学生との対話

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著者 : 小林秀雄
制作 : 国民文化研究会  新潮社 
  • 新潮社 (2014年3月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (205ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103082071

学生との対話の感想・レビュー・書評

  • ☆5(付箋23枚/P205→割合11.22%)

    この会を本にすることが出来た編者は言う。
    (小林秀雄は講演を本にすることを酷く嫌った)

    先生は、はじめにこんな話をされた。「うまく質問してくださいよ」、「問題がなければ質問しないわけですからね。問題が間違っていれば、質問しても仕方ないわけです。うまく問題を自分でこしらえて、質問をこしらえなければなりません」。
    先生は、対話を進めていけば自問自答になる。さらに進めば「答えを予想しない問いはない」ところにいく。だから「問答を実らせる力は問いのうちにある」とおっしゃったこともある。

    立て方が正しければすでにそれが答えになる。批評、文筆、歴史家の知恵の書。

    〇科学は、本当に物を知る道ではなく、いかに能率的に生活すべきか、行動すべきか、そういう便利な法則を見いだす学問なのです。
    それもたいへん必要なことだけれども、見誤ると、科学さえやっていれば僕らは物を知ることができると思ってしまう。
    「そっちの原因は何だ?」「そっちの原因はこうだ」
    「じゃ、あっちの原因は?」「あっちの原因はこうだ」。
    これ、無限でしょ?原因は無限に、いくらでも調べることができる。一体、これが物を知ることですか?

    〇カントは、物が―物質でもいい、精神でもいい、世界でもいいですが―本当は何であるかということは、学問で証明することは不可能なのだと証明したでしょ?
    科学は、実在とは何かを知ろうとしているのではないのです。実在の<関係性>を調べるのが科学です。実在の本質 、つまり物自体とはどういうものであるかを調べるのは形而上学です。その形而上学が不可能であるということをカントは証明しました。

    〇学生D:
    われわれ学生はいかなることを理想とすべきか、また個人と全体との関係はどうあるべきか、それが理屈としては わかりますが、実感として湧いてこないのです。先生はどうお考えですか。

    小林:
    君に実感として湧いてこない理想を、私が君に与えることはできない。孔子が「憤せざれば啓せず」と言ったように、あなた自身が憤することが大切だ。理想というものは、人から教わるものではない。
    参考にするものはいくらでもあるが、理想に火をつけるのは君だろう?
    孔子は続けて「悱せざれば発せず」とも言っています。口でうまく言えず、もぐもぐさせているくらいでなければ、導いてやらないというのです。こういう教育はだんだん少なくなったが、原理としては、これが亡びるということはない。
    だから、君の質問には、僕は答えられない。いまどういう理想をもったらいいか、ああ、それはこうだよということ は言えない。君が発明したまえ。学問には必ず自得しなければならないものがあるのだ。
    個人と全体の問題もやはりそうですよ。自分だったらどうするか、ということになるわけです。だから本当の知恵などというものは、そんなにたくさんはないのです。


    ああ、いいですね。学ぶという事は厳しいことでもあって、それが楽しい。
    最後にもう一つ、女子学生の質問から。

    〇女子学生D:
    先生は「昔の人の心を知るのには、昔の心を持っていなければならない。今の人はみんな、現代の心を持って昔の心を見ているだけで、そこには想像力がまるで働いていない」という旨をおっしゃいました。
    では今の私たちが古人の心を知り、その心を持つためには、想像力だけで十分なのでしょうか。

    小林:
    十分です。想像力という言葉を、よく考えてください。想像力、イマジネーションというのは、空想力、ファンタジーとはまるで違う。でたらめなことを空想するのが空想力だね。だが、想像力には、必ず理性というものがありますよ。想像力の中には理性も感情も直感もみんな働いている。

    歴史を知... 続きを読む

  • まぁ、何というか、ちょっと変わった(偏屈な)人だなぁと思いつつも、書いてあることは、結構、今まで自分が漠然と思っていたことを、言葉にしてくれた、みたいなところもあったから、読みやすかった。

    一番の衝撃は…このやりとりが、もはや一世代も二世代も昔の学生たちの話、ってことね。
    今も昔も、ほんま変わらんなー!問いの感じが!!(笑)
    答えも、今でも十分通じるね。
    それかま最後に残された衝撃でした。

  • 2017年4月9日に紹介されました!

  • 浅薄な私からすると十分に吟味されたかに思える学生の質問を一刀両断していく小林秀雄。
    なんとも高い次元でのやりとりに己を恥じてしまう。

    答えをひたすらに見つけようとするのではなくうまく質問するために努力するべし、というのは確かにそうかもしれない、と納得。

  • 学生の質問の意味がよくわからないんだが、小林秀雄はその意図たるを知り噛み砕いて返答できる、ってところが彼の懐の深さで、中には噛み合わなかった学生もいたようですが、その的中率たるや相当なものだと思います。あとから神話をコケにするのは誰でもできるけれど、じゃあなぜそうした話が生まれたかというと説明できないわけで、それを当時の人間になったつもりで考えましょう、っていうのが歴史といわれれば、やはりそうなんだろうなあと、それは数ヶ月前レベルの話でもそうだよなあと。

  • 元から苦手意識があったけれど、読めば理解できるものがあるかと思い何とか読み切った。

    小林秀雄は素晴らしい批評家だ、という意見に私は同意しかねる。専門用語を独特な解釈を用い、複雑な文章を書く。万人が理解できないような文章を書く人が素晴らしいと言えるのか、と思うのである。

    この講演も学生に「いい質問」を求めているが、その回答の多くは哲学者などの引用だ。そこから何かを感じ取る人もいるだろうが、私には何も引っかからなかった。

  • 理性は科学というものをいつも批判しなければいけない。科学というのは、人間が思いついた一つの能力に過ぎないということを忘れてはいけない。

  • この著書は、小林秀雄氏が九州にて学生と問答を重ねた時の様子をまとめられた一冊である。
    時代が流れても変わらない若者の荒削りな姿を小林秀雄氏が鋭く指摘する。
    そこで現れるのは、物事を立ち止まって考えようとしていない現代社会の日本人の姿である。
    この大きな敵に対してどうやって立ち向かうか、批評の神様は、温かくこう語りかけるのであった。

    【うまく質問するのは、なかなか難しい。
    問題がなければ質問しないわけだが、その問題が間違っていたらしようがないでしょう。
    うまく問題を自分で拵えて、質問をしなければいけない。
    たとえば、「自分はどう生活したらいいでしょうか?」と質問する。
    これは問題を拵えていない証拠ですね。
    こんなことはいっさい、人に問うべきことであるか、黙って自分で考えるべきことであるか。
    そんなことも考えなければいけない。】

    私は、自分の言葉を他者に出す前に、一歩立ち止まって考えている機会がどれだけあるだろう。
    非常に心に直接響いてくる問答の数々であった。

  • スペシャリティとオリジナリティーの違い。
    本来自分らしさというのは自分の無能さ無力さ、気質、弱さを克服して、普遍的な人格のもとで滲み出てくるもの。
    万人の如くに知り、自分流に信じる。最後は自身のその日その日の選択と決断であろう。

  • 「全国学生青年合宿教室」(4泊5日)に小林秀雄さんが登壇するときは300、400人という学生が全国から集まったという反応に驚きます。知りたいことがあれば、移動は苦にならないことのあらわれだと思いました。引用したい発言がたくさんありました。終始、自分がまずどうしたいと考えるのか、質問するまえに考えろといわれているようで、自分の奥行きを作っておかないことには、解決につながる道すじは、質問の答えを待っているだけの姿勢では見えてこないようです。

  • 今年読んだ本の中でベスト

  •  小林秀雄が、全国各地の若者数百名と交わした対話の記録。録音や講義録を禁止していた小林秀雄に黙って録音したいう貴重な記録。
     もっとアカデミックで堅苦しい内容かと思ったが、緊張してうまくまとまらない学生からの質問に対して、舌鋒鋭い回答がぽんぽん飛び出す。普遍的で本質を突く回答の中でも、「正しく質問をすること」の重みが最も伝わった。

  • 小林秀雄さんと学生との対話、時代は違うけれど同じ年頃の学生として彼らの対話から何か考えられることがあると思います。

    工学域 2年生

  • 貴重な本と言える。

  • 録音は断固拒否、講演記録は門外不出を徹底した小林先生まさかのリーク本(あとが きで逆鱗に触れかねないとことわりが・・もちろんご遺族には取付け済みですが)。

    それもそのはず、確かに言葉だけが独り歩 きされては困る内容だし、全国から九州に集まった学生を相手に真摯を究め 対応ゆえの叱咤の数々。 まさに「かくすれば
    かくなるものと知りながら」に代表されるような、言葉で表現できない世界と言葉で表現される世界の機微を指導する内容ゆえ納得いきます。

    これは、ライブ版新潮CD版(録音・・)を聞かざるを得ないと感じました。 以下は一部抜粋。

    『僕は僕流に考えるんですから、勿論間違うこともあります。しかし、責任は取ります。それが信ずることなのです。信ずるという力を失うと、人間は責任を取らなくなるのです。そうすると人間は集団的になるのです。自分流に信じないから、集団的なイデロギーというものが幅をきかせるのです。責任を持たない大衆、集団の力は恐ろしいものです。集団は責任を取りませんから、自分が正しいといって、どこにでも押しかけます。』

  • 難しくて分からないところもあったけれど、その部分も含めて面白かった。
    僕のかすかな知的部分が、かなり刺激されました。

  • 三葛館一般 914.6||KO

    文筆家であり評論家であった小林秀雄氏が、「昭和36年から53年の間に、五回にわたって九州に赴き、全国六十余の大学から集まった三、四百名の学生や青年と交した対話の記録」である本書。
    学生のみなさんにとっては、なんだか難しそうというイメージかもしれません。でも、小林秀雄氏と対話しているのはみなさんと同じ学生です。読んでいくと難しいことはなく、意外とすらすら読めて、しかも興味深いのです!
    時代は違っても物事の本質は変わらないということ、当時の学生がこんなことを考えていたのだということ、物事の考え方など、きっと新しい視点が得られると思います。ぜひ一読ください!

    目次----------------------------------------
    はじめに

    講義 文学の雑感
    講義 信ずることと知ること

    講義「現代思想について」後の学生との対話
    講義「常識について」後の学生との対話
    講義「文学の雑感」後の学生との対話
    講義「信ずることと考えること」後の学生との対話
    講義「感想ー本居宣長をめぐってー」後の学生との対話

    信ずることと知ること

    小林秀雄先生と学生たち 國武忠彦
    問うことと答えること 池田雅延
    ----------------------------------------
    (もも)

    和医大図書館ではココ → http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=68615

  • 自分の中で気になっているんだろう。最近いろいろな場面で小林秀雄という名前を見かけることがある。
    いつかこの人の本を読んでみたいと思っていたが間違えなく難しいだろうから無理だなあと思っていた。
    が、そんな時にこんなにわかりやすい本が出てくれたことに感謝しなければ。これなら読みやすいはずだ!
    と思って読み始めたがそれでも難しかった。
    しかしはっとする話は多くあったし今後もっと新しい発見があると思う内容だった。
    そのなかでも人間の精神、魂というのは確かにあってしかしいまだ科学的に証明できない。科学はものを測ることしかできない。
    また、良い質問を心掛けなさい。
    良い質問ができれば答えはもう自分の中にあるはずだという話などが特に印象的だった。
    なるほど頭の良い人は考え方がとても柔軟でオカルトなど幅広い分野にも興味を持つのだなと感じた。
    またしばらくしたら他の本も読んでみたいと思う。

  • 現代文の授業を思い起こさせる。ことばの奥深さに触れた。また、問答や歴史によって自らを認識できるという話にはいたく感心した。感動が人を動かす。

  • 請求記号:914.6/Kob
    資料ID:50075543
    配架場所:図書館1階東館 め・く~る

  • 対話は読みやすいわりに色々と考えられるから好き

  • ことしもっと注目の新刊のひとつが昭和の英知への回帰というのは少々さびしい気がしないではないが、時代の変化に耐え得る思想として生き続ける条件である強靭さよりもむしろしなやかさをこのころの小林は備えていたということなんだろう。つまりそれはこの本の価値を決めるのは読み手であるという当たり前のことだ。
    ベルグソン、柳田國男、本居宣長らに託された、哲学・歴史・文学・科学・信仰、あらゆる人間領域を横断する「近代の超克」への意志。その最終局面は学生たちを前にして、一切の諦観を排し火を湛え続けて鋭利である。
    「敏感で利口な人には、人生がやさしかったことなど一度もありません。」

  • すでに愛蔵版と化した講演のCD集を繰り返し聞いていることもあり、どうかなと思って手に取ったが、あらためて気づかされることが多く、読めて大変よかった。独特の節回しをもつ語りは書き言葉に変えられているし、講演序盤に会場を大いに沸かせた挿話も削られているが、かえってそれによって話したいと思っていた主題がより明確になっている。あとカバーの写真がたまらなくいい。両手をポケットに突っ込み、照れながら「もういいだろう?」みたいに逃げ出しそうなのだが、学生に語りかけるときもかくやと思わせるほど優しいまなざしをしている。

    少し残念なのは掲載順で、講義とその後の質疑応答を別々に離して欲しくなかったことと、欄外に注釈を入れるならもう少し詳しいものが欲しかった。桜の大家とは誰なのか? や、紹介されている江戸時代の学者の挿話はどの著作に当たればいいのか? など。また、いまの基準に照らせば相応しくない表現を削除せずそのまま掲載したのは英断だと思うが、何も断り書きがないのは拙いのではなかろうか?

  • 講演CDの白眉をなすのが「信ずることと知ること」である。個と普遍、感情と理論を見事に語り切ってあますところがない。しかもそれを集団の力と結びつけることで個の喪失をも暴き出している。小林は「私」(わたくし)を重んじた。「信ずる心、信ずる能力を失った」という指摘は新興宗教にも向けられたものだ。
    http://sessendo.blogspot.jp/2014/06/blog-post_8.html

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学生との対話の作品紹介

「さあ、何でも聞いて下さい」と〈批評の神様〉は語りかけた。伝説の対話、初の公刊! 「僕ばかりに喋らさないで、諸君と少し対話しようじゃないか」――。昭和三十六年から五十三年にかけて、小林秀雄は真夏の九州の「学生合宿」に五回訪れた。そこで行われた火の出るような講義と真摯極まる質疑応答。〈人生の教室〉の全貌がいま明らかになる。小林秀雄はかくも親切で、熱く、面白く、分かりやすかった!

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