ある奴隷少女に起こった出来事 (新潮文庫)

  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (352ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102201114

感想・レビュー・書評

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  • この本との出会いは、ほんの偶然、時間をつぶすためだったという訳者の堀越ゆき氏同様、私も、実家のある田舎の小さな小さな書店で、時間つぶしのために手に取ったことだった。
    翻訳本、それも北欧ミステリー好きなのに、その書店にはそれの類が無く、仕方なく、、、期待もなく、、、海外コーナーわずか十数冊の中から選んだ一冊だった。
    しかし、読み出したら止まらず一気読み。
    作家でもない一人の奴隷少女によって書かれた彼女の過酷な実体験を綴った本作は、アメリカの古典名作ベストセラー・ランキングで上位というから納得である。
    自由を得るために、彼女が選び自らに課した運命は、あまりにも悲痛なものであり、その痛みは想像を絶する。
    最後に訳者によって語られる彼女の身内のその後には、言葉も失ってしまった。
    彼女自身が持つ崇高な魂と、恵まれた有難い人々との出会いによって培われていく才気によって、過酷な運命を自ら切り開いていく彼女の強さから、生き方を学べたことは、この本を世に送り出してくださった歴史学者のイエリン教授や訳者の堀越氏に感謝しかない。
    彼女が手にしようとした差別からの解放のための運動に対して、現在のアメリカの大学、航空業界、医療業界においては何%かの割合で黒人を受け入れることが義務付けられている。それは果たして、彼女が望んだ解放なのか?平等なのか?
    彼女の自由を買い取るつもりでいる心優しい夫人の行為に対して、彼女は「自分の心が啓発されていくに従い、自分自身を財産の一部だとみなすことは、ますます困難になっていた。自分を痛ましく虐げた人々に金を払うことは、これまでの苦しみから、勝利の栄光を奪いとることのように思えた。」と考える。現代においては、有色人種であれ、女性であれ、各自の努力の上に手にしたものを最上で尊いと受け止めていくことが、彼女の生き方に近い気がした。優遇は、彼女の求めた平等や解放ではないはずだ。
    彼女の如き、気高い精神を持ち、常に努力を怠らず、自己を磨いていきたい、と思えた。
    私にとって、時間つぶしが珠玉の一冊となった。

  • ある奴隷少女リンダの伝記小説
    126年後に実話と証明され作者が主人公の奴隷少女だったとわかるという長い時を得て日の目を見た本

    奴隷少女が書いたとは思えないほど知的でセンスの溢れる文章
    だからこそ、執筆者を著名な白人に間違われていたのかもしれない

    それほど物語としての惹きつける力がある
    そして彼女に起こる残酷で凄惨な現実に打ちのめされる
    死を選ばなかったことを単純に賞賛できないほど苛烈だった
    実際自分に置き換えたら...

    リンダの弟ウィリアムは言う
    鞭で打たれる痛みには耐えられる
    でも、人間を鞭で打つという考えに耐えられない

    リンダは思う
    大きな毒ヘビですら文明社会と呼ばれる地に住む白人男性ほどは怖くはなかった

    リンダは奴隷売買に思う
    自分の心が啓発されていくに従い自分自身を財産の一部とみなすことはますます困難になった
    正しく自分のものでは決してなかった何かに対し、支払いを要求した悪人のことは嫌悪している
    私は売られる
    私の自由を売買される

    リンダは奴隷逃亡生活の苦しい中で尊厳は取り戻していく
    自分を差別しない友との交流で
    リンダは自分の子供を奴隷制度から逃れさせるため逃亡をするが、人間の自由が売買される制度に強烈な嫌悪感を抱く
    剥奪されるのは人権だけではない
    尊厳や自主性、主張も持つ事を許されない
    奴隷のくせに傲慢だとみなされる

    聖書がなんの救いになるのだろう
    何を我慢すればいいのだろう
    なぜ なぜ なぜ
    と憤るしかなかった

    弱者に押し付けられる清廉という欺瞞の中で
    これだけの意見を持つ彼らはその聡明さが故に理不尽極まりない現実に苦しみ悶えた

    リンダの戦いは自由になったから終わるわけではない

    奴隷制度が撤廃されても歴史は残る
    リンダの言葉は今を生きる私にも必要なもの
    先人が血と汗と涙をふり絞って手に入れた人権、尊厳を権力の元に投げ出してはいけないと

    リンダという名も無き奴隷少女が綴った小さくて聡明で抗う力を与えてくれる本



  • ハリエット・アン・ジェイコブズ『ある奴隷少女に起こった出来事』新潮文庫。

    出版から120年以上経過し、やっと陽の目をみたという貴重な自伝的ノンフィクション小説。本作に描かれているのは生まれてから物心がつくまで自身が奴隷であることを知らなかった著者が、奴隷として生きてもなお希望を失わずに、自由を求める物語である。

    奴隷制度について描いた作品と言えば、アレックス・へイリーの『ルーツ』が有名である。しかし、『ルーツ』は、あくまでも事実に基づいたフィクションということで読み物としては確かに面白い作品だった。一方、本作は奴隷という身分に身を置いた経験を持つ著者が書いただけに恐ろしいまでのリアリティを感じると共に人間の残虐さを再認識する内容になっている。そして、読み進むうちに知らぬ間に著者の奴隷という視点で考えることを追体験することとなり、本当に不思議な感覚を味わうこととなった。

  • 南北戦争当時の南部を舞台にした「風と共に去りぬ」には、奴隷解放を謳って南北戦争を勝利した北部の人間たちが必ずしも黒人を同じ人間として尊重していなかったこと、南部人たちは奴隷を所有してはいるが、その健康に心を砕き、病気の時は屋敷の女主人が献身的に看護するなど、奴隷たちは家族同然であったと描かれている。

    オールコットの「若草物語」が同時代の北部の家族の物語だとすれば、「風と共に去りぬ」は南部側の視点から切り取った物語であり、物事の二面性を示す好例だと思っていた。

    本書はその見方をまた新たに、そして強力に覆す。過酷な運命に抗い、自由と人間としての尊厳を求めて闘い抜く奴隷少女の物語である本書の稀有であるのは、奴隷であった人間にこれほど知的で正確で鋭い文章が書けるのかという疑問から長らくフィクションだと思われていたのが、ある研究者により著者および本書に登場する人物が実在したこと、数々の事実と符合するノンフィクションであることが判明し、120年の時を経てベストセラーとなった点だ。

    著者ハリエット・アン・ジェイコブズは、奴隷所有者を忌み嫌うと同時に、彼らもまた、この社会制度の元に生まれていなければ、真のキリスト教徒として誰にも恥じない価値観を持って人生を歩めたかもしれないと語る。部落差別、人種差別、民族差別など、現代にも残る全ての差別に通じる洞察に、この時代の、人生の前半を奴隷として過ごした人物が、過酷な生活の中で到達したことに尊敬の念を覚える。

    翻訳家ではない訳者の堀越ゆきさんと本書との偶然の出会い、堀越さんがこの本を今の格差社会に生きる日本の少女たちに届けたいと自ら翻訳に乗り出し、出版社に持ち込んで日本での刊行にこぎつけたという経緯もドラマチックで、この人に訳されるべくして訳されたという感じである。極めて読みやすく、それでいながら著者の心情が文字の後ろから立ち上ってくるような翻訳に仕上がっている。

    ただ、あとがきの中の「地方に生まれ落ちた少女たちにデフォルトで与えられた人生から抜け出すこと」云々の記述は、やはり一面的な見方と感じざるを得ない。高校大学をアメリカで過ごし、大手コンサルタント会社でグローバルビジネスの真っ只中ではたらく著者からは、大手住宅メーカーが低予算で建てた画一的で無個性な家が立ち並び、量販店とファミレスとパチンコ屋が目立つ閉塞感に満ちた地方都市は、少女たちが夢を抱けない、抜け出したいと思う場所なのだろう。そして「地元の大手企業の工場に運良く勤められる」ことが才覚を生かしてその土地から抜け出せなかった少女たちの最大の成功であり、それさえもいつ何時巨大な権力を持った者たちに予告なく奪われるかもしれないといった状況が、自らアッパーミドルクラス出身と称する訳者には、当時の陰湿な南部の空気と重なるのかもしれない。

    地方に住んでいると、都市部との格差、ギャップ、地方であるが故のハンディを感じることは確かに多い。しかし、人生とか豊かさとかは、もっと多面的で多様なものである。可能性も無限である。「どんなに努力しても、あの子たちが今持っている正しい価値観を曲げることなく、自分らしく自由に働ける仕事は、あそこにはない」との言葉は、おそらく何かに反発しながら闘いながら努力を重ねて今の場所にたどり着いたであろう訳者にとっては真実であっても、やはり一面でしかない。

    • neginohanaさん
      こんにちは。
       同感です。

      「地方に生まれ落ちた少女たち・・・」以降のこと、私もひっかかりました。見下された気がして、不愉快でした。
      こんにちは。
       同感です。

      「地方に生まれ落ちた少女たち・・・」以降のこと、私もひっかかりました。見下された気がして、不愉快でした。
      2022/08/10
  • アメリカの国営放送(VOA)が英語学習者向けに編集しているサイト「VOA Learning English」の中の1コーナー「America's Presidents」が非常におもしろくて、1代目から順番に楽しんで読んでいます。(でもまだ8代目あたりですが)
    で、3代目のトマス・ジェファーソンの回で衝撃を受ける事実が。
    トマス・ジェファーソンと言えば、ラシュモア山に顔が刻まれている4人の大統領の一人で、「全ての人間は平等に造られている」と謳う独立宣言を起草し、今でもかなり人気のある、あのトマス・ジェファーソン。「奴隷制度には反対」を表明していたらしいですが、そんな彼が、黒人奴隷と長く性的な関係を持ち、子供も複数いたと書いてあるではありませんか。
    ・・・( ゚Д゚)はぁ?!
    と思って、リンクが張ってあった記事から記事へと読み進めるうち、彼の正妻とその奴隷の女性は異母姉妹(つまり、父親はその奴隷の所有者)だったということも分かりました。遺族の反発などもあり、彼のこうした側面はずっと謎のひとつだったようですが、比較的最近(1980年代?)、その奴隷女性の子孫とされる人たちのDNA鑑定などを経て、今ではほぼ事実と認められ、ジュラシック・パークのサム・ニール主演でTVドラマも作られたらしい。
     ま、まじすか! と、さらに関連記事をむさぼるように読んだのですが、その中で、アメリカの奴隷制を知る貴重な資料として、この本が紹介されてました。というわけで、読んでみることにしました。(・・・長い前置きでスイマセン)

    ジェファーソンの奥さんと、ジェファーソンの子供を産んだ奴隷とが異母姉妹だった、という事実、聞いた時は、胃がひっくりかえりそうになりましたが、この本を読めば、それが当時は非常にありふれた出来事だったと分かります。
    白人紳士が黒人奴隷との間に子供を持つことは全然恥ずかしいことではなかった一方で、子供を買い取って自由にしてやることは、南部の経済基盤を脅かすとして、とても軽蔑される行為だった、と書いてあって、ビックリしました。なんだ、その都合の良い道徳観は!

    著者は、当時の感覚からすれば、もしかしたらラッキーな方だったのかもしれないなと思います。狭いコミュニティに住んでいたおかげで、体面を気にする所有者から力ずくで乱暴されることはなかったのだから。(当時はレイプなんていくらでもあっただろうと思うし、彼女の所有者であるドクターも、本気で「自分は寛大だ」と思っていただろうと想像する)

    ジェファーソン記念館の公式サイトにアップロードされているビデオは「ここを訪れる人は、ジェファーソンが良い奴隷所有者だったかと知りたがるが、なかなか説明が難しい。制度的に、善い奴隷所有者でいるのは不可能」と言っていました。
    この本を読むと、著者一人の生涯だけでなく、この制度そのものがいかに恐ろしく、抜け道がなく、奴隷たちをあらゆる方向から苦しめてきたかが構造的に分かります。
    良い奴隷所有者なんてものはこの世に存在しないという事実、少なくとも、私はこの本を読むまでは分かっていませんでした。

    ちなみに、この本を訳された方はプロの翻訳者ではないせいか、あとがきがちょっと変わっていて印象的でした。非常に熱い思いからこの本を訳したようで、思いが過熱しすぎて、あとがきのところどころが「ちょっと、何言ってるのか、よく分からない」状態になっていて、少し笑いました。
    こういう変わった経歴の人が訳す本には、プロとはまた違った気合が入っていて良いなぁ、と思いました。

  • 偶然出会った本。届いて一気に読みました。

    150年前に実在した女性が実体験を忠実に綴った、奴隷少女の話。
    当時、奴隷は読み書きができなかった時代に
    運良く読み書きができたアメリカ南部の黒人女性。
    自由州と呼ばれた北部の女性に、南部の奴隷女性のことを知らせたくて
    筆をとったそうです。

    当時は、フィクションと思われ、自費出版だったこともあり
    埋もれてしまったそうですが、
    いくつもの偶然が重なり、時をこえて掘り起こされたアメリカの名著です。

    この本の翻訳者と同様に、
    自分も読まずにはいられず、一気に読みました。

    内容は大変過酷なものです。
    でも、こういった歴史のうえに世界が続いていて、
    今があるということを知っておくことは
    のちのち大変重要な要素になると思うのです。

    そういった側面で、この本に出会えてよかったと思います。
    気になった方は、ぜひ読んだ方がいいと思います。

  • タイトルからしてキツイ内容を想像できるのですが、本当にきついです。
    最初から最後まで息つく暇もないほど、緊迫感と痛みを感じました。想像を絶する辛さです。

    人間に所有という概念がある世界。
    自分が自分のものでない存在。自分が何者かに支配され続ける人生、それが奴隷制度。

    当事者だけにしか、本当の辛さは分からない。
    私たちは想像することしかできないけれども、彼女の痛みは理解できるはず。

    この本を読んで、思ったこと。
    「自由」とは何か、よりも「自由でない」事とは何かを考えさせられました。

    自由でない状況とは、、、
    やりたいことができないということではなく
    イヤなものを「嫌だ」といえない状況なのではないでしょうか。

    先の見えない中で自由を求め、あきらめずに命がけで戦い続ける著者の姿は私たちに勇気をもたらしてくれる。

  • これが、わずか200年前に起きていた事なんて。
    そして、今でも(ここまで暴力的なことは減ったとしても)かたちを変えてこの残酷な差別が横行しているなんて。
    まずは知ることから。
    フタをし、目を逸らさずに考え続けるを手放さないように。

  • 以下、思ったことをただ書き殴る。
    ☟☟☟
    なんか、すごく嫌な嫌悪感しかない表現がたくさんあった。
    人をあげるとかもらうとか買うとか売るとか、もうなんなの?意味わかんない。
    女だから、15歳を超えたら、性暴力の対象になるの?なんで?は?
    特にこの2つ。なんでそんなことを考えられるんだ...
    でもそんなこと言ったって、わたしが同じ立場で、しかも白人側だったら、小さい頃からそれが普通の環境だったら、喜んですることなんて決してないって言いたいけど、少なくとも批判する勇気はなかったと思う。


    書店でたまたま見つけて、たまたま手に取った本だったけど、この本に出合えてよかった。
    夢中で読んだ。
    自分の中で勝手に想像していた奴隷制とは違うところもあって、勉強になった。
    でもなんか、同じ人間なのに、ただ肌の色が違うってだけのほんっとしょうもない理由で、なんでこんなひどい扱いを受けなくちゃいけなかったのかって考えると涙が出る。わたしが日本人だから、島国だから、人種差別なんて接してこなかったから、そう思うのかもしれないけど。
    ジェイコブズさんの折れない強い心と聡明さ、よくこんな時代に、ちゃんと教育を受けられなかったにも関わらず、、すごい。死んだ方がマシなくらいひどい扱いだったのに。
    けど最後は自由になれて、たくさんのいい人に出会えて、本当によかった。もちろん運もあると思うけど、けどまっすぐ折れない生き方をしてきたから、素敵な人に出会えたんだろうな。

    (表現は違うけど)奴隷制は白人も黒人もだめにする。当事者だったのに、しかも被害者側だったのに、そう思えたことがすごい。

    今の日本でもまだ差別は残ってるし、男尊女卑的考えもまだまだ蔓延ってる。けどこの時代よりは確実にマシだから、だから頑張るって変だけど、もっと社会が変わっていくように折れないで生きていこう。

  • 積ん読本。
    奴隷制度とは、得に女性にとって何と苛酷で凄惨なものか。
    本書から150年経った今現在でも、差別と虐待は無くなっていない。
    茂木健一郎氏によれば、人間の脳は縄文時代から変わっていないそうだから、考え方も変わらないかもしれない。
    人間の恐ろしさを身に染みて読む。

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