ローマ人の物語 (5) ユリウス・カエサル-ルビコン以後

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著者 : 塩野七生
  • 新潮社 (1996年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (492ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103096146

ローマ人の物語 (5) ユリウス・カエサル-ルビコン以後の感想・レビュー・書評

  • クレオパトラの死、シーザーの暗殺あたりまで。
    だいたい面白いところはカバーしている。

    ファッジ→ファシズム
    ローマ式敬礼→ムッソリーニ→ナチス

    小カトーとかキケロも死ぬ
    カエサルの「寛容」の度合い
    ちょっと大久保利通を思わせる

    スッラ式で行けば暗殺もなかっただろうに

    包囲殲滅とか海戦
    クレオパトラに厳しい見方

    カエサルの政治力と武力
    さすが歴史に足跡を残す人だなあ

    法の人、ローマ人
    哲学の人、ギリシャ人
    日本人は情の人?空気に流される人?大衆迎合の人?

    HBOのTV映画ROMEを見始める

  • カエサルは、歴史上の人物の中でも最も好きな人物である。

    以下は、この巻と前巻に記述された「カエサルの思考、行動」について。

    ・生涯を通じて彼を特徴づけたことの一つは、絶望的な状態になっても、機嫌の良さを失わなかった点である。

      → 楽天的でいられたのも、ゆるぎない自信があったからだ。

    ・カエサルは、自分の考えに忠実に生きることを自らに課した。
     それは、ローマの国体の改造であり、ローマ世界の新秩序の樹立であった。

    ・失敗の挽回には、二つの方法があるが、カエサルは後者の代表格であった。

     1)失敗に帰した事態の改善に努めることで、不利を挽回する人。

     2)それはそのままで、ひとまず置いておき、別のことを成功させることによって、情勢の一挙挽回を図る人。

    ・人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。
     多くの人は見たいと欲する現実しか見ない。  (カエサルの言葉)

    失敗の挽回法は参考になる。

  • 壮年後期から、死後のアントニウス・クレオパトラ対オクタヴィアヌスまで。

    カエサルの描写は絶対著者の贔屓目が入っているんだろうと思う。
    思いはするけどマリウス、スッラの粛清の凄惨さを見て育ち、40歳にして立って寛容路線を貫いた生き方。それから彼の死後のアントニウスとオクタヴィアヌスによる復讐とそれに続く戦争を考えると、やっぱりカエサルは特異な得難い人物だったんだろうなあ。
    同時代人のキケロも面白い人物だなあと思うんだけど、当時の当事者にとってはなかなかそう思えないだろうし、実際カエサル暗殺後には粛清されている。
    そんな厄介な人物を最後まで遇したカエサルについて、やっぱりもう一度考えずにはいられないのだった。

  • ルビコン以後は カエサルとポンペイウスの内乱、元老院との政治闘争が中心。外国だけでなく、自国をも デザインしようとしたのが、ハンニバルやポンペイウスとの違い

    カエサル50歳以後の 数々の改革は 驚く。ローマの安定成長の基礎を カエサル一人で 築いている

  • いよいよ、ルビコン渡河以降のカエサル(シーザー)。ポンペイウスとの戦い、ローマ掌握、暗殺、クレオパトラとアントニウスまで。
    ローマの版図が拡大し元老院による共和制の限界が見えた状況の打破としての専制政治、帝政への移行。ローマが辿った政治制度の分析に納得。塩野七生のシーザー大好き感もたっぷり。プロヴィンスはそもそも属州のこと、等、イタリア愛、フランスへの対抗意識も見えて面白い。

  • 塩野氏が紀元前に生まれたカエサルに惚れてしまっていることが感じられて面白い。そのためカエサルびいきになっている部分があると思われるが、カエサルの内面へのアプローチはこれ以上にないというくらい深いのではないか。彼女が推測しているカエサルの意思や意図というのは赤裸々ではあるが本当にそうであったとしてもおかしくないと思ってしまう。

  • 前巻でルビコン川を越えたカエサルの、その後の戦いと最期が描かれます。そしてカエサル亡き後へと、歴史は続きます。
    前巻でもそうでしたが、作者のこれ以上ないくらいの、カエサルへの愛情が感じられる内容でした。カエサルがあまりに光り輝いていたので、その後に残された人々が全員小者に見えてしまったほどです。

  •  クレオパトラ登場。対エジプトのアレクサンドリア戦役の章の短さにまず驚く。この部分をかなり楽しみにしていたのだが「史的には、すこぶる簡単な戦役なのであった。」ということで拍子抜け。クレオパトラは教養があり、自分の魅力のプレゼンに長けていたが、本当の意味で品格・知性のある女性だったのかどうか、塩野氏の筆の通りに史実を追っていくとたしかに疑問になった。しかし、ハリウッド映画のためには、知性と美しさを兼ねた女性であってもらわなければ困るわけで、史実と離れてしまったとしても後世の事情はいたし方なし。
     カエサル暗殺の場面は、後世の自分が読んでも無念である。キケロの最後も悲しい。カエサルの方はキケロをよく理解し、その教養をもって事業を手助けしてもらえるようにいつも心を開いていたのに、キケロは最後までカエサルの理想を理解することができなかった。カエサルの理想は急進すぎて、保守派にはついていけなかったと思うが、保守派側、ブルータス側からの心情を理解してみる必要がある。シェークスピアの『ジュリアス・シーザー』を読んでみなければ。
     カエサルの政治改革。二千年前にこんなことを考えていたのかと思うと、言葉がない。教師と医師の優遇。「これが二千年前の病院かと驚くほどの設備と規模」とのこと。「確信をもって言えるが、古代のローマは、現代のローマよりは格段に清潔であったのだ。」
     また、現在の「皇帝たちのフォルムの通り」はカエサルの首都開発構想に沿っていないとのこと。古代ローマの皇帝のフォルムをイタリア政府はどう考えているのだろう…。
     さらに、暦の改定はすごい。「グレゴリウス暦」との誤差は十一分と十四秒しかないとのこと。

  • カエサル暗殺後の暗殺者たちの戸惑いと迷走を見ると、なぜカエサルは殺されたのか? と甚だ疑問に思うのだが、結局それは、殺しまくったスッラとは逆に、カエサルが自分に敵対した者たちをことごとく「寛容」により許したからだ、という結論に尽きると思うと、暗い気持ちになります。
    人間ってどうしてこういう生き物なのだろう。

    「ブルータスよお前もか」がデキウス・ブルータスに言われたものだというのは初めて知りました。マルクス・ブルータスではないんですね。
    クレオパトラがなんだか他の歴史で見るよりバカにして描かれているようで面白い。塩野さん、お好きじゃないんでしょうか(笑)

  • カエサルがすごいあらゆることに精通している

  • カエサルが暗殺された。

    第四巻からここまで読んできて、カエサルに魅了されてしまった私には2000年以上も前のことながらなにか、悲しいものがあった。

    元老院による寡頭制に疑問を呈し、人生をかけてローマ帝国を築き上げようとしたカエサル。

    戦略的頭脳にも、政治的頭脳にも優れ、それでいて女好き。 魅力満点の男である。

    また元老院に担がれた感じの「三頭政治」の一人、ポンペイウスも戦いに敗れ、戦術家としてはおもしろい人物である。

    この二人の「ファルサルスの戦い」は、読んでいるだけで興奮してしまう。

    才能ある二人だからこその歴史上に残る戦い方。
    当時のローマ人の知性には頭が下がる。 今でいうインテリジェンス(情報)を十分に駆使した戦いは、まさにお手本ともいうべきものであった。

    そんなカエサルの凱旋式でのシュプレヒコール 「市民たちよ、女房を隠せ。禿の女たらしのお出ましだ!」は傑作である。 ユーモアもあるローマ人にもまた魅力を感じる場面であった。


    そんな彼の考えとは正反対のローマ人。共和制ローマを維持することこそ、ローマの本来の姿と疑わなかった人たちもまた、否定されるべきものではないであろう。

    どちらが正しく、どちらが間違っているかの答えは出せないのではないか?

    カエサルの考えたは、どの民族であろうが関係ないとしたところには、現代に生きる私も違和感がある。

    それよりも日本古来のものを重視したい、と願うのは私だけではないであろう。

    それと同じ考えだったかはわからないが、小カトーは最後に壮絶な自死を選ぶが、彼もまた、ローマを愛した男であったことは間違いない。

    それに比べて・・・と言っては失礼だが、この書籍で登場するキケロは何とも優柔不断であった。

    ローマ有数の知識人としてだれもが認め、その文体も素晴らしいものであったそうであるが、ひたすらグチを言う人物として私の頭の中に定着してしまった。
    彼もまた、共和制ローマを愛した男であったが・・・


    カエサル暗殺とはなんだったのか?
    カエサルが殺されたことでは、共和制ローマは復活しなかった。

    市民はそれを望まなかったからなのか。
    それが今後のローマにとってよかったのか、あるいは・・・

    カエサルに後継者として指名されたオクタヴィアヌス。
    カエサル死後、オクタヴィアヌスはひたすら帝政ローマを樹立する道を選ぶが、そのやり方がカエサルとは正反対なのが印象的だ。

    処罰者名簿の作成がその典型。 カエサルの後継者として恥じぬよう、必死だったのか? あるいは、ローマを自分のものにするための行動なのか?

    カエサルに心奪われた私は、オクタヴィアヌスのやり方が少々、強引で、カエサルはこれで納得するのか?と疑問に思ってしまった。

    まぁ、クレオパトラというエジプトの野心を持った女に心を奪われ、ローマ人としての誇りも捨ててしまったアントニウスを敵に回しての戦いは別として。

    カエサルの副将として戦ったアントニウスの人生さえも狂わせたクレオパトラとはそこまでの美女だったということか。

    クレオパトラ = 世界三大美女、しか印象のなかったが、このような形でローマとかかわりあい、悲しい最期を遂げているとは・・・

    しかしこれで、いよいよオクタヴィアヌスの帝政ローマがはじまるわけである。

    どんなローマになっていくのか。 カエサルの臨んだローマなのか。 期待とともに、不安の気持ちで次巻を読み始めることとなりそうだ。 

    カエサルの有名な言葉

    人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は見たいと欲する現実しか見ない

    私の心に残るこの言葉で第五巻の書評を結ぶ。

  • カエサルの「3月15日」―人間を、歴史を動かした男の全貌。世界の運命を一身に凝縮させてルビコン川を渡ったカエサルは、たった五年間であらゆることをやり遂げた。地中海の東西南北、広大な地域を駆けめぐり、全ての戦いに勝ち、クレオパトラにも出会った。ついにはローマ国家改造の全改革をなし遂げて、元老院・共和政に幕を引く―。読みだしたらやめられない面白さ、迫真の筆致で描かれるコスモポリス(世界国家)を目指した男の物語。

  • ローマ帝国の礎を築いたユリウス・カエサルの偉業。彼の遺志を受け継いだオクタヴィアヌス。日和見な文筆家キケロ。まだ日本に卑弥呼もいない古代なのにこのスケールの大きさ、人物のダイナミックさ、進んだ文明。いやあ、読み応えがあった。ときどき独特の塩野節が気になるかな。

  • ルビコン川を渡る。
    サイは投げられた。
    ブルータスお前もか。
    来た、見た、勝った。
    クレオパトラの鼻が。。。
    ガリア戦記。
    などなど、昔から聞いていた有名な言葉がすべて
    ユリウス・カエサルに起源している。
    古代ローマが生んだ最高の天才。
    これまでのカエサルを見る目がガラッと変わった。
    カエサルの言葉で印象に残ったものをもうひとつ。
    「人は見たいものしか見ない」
    そうであってはならないという逆説的言葉だ。

  • 誰も見なかった、新しい世界観を見据え、ルビコンを渡ったカエサル。彼の身上であった「寛容」故に暗殺されたが、後継者を含め先を見通すカエサルは死後も自らの構想した世界を実現していく。

    心に残ったのは、「何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。」というキケロへの手紙の彼のコトバ。

  • 飛ばし読み
    いつか、ゆっくり読みたい。

  • カエサルとそれを継いだアウグスティヌス、両者の相違点が面白い。それにしてもアントニウスとクレオパトラの描かれ方が厳しい(笑)。

  • ルビコンを渡ったカエサルはあれよあれよとローマを制圧。

    正直、著者のカエサル萌えがひどすぎる。批判されない完全無欠のスーパースターとして、カエサルを描くなら、小説でやってくれ。

    カエサルの陰の部分を書かないおかげで、カエサル暗殺シーンが非常に薄っぺらい。シェークスピアによるフィクションなのはわかってるけど、名言「ブルータスよ、おまえもか」の暗殺シーンに期待したほどの感動・迫力はない。

    この巻ではこのシーンこそ、一番力を入れるとこだろう。

  • ・ローマ周辺の統治に適した制度(共和制)から、イタリア全土+地中海世界の統治に適した制度(帝政)へ
    ・共和制=元老院(300人〜600人→意見がまとまらない+時間が掛かる)+直接民主制(ローマ周辺以外にすむ膨大な市民の意見が政治に反映されない)はもはや機能しない

    ・当時の本は巻物(パピルス)が主流。これに対し合理主義者のカエサルは、必要な箇所がすぐ見れるように、巻物を分割して束ねる方法を考案(現在の本の祖先)。しかし、重厚さを好むローマ人には不評でまったく広まらなかった。
     その後、中世に修道院で写本を作製する際、羊皮紙はゴワゴワして巻物に不向きな為、カエサル考案のページを綴じる方法が再発見され(修道院には、古代ローマの書物があり、そこにはカエサルが考案した変な巻物の話も載ってた)、現在の本へと続く。

    ・著者はクレオパトラにすごく手厳しい

  • 一度は会ってみたい男、カエサルの物語。

  • 元老院最終宣告により国賊一歩手前のカエサル、元老院との対決を決し、ルビコン川を渡る。

  •  「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」と続く、ウイリアム・シェイクスピアの戯曲を、一時期むさぼるように読みながら、そこに描かれている人物たちに思いをはせたものである。同じ登場人物が活躍するこの本は、シェイクスピアよりもずっとリアルで、だから冷酷で、同時に同じくらいドラマチックである。

     前半3分の1のカエサルのエネルギッシュなこと。「権化」のような人というのは実際にいたのだなあと思う。たとえば幕末において坂本龍馬が時代の何かを人格化したような存在であるように、カエサルもまさにそうなのだろう。

     しかしだからこそ、彼が暗殺された後の、愚かな人間たちのあがきあいがより切なく感じられるのかもしれない。天才よりもずっと人間らしい存在に。この上なく愚かに、まさに晩節を汚したとしか言いようがないアントニウスに一番それを感じ、カエサルを抜け目なく冷たくしたようなオクタビアヌスの「かわいくなさ」は、なぜシェイクスピアが、あのような人物として描いたのかがわかるような気がする。

     それにしても、暗殺の瞬間を書かない作者は、なかなかずるいと思う。
    2007/3/26

  • 前巻ほどリアリティをもって書かれているわけではないけれど、当時の生活様式と歴史的な変遷を知るには良書だと思う。

    第一回三頭政治が終わりを告げ、Caesarが独裁官になるところからスタートする。本書の中盤でCaesarが暗殺され、後継者のAugustusへとバトンを渡し、第二回三頭政治そして帝政ローマ帝国を誕生させるところまでが後半。

    歴史的事実とそれに対する筆者の考察のバランスが良い。読み手を飽きさせない文章は流石です。

  • (2008.01.04読了)(2007.11.17購入)
    (「BOOK」データベースより)
    カエサルの「3月15日」―人間を、歴史を動かした男の全貌。世界の運命を一身に凝縮させてルビコン川を渡ったカエサルは、たった五年間であらゆることをやり遂げた。地中海の東西南北、広大な地域を駆けめぐり、全ての戦いに勝ち、クレオパトラにも出会った。ついにはローマ国家改造の全改革をなし遂げて、元老院・共和政に幕を引く―。読みだしたらやめられない面白さ、迫真の筆致で描かれるコスモポリス(世界国家)を目指した男の物語。

    ☆塩野七生さんの本(既読)
    「銀色のフィレンツェ」塩野七生著、朝日文芸文庫、1993.11.01
    「黄金のローマ」塩野七生著、朝日文芸文庫、1995.01.01
    「ローマ人の物語Ⅰ ローマは一日にして成らず」塩野七生著、新潮社、1992.07.07
    「ローマ人の物語Ⅱ ハンニバル戦記」塩野七生著、新潮社、1993.08.07
    「ローマ人の物語Ⅲ 勝者の混迷」塩野七生著、新潮社、1994.08.07
    「ローマ人の物語Ⅳ ユリウス・カエサルルビコン以前」塩野七生著、新潮社、1995.09.30
    「ローマ人への20の質問」塩野七生著、文春新書、2000.01.20
    「ローマの街角から」塩野七生著、新潮社、2000.10.30

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