天皇家の“ふるさと”日向をゆく

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著者 : 梅原猛
  • 新潮社 (2000年1月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (202ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103030140

天皇家の“ふるさと”日向をゆくの感想・レビュー・書評

  • 記紀神話が古代史の反映であることが前提で書かれた本である。
    日向神話の中で語られるニニギ~ヒコホホデミ~ウガサフキアエズ~カムヤマトイワレヒコの事跡とされる地域もしくは梅原がここが舞台だろうと推測する場所の紀行を中心に、記紀に由来する史跡や行事について考察していくのである。
    記紀の伝承とされる行事はたぶんすべてが記紀の記事を元に作られたものであろうし、記紀由来の場所もしかりである。しかしながら、少なくとも神話に書かれている事象がそのまま伝承されていることはないしにしても、記紀が成立する頃には(事実として)伝えられていた行事もしくは記紀の記述の元になった行儀・場所と言うものもそこには含まれている可能性を全く否定できるというものでもない。
    特に、伝承行事についての記述は興味深く読むことが出来る。特に苗代田祭りのくだりに「なにわづに咲くやこの花・・」歌が出てきたところはへーと思ったりしたりである。
    http://www.town.takaharu.lg.jp/modules/contents11/index.php?content_id=12

    津田への批判の一つとして、かれが文献の精査のみで神話の現地とされている場所を訪れたことがない事が冒頭に書かれている。一九世紀においては西洋でも文献歴史学が盛んであったところが、シュリーマンがトロイの遺跡を発掘したことにより考古学が発展し、それまでは実在性が否定されてきた歴史が見直されてきていると主張。哲学者としても、旅をしない旅から学ばない哲学者と旅から学ぶ哲学者がおり、梅原は各地を旅することで日本文化を見る目を変えていったと言う。現在の事象が必ずしも過去の反映とは限らず、却って間違った印象で判断する可能性もあるのだが、歴史はともかく文化と言う事ではやはり現地に立って考えることは大事だと思うのである。

  • 記紀によれば皇室の祖先は南九州から来たのであり、その南九州からの侵入軍が大和を占領して、大王になったというのである 天尊降臨の場所は、韓国→笠沙のミサキ→高千穂と考えて、現在のにし臼杵郡高千穂町と考えて間違いない 弥生人は鼻が低く目が小さく顔の凹凸が少ないという事前人類学の説に従えば、まさに天狗は縄文人、オカメは弥生人である 先例にしたがって渡来の天孫族の長ニニギノミコトと、土着のオオヤマツミの神の娘コノハナサクヤ姫の結婚が可能になった 

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