フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

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制作 : Simon Singh  青木 薫 
  • 新潮社 (2006年5月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (495ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102159712

フェルマーの最終定理 (新潮文庫)の感想・レビュー・書評

  • かなりベストセラーになったので読まれた方も多いと思いますが、私自身、実はずっと以前に単行本を購入し結局読まず引越しの際に処分をして、その後文庫版を購入したもののまた読まずに本棚に放置してあった本。
    最初に読もうと思ってからもう10年以上も経ってから読んだ訳ですが、一言で言えば「こんな面白い本をなぜ読まないでいたのだろう!」という感想。
    翻訳も良いのでしょう。読みづらいところは全くなく、展開に引き込まれてかなり一気に読んでしまいました。

    「3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる自然数の組 (x, y, z) は存在しない」という文系の私でも理解できる内容ながら、17世紀のアマチュア数学者フェルマーが「私はこの定理について真に驚くべき証明を発見したが、ここに記すには余白が狭すぎる。」という言葉とともに残し、350年間も誰も解けなかった定理を巡る歴史が極上の「物語」とした描かれている。
    文句なしの星5つのエンターテインメント・ノンフィクションでした。

  •  「新しいアイディアにたどりつくためには、長時間とてつもない集中力で問題にむかわなければいけならない。ただそれだけを考える、それから集中をとく。すると、ふっとリラックスした瞬間、潜在意識が働いて、新しい洞察が得られる」(P323) これは天才物理学者の思考作業の方法らしい。わたしも熱帯魚の水槽をボーと眺めれるとふっと・・・無駄な考えを思いつきますもの(笑 

     17世紀に生まれたこの謎を解くために、20世紀の手法に頼らざるをえなかったワイルズだが、確かフェルマーは答の式はこの余白には書けないって書いていたはず、彼がその答えを持っていたのかいなかったのか永遠の謎である。

  • 積読状態だったものを読破。

    これはもう本当に素晴らしい一冊だった。

    数学、数論という非常に難解な世界を、
    その誕生から遡り、一般読者にも分かりやすいよう丁寧に説明しながら、
    本書のゴールであるフェルマーの最終定理の証明まで、一切飽きさせることがない。
    むしろクライマックスに近づくにつれ、益々読者を引き付けていく。
    最初の証明から破綻、そして再証明まで、ワイルズの心情が真に伝わってくる。

    本書、そしてフェルマーの最終定理証明までの物語は、
    どんな人にも薦められる、素晴らしい人類の財産だと思う。
    そして、物語の中核に多くの日本人が関わっていることが、
    同じ日本人として非常に嬉しく誇らしい。

  • フェルマーの最終定理とあるが、フェルマーとワイルズだけでなく、ピュタゴラスまで遡ってわかりやすく人間ドラマを展開していて、とても良かった。難しすぎる公式やら何やらが出てこず、スラスラと読める。サイモン・シンさんと訳者の方の腕には驚きを隠せない。
    数学に興味が持てる一冊。

  • 「数学者たちの楽園」と同じ著者で、数学関係の本を読みたいなとうことで読んだ。

    最終定理が証明されたことを恥ずかしながら知らずに読む。難しいことも優しく解説されておりボリュームがあったが非常にすんなり読めた。

  • フェルマーの最終定理が証明されるまでの過程を、数論の発展から証明を補完したさまざまな定理発見まで丁寧に描いた一冊。完全な証明の美しさと難しさ。ピタゴラスの定理の証明や、有名なディオファントスの年齢問題など基本的な証明解説も。

  • 難解かつ専門的な概念や用語を極力使うことなく、高度な数学の世界で繰り広げられていた数々の偉業や試行錯誤を実にドラマティックに綴り、門外漢の我々にも充分呑み込めるように仕上げている技術の凄さたるや。
    自身も、まだ今よりは脳味噌が働いていた10代当時の気持ちなどを想起し、なぜだか懐かしいような思いを抱いた。
    本書にも、数学の分野で大きな仕事を成し遂げるのは実は若い時がほとんどだ、という趣旨のことが書かれているが、なるほど、物事の本質や根元に迫る直観的な着想は経験等で補えるものではなく、可塑性が高いフレッシュな脳だからこそできるのだな、とよく分かる。
    老いさらばえ、錆びついた愚脳が恨めしくなる。

    フェルマーの最終定理はかくして証明に至ったという事実は分かったが、著者も述べているように、それは20世紀のテクニックと知識を駆使した結果で、17世紀にフェルマーが考え付いたと主張するプロセスとは間違いなく異なる。
    証明が成立したとはいってもその謎はまだ残っているし、これも書中で披瀝されているが、まだまだ数学には一見単純そうでも未証明の予想がいくつもあるという。
    数学も物理学も天文学も哲学も生物学も文学も、突き詰めていけばその根っこは実は1つにつながっているのではないかという気がしているが、そんな世界で純粋な謎に挑み続ける学者たちの生き様は本当に価値あるものなのだと改めて感じる。

    最後に、訳者の仕事も相当なものだと思う。

  • 数学にまつわる熱い人間ドラマを描いた作品、と書いたら味気ないけど、これは本当に読んで良かった。
    特に数学の素養が無くても読めるし、むしろ数学に興味が出てきた。細かい数式はうんざりですが、フェルマーの最終定理はすごいシンプルなのに奥深いんですよね。

  • 数学者の思考回路や判断基準が少し分かった気がする。
    今後、このような証明問題はAI利用の最たるものと考えると、数学者はどこに活路を見出すのだろうか?
    将棋の世界とは違って人間性とか美意識なんかは数学の論理には必要ないし、、、

  • 感動しました。
    数学者の意地と根性。夢を追う姿に感動。
    おかげで、数学マイブームで数学を再度勉強しはじめました笑

  • 著者のサイモン・シン(1964年~)は、ケンブリッジ大学大学院の素粒子物理学の博士号をもつ、インド系イギリス人のジャーナリスト、サイエンス・ライター。BBC勤務中に手掛けたドキュメンタリー番組「フェルマーの最終定理~ホライズンシリーズ」で各種の賞を受賞し、本書はその時の取材を元に書き下した、世界的なベストセラーである。また、訳者の青木薫は京大大学院の理学博士号を持ち、サイエンス・ノンフィクションものの翻訳では定評のある翻訳家。
    誰もが知っているピュタゴラスの方程式をほんのわずかに変形したにすぎない、「ある三乗数を二つの三乗数の和で表すこと、あるいはある四乗数を二つの四乗数の和で表すこと、および一般に、二乗よりも大きいべきの数を同じべきの二つの数の和で表すことは不可能である」というフェルマーの最終定理。
    本作品は、この定理に関して、フランス人のアマチュア数学者フェルマーが最初に発見した1637年から、イギリス人数学者アンドリュー・ワイルズが最終的に証明した1994年までの約350年に亘る数学者の挑戦を、ピュタゴラスの生きた古代世界に遡って辿った記録である。更に、フェルマーの最終定理というテーマを中心に置きながら、ピュタゴラス、エウクレイデス(ユークリッド)、ディオファントスなどの古代西洋の数学者、ゼロを発見したインドの数学者たち、そしてフェルマーより後世の、レオンハルト・オイラー、バートランド・ラッセル、ダーフィト・ヒルベルト、クルト・ゲーデル、ジョン・フォン・ノイマン、アラン・チューリング、「谷山=志村予想」の志村五郎と谷山豊、エヴァリスト・ガロアらの数学的遺産を広く紹介することにより、ある面から見た数学の歴史にもなっている。
    しかし、本作品を読んで最も強く感じたのは、数学者という人種が真理を追究するということはどういうことなのか、更には、彼らにととって真理を追究する(問題を解く)ということの喜び・楽しみとは如何ばかりのものなのか、ということであった。
    ワイルズは以下のように語っている。
    「新しいアイディアにたどりつくためには、長時間とてつもない集中力で問題に向かわなければならない。その問題以外のことを考えてはいけない。ただそれだけを考えるのです。それから集中力を解く。すると、ふっとリラックスした瞬間が訪れます。そのとき潜在意識が働いて、新しい洞察が得られるのです」
    「みんな私にこう言うのです。きみは問題を奪ったのだから、その代わりになるものをくれ、と。もの悲しい気分が漂っています。時代を超えてわれわれと共にあり、大勢の数学者をこの道に引き入れた問題を失ってしまったのですから。しかし、それは数学の問題の宿命なのかもしれません。われわれは自分たちの心を捉える問題を、新たに見つけるしかないのでしょう」
    素人の私にも数学の魅力を垣間見させてくれた、非常に優れたサイエンス・ノンフィクション作品である。
    (2016年11月了)

  • 図書館で借りたが難しすぎてとても読めそうにない。こんな本読む人は少ないと思ったのだが、3000人もの人が登録している。日本人って数学が好きなんだろうか。

  • 最初は、堅苦しそうだなと感じたが、読んでいるうちに、新たな数学に関する発見が色々とあり、知らなかった数字の世界など、ためになることも多々あった。長い年月をかけて、数学の一つの解に段々と近づいていくこと、伝記の側面もあり、多くの人の手により、世代を超え、探究心を追い求め、完全証明に至ったことは数学の歴史、発見向上につながったものだなと改めて感じた。いつもは小説などのフィクションを読むことが多いが、ノンフィクションも新たな刺激となり、良い。

  • 数学のノンフィクション小説。
    とにかく分かりやすくするためかみ砕き方がすごい。最高にして唯一の数学者のノンフィクションでしょうなぁ。

  • ひとつの問題の背景とそれが証明されるに至った歴史が述べられている。
    それだけなのに話は紀元前から現在まで続いている。

    数学の全ての「当たり前」が数学者によって証明されてきた背景を知ると、敬意を表さずには居られない。

  • 350年間誰も証明できなかったフェルマーの最終定理を、アンドリュー・ワイルズがついに解くまでの、数学者たちの挑戦の軌跡を描いた作品。天才たちが寄ってたかって、この難問に挑戦し、ついに頂に到達するドラマは感動的です。こういう話を読むと、人間ってやはりすごいもんだ、と素直にポジティブな気持ちにさせてもらえます。名作。

  • 見た目はピタゴラスの定理とほぼ同じ、2乗がn乗に変わっただけ。中学生でも理解できる等式、それがフェルマーの最終定理。これを満たす自然数解はないとフェルマーは本の余白に書いた。そこから一流の数学者を悩ます長い350年が始まった。
    これはある種、宝探しである。宝(自然数解)を見つけても、宝がないことを示してもどちらにしても名声を手に入れることができるはず・・・。
    フェルマーの最終定理完全証明までの苦闘、諦め、誤り、協力、発見、挫折そして達成と証明者のワイルズだけでなく過去、現代の偉大な数学者、証明の大きな礎となる予想を立てた日本人数学者までその功績を証明の過程に合わせてわかりやすく説明している。
    日頃、物理の世界については本なども多く読むが、数学の世界にも魅せられる部分があることに気付かされた。
    中学生の時、角の三等分線を目盛りのない定規とコンパスでは作図できないと教えてもらい、それでも夢中で試行錯誤したことを思い出した。(鋭角を三等分できれば、どんな角でも三等分できることまではわかったが、肝心の鋭角の三等分線は結局というか当たり前のごとくできなかった)
    そんな無邪気な好奇心を持って、もう一度数学を勉強したくなった。

  • 立ち読みでは「文系の自分では難しいな」と敬遠していたが、意外にも身近な例を挙げて数学に不案内な身にもわかりやすく(わかったつもりにさせる?)書かれ、なかなか知識欲を満たしてくれる面白い本だった。後半はちょっと読み進むのに時間がかかった。
    数学って元々人が考え出した言語(私はいつも数学は物事を記述する言葉だと思っていた。)なのに、その世界の中に入り込むとミステリーに満ちており、宇宙と同じくらい不思議でわからない事がまだまだたくさんある世界。昔もっと真面目に勉強しておけば良かったな、と後悔するばかりである。

  • 数学ノンフィクションで ドキドキするのは 初めて。私は 数学に慣れていない 文系読者だが、何とか 読み切れた

  • これを面白くないと言うと自分の無学をさらけ出すようで、若干恥ずかしいが敢えて言いたい。正直、まあまあだ、と。
    やはり大前提として、数学に対して多少なりとも興味を持っている必要があると思う。そうしないと、作中に出てくる数学者たちの努力の素晴らしさがイマイチぴんとこないんだ(少なくと俺はってだけなんだけどね)。

    例えば、若き日のジョン・レノンを題材にした映画「ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ」のラストのミミ伯母さんとジョンの台詞のやり取りで何故感動してしまうかというと、それは私がビートルズが大好きで、彼らの後の偉業を知っているからなんだ。

    結局フェルマーの最終定理ってのは、非常に優しい文章で書かれているから、なんとなしには理解できるし、それを証明する意義ってのも分かるが実感としてそこまで持てずじまいだった。
    とは言え、一週間ぐらいで読み終わったから、文句を言いつつ、結構面白かったんだとも思う。
    本当につまらなかったら投げるもんね。

  • 数学とはただ計算をしたり、図形やグラフの問題を解くだけではないし、自分が知っていないだけで身の回りには数学を応用した機械や仕組みで豊かな生活を送ることができている、さらに数学の問題や証明の際の考え方は、数学以外のことにも役に立つ…このような認識でいた。
    この本は、予想以上だった。歴史、情熱、夢、絶望、好奇心、人生をかけて難題に取り組む人もいれば、思想や時代に妨害されて数学に専念できなかったのに、功績を残している人もいた。
    数学的証明は、一つでも該当しないものがあれば真の証明にならない。かといって、無限にある数を一つずつ計算していってはいつまでたっても証明はできない。背理法、帰納法、それにワイルズが用いた、志村=谷山予想を証明することで、フェルマーの定理も真であると証明するように、別のものと組み合わせて考えていく方法もある。日常生活で悩んだり困難なことが起きたら、ずっとその悩みに正面から向き合うだけじゃなくて、否定してみたり、特殊の中から不変の要素を見つけてみたり、まったく別の分野の物事からアプローチしてみたり、そんな考え方は参考になるし、そんなことができる人間の思考も無限なんじゃないか。
    目には見えないし二次元に表現すらできないけれど、確かに存在するものがあること、そしてその数学に情熱をかける数学者がいることに感動する。

  • 数学の面白さ、人類の歴史を積み重ねることの尊さ、理論を統一することのロマンを存分に味わうことができる素晴らしいノンフィクション小説です。数学の知識がない人、数学が嫌いな人(私もです)にも数学って面白い!という気持ちを喚起させる著者の技量に感服です。数学の魅力は不確実性の一切ない純粋な論理の結晶であることだという説明に心から納得させられてしまった。そしてなにより時代を超えた多くの人々によって知識が受け継がれ深められていくことの尊さを実感します。たくさんの悲喜交々のドラマや運命が歴史として積み重なっていることに深い感銘を受けずにいられませんでした。人間には負の側面も多くありますが、本書には人類の営みの素晴らしさが詰まっています。

    本筋から少し外れた部分ですが、コンピューターによる数学の証明に関する話は別の意味で興味深かったです。いまでは人工知能が広く一般の話題になり機械が人間の知力を超えるということが現実になりつつありますが、数学の世界では20年近く前にいち早くコンピューターが人間の創造力を超える事態を目の当たりにし、その強力さと不気味さに直面していたということに驚きました。コンピューターが行った数学の証明は人間の力では審査できず別のコンピューターで再現性を確認しただけで受け入れるしかなかった、という話は今後の人間と機械の関係を示唆しているようで恐ろしい。フェルマーの最終定理の証明は人類の叡智の結晶だったが、科学を含めた文明の発展の担い手は今後人間からコンピューターに移ることになるのだろうか。

  • 〈私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない〉数学者フェルマーはこんなメモを残したが、その後300年間誰にも解くことができなかった。その問題がフェルマーの最終定理である。1995年、現代の天才数学者アンドリュー・ワイルズによってそれは解かれた。
    この問題がどのようにして解かれたのかはもちろん、数学がどのようなものであるのか、証明したワイルズや問題に関わる多くの数学者の話がこの本には書かれている。日本人の数学者もこの難問を解くキーパーソンとして登場している。
    科学とは違い、数学は証明が正確であり、一度証明されればそれは永遠に正しい。その厳密さが数学の面白いところだ。この本読み終えたときには、あまり数学が得意でない人でも数学の虜になる。難しいフェルマーの最終定理をこれほどわかりやすく説明してくれている本は他にはないだろう。ぜひ興味のある人は読んで欲しい。そして読んでくれた人は最後にこう思うだろう。絶対フェルマーは解けていない。

    本館2階東閲覧室(自然科学系) 412||Ri

    chigataki

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