ザ・ロンリー (新潮文庫 キ 2-4)

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  • Amazon.co.jp ・本 (187ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102168042

感想・レビュー・書評

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  • パッチズと結びついてくれて安心した。「人生は無慈悲なものであるということ、また許される過ちはたくさんあっても、弱さは決して許されない」という終盤のフレーズで、この作品はこの表題になっているのだと思った。

  • 期待して読んだのですが、ぜんぜん進まずに流し読みになってしまいました・・・

  • ザ・ロンリー(The Lonly)

    孤独を表す形容詞そのもので呼ばれる者は、いったいどんな者たちなのか。

    扉にはこう記されている。

      孤独(ロンリー)な、まだ若すぎる彼ら、時空の征服者たち。

      大人になりたての身で、彼らは二つの世界のはざまに暮らし、
      銀の船で戦いに赴いては、つめたい気圏をくぐりぬけて戻ってくるのだ。

      彼らは大空の子供たちだ、ふるさとを見失ったさすらいびとだ。

      ザ・ロンリーとは、年端もゆかぬうちから天国と地獄とを、
      まのあたりに見てしまった者たちのことである。

    舞台は戦時中。

    23歳のジェリー・ライトは、ロンドンに駐在する空軍将校だが、
    搭乗勤務をやめてスコットランドに行って
    二週間ほど休んでくるようにと、航空医官から言われる。

    ハイスクール時代のフットボールのように、
    戦争という「ビッグ・ゲーム」に参加していて毎日が大試合なのだが、
    このスポーツの背後には苦々しく恐ろしい現実が隠れていて、
    それに立ち向かうだけの準備は、彼のこれまでの人生や育ち方ではできていなかった。

    このスポーツでは、仲間が致命的な大けがをしてくることもあれば、
    帰ってこないこともあるのだ。それは、自分自身にも起こりうる。

    ジェリーがこれに耐えるには毎度ながら酒が必要だった。

    彼は、戦争神経症になってしまったのだ。

    米国・ウエストベリーの故郷を離れての任務だったが、
    あと20の任務を終えたら、国に帰れる。

    祖国には、両親と婚約者がいた。

    婚約者と言っても、ジェリーにとっての彼女・キャサリンは、
    女性崇拝の対象のような、憧れのような存在で、
    結婚して、家庭を作っていくというような現実感が
    いまひとつ浮かんでこない相手なのである。

    両親同士、特に、母親同士が仲が良く、
    良家の子女としてともに似たような環境で育ってきて、
    婚約も両親の意向でとんとん拍子に決まり、
    環境が約束したような相手だったのだ。

    キャサリンは、両親が築き上げてきて、
    ジュリーが今まで生きてきた環境そのもののような存在だ。

    さて、静養の話を将校グラブのバーでこぼしていたジュリー。

    「すごく寂しいでしょうね。
    スコットランドに野郎たった一匹で、何すりゃいいんですか。
    だれか仲間でもいればいいけど……」

    女の子を連れていけと少佐は言う。

    寂しさをまぎらすには、すてきな娘と寝るのが一番さ。
    ちゃんとした上品な娘を連れて行けよと。

    このときジュリーが思い出したのは、パッチズだった。

      パッチズはいかにもおだやかな灰色の瞳をした、いささか変わり者の娘だった。

      顔立ちは地味で、茶色のまっすぐな髪をしている。

      こちらが長いこと黙っていても、おとなしく文句もいわずに座っていて、
      相手の好きにまかせておいて、それでいて側にいるだけで
      暖かな気分で包んでくれる。

      本気で夢中になってしまうタイプの子ではないけれど、
      あんな子と休日いっしょにいられたらさぞ素敵だろう。

    パッチズは、WAAF(英国空軍婦人補助部隊)に所属しており、
    彼女もちょうど10日間の休暇がもらえることになっていたのだ。

    少佐は、女の子が行ってくれるとしても、
    長く続くものじゃないと最初から言っておかないとだめだという。

    「最初からわからせておけばいいのさ。たいていの娘は百パーセントだいじょうぶ。
    泣いたり、騒いだりしない。カチッ、はい、おしまい!…」

    この少佐の言葉は、あとあとジュリーの心の中に残ることになる。

    自分がそんな風にはできなかったから。

    なぜなら、パッチズは、こんな存在だったから。

      二人は、前にも触れたように、ただすわって長い間黙っていても平気だった。

      それでもジェリーはパッチズと別れた後で、おしゃべりをした時と同じように、
      暖かな気分になり、元気になった。

      声には出さなくても二人の間には、
      ささやかな、静かな心の交流があることに
      ジェリーは気づいていなかった。
      ―視線をかわしたり、眉をあげて合図をしたり、
      ふと触れ合ったり。パッチズの口元から漏れる
      ささやくようなほほえみや、なにか言いかけたときの表情―

    でも、ジュリーは旅の話を持ちかけるときに気づいていなかったのだ。

    パッチズがジュリーに恋をしていたことを。

    だから、彼が一緒に旅に出ることを持ちかけながらも、
    国に婚約者がいることを切り出したときはお互いにつらい気持ちになる。

    それでも、パッチズは彼と一緒に旅に出ることを選ぶのだ。

    同じ戦場で過ごした二人は、戦友のようなところがあり、
    そして、パッチズは、ジュリーの苦しみや悲しみに
    静かに寄り添える存在だった。

    この旅は決して快適なものではなかったが、
    2人を分かち難い者たちにしてしまう。

    それが非可逆的な変化であることを、
    旅を終えて離れてからお互いに気づいてしまうのである。

      その時、ジュリーはいろんな点で、
      自分がもうジュリー・ライトですらないことに気ついた。

      自分は、もうここにはいない。

      パッチズという女性の一部になっているのだった。

      いったんこうしていろいろ考えはじめ、事実の一端に触れると、
      もう押しとどめようがなかった。

      パッチズをわすれることなんてできない、けっして。

      パッチズは、ジュリーの胸の中、頭の中、魂の中、五感の中に、
      ずうっと存在するのだ。



      パッチズのすべてがジェリーのものであった。

      ―考えていること、体、頭、心、パッチズの中で大きくなり、
      いま花開いた女らしさ―

      起きていても眠っていても、生きていても死んでいても、
      息をしても、歩いていても、どこにいようと、時の果てまで、
      パッチズはジェリーのものだった。

      パッチズはジェリーのとりこだった。

      そのことがわかるからこそパッチズは恐ろしくて震えがとまらなかったのだ。

      パッチズにはもう何物ものこされてはいなかった。

      パッチズという存在はすっかり失われてしまったのだ。

    自分の一部となってしまったものを失うことは、自分を失うことに等しい。

    再会がジュリーにとって、五感を取り戻すようなもので、
    パッチズにとって、暗闇の中で息を吹き返すようなものだったのは、
    失った自分を新たな形で取り戻したからではないのか。

    再会後に取り戻した自分は、以前の自分ではない新しい自分だ。

    ジュリーはおそらくこれから自分を育んだ環境と
    対峙して行かなければならないだろう。

    それは決して楽なことではないだろうが、
    それでもふたりの未来を信じられる。

    著者・ギャリコの愛に対する本質的な信頼が
    若い二人の世界を支えているから。

  • 故郷に残してきた婚約者、そして戦地で出会った彼女・・
    馬鹿な二股男の話ではなく、戦争がなければ経験しえなかったことを男女の恋愛を通して風刺したストーリーは、さすが。

    主人公の心の葛藤がひしひしと伝わってとてもせつない。

  • 珍しくファンタジー要素がない。しかしポール・ギャリコは本当に内面を書くのがうまいなぁと思います。始めにある「孤独」の説明はわたしにとって凄く大きなもの。

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著者プロフィール

1897年、ニューヨーク生まれ。コロンビア大学卒。デイリー・ニューズ社でスポーツ編集者、コラムニスト、編集長補佐として活躍。退社後、英デボンシャーのサルコムの丘で家を買い、グレートデーン犬と23匹の猫と暮らす。1941年に第二次世界大戦を題材とした『スノーグース』が世界的なベストセラーとなる。1944年にアメリカ軍の従軍記者に。その後モナコで暮らし、海釣りを愛した。生涯40冊以上の本を書いたが、そのうち4冊がミセス・ハリスの物語だった。1976年没。

「2023年 『ミセス・ハリス、ニューヨークへ行く』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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