贖罪〈上〉 (新潮文庫)

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制作 : Ian McEwan  小山 太一 
  • 新潮社 (2008年2月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (318ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102157237

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贖罪〈上〉 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • 多感な少女の衝動的な思いが引き起こす悲劇。映画を見てから読んでいるけれど…まあなんと嫌な小説であること!筆力と名声が共に絶頂期に至った作家の、ナルシスティックにも思えてしまうほどの絢爛たる文体。これでもかと精緻に美しく描き出される登場人物たちの思念。

    上巻ではある夏の一日とその夜に起こった事件が語られる。タリス家の豪壮ではあるが些か古び始めた邸宅に集う家族と客人たちの心の動きが、うだるような熱気と眩しすぎる真夏の光の中で揺らめくような動線を描く。細かな表現まで息を呑むほどに美しい上に、痛々しいまでに真実味がある。ブライオニーの妄想癖とも言えそうな思い込みの激しさなど身につまされる…はぁ。

    嫌味なほど上手いのと少女が痛すぎるのでどうしても諸手を挙げて絶讃するのは躊躇われるのだが…それにしても上手すぎる!

  • 少女には潔癖な時期があるのかもしれません。
    評価の対象により基準の適用の許容範囲がブレる潔癖です。

    主人公の13歳の少女ブライオニーは、自分の書いた芝居をいとこたちに演じさせようと必死でした。
    思うように稽古が進まず、プライオニーはしだいに苛立ちを募らせます。

    ブライオニーの家に親族やその友人が集まった日の夜、
    家の庭である事件が起きます。

    ブライオニーの証言が決め手となってある人物が犯人として逮捕されます。


    2行+30ページに完全にノックアウトされました。

    事件が起きてある男が逮捕される第一章。
    数年後、服役後に男が大戦で敗走する第二章。
    18歳見習い看護婦ブライオニーを描く第三章。
    第三章の最後の2行に込めた作者の思惑に茫然とします。

    でも、それではまだ終わりません。

    第三章の次の「ロンドン、一九九九年」では、
    ある2日間のできごとを振り返りながら、贖罪の全貌をブライオニーが1人称で語ります。
    とりわけ最後の5ページは圧巻です。

    もう一度読みたい一冊です。
    最後の5ページは折にふれ何度も読み返しそうです。

  • まぁなんとも読みづらいイギリス純文学。
     イアン・マキューアンってブッカー賞作家なんですってね。日本でいう芥川賞?読みづらいはずだわ。かなりハイレベル本。雑誌の書評で絶賛されていて即購入、即読破したけれど、ちょっと期待が大きすぎた。「奇跡のような傑作」とか「衝撃のラスト」とか…大げさでしょう。

     衝撃の…というけれど、第三部で休暇中のブライオニーが書いた小説に対して出版社が書評を手紙で返してきた内容を読むと、ブライオニーが書いた作品はまるっきり第一部そのものではないですか。ってことは、従妹のふたごちゃんが行方不明になった事も姉のセシーリアが強姦された事件もみんなブライオニーの小説の中の作り事?となるじゃないですか。

     結局第一部も作り事だったのか、二部と三部だけ作り事だったのかよくわかりませんが、「贖罪」とタイトルつけてるんだからやっぱり第一部は実際の出来事だったんでしょう。無実のロビー(使用人の息子)を妄想で犯人に仕立て上げ、刑務所送りにしてしまった、姉との仲を引き裂いたその罪を小説の中でハッピーエンドにして償ったというわけか。なんだか最後までブライオニーの妄想につき合わされた感じで腹立たしい。

     
     ただイギリス郊外の美しい庭と豪邸、湖、教会、そこに住む家族と預けられてきた従妹たち、久しぶりに帰ってきた長男とその友達、使用人たち。何もかもが夢のような、それこそ小説の中のような描写で、この風景をぜひ映像で観たいと思わせる。まぁ結局ブライオニーの作り話ではあったけど、第二次世界大戦のさなか、ドイツ軍に追われる連合軍、フランスから引き上げる船を待つ負傷軍人の悲惨さが真に迫っていて、このあたりはおもしろく読める。

     小説では感動が得られなかったので、ぜひ映画でおさらいしたい。
     

  • ぐわーっと読んでしまった。下巻がたのしみ。ブライオニーよ、少しは反省しろ。

  • 英国の現代作家マキューアンの傑作。悲恋の物語、戦争の物語としても十分おもしろく読めるのだが、なにより〈物語〉について、〈書く〉という行為について、深く考えさせる作品である。結末のどんでん返しにいたって、読者はまったく異なる視点から物語をふたたび辿りなおすことになるだろう。

  • とある夏の、長い長い一日に降り注いだ、
    それぞれの新しい自分、
    新しい想い、
    その変化はいずれも喜ばしいものであったはずで、
    そこから人生の広がりと深みが訪れるはずだったのに。

    それぞれの視点から語られる一日と、
    そこに繋がるまでの現実的時間や、
    心的現実の複雑な絡み合いが、
    なんとも言えない複層をなしており、
    これぞ文学だから実現しえる同時性!



    映画作品を先に見て、
    結末を知っているにも関わらず、
    純粋な文学の面白さに強力に惹き込まれる。

    映画では、ブライオニーの初恋と嫉妬として表現されていたような一連の心の動きは、
    危うくも確かに誰しもが体験する、
    無邪気と無知という幼児性と、
    それ故の潔癖さ、
    そこから脱して大人になったのだという勘違いと、
    知性が驕りを駆り立てた結果といった、
    情緒発達の過程であったのか。
    そのほうが、物語の奥行きがぐっと増す。

  • 上級者向けの一冊。描写も心理も最初は恐ろしくまどろっこしく、遅々として進まない感じに、読みにくさを感じた。気持ちのぶつかり合うところは、息飲む面白さだった。

  • 本当に大好きな作品。
    少女の犯した罪が全てをかえてしまうのだけど、思春期真っ盛りの少女の目から見た世界って、こんなにも不思議で尖っている。ブライオニーに自分の少女時代が重なった。 小説の技法を上手く取り入れたミステリーでもある。最後にはあっと驚かされた。

  • 再読、★評価は読了後に。
    それにしても特にブライオニーの人物造形、誰にも身に覚えがある厭らしさを完璧に表現しきっていて少々辟易するくらい。これで訳が完璧だと言うことないけど、それを言うと原作を読めばといつもの結論になるし、、、
    この本はまず映画を観てから読んだのだけれども、それでも衝撃的だったという初読時の記憶あり。映画もなかなか捨て難い出来だったことも考えると相当のハイクオリティ。さてさて楽しみに進みますかね、下巻に。

  •  第二次世界大戦期イギリス、一人の少女の信じられないような嘘から坂道を転がり落ちるように展開する重厚な人間ドラマ。大河恋愛小説のような趣もありますが、マキューアン独特のいびつさとか、ラストの(ある意味ルール違反ともとれそうな)どんでん返しなど、小説としての技巧や果敢さもふんだんに含まれた第一級の作品です。映画版もいいんですけど、やはり小説を推します。

  • 以下引用。

    ブライオニー自身にブライオニーが大切であるのと同じくらい、セシーリアにもセシーリアは大切なのだろうか? セシーリアであるというのは、ブライオニーであるのと同じくらいに鮮烈な体験なのだろうか? 姉もまた、意識と動作が形作る、砕ける寸前の波のような境界線のうしろに本当の自分を隠し持ってり、顔の前に指を立ててそのことを考え込んだりしているのだろうか。人はみなそうなのだろうか、たとえば父親は、ベティは、ハードマンは? 答えがイエスであるならば、この世界、人間たちの織りなす社会は、二十億の声を抱えて耐えがたいほどに込み入っているのであり、すべての人間の思考は同じ重要さで主張しあい、人間ひとりひとりの生への要求は同等に強烈で、人はすべて自分が特別な存在だと思っているが、じつは特別な人間などいないわけだ。(p.65)

    ブライオニーが感じていたのは、自由を目の前にした人間の興奮、善と悪やヒーローと悪役の面倒なもつれあいから解放された人間の興奮だった。三人の誰も悪人ではなく、かといってとりたてて善人でもない。決まりをつける必要などないのだ。教訓の必要などないのだ。ただひたすら、自分の精神と同じく生き生きとした個々の人間精神が、他人の精神もやはり生きているという命題と取り組みあうさまを示せばいいのだ。人間を不幸にするのは邪悪さや陰謀だけではなく、錯誤や誤解が不幸を生む場合もあり、そして何よりも、他人も自分と同じくリアルであるという単純な事実を理解しそこねるからこそ人間の不幸は生まれるのだ。人々の個々の精神に分け入り、それらが同等の価値を持っていることを示せるのは物語だけなのだ。物語が持つべき教訓はその点に尽きるのだ。(p.72~73)

  • 物語とは一種のテレパシーだ。インクで紙に記号を書きつけることによって、自分の精神から読者の精神へと思考や感情を伝えることができるのだ。
    ~(上巻p67より)

    人間を不幸にするのは邪悪さや陰謀だけではなく、錯誤や誤解が不幸を生む場合もあり、そして何よりも、他人も自分と同じくリアルであるという単純な事実を理解しそこねるからこそ人間の不幸は生まれるのだ。
    ~(上巻p73より)

  • 二年ぐらい前に途中まで読んで、ちょっと仕事の加減で放置してしまい中途半端になってしまっていた『贖罪』。映画にもなっている。

    上下に分かれていて、特に上巻はゆっくりゆっくりと、視点が変わりながら時間が流れていく。少しまとまった時間を作って読むのがよい小説かなと思った。

    第一部でセシーリアが水の中に入る所や、第二部の凄惨な戦争の現場など、視覚的に印象的なシーンがところどころ挟まれる。構成的にも古典のような風格があって読み応えがある。映画になっているからそう思うのかどうかはわからないが、とても映像を意識したような作品のように思える。映像化を意識する、というよりもカメラによる撮影技法とか、そんなところを意識しているような。

    マキューアンが考える小説家がなす『贖罪』について、というのが最初ぼんやり読んでいたからかあまりぴんとこなかったのだけれど、後から「確かにそういう問題はあるわな」と思うようになった。この問題、何となく、昔から考えられてきた問題のような気もしたが、いい例が浮かばない。完全に読み手側の問題認識不足のような気もするけれども、自分にとってはマキューアンの問題設定がとても新鮮に思えた。

  • この精密さと美しさは何だ。
    その辺の小説家はこれを読むと力が抜けてしまうのではないか。

    日の長い夏のイギリス田園風景を舞台に、官能的に磨き上げられた描写と、巧妙に積み重ねられている(と気付かせない)プロット。

    例えば(ネタバレ注意)、

    第3部で結婚式に行ったのは土曜になっているけど、元々それを知らせた父親の手紙では日曜だったはず。読み返して気付いたのですが、最初はおかしいな、こんな間違いあるのかなと思いました。

    しかしこの不整合こそ、物語が贖罪のために書き直され、一方の物語とすりかわったつなぎ目なんですね。どうして日曜ではなく、「6月1日 土曜日」になったのか。作者の心理という省かれた物語を考えたとき、もう一度悲しくなりました。

  • 説明的で退屈。

  • あーなんかもうまさに苦手なタイプの純文学って感じで。表現がいちいち大げさで冗長だしストーリーも進まなくてイライラする。まぁ処〇喪失のシーンは大げさな表現過ぎて好きだったけどね。

  • マキューアンらしい繊細かつ緻密な描写が素晴らしい。上巻の中盤までは少し退屈な感じもあるけれど、中盤からは一気に引き込まれていく。
    最後の最後にこの小説のメタフィクショナルな構造が明かされて、贖罪の不可能性について語られていく部分は、見事としか言いようがない。

  • 冗長で退屈だったけど、最後の展開は秀逸

  • 現代の名匠による衝撃の結末は世界中の読者の感動を呼び、小説愛好家たちを唸らせた。究極のラブストーリーとして、現代文学の到達点として―。始まりは1935年、イギリス地方旧家。タリス家の末娘ブライオニーは、最愛の兄のために劇の上演を準備していた。じれったいほど優美に、精緻に描かれる時間の果てに、13歳の少女が目撃した光景とは

  • 資料ID:C0028601
    配架場所:本館2F文庫・新書書架1

    エルサレム賞

  • いろいろな「○○小説」という側面のある一冊ですが、風俗小説としての細部にも注目とのこと!

    で、描写が細かすぎて読みづらい、と聞いていたのけど、長嶋有が『いろんな気持ちが本当の気持ち』収録の一篇(タイトル忘れた)で語ったような、サリンジャーのキャビネット、固有名詞と一般名詞にあふれたそれに比べて(…たまたま読んでたので比較しちゃっただけだけど)、ぜんぜん読みやすいし、細かさの種類がまあ違うとはいえ、意味ありげにかかれるぶん、結構一般的な風景描写なのではないでしょうか。
    と、ここまで言っちゃうと下巻で困るか。
    それよりも、p.43-44のような、端的な説明のほうが入ってこないと思った。

    ところどころ、いかにも翻訳といった口調。p.13「ブライオニーは、世界をきちんと整理する欲望に取りつかれた子供のひとりだった。」

    p.99「離婚(ディヴォース)」の発音の考察「柔らかい子音にはいわく言い難い猥褻さ」「消え入る語尾は家族の恥をささやいていた」これはいい! p.195、「擬態語的」なcとuと…の文字の形に関する感じ方も同様。

    猥褻といえば、ローラがチョコレートバーをかじるp.109の3行。伏線でもあり。

    p.250女として、年齢や世代や立場に関係なく、それだけで同じラインで戦ってしまうこと。

  • 2011/09/21

    子供であるが故の真っ直ぐな正義感、高揚、単純さ、
    それが引き起こしてしまった取り返しのつかない過ち。
    一番守ろうとしていたその人を傷つけてしまうという皮肉。

    小説を読むとき特有の高揚感というものを、
    本当に久しぶりに味わうことができた。

    エミリーの冷静な観察眼と憤懣と諦めとが、特にツボに入りました。

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