ローマ人の物語 (11) 終わりの始まり

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著者 : 塩野七生
  • 新潮社 (2002年12月11日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (351ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103096207

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ローマ人の物語 (11) 終わりの始まりの感想・レビュー・書評

  • (2016.09.09読了)(2016.08.31借入)
    この本では、紀元161年から紀元211年までの50年間が記されています。
    全体で350頁の内の200頁ほどが、マルクス・アウレリウスに費やされています。ということでメインは、マルクス・アウレリウスです。
    登場する皇帝は、以下の七名です。
    マルクス・アウレリウス
    ルキウス・ヴェルス(マルクス・アウレリウスと共同皇帝に即位、169年に病死)
    コモドゥス(マルクス・アウレリウスの息子)
    ペルティナクス
    ディディウス・ユリアヌス
    セオウティミウス・セヴェルス
    クロディウス・アルビヌス(セオウティミウス・セヴェルスと共同皇帝、197年に自死)

    コモドゥスは、統治する気がなく、暗殺されています。その後に立った、ペルティナクスも殺害されています。
    その後、ディディウス・ユリアヌスを含め4人が皇帝に名乗り出ますが、セオウティミウス・セヴェルスが他の3人を破り、内乱は終わります。皇帝になれずに敗れたのは、ペシェンニウス・ニゲルです。
    皇帝コモドゥスの時代からローマ帝国の凋落が始まったように見えますが、アントニヌス・ピウスあたりから凋落は始まっていたのではないか、という印象です。
    ローマの平和を守るための前線を経験していない人たちが、皇帝となったことが原因の一つだったのかもしれません。

    【目次】
    第一部 皇帝マルクス・アウレリウス(在位、紀元161年―180年)
    はじめに
    育った時代
    生家
    子育て
    少年時代
    ほか
    第二部 皇帝コモドゥス(在位、紀元180年―192年)
    映画と歴史
    戦役終結
    「六十年の平和」
    人間コモドゥス
    姉・ルチッラ
    ほか
    第三部 内乱の時代(紀元193年―197年)
    軍団の〝たたきあげ〟
    皇帝ペルティナクス
    帝位争奪戦のはじまり
    ローマ進軍
    首都で
    ほか
    第四部 皇帝セオウティミウス・セヴェルス(在位、193年―211年)
    軍人皇帝
    思わぬ結果
    東征、そしてその結果
    故郷に錦
    ブリタニア
    年表
    参考文献
    図版出典一覧

    ●哲学科(50頁)
    私(塩野七生)とて大学では哲学を学んだのだが、それでわかったのは、自分は何と形而下的な人間かということであった。
    ●マルクス・アウレリウス(82頁)
    文献資料が極度に不足するということだ。後世のわれわれがそれでもこの人々の業績を追うことができるのは、文献資料だけでなく碑文や通貨にも関心が寄せられるようになった十九世紀からである。まったく、なにもかもがうまく行く平穏な時代は、歴史著作の立場からみれば不作の時代なのであった。
    ●属州体験(99頁)
    アントニヌス・ピウスによって本国にいても帝国の統治は可能であるということが示されたことで、属州体験の重要性への認識が薄れてしまったことであった。
    私には、アントニヌス・ピウスという皇帝は、目先のことの処理ならば見事にやってのける優秀な官僚であったろうが、晴天の日に翌日に降るかもしれない雨の準備をするという、政治家ではなかったと思えてならない。
    ●ローマの神々(110頁)
    ローマ人にとっての神々への「祈願」とは、神々に向かって、この不幸から救い出してください、と願うものではない。この不幸から脱出するためにわれわれ人間は懸命の努力を払うことを誓うから、どうぞ神々も、このわれわれを助けてください、と願うものなのだ。
    ●防衛(140頁)
    防衛には、山脈よりも河川が適していることを教えたのも彼(カエサル)だった。ブリタニアの領有が、ガリアの、ひいては帝国西方の安全に不可欠であることも、彼が遠征行を試みたことで示されたのである。そして、蛮族への対応策にも、撃退だけではなく同化もあることを、具体的な例証... 続きを読む

  • マルクス・アウレリウス・アントニヌスからセプティミウス・セヴェルスまで

  • 哲人皇帝マルクス・アウレリウス。哲人でありながら、戦役を強いられた皇帝。問題が斯くも、というほど彼の在位中に集中し、苦労が絶えなかった。
    それを引き継いだ彼の子コモドゥス。これが何もしない息子だった。定位争奪戦が始まる。

  • 五賢帝の最後を飾るマルクス・アウレリウス。しかし、著者はハドリヤヌス、アントニヌス・ピウスの時代に遡ってとき始める。なぜマルクス帝の時代にローマが没落し始めるのか、それは彼の息子が愚帝であったためだけなのか、マルクスの時代がハドリヤヌス、ピウスの時代とどのように異なるのか、詳しく書いており納得性に富みます。そしてなぜ哲人皇帝が後継者に失敗したのか、やはり息子への偏愛に眼が曇ったのか?著者の説明はこれまでの常識に対して挑戦するように、ピウスに厳しかったり、マルクスの悩みに焦点を当てたりと極めて飽きさせない推理に富んだ素晴らしい歴史でした。映画「グラディエーター」をこの執筆のために何度も見たということ。私自身も見たことがあり、あの戦争シーンについて「確かにあのような戦争だったのかも知れない」という説明に頷けます。

  • 五賢帝のラスト、マルクス・アウレリウス帝から、この子供のコモドゥス、内乱を経て軍人皇帝にいたる、西暦で言うと161年から211年までの話になります。
    映画のグラディエーターの時代考証などのティーブレークがあってなかなか面白いです。
    ベン・ハーもスパルタカスもたしか見てますね。アマデウスもエリザベスも見たし・・・結構ヨーロッパ時代劇おたくかもしれない。

    マルクス・アウレリウスは哲人皇帝、といわれていたんですね。哲学大好きっ子だったそうな。
    でも理念だけでは人は動きませんね。抽象的な議論だけでなく、具体例を示さないと大衆が納得しない、ということも知っていたのではないか、と論じています。
    かなり、人間性に対する理解も深かった皇帝なのでしょうね。

    それにしても、ローマの皇帝さんたちは、共同体(国家)に対する気概がちがうわな~。日本の議員さんもがんばってください。

    2007/10/31

  • 五賢帝時代の掉尾を飾り哲人皇帝としても名高いマルクス・アウレリウス。後世の評価も高い彼の時代に、既に衰亡への萌芽は見えていた――従来の史観を覆す新たな「ローマ帝国衰亡史」が今始まる。

  • また内戦をやっている。距離が離れるほど情報が伝わるのが遅いということを学習しないのだろうか。シリアに情報が伝わるころには、近くの将は動き始めているし、抑えなくてはいけないローマにも遠い。

    今回は内戦の描写が穏やかなので、まだ読むのに心理的に楽だった。

    後継ぎに関しては、ある程度賢い皇帝なのだから、生前に整理しておいてほしかった。それであれば国力の衰えも少なかっただろうに。

    それにしても、親が奴隷でも自身は能力と努力次第で皇帝にまでなれる社会というのは素晴らしい。身分の固定されていた国に比べれば、繁栄するのは当然と思われる。

  • 面白いけど、もはや作者の主張が判らない。

  • ローマの盛隆と衰退を書いた塩野七生の本。
    11巻『終わりの始まり』を読んで、衰退は国ではなく人から始まっていくと感じた。

    国が最盛期の安定している頃は、戦争に行くのに観光しながら長時間掛けて向かっても問題にならなかったりもしたけれど、逆にそれにより人は衰退しても国を存続できるシステムが稼動できたという経験によって、錯覚を起こし、問題に気づきにくくなるんだろうと思う。

    でも2代目で会社が潰れるなど、学べる事・気をつける事などの気づける事は身近に沢山あると思う。

    先人が残した書物があり海外のものも翻訳されて沢山学べるようにはなったが、命が脅かされる事が非常識となった安定的な今は、学ぶ必要がないと錯覚しても当然かもしれない。そうなれば、その後のシステムの崩壊からの国の滅亡も自然の摂理として言えるのかもしれない。

    もしそうであれば、世代を通して今日本人は衰退していっているのか。国のシステムはまだ保ったまま。

    なるほど自然の摂理という考えが一番しっくりくる。

  • 映画グラディエーターの考証部分で当初映画館で見たときの印象をしばらくたって思い直した所など、著者のこだわりというか、ローマ史への飽くなき探究心の一端を垣間見る感じがします。326ページの悪意とも言える冷徹さで実行した場合の成功例と、善意あふれる動機ではじめられたことの失敗例で、人類の歴史がおおかた埋まっていると言っても良いかもしれないというくだりが、ドキッとする。

  • 夏休みに塩野七生久々のシリーズもの「十字軍物語」を読み始めたこともあり、以前、途中で読むのをやめてしまった第11巻を再度読み始めた。前回読んだときは、ローマ全盛期のダイナミズムが失われ、あまりおもしろさを感じず、読み切ることができなかったが、今回は一気に読み込んだ。
    というのも、ローマの「終わりの始まり」は、成長期を終え、成熟期に入った日本の状況に酷似している点があったからだ。拡大した領土(日本でいえば成長した経済)を維持する難しさ、実戦経験がなく現場をしらない統治者(特に2世、3世)、骨肉の争いなどなど。「成長、反映している時に、次の課題に向けた対策を考え、講ずるのが真の指導者」という言葉はローマだけでなく、今の日本の状態にも通ずるところがあるだろう。

  • 文庫本が3巻出てたのですかさず読破。。
    最初のページに国が衰退する際にはコインの

    1.金含有量が減る
    2.次に鋳造技術が劣化する

    らしい。。今の日本って1だよね。
    財政赤字の拡大でお金の価値は相対的に
    へってんだから。

  • ・副題「終わりの始まり」の通り、ローマに衰退の陰が忍び寄る様子が描かれている。
    ・この間の最後、カラカラ大浴場の名でしか知らない皇帝カラカラは弟と不仲で、母親の面前で弟に斬りつけ殺害している。なんともはや、カラカラはダメな人だったんだね。
    ・巻末の「魚は頭から腐る。ローマも…という」という言葉は、この後の鬱展開を予想させる。(日本も頭から腐ってるのかな。

  • いよいよ帝国衰退の時。

  • 13巻「最後の努力」を読んだ後、11巻の「終わりの始まり」に戻ってみた。

    時代はまだローマ全盛期とされる五賢帝の時代。しかし塩野さんは五人目のマルクス・アウレリウスを「賢帝」とは評価していないようで、この前の時代にあたる「賢帝の世紀」とは別巻にしている。ただ3世紀から2世紀に戻ってくると、まだローマ社会にもローマ軍にも随所にローマらしさ、ローマらしい強さやしなやかさがちゃんと残っていることに気付く。

    ゲルマン民族大移動の予兆ともいえる動きが始まり、東方ではパルティアが衰退していったこの時代、マルクス・アウレリウスは弱き心を叱咤しながらドナウ河畔で戦い、そして夜には一人自省する。現代で言えば、ブログやツイッターを書き連ねるようなものだろうか。良き心は充分に持っていたのだろうが、残念なことに武将としての資質には欠けていたようで、10年かけてもドナウ河戦線を収めることができなかった。そして何より、資質を冷静に推し量ることがないまま長男を後継者にし、死後10年の混乱の結果、軍人皇帝時代を導くことになった。それらがローマ帝国の「終わりの始まり」とされる所以だろうか。

    中国では秦漢王朝の最後、後漢の滅亡期にあたる時代。ローマ帝国はまだ充分に力を保っていたが、セヴェルス帝期以降は随分と違った色合いになっていく。その責任を軍人皇帝たちに押し付けることは簡単だが、根底にはローマ本国人たちの気力の低下があったことは、塩野さんも本文中で指摘している。この先を読み進めていくのは、ちょっと気が重い。

  •  気がついたらすっかりローマ贔屓になっていた身にとって、衰退していくローマは切ない。だが、衰退する芽のところからじっくりと書いてくれる本書は、ある意味とても「優しい」。

     よかれと思って行うことが、結果的に致命傷になっていく姿、ほんの小さな安心がじわじわと健康体を腐食していく姿は、実に迫力があるし、痛々しいと言うよりも生々しい。これが「終わりの始まり」であるとしたら、日本などという国はとっくに終わりの終わりなんじゃないだろうか?

     9巻までのかっこいい人たちに比べ、ここで描かれるリーダーたちは苦しそうだ。しかし、多かれ少なかれ人は逆境の中で努力するしかないわけで、そういう意味でとっても共感しながら読んでいた。

     読み進むにつれて、もっともっと切なくなるんだろうな。
    2007/9/7

  • 題名が格好良い。

  • 2010/06/02 5冊かかって滅びに向かうかと思うと読むのがつらくなってくる。対比に出てくるカエサルやアウグストゥスの時代の輝かしさは、筆者の愛の深さだろうが、カエサルのことばを読むだけで涙が出そうになる。

  • 世襲制は内戦を防ぐためのものというのには、第3部の「内乱の時代」を読むとなるほどなぁとも思いますが、若い我が子への世襲・血へのこだわりって、結局は暴君を生んでいるって気もします。
    カリグラとコモドゥスがだぶって見えます。
    二人の皇帝の同時就任なんてのがあったんだねぇ。

    「ローマ帝国の滅亡」も「グラディエーター」も見ていないのですが、映画っていうのはフィクションであり、必ずしも歴史に忠実ではないというのを心しておかないといけないのですね。

  • これから下り坂に入っていくローマ帝国。
    五賢帝の時代にすでにその兆しがあったという解説は興味深かった。しかも他に有効な手がなかったしたら。しかも彼らにはそのこともわかっていたとしたら。

    人を育てることの難しさを感じながら読み進めています。

  • 帝国の終りに向かう様なんてどう考えても面白いはずがない。しかし、塩野さんは視点が違う。なぜ終わってしまったのかを冷徹に物語っていく。面白い。
    間違った選択、その上塗りの間違った選択。そうして衰退に向かう理由が生まれ、それが重なって…という時代の流れを実に冷徹に描いていく。やはりこの人の文章はすごい力があると、物語として盛り上がらないところだけに強く感じた。

  • 紀元161年、第16代皇帝マルクス・アウレリウスから、紀元211年、第20代皇帝セヴェルスまで。

    「パンテオン・・・すべての神々に捧げられた神殿、優れた建造物は必ず、それを建てた人間の哲学を体現している。パンテオンでは、守ってくれる神々に囲まれて立つ、人間が主人公になる、多神教古代の精神を具象化したローマ帝国の哲学でもある」
    「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶという格言があるが、両方ともが不可欠である」
    「思考も筋肉と同じで、絶えざる鍛錬を必要とする、思考怠慢が続くとカンも鈍ってくる」
    「一神教の神は人間に生きる道を指し示す神だが、ギリシャ人やローマ人の神々の役割はその人間の努力を援護するところにあると考えられていた」
    「マルクス・アウレリウス 自省録・・・大王アレクサンドロスも彼の馬の世話をする馬丁も、死んだ後では同じように灰になった」
    「コモドウス帝60年の平和・・・20年間の実戦体験が、戦争状態が終わった後からの60年もの間、抑止戦力として機能し続けた」
    「人間とは、崇高な動機によって行動することもあれば、下劣な動機によって行動に駆られる生き物でもある」
    「実力主義にはプラス面も多いが、人間社会の他のすべての事柄と同じでマイナス面もある。実力主義とは、結局実力でカタをつけるしかない解決法」
    「善意が必ずしもよき結果につながらないという人間社会の真実。人類の歴史は、悪意とも思える冷徹さで実行した場合の成功例と、善意あふれる動機で始められたことによる失敗例で大方埋まっている」
    「ユダヤ教徒もキリスト教徒も、布教する際、私の信ずる教えのほうがあなたの魂を安らかにするから改宗しなさい、と言うのではない。私の信ずる神のほうが正しいから、あなたの信じていた邪神は捨てよ、と求める」

  • ローマ人の物語は、塩野ファンのみならず、どなたにもお勧めしたいシリーズ。
    この巻ではついにローマの最高潮時代が終わり、下り坂へ。寂しさを覚える一冊です。

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