
    出だしの語りはとても幸せそうな新婚生活だったのに、だんだん娼婦のような立ち位置に置かれてとてもみじめ。
    とても特殊な例ではあるけど、男女で結婚観に差があるんだな、と思う。

    ●私たちがやったこと ―Folie a Deux
    安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに合意した。
    こんな狂気に満ちた恋愛小説の書き出しって他にあるかしら。
    柴田元幸曰わく、ブラウン自身がレズビアンなので、「わたし」と「あなた」が男女なのか、なのか女女なのかもはっきりしないというけど、 おそらく「あなた」は男性で「わたし」は女性。やはりこの話も男女がどれだけ恋愛(もといパートナー)を大事にしているかの差異がポイントになっていると思います。
    視覚に対して聴覚を失うダメージの方が明らかに少ないのかもしれないけど、やはりパートナーの外見(この場合は声色)が変わって心変わりしやすいのも、 精神的に弱いのも男性なのだと思う。向こう見ずなことをしてしまうのはいつだって女性。
    恋人の数だけ愛の形があるのだと、そしてどれだけ互いの気持ちが強くても、他人との関係は脆いものなのだと気づかされます。やっぱりもっと大人になってから読むべき話だったのかな。

    ●アニー ―Annie
    カウガールのレズビアン。
    価値観や生活スタイル、気持ちの差異が埋められなくて、刻々と別れに向かって行く話。
    恋人に求めているもののひとつとして、共感は外せない。自分に共感して、自分を肯定してほしいという気持ちは愛について考えるとき、誰しもあるものだと思います。 さらに同性を好きになる場合、異性相手よりもパートナーに自分を投影してしまう傾向があるのかも。
    違いを認めて、相手を尊重する恋愛とはまた違う形。

    ●愛の詩 -Love Poem
    美術作品を破壊する話。
    これこそ女性・女性なのか、男性・男性なのか、女性・男性なのかよくわからないので、原文で読みたい。
    美しいものは儚いゆえにいっそう美しいんだと気づかされる。
    秘密を共有することはとても甘美だということにも。

    ●ナポレオンの氏―歴史へのその影響 -The Death of Napoleon:Its Influence on History

    ●よき友 -A Good Man
    レズビアンが、ゲイの友人を看取る話。
    ジムはHIVだったのかな。さわるとうつるっていうのは今の時代には合わないけど、そういえば長い間そういう認識がされていたなあ。
    なんでこのひとの話はこんなにきれいなんだろう。

    ●悲しみ -Grief
    終わりがきれいだと、これ以上続きはいらないと思ってしまう。
    外国に行く彼女に自分の夢を馳せて、一番いいところだけを見ていたいという気持ちが表れてるのかな。

  • 11/20 読了。
    表題作の原題は「Folie a deux」(ふたり狂い)。永続的にお互いが不可欠な存在となるために、ひとりは目を潰しもうひとりは耳を焼くことに決めた1組のカップル。盲目のピアニストと聾の画家のペアとなったふたりは、はじめのうち充足した気持ちに浸っていたが、次第にその世界は歪みはじめる。表題作をはじめ、コミュニケーションの不可能性、支配と搾取に終着してしまう関係を描いた、レベッカ・ブラウンの粋を味わえる短編集。レズビアンの語り手と、エイズによりパートナーを失い自らも同じ病におかされたゲイの友人の最期の日々を描いた「よき友」にはめちゃくちゃ泣かされた。

  • 2015/10/05

    結婚の悦び/私たちがやったこと/アニー/愛の詩/ナポレオンの死/よき友/悲しみ

  • 小川洋子氏推薦の短編集。翻訳が柴田元幸ならきっとハズレはないと思って購入。表題作の「わたしたちがやったことは」お互いの為に片方が耳を、片方が目を潰しお互いがお互いを頼りふたりだけの閉じた世界で生活してる話だけど、谷崎の『春琴抄』のような雰囲気を感じる。小川洋子が好きな人にはぴったりの幻想的な愛のおはなしが詰まった短編集。203/225

  • 表題作を含む、7篇を収めた短編集。その大半が狂気を孕んだ内容だった。すごく好みの本だった。
    読む前からぶっとんだ内容の短編が収められている、と聞いていたので予め分かってはいたものの、それでも冒頭の「結婚の悦び」には驚いた。その幻想文学的な、どこか狂気に満ちた内容に最初こそ戸惑ったが、すぐに夢中になってしまった。「体の贈り物」の印象しかなったけど、こういうものを書く人だったのか。
    そして表題作「私たちがやったこと」。
    「安全のために、私たちはあなたの目をつぶして私の耳の中を焼くことに合意した。こうすれば私たちはいつも一緒にいるはずだ。」
    この冒頭部分でいきなり鳥肌が立った。人工的に作り出した二人だけの世界。お互いは決して分かたれることはなく、「私」と「あなた」は二人で一つの存在になる。
    だが「社会」に属している以上、他者との関わりを絶つことはできない。初めから綻ぶのが分かっていた生活だが、二人の望むものがいびつだが純粋な分、破綻していく様が痛々しい。
    最後の数行に胸を衝かれる。

    世界最後の二人になると互いの名前さえ必要なくなるという。
    収録作品の殆どが名前のない「あなた」と「私」で語られているのを見て、何となくそんなことを思い出した。
    どの作品も好きだが、中でもいいなと思ったのが「アニー」、「愛の詩」、「よき友」。

  • レベッカ・ブラウンの幻想短編集。「わたしたちがやったこと」は狂気の二人が社会の介入によって崩れていく様を描く。とてもいい。
    ほかに好きだったのは「よき友」と「悲しみ」。「よき友」は(おそらくエイズで)亡くなって行く友と「わたし」についての短編。「悲しみ」は死を旅行になぞらえて描いたもの。幻想小説といえども、やはりブラウンの小説には「死」とそれを「看取る人」の匂いが強いし、それが魅力でもあると思う。少なくとも私はそれに惹かれてブラウンを読む。
    「ナポレオンの死」には惹かれるものがあるが、完璧には理解できない。
    肌に合わないなと思ったのは「アニー」。
    この本一冊をとってみても好き嫌いが分かれることを考えると、レベッカの作品は幅広い。
    2011.03.30

  • 2011年1月、表題作ともう一篇のみ読了。

  • レベッカ・ブラウンについては、僕は同じ新潮社から出ている『若かった日々』を読んでいるだけだが、本書『私たちがやったこと』はそれと毛色が大きく違っていると思った。連作短編という形式ではなく、個々の作品は独立して、長さもかなり幅がある(文庫本で見て10~80ページまである)。作風にしても非常にシュールで、家族を題材にとって自身の幼少期から現在に至るまでの出来事を自伝的に、ないし記録的に描いた『若かった日々』とは完全に異なっていた。

    本書に収録された作品を列挙しておく。

    「結婚の悦び」
    「私たちがやったこと」
    「アニー」
    「愛の詩」
    「ナポレオンの死」
    「よき友」
    「悲しみ」

    個々の作品は独立していると書いたし、実際タイトルを見ただけでもいろんなテーマが盛られていることが分かるのだが、全部を一読すると、他者との関係における不分明さ、あるいはその関係から生じる不安な感情が全体にわたって底のほうで流れているような気がした――「結婚の悦び」において「私」と夫は、新婚旅行という二人にとってもっとも幸せな期間において離れ離れになり、最終的に「私」は夫を映画のスクリーンを通してしか見られなくなる。「ナポレオンの死」において、「あなた」の存在を「私」は、常に「私」の頭の中にある空想的なナポレオンのプリズムを通してしか考えることが出来ない。ポーを読んだことのあるものなら誰でも、「私たちがやったこと」が「ウィリアム・ウィルソン」を下敷きにしていることが分かるだろう。このように語り手とその相手の間柄は常にあいまいで、読者がそれを確定することは困難である。このことは、ある場面からある場面へと話が飛躍したり、筋のある箇所を端折ったり、ぶつ切りにしたりする作者の創作のスタイルと関係しているのかもしれない。別の言い方をすれば、奇想天外な展開が対人関係のリアリティを覆い隠して、それを「幻想的」なものに見せている。

    解説では、構築された自己と他者の間に侵入する「社会」や「公的な権力や名声」について言及している。その通りと思った。でも、人間関係というのは、内部から崩壊していくこともあるわけで、そこで一番問題となるのは病であり、死である。思うに、レベッカ・ブラウンの作品は時々とても息苦しいのだが、その息苦しさというのは、外的・内的な変化によって、「私」(そしてそのパートナー)が蒙った何かしらの打撃から生じているのだろう。本書の最後の作品である「悲しみ」は僕にその印象を端的に植え付けるものである。

  • 短編7作。
    精神の結びつきを突き詰める。
    狂気であるが狂喜なのだろう。
    分からなくもない自分にゾクゾクした。

  • ちょっとシュールすぎた。

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