| ブログで紹介する» |
|
Check |
|
|
この作品からのみんなの引用
-
身軽になってすることは、やっぱり歩くこと。
― 218ページ -
カタログをみて小さいな、格好いいなと思って買うと、必ず大きなアダプターがついているのな。
― 182ページ -
まったく無意味なものだと、ただのシュールになってしまう。
― 104ページ
みんなの感想・レビュー・書評
とても淡々とした物語。
何も起こらないし、何も変わらない。
でも、ほんとうに?
毎日はそれぞれ異なる表情や色彩を持っている。
どんなに平凡に見えても、どんなにありふれて見えても、まったく同じ時間が流れることは二度とないのだ。
淡々とした中に滔々と流れるやさしさと、くすりと笑えるユーモアのあるあたたかな連作中編集。
何とも言えないふわっとした時間が流れるような印象に引き込まれた。
語り手のことはほとんど語られていないのだけど、何となく、自分が考えたことがあったり考えていたりすることと重なるようなことを言っていたりして、この語り手に一番感情移入して読んでいたような気がする。
深く深く掘り下げていくわけではなく、さらっとした心地の良い人間関係が好き。
エンタメ小説のように笑わせようとして笑わせるのではない、たまにくすっと笑ってしまうような文体がよかった。
最後の「パリの全員」がないほうが、綺麗な余韻で終わったような気がする。
このひとはなにからのモラトリウムで骨董屋の二階に間借りしてるのだろう。「暗い顔をした青年」の名前も、彼が帰る場所も、最後まであかされなかった。
それは、それで、この連作集のいいところなんだろう。
読んでいるときは優しくゆっくりとした雰囲気で、まるでただ単に帰り道に寄り道をしたような短くてさっぱりとした印象が強かったのですが、 読み終わってパラパラめくって振り返っていたら、もの凄い分量の凝縮された物語の日常が一気に溢れ出しました。 「近道」というものは、時間の節約をし、効率よく動くことだけが目的ではなく、自分、もしくは誰かと共有している秘密のルートで、手軽な冒険みたいでわくわくするも... 続きを読む »
何作か長嶋氏の小説を読んでいるけれど、どれも、語り手は作者本人に見えてしまう(だから『祝福』でいきなりひっかけられたりする)。 p.41「買わないファンなんて」…すみません。 p.44「なんと呼ぶかわからないが、靴下やパンツを干せるプラスチック製のもの」…陣野さんが授業で言っていたから、おぉこれか、と注目したが、大江賞の選評で言ってたんだね。 p.46「物は古びることで価値をまとうけど、... 続きを読む »
短編かぁと思っていたら話しはつながっている。
古物を取り扱うお店でバイトってしてみたいよ。なんか面白そうな物や人に出会えそうだもんね。
タイトルには夕子ちゃんと入っているけれど、主人公はこの古物屋でバイトしている人だわ。お店に来る人や近所の人との密接な関係が魅力的。
なにげない日常の人と人との関わり。こういうのを書けるっていいなぁ。
「僕の顔」の終わり方が良かったから、最後のパリ編はなくてもよかった。
何だか不思議な感覚になるような、癒される、深イイ話です☆のほほんとしてる気がするのに、結構ハードだったり、人生ってそうだったなって…
人との距離感ではなく距離を書きたかった、というこの本についての著者の意見を他の著書の中でみました。
距離感と距離の違いは私には難しいけれど、そのようなものが伝わってきました。
初めて読んだのは数年前。その時、同僚の退職が相次ぎました。寂しいけれど、事前に相談されるほどの関係でも無いし、辞めないでと相手の環境を変えられるだけの力が自分にあるわけでも無いし、私も誰かにいう時は自分で決めた後に言うだろうなあ、ということが、「僕の顔」のラストを読んだときにスッと心に落ちてきました。
ゆるく束ねられた関係が巧みに描かれていると思いました。
瑞枝さんは余貴美子さんで、と書かれている方がいらっしゃいましたが、激しく賛同します!「ちゅらさん」での彼女のイメージが似ているのか、私も頭から離れませんでした。
町はずれにある西洋アンティークの店・フララコ屋を舞台とした読み切り7編からなる連作短編集。古道具屋や骨董屋を舞台にした作品というと川上弘美さんの『古道具 中野商店』を思い浮かべるけれど、お店の周りに集まる人々のなぜか淡々とした様子はこの作品にも通じるようだ。骨董屋に集まる人々は、実利を求める肉食系のギラギラタイプは少なく、どこかしら草食系の変わった雰囲気を持つ人が多いのかもしれない。実に魅力的なこれらの登場人物たちと「僕」とのやり取りが、7つの物語となっている。最後まで読み通すと、フラココ屋は主人公である「僕」を含め登場する人々にとっての、大事な舞台装置「仮の巣」だったことがよく分かる。フラココ屋は新しい世界へ踏み出していくための孵卵器の役割を担っていたのかもしれない。長嶋さんの実父(長嶋康郎氏)が経営する古道具屋での様々な出来事が参考になったことは想像に難くない。
特にドラマチックな何かがあるわけでもなく
淡々と流れていく時間。
でも、人と人との繋がりがあるから温かい。
むっちゃ面白いって本じゃないけど、好きやな。
深入りしないけど、必要としていて
向かう方向はバラバラだけど、まとまっている。
なんか好きだな~このゆるい人間関係が。
長嶋有さん、好きだなぁ。(#^.^#)フラココ屋という(ブランコ、と言う意味らしい)古道具屋の二階になんとなく住むことになってしまった、「僕」。年齢はそんなに若くない、ということくらいしかわからないけど、青年ではあるらしく、また、最後まで名前も出てこない。ほんとの終盤に、他の人たちから「へぇ〜、こんな名前だったんだ・・」と言われるくだりが可笑しいんだけど。で、古道具屋の店主や、そのお客さんたち、ま... 続きを読む »
古道具屋を軸に店主やアルバイトの僕、お客さん達のゆるやかな日常を綴っている作品。人生はゆっくり、のんびり、でも時には苦しんだりする。読んでいて平常心を取り戻す作品かな、と。
ええと。ポカポカで陽だまりいっぱいの時に読んだら、もっと心が落ち着いたかもねぇ。
ゆっくりと、優しい物語。淡々と流れる物語は日常生活に疲れた人には癒しになるかもしれない。そんな雰囲気の中で主人公がフラココ屋を通じてふれあう人たちとの人生の休み時間。おとなしめの本ですが結構心地よいです。
第一回大江健三郎賞受賞作。僕、長嶋有ってどうもダメです、やっぱり。甘っちょろい。(08/12/14)
2009.8.14
『ねたあとに』を読んで、もっと長嶋さんの作品を読みたくなって
借りた本。連作短編集
人と人との関わり方なんかが、『ねたあとに』に通じるモノがある
感じ。
最初から最後まで、「僕」について詳しくは語られず、名前も出て
こない。
骨董品店フラココ屋でバイトをしながら、その二階(ほとんど物置)
に居候する「僕」の日常なんだけど、そこに登場する、店長、大家さん、
買わない常連客で初代居候の瑞枝さん、大家さんの孫で美大生の
朝子さん、よく似た妹で定時制高校に通う夕子ちゃん、相撲好きな
フランス人のフランソワーズ・・・みんなそれぞれに変わっていて
おもしろい。
主人公が骨董屋の二階に居候しますよ、そして周りで静かな日常が繰り広げられますよって内容。
長嶋有の佳作。傑作ではないけど凡庸でも駄作でもなく佳作。特に瑞枝というキャラと夕子と言うキャラ造形が良く出来ていて面白い。
カワイイ子がだらしなく笑うって言うセンスは非常にいいとおもう。






