偶然の音楽 (新潮文庫)

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  • Amazon.co.jp ・本 (329ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784102451069

感想・レビュー・書評

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  • 主人公ナッシュは、大学を中退して転々と職を変え、ひょんなことで消防士の試験に受かりそれからは地道に務めていた。二歳の時、父は家を出て、現在は母親と妻と娘の三人家族あった。しかし母が脳卒中で倒れホームに預けてからは入院費用のために生活は逼迫し、妻は子供を置いて出て行ってしまった。
    突然訪ねてきた弁護士から父親の遺産20万ドルを受け継ぐことを知らされる。父の死よりも大金が転がり込んだことは晴天の霹靂、彼に無常の喜びをもたらした。
    入院費の滞りを払い娘は仕事柄ナッシュにはなついていなかったので、堅実で子煩悩な夫を持つ姉の元に預けた。

    ナッシュは、残りの金で赤いサーブ900を買う。

    彼は車に乗って目的も無く走りたかった。職場にある有給の残り三ヶ月分を消化すればこの気持ちも収まるかと思ったが、一旦帰ってみるとまだ虫は治まらず、とうとう引っ越すことして退職する。
    そして銀行に残った6万ドルで、彼は今まで縛られていた様々なしがらみから開放されフリーウェイに乗る。
    窓外を流れていく異郷に景色の中では、自分の体から自分が離れていくような気になれた。

    好きな音楽とともにアメリカ大陸を横断し名所見物をし父親がいたというカリフォルニアにも行ってみた。そしてついに残りの金を数え、こういう生活も永遠には続かないことに気がつく、切り詰めてはみたがそんな習慣はとっくに無くなり、出発してから1年と2日、残りは1万4千ドルになっていた。絶望の一歩手前、ニューヨークに向かった。

    途中で満足に歩けない若者を拾った。
    「そのようにしてジャック・ポッツィはナッシュの人生に入ってきた」
    少年のように小さく細身で、殴られた傷のせいで満足に歩けない、服は引きちぎられたようにぼろぼろの姿で、彼は助手席に倒れこんできた。
    ジャックはカードを使ったギャンブラーだった、自分は腕がよくいつか無敵になりワールドカップにも出られると自信たっぷりだった。
    生死の境をさまよう子供を助けたようで目が離せず、ナッシュは残りの金で何くれと世話を焼く。彼は自由と引き換えに、忍び寄ってきたささやかな孤独感に気づいていた。

    ジャックのカードの腕を試してみると、ただのホラではない相当の実力があった。彼は当たった高額の宝籤から投資をはじめ今では富豪になり深い森にすむ二人からカードの招待を受けていた。資金は最低一万ドルはいるという。ナッシュは残りをジャックに賭けてみることにした。どうせ素人の成り上がり者で、いいカモになるだろう、ともはや二人の将来の夢はどこまでも膨らんでいった。

    そして行き詰る様な攻防の末、ジャックはナッシュの起死回生の追加金をすってしまい、1万ドルの借金まで出来る。
    生活資金まですっかり無くしたところに抜け目の無い二人から時給10ドルで、城を解体した石で塀を作ることを提案される。金が無くては出て行くことも出来ない一個の石を積んである山から一つずつ運んで長い塀に積んでいく。

    しかしこの仕事に慣れてくるとナッシュは徐々に心の底に平安を覚えるようになる。
    一方ジャックは、相手の二人をいかさまだとののしり、憤怒の言葉を吐き散らし、ツキが逃げたのはナッシュのせいだとまで言った。
    だが彼も金がなくては行き所も無い、金網で囲われた広い敷地の中の囚人のような待遇に慣れかけてきた。しかし彼一流の処世術でそのときはそういう風に自分をだましてしか生きることができなかったのだ。

    見張りのマークスは一日中脇で突っ立ったまま監視する、雨のぬかるんだ日も雪の日も、ただ突っ立って時々あれこれと指図する、二人は無視することを覚えた。
    そしてとうとう借金を返した日、ジャックはお祭り騒ぎをする。ささやかな生活費は出来た。金網の下を掘り小柄なジャックなら外に逃げられるのではないか。
    しかしその穴を抜けた先には幸せな生活は無かった
    ナッシュのサーブは富豪の二人からマークスがもらっていた。一人残ったナッシュは少しずつマークスや息子や孫にも馴染んでいく。ついにその素ごとからも放たれる日が来たとき、かって自分物のであった赤いサーブを運転をして町に出かける。

    あらすじでも長いが、実に現代のストーリーテラーといわれるように面白い。
    ナッシュという人物。しがらみから逃げて走り回った月日が終わった頃は、帰着する場所を失って、思いもしなかった孤独感を感じるようになる。自由を得たと思ったところが、やはりそれは帰属するものがどこかにあってこその自由であり、糸が切れてしまっては、自立していく強く新しい精神を育てなくてはならない。彼はその手段をジャックという青年の中に見つける。少しの愛着と近親感は生きていけるだけの心のよりどころではあった。
    人をひきつける話術と巧みな生き方を見につけたジャックは彼もナッシュに馴染んではいたがまだ若く、ナッシュの誤算は、ジャックは天才でありナッシュは凡人であったことだろう。

    息詰るゲームの折、ナッシュはジャックの邪魔にならない位置で見守っていたつもりが、トイレに立ち、ついでに屋敷の中を歩いて住人の持ち物を盗んだ、それはジャックの命がけの気迫をそぎ、負けという運命に落とし込んでしまった出来事だったのだ。ジャックは酔った勢いでそのことに怒り狂っても、ナッシュは一向に理解できなかった。

    ナッシュは環境の中から次第に生きる安寧の芽を見つけていく。だがジャックはそうは行かなかった。
    遺産が手にいる時期がもっと早かったがナッシュの生き方はもっと違ったものになっていただろうし、ジャックも関わることもなくそれぞれの人生を生きただろう。


    いや、なんと言ってもポール・オースターという作家の掌のうちで感じ思うこと。
    それが多いくて溢れるほど、実に面白く意味深い作品だった。

  • ★★★★★★車中ラジオから流れる弦楽四重奏曲のアンダンテ。クープランの「神秘的な障壁」という曲が出てくるが、自らはどこへも行き着かず、ただ空虚さを際立たせる。小説の中心となっているのが「石を積んで壁を作る」という古代や中世奴隷のような極限状況。そのなかで相棒のポッツィは次第に精神に変調を来たし、ナッシュも平静を保とうとしつつ次第にバランスを見失っていく。見張り役となっているマークスも異様な存在感を醸し出し、それらが奇怪なコントラストをなしている。また、トレーラーハウスで聴いたモーツァルトとヴェルディのレクイエム。そしてクープランからサティまで聞かせて、オースターは敢えてワーグナーの名前をはずし、既成概念に捕われることを否定する。作品中で言及される具体的な名前にもそれぞれ特別な象徴的意味を匂わせるが、オースターはそのような期待を裏切るかのように沈黙を貫く。そして、物語は突然、予期せぬまま終わる。やがて物語全体が人生そのものの比喩として考えられ、やり場のない虚脱感を覚え、ほとんど奪われるように訪れるこのカタストロフィはあまりに衝撃的。堅牢なディテール、ニュアンスに満ちたエピソードにもかかわらず全体としては不可解なプロット。しかし、ストーリーテリングの上手さや心理描写の的確さはさすが。息苦しさを覚えるほど閉塞的な状況ながら、次が気になって読むのがやめられなくなる。オースターは他にも、この世から自分の存在をきれいに消し去ってしまいたいという欲望を持つ主人公を描いている。冗談めかしていうナッシュの台詞が印象的―「望みのないものにしか興味がもてなくてね」

  • いやあ面白かった。主人公の心象風景がさくさくと変わるのに違和感なく読める。それがこの著者の神髄なのではないかとさえ思う。暫くオースターにはまりそう。

    • アテナイエさん
      yasu2411さんのレビューを拝見して嬉しくわくわく感が戻ってきました! 私もオースターの面白さにはまって、気づくとあらゆるものを読み漁っ...
      yasu2411さんのレビューを拝見して嬉しくわくわく感が戻ってきました! 私もオースターの面白さにはまって、気づくとあらゆるものを読み漁ってしまっていました! 
      どうぞ至福の時をお過ごしくださいね♪
      2017/06/14
    • yasu2411さん
      コメントありがとうございます。本当に暫くはまります。
      コメントありがとうございます。本当に暫くはまります。
      2017/06/15
  • 何もかもなくして、破綻したときほど「ありたい」姿がより透けて見えてくる>

  • オースター作品で私の中では1,2を争うのがこの小説。<br><br>不条理すぎる展開に最後まで目が離せず、脇役のポッツィが何ともいえずいい味を出していると思います。<br><br>ポーカーをやらせると右に出るものはいないというほどの天性の腕を持つポッツィとあり余るほどの財産を持つ二人組みの奇妙な男との大切な勝負の最中で主人公のナッシュがふらりと部屋を出て行きそこから徐々にツキが逃げ始めるくだりなど、何とも不吉な雰囲気が漂ってきて「うわー、何でそういうことするかな」と心臓がドキドキし、ページをめくる手が震えます。 <br><br>

    その後の延々と石を積み上げるシーンなども意味のない作業を続けるところにカタルシスを感じ始めるナッシュと徐々に弱って行くポッツィの対比も見所で途中衝撃的な展開を経てラストはまさにオースターらしい結末が待っていて唖然とする事間違いなし。<br><br>オースター未読の方、ありきたりな小説には飽きた方には絶対おすすめ。

  • 大好きです。人が理不尽に重労働させられる話が好きです。『Holes』や『砂の女』を彷彿とする作品でした。主人公がひょんなことから多額の資産を受け取り、車をとにかく走らせる。冒頭から破滅的なのだが、それが伏線になってるのか、何が伏線なのかわからないままにあれよあれよと物語が展開する。そして、最後が突然来るのは相変わらずのポールオースターらしさだと思う一方で、結末には納得できず。ポールオースター先生にひとこと言いたい!! 毎度、作品の中で事件を起こしたら、その伏線を回収してくれれ!! 頼む!! 私がオマージュで、何が起こったのか描きたいくらいだ

  • 赤いサーブ。。クラシック音楽。。なんか既視感と思ったらドライブマイカーか。ひたすら車を走らせる場面では自然とあの映画の車内での「音」を思い出していた。

    柴田さんのあとがきがずーんと来た。
    「本当の物語は、動くのをやめたところからはじまるのだ。動くことをやめて、他人とかかわり合いはじめたときに人はどのような倫理的決断を迫られるかーーあるいは、どのような選択を通して他人をそして自分を救うことができるのかーーが問題なのだ」

  • 前半に出てくるエピソードが全部金の話なのがおもしろい。最初は主人公ナッシュの行方不明だった父からの遺産の話、次に相棒ポッティのたまに来て散財する父との幼少期の思い出話し、最後にポーカーの相手となるフラワ&ストンの宝くじの話。どれも短編小説にしてほしいくらい楽しい。

    ナッシュはなにかから逃げているような感じがします、ですので転がり込んできた遺産で買った新車の赤いサーブ900でアメリカ中を走りまくるのは逃避行の旅になるのだろう。ナッシュの住むボストン、娘の住むミネソタ、亡き父の住んでいたカリフォルニア、最後の舞台となるニューヨーク。実際の距離と小説の中の時間間隔がおかしいのは、ナッシュが何の目的もなく金が尽きるまで走りまくっているのを表している。

    金が尽きそうになったころに出会うポッティ、なぜ彼を相棒にしたのだろう。
    ・ポーカーの達人と見込んだ、カモから金を巻き上げ残金を増やして旅を続けるため。
    ・ポッティから自分と同類のにおいがした、旅の仕上げを手伝ってもらうため。
    理由はどちらもあるような気がします、どちらにしても旅の終わりはそんなに先ではないとわかっていたのでしょう。

    ラストでハイドンとモーツァルトの逸話が出てきます。ナッシュは自分がハイドンとモーツァルトどちらに似ていると感じたのだろうか。ひと仕事終えた人間の選択がどうだったのか、そして謎めいたラストシーン。なかなか想像力を掻き立てられました。

  • カフカ的な不条理な状況。虚しさしかない人生。街の模型という小説を象徴したような入れ子構造。その入れ子の連続が終わるのは、「死」という厳粛な事実。言語の虚構性が暴かれた、ポストモダン的な、すべては無意味という状況でも「死」だけは動かせない、虚構ではないシンボルという物語。

    ギャンブルがうまくいかないのは、宗教の機能不全の象徴?

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