最後に笑った男 下巻 (新潮文庫 フ 13-13)

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  • Amazon.co.jp ・本 (338ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102165133

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  • ジョナサン・エヴァンズ名義による1980年発表作。スパイ小説界の旗手として既に名を馳せていたフリーマントルは、当初〝別人〟に成り済ましていた。より作風の幅を拡げたいという思いと、溢れ出てくるアイデアをひとつでも多く書くために、敢えて複数の筆名を用いたのだろう。何しろ、絶頂期にはノンフィクションも含めて一年間に4、5冊上梓しており、しかもどの作品も安定した評価を得ている。1984年のインタビューでは、長編の場合リサーチに約2カ月、執筆には6~8週間という驚異的なスピードで仕上げると語っている。当然、敏腕ジャーナリストとして活躍した下地があってこそだが、簡単に真似が出来るものではない。
    本作は、中東での謀略を巡る熾烈な諜報戦を主軸に、活劇的要素に最大の力点を置いている。要は冒険小説へのアプローチを試みた意欲作であり、全編ボルテージが高い。必然ボリュームも増し、読み応えがある。

    アフリカのチャドに突如出現したロケット発射基地。西ドイツの一企業が自国政府の支援を受け、秘密裏に建造したものだった。米国CIAは、第三国によるスパイ衛星打ち上げに真の目的があると読む。間もなくして〝借り手〟が判明した。リビア。標的がアラブ諸国の宿敵イスラエルであることは明白だった。もし衛星が軌道に乗れば、均衡が一気に崩れ、中東は火の海と化す。同時期、ソ連KGBも情報を入手しており状況を危惧していた。実は、米ソは戦争を望んでいなかった。手綱を握れないリビアやイスラエルの暴走は、両陣営独自の中東覇権政策と相容れないものだからだ。CIAとKGBは各々に工作員を現地へ送るが、基地に辿り着くことさえ叶わず全て失敗する。そんな中、両国は前例の無い打開策を見出した。

    本作最大の肝は、スパイ衛星発射阻止のために、米ソ諜報機関が手を結ぶことにある。双方の利害が一致すれば、前代未聞の〝タッグチーム〟も不可能ではないという大胆な着想が冴える。厄介な中東での火種を消すために、遂には東西冷戦の両親玉による共同作戦がスタートを切るのだが、易々と「昨日の敵は今日の友」となるはずは無く、腹の探り合いの中で計画は練られていく。仮に計画が破綻した場合であっても、相手国に責任転嫁する裏工作を練っておく両者の狡猾さもきっちりと描いている。

    密談を重ねたCIAとKGB両トップはミッションを3つに細分化し、両陣営から能力と経験が同レベルの人員を同数手配することとした。重要度と優先度の高い順から上げれば、一つ目は、西ドイツ政府職員を擬装して基地内部に潜り込み、発射システムを麻痺させる工作グループ。二つ目は、武器弾薬を使い暴力的手段によって基地自体を破壊するコマンド部隊。三つ目は、現地の自然を荒廃させ、基地で多数就労する周辺住民を物理的/精神的苦境に追い込む要員。何れも条件に合致する第一線の科学者、軍人、工作員が選抜された。
    本作は三部構成で、準備段階/実行/その後と流れを追うのだが、物語を大きく占めるのは3班に分かれた米ソ混成部隊それぞれの工作活動となる。それまでは倒すべき敵と刷り込まれていた者たちと行動を共にすることで、次第に不信と困惑が薄れ、同じ目的に向かって進む〝同志〟となっていく。その過程の描き方が巧い。打算的な上層部に比して、彼らは自然と互いにシンパシーを抱いていく。敵国の人間といえども信頼しなければ共倒れとなり、現場の者にしか分からない苦悩を共有するからだ。不測の事態が次々と襲う中で繰り広げる死闘。徐々に狂っていく筋書き。盤上の駒として不条理な運命に翻弄されていく彼らの末路が空しい。

    フリーマントルのファンならば、結末がどのような形を取るのかは、ある程度覚悟するだろうが、本作も決して甘くはない。一貫しているのは、大義への懐疑であり、官僚主義への徹底した批判である。権力者は、名も無き工作員らの犬死にを闇へと葬り、自壊した策略は予め用意していた最悪のシナリオで代替する。だが、事の全貌が明かされる終幕に至って、さらに強烈なしっぺ返しを食らうこととなる。米ソの巨大諜報機関を一気に骨抜きにし、最大の利益を得て「最後に笑う男」とは〝誰〟か。
    緻密に練り上げたプロットに、またしても感嘆する。果たしてフリーマントルに、弱点はあるのだろうか。

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