タダイマトビラ

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  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (184ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103100720

感想・レビュー・書評

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  • 村田沙耶香さんの「タダイマトビラ」(2012.3)を読了しました。「家族」「家」について深く考察した作品ではないかと思いました。私には不可解で意味不明ではありましたが・・・。村田沙耶香の作品、理解できるものとそうでないもの、面白い作品とそうでないもの、私には、半々ぐらいです。

  • 「私にもわかんないもん。私たちだって、たまたまお母さんから出てきただけじゃん。だからって無理にお母さんのことを好きになる必要はないでしょ。お母さんも、私たちがたまたま自分のお腹から出てきたからって、無理することないよ。そんなのって、気持ち悪いもん」

    『この世には、狭い暗がりから世界に向けたドアが無数にあって、私はたまたま、母の足の間についてるドアを開けただけだ。この世に出てくるために蹴破った、血と肉でできた扉。』

    『「本当の家族」とは、血なんて理由ではなく、私だからという理由で選ばれるということだ。
    「本当の恋」をして結婚すれば"自分たちの子供だから"ではなく"私だから"という理由で自分を探し出してくれた人と共に家を作ることができる。』

    『私は、睡眠薬や食欲と同じように「家族欲」というものが自分にあるのを感じていた。そして、それを自分で処理することにチャレンジした。そして、私はとても上手にそれを始末することに成功した。私にとって「家族欲」は、排便や排尿と大して変わらない単なる生理現象だったのだ。』

    『性の知識が浅かった私は、食欲も睡眠欲もなんでも、欲望を自分で処理することをオナニーというのだと思っていた。だから家族欲を自己処理している自分の行為も、オナニーと呼んだ。』

    『私は挑むように睨みつけながら、「家族」の下に書かれた文字を読み始めた。
    「血縁、婚姻などによって結ばれた小集団」
    そこに書かれていた文章は、漠然としていて私にはよくわからなかった。その隣にならぶ「家族制度」という言葉が気になり、「制度」を辞書で調べた。
    「社会的に定められているしくみ。」しくみ、を辞書で調べ、文字の中を旅していると、「システム」と言う言葉にぶつかった。
    「システム。システム」
    私はその金属のようなひんやりとした言葉を、小さな声で繰り返した。そうか、家族はシステムなんだ。その機械的な響きが気に入って、私は何度も呟いた。』

    「そんなことよりね。私さ、今、隣の席の男の子が好きなの。すごく優しいんだ。この前、定規忘れたらね、貸してくれたの。プラスチックのやつじゃなくて、ちゃんと30センチの長の長いやつ、貸してくれたんだよ。いいと思わない?」

    「ショクヨナニーっていうんだよ。私が名前つけたの」
    「ショクヨ…なに?」
    「ショクヨナニー。食欲のオナニーだからショクヨナニー」

    「あのね、寒いときはストーブつけなくても、赤い折り紙を見ていると暖かくなるんだよ」
    「ああ、それは何か、聞いたことがある。先生が前に言ってたよね」
    「そう、身体は寒いままでも、脳が温かいって思うんだって。だからショクヨナニーも、匂いをかぎながら噛むふりをすると、脳が食べてるのと勘違いするんだと思う」
    「脳を騙すってことね」
    「そう、それ! 脳を騙しさえすれば、たいていの欲望はおさまるんだよ。すごいでしょ」

    『カゾクヨナニーも、「脳を騙す」というのがポイントなのだ。事実はどうあれ、普通の家族に包まれて、子供が育つのに必要な愛情が与えられている、というふうに脳を騙すことができれば、実際の親の愛情は必要ない。食べ物はいくら脳を騙しても実際に栄養とらないければ死んでしまうが、形のない愛情という精神の食事に関しては、脳さえ騙せば問題ない。』

    『浩平と付き合うようになっても、カゾクヨナニーの回数は減らなかった。私とセックスしても、セイヨナニーを頻繁にしているらしい浩平と同じだ。』

    『携帯電話に「今日は排卵日です」と表示されているのを見ると吐きそうになる。「卵」という文字から、いつか辞典で見たサナダムシの白い卵を想像してしまう。何か見えないものが、自分の体内に産み付けた卵。その卵が子宮を痛ませているような気がしてならないのだった。』

    『家族になるというのは、皆で少しずつ、共有の嘘をつくっていうことなんじゃないだろうか。家族という幻想に騙されたふりして、みんなで少しずつ嘘をつく。』

    『心の中の「本当のドア」の向こう側にある理想の家族を、何度も愛撫した。セイヨナニーをする人たちと同じように蹲り、勃起したペニスをこするように脳の中の理想摩擦し続けた。何度も何度も繰り返してきた。
    まるで罰をうけるように今、自分がそうされていた。
    浩平は彼の脳の中に引きずり込んだ私を気持ち良さそうにしごきながら、幸福そうに笑っている。』

    『ドアの中にはヒトがヒトでカゾクヨナニーする姿があった。
    家族というシステムは、カゾクヨナニーシステムだったのだろうか。その中で皆、狂ったようにカゾクヨナニーを続け、ヒトをバイブして自慰をくりかえす。』

    「『家族』っていうシステムそのものに、不備があったんだ。私たち、もっと賢くならないと。ね、そうでしょ」

    「私たちが失敗者なわけじゃない。このシステムそのものが失敗作だったんだよ」

    『家族というのは、脳でできた精神的建築物なのだな、とつくづく思った。』

    『私が「病気」になったことでカゾクヨナニーの絶好の「おかず」ができたとでもいうように、激しいAVを手に入れた男子中学生みたいに皆、一斉にカゾクヨナニーをはじめたのだ。
    全員、頭の中の理想世界に没頭し、勃起した脳の中の「カゾク」をひたすら摩擦している。』

    『わかるのは、全てつながっていて、私たちは同じ地球に繁殖する微生物だということだった。私たち皆が、家族だった。本能にまかせて、命を増やすという目的で、ただ、つながっていた。』

    『私は生まれて初めて、脳から解き放たれた目で世界を見つめ、純粋な光景の中に立っていた。「脳を騙す」どころか、ずっと脳に騙されてきたのは私だったのだ。』

    『それはこの前まで私が、脳に従って母と呼ばされていた生命体だった。生命体が鳴き声を発する穴からは泡だった液体が飛び散り、その生物の中が水分で満ちていることを感じさせる。
    私は、愛おしいその生き物を見つめた。
    ホモ・サピエンス・サピエンスのメスは、その習性で、自分から分裂した生命体である私を、大切そうに部屋の中へと導いた。』

    『本当はただの生命体でしかないホモ・サピエンス・サピエンスたちが、言葉を交わし、ニンゲンだと名乗り、そしてカゾクになってカゾクヨナニーをする。なんて奇妙で可愛らしい習性の生物なのだろう。この生物には、メスが受精して生まれた子供を育てるために、カゾクという仕組みの中で集まって生活する習性があるのだった。』

    「行くんじゃない。帰るんだよ。あのトビラの向こうで、私たちの新しい未来が待ってる。ただ、自分の中で燃える生命の音色に耳を傾ければいいんだよ。ね、命が唄ってるのがわかるでしょう?」

  • さらっと読んだ。
    なんせ、ラストが恐い。というか理解こえちゃって。
    家族をシステムとして捉えるしかなかった幼少期に、見えない愛に飢える主人公はいじらい。

  • 装画:北沢平祐さん
    装幀:新潮社装幀室

  • 帰っていく場所は。
    家族ごっこを上手くできたらいいが、どこか少しでも違和感を感じてしまったら一瞬で崩壊してしまうだろうな。

  • 今回もまた村田沙耶香ワールドに引き込まれる気満々で読みました。

    自分自身が今まで感じていた「家族だから」「血」という括りで必ず、助け合わないといけない、仲良くしないといけないといけないと言われ納得がいかずに生きてきたところがあったので、この家族の不調和は潔さや気持ちよさも感じれました。

    後半になるにつれ、村田ワールドが強くなりすぎてついていけなさそうになるところも多々ありましたが、それでこそこの作家さんの良さかなぁと思っています。

  • 主人公も弟も、痛いほどに家族というものを求めている。
    母親ならばこうあるべき、という社会に違和感を覚える主人公自身が、実はもっともその幻想に縛られ、家族を神聖視しているという皮肉。

    家族を家族たらしめるものは血縁でも愛情でもなく、生活への工夫と現実(=日常)の共有という感覚はまっとうとも思えるが、やはりそれだけでは足りないようにも思う。
    それは、主人公がいうところの、恋の麻酔が効いているうちの手術であっても、敬意であっても、立場であってもいいとは思うが、感情や家柄の縛りなしに、システムだけで家族を成立させるのは非常に困難。
    そこに気付かず、神聖化された、家族というシステムだけを追い求めた結果、感情が取り残され、ラストの破綻まで突き進んだのではないか。

  • 愛情不足で育った子ども達。愛着障害のような症状がところどころに散りばめられている。
    それでも健気に自分で自分に愛情を注ぎ、本当の家へ帰ることができると信じている恵奈が不憫ながらも胸に迫るものがあった。
    引きこもりがちな弟と、外に得られなかったものを得ようと必死になる恵奈。この対象的な兄弟に目が離せなかった。

  • すごく好きな作品だった。
    理想の家族を求める恵奈がカゾクヨナニーするシーンを読み、自分も幼い頃手段は違うが似たようなことをしていたことに気づく。
    家族から愛されていると脳を騙す恵奈の姿が切ない。
    彼氏からプロポーズされ、やっと自分の家族欲を満たせる相手と一緒になれるかと思いきや、彼氏が自分でカゾクヨナニーしていることに気づき心が破綻する。
    家族システムの中で失敗した母親の二の舞になるのが嫌だ、という気持ちは、私が子供を産みたくない気持ちに似ている。

    子供を産んだから親になるわけではないし、親が全員愛情深くなれるわけではない。
    母親を母親たらしめているのは何なのか。
    血の繋がりじゃなく、その子だから愛しているという気持ちになれるのは、どうしてだろう。

    村田沙耶香らしい、途中途中で曖昧な不気味さを残しながら、最後に読者をぐっと突き放すような恐ろしさをたたえる結末も読んでいて面白かった。
    人間システムからでる、ホモサピエンス・サピエンスとして生きる、などの発想がすごい。

  • 義務として家事をこなす母、愛人をつくりなかなか帰ってこない父、愛情不足で飢えている弟、そんな機能不全な家庭で育った恵奈は、ここは育ての家庭で、いつか自分で本当の家庭を持つことを夢見つつ、カゾクヨナニーという、家族欲を満たす方法で日々を乗り切っていた。
    高校生になり、大学生の彼氏ができたことで、恵奈の夢は現実感を帯びてくるがーー

    前半はうっすら共感できるところもあったけど、後半の気持ち悪さはさすが!
    村田沙耶香さんの書く物語って、人間の恥部というか、他人には話さないタブーみたいなところを掻き回されるから、恐ろしい気持ちと、溜め込んだものを吐露したような気持ちよさがある。

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著者プロフィール

村田沙耶香(むらた・さやか)
1979年千葉県生れ。玉川大学文学部卒業。2003年『授乳』で群像新人文学賞(小説部門・優秀作)を受賞しデビュー。09年『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞、13年『しろいろの街の、その骨の体温の』で三島由紀夫賞、16年「コンビニ人間」で芥川賞を受賞。その他の作品に『殺人出産』、『消滅世界』、『地球星人』、『丸の内魔法少女ミラクリーナ』などがある。

「2021年 『変半身(かわりみ)』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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