流れる

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著者 : 幸田文
  • 新潮社 (1993年6月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103077046

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流れるの感想・レビュー・書評

  • 最近、映画で「流れる」を観て、原作も読んでみたいとトライした。若い頃に何度か読もうとして途中で挫折していたので、今回は腰を据えて読んでいった。
    この頃、発想やストーリーは面白いが、紋切り型のステレオタイプな内容で、読んだらすぐに忘れてしまう、最近の作家の小説ばかり読んでいたせいか、この今では失われたかのような、かつての日本の情緒が新鮮にすら感じられた。
    まず正しい日本語の流麗さ、タイトルのごとく濁とした泥の川を流れるがごときのしぶとさ、骨太さを感じさせる物語の運びにまず魅入られ、これぞ本物の日本文学を読む喜びと、嬉々として立ち向かっていった。
    映画はもっと綺麗に作られており、原作とは異なる芸術作品であると認識。
    原作では、花柳界に棲む女達、それにからむ男達の、醜さや汚さ、もろさとしたたかさ、そして美しさと哀しみを、しろととくろとの境目をたゆたう女中の梨花が、冷徹な目線で見つめていく。
    だが、梨花にも弱みがあり、突き放しきれない情けを抱えている。
    登場人物たちはみなそれぞれに流れに逆らい、従いしながら、それぞれの場所に流れていく。
    どうあがいても人は流れに逆らうことはできないのだ。生きることが流れることであるという諦念が、しんしんと身に降り落ちてくる。

  • こんなにシャキッとした小説に出会ったのはこれがはじめて。
    タイトルだけに惹かれて今はもうない銀座の本屋で購入。
    読み終えた時の切なげな気分を思い出す。
    成瀬巳喜男監督によって映画化されていた。
    田中絹代、杉村春子、山田五十鈴、高峰秀子といった映画・演劇史上最高の女優陣(だと思う)が出演。

  • 幸田文は「おとうと」から順番に読んでいったが、この作品が一番好きだ。どの小説も独特の文章のリズム感がいい。 たぶん3回目くらいに読むのだが何回読んでも良いと思う。読むたびに発見するものがあるのだ。 2回目は古い映画を見た後。梨花は田中絹代、染香が杉村春子、ななこは岡田真理子(こんな字だっけ?)、勝代はえーとほらあの日と灯台守の映画に出てた人、24の瞳の人。主人が誰だったか忘れちゃったけど。佐伯は中谷何とかって人だった。30代のときだったかな。そのときは、「なんどり」が朝起きる場面にやられたのだ。 ?横になったまま細い手を出して赤い友禅の掛蒲団を一枚一枚はねておいて、片手を力にすっと半身を起すと同時に膝が縮んできて、それなり横坐りに起きかえる。蒲団からからだを引きぬくように、あとの蒲団に寝皺も残らないししっとりとした起きあがりかたをする。藤紫に白くしだれ桜と青く柳とを置いた長襦袢に銀ねずの襟がかかって、ふところが少し崩れ、青竹に白の一本独鈷の伊達じめをゆるく巻いている。紅い色はどこにもないのに花やかである。若くつくっていてももう老婆というはずのひとの夜を考えさせられるのである。なんと云ってもひとといっしょにいる夜、いたい夜ではなかろうと思うが、それはしろうとの推察である。この紅より色の深い紫の襦袢を着なした本体というものには、およそ燃えるだけのものはすでに尽きていると見るのである。過去の燃えた記憶しかあるまいけれど、いまもこうした風情のある寝起きなのである。・・・(略)・・・高速度写真のようにスロー・モーションでなよやかに起き上がって、少しも急いた気持ちなどなく手鏡に髪をそろえる。”  梨花は自分の「ざっぱくない起きかた」を思い「ふたりの床からしなやかにからだを引き抜」いた日を遠く思う。赤いものがもう何回あるかという年になってそれよりもずっと年いった女の過去の情事を垣間見たような気持ち。 やられた、これなんだな。梨花の気持ちが30すぎてなんとなくわかったのだ。高校生ではわからなかった情景が見えたって云うか。“・・・現在のことはたしかに主人のうちのしみじみとする年の瀬である。自分の世帯のうえならしみじみなどという余裕はなかった、ただ迫られることの恐ろしさでがじがじするのである。” 「しみじみ」のなんという心もとなさ。「がじがじ」のなんと言う歯軋りのような切なさ。 

  • この人の持っている言葉は、それ自体が財産じゃないだろうか。

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