駅路 最後の自画像

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  • 新潮社 (2009年12月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (158ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103204381

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駅路 最後の自画像の感想・レビュー・書評

  • 当該のTVドラマを2回とも見ていない。図書館本。 180

  • 何より、原作とシナリオの併載という企画自体が斬新かつおもしろい。

    で、おそらく松本清張氏の小説は初めて読んだ。
    「駅路」は短編小説だったからなおさらなのかもしれないが、「非常によくできたプロット」のような小説だと感じた。
    地の文で状況解説する部分と場面として展開する部分の塩梅が絶妙。
    脚本家が腕を活かしたくなる、いい意味での余白に溢れている。
    ひところは、氏の小説が続々と映像化された理由が、わかった気がする。

    向田邦子氏の脚本は、原作を基本的に踏襲しながらも向田節炸裂。
    「男の事件」を「女のドラマ」として生まれ変わらせている。
    原作では単なる捜査でしかない場面も、それぞれの人物像が膨らんで輝いている。
    ゴーギャンの画集、化粧品、アルバムなど、原作にあるものないものひっくるめて、小道具の使い方も巧い。

    現時点ではまだNHKオンデマンドで映像作品を見られるらしい。
    近々のうちにそちらも見てみたい。

    数は限られると思うが、「原作+シナリオ」という書籍企画が、少しでも増えると嬉しい。

  • 短いお話で読みやすかった。シナリオもあって映像でも見てみたいと思った。

  • 原作と脚本の対比が出来る面白い1冊です。

  • 原作と、それをドラマにした脚本が並べてある一冊。
    お二人とも好きな作家なので、とても興味深く読みましたよ。
    脚本というものをこんなに隅々までしっかり読んだのは初めてですけど、
    いや~、なんか、「へぇ~~~、なるほどなぁ」ってほんとに面白い体験だった。
    向田ドラマ常連の俳優さんの声やドラマの雰囲気までもが、頭の中にリアルに再現されましたわ。
    脚色を嫌った向田さんの数少ない脚色本らしく、たしかに原作と違ってるところがあるのですが、作品のテーマを男側から書いたのが清張さんの原作、女側から描いたのが向田さん、って感じですーーごく面白かったです。
    ほんと、なるほどなぁ…♪、って思うところ多々。

  • 松本清張の「駅路」(1960年発表)を向田邦子が脚本し「最後の自画像」(1977年ドラマ化)を製作した。その原作とリメイクが集録されていてNHKプロデューサーや編集者か解説する。そのドラマは当時、人気絶頂期の二人が携わり、しかもNHK土曜ドラマは硬派で社会性をもつということで当時注目を浴びた。

    松本清張という人は自分の作品が映像化されることにこだわりがないようでむしろそれを喜んでいる様子、そして自身がなにかの役で出演を希望するという茶目っ気を持ち合わせている。

    向田邦子は自作で脚本製作を手がけてきた人であり、他の人の作品を脚本化したのは後にも先にもこれ一本であるらしい。「駅路」を「最後の自画像」とタイトルを変更し原作の中味まで変える。でもそれが松本清張本人やドラマ製作側に受け入れられたのは物語の主題「男の心にある一人の人間としての生きる願望と、あくまでも責任ある立場を守る生き方の狭間の苦悩」という根本はくずされていなかったから。

    松本清張と向田邦子は、それぞれの持ち味はまったく違うもののように感じられるが、人の心の中に潜在する人間の深い意識にさりげなく触れ、どこかじんわり心に残るものがある。


    2009年に「最後の自画像」が松本清張生誕100年、向田邦子生誕80年で「駅路」と原作にもどしてリメイクされ放映されたらしい。
    冒頭のナレーションで「人は人と出会う瞬間にそれぞれの人生が交差し、輝きを放つようです。~~略~~
    松本清張はいつも時代に翻弄される人間の、生きるかなしさを描いた~~
    向田邦子作品は日常生活の中にこそきらりと光る珠玉の人生がある、という哲学がこめられたいた。~~略~~」

    人を惹きつけてやまない二人の魅力をみごとに描き、接点を持たせたことが素晴らしい。

  • 2010年11月20日(土)フジテレビで、再放送でしたが向田邦子の脚本で「駅路」を放映していました。
    出演は、役所広司、深津絵里、木村多江、十朱幸代、等でした。
    (2010.05.05読了)(2010.04.29借入)
    松本清張の短編「駅路」(1960年)と「駅路」を原作として執筆された向田邦子のテレビドラマ「最後の自画像」の脚本が収められています。
    松本清張生誕100年、向田邦子生誕80年記念として出版された本なのでしょう。
    松本清張の本は何冊か読んでいるのですが向田邦子さんの本は、読んだことがないので読んでみました。

    ●「駅路」(17頁~49頁)
    某銀行営業部長を定年退職した小塚貞一が行き先を告げずに旅行に出て1カ月たっても帰ってこないので、妻の百合子が所轄署に捜索願を出した。
    銀行に勤めている時も行き先も告げずによく一人で旅行に出かけていたが、大抵二週間ぐらいで帰ってきていた。
    捜索願を受けた所轄署の呼野という古い刑事と北尾という若い刑事が捜査を担当した。
    二人の刑事は、百合子夫人から聞き取り調査を行った。遺書は残さておらず、特に悩んでいる様子もなかったが調べてみると80万円という多額のお金を持って行ったということが分かった。(1977年の「最後の自画像」では、500万円となっています。)
    小塚貞一の略歴を訊くと本店詰になる前、広島支店長と名古屋支店長を勤めていることが分かり、趣味はカメラと旅行、旅行は独り旅。旅行先は、アルバムを見せてもらうと東尋坊、永平寺、下呂温泉、犬山、木曽福島、京都、奈良、串本、蒲郡、等、美しい風景が撮られていた。写真の余白には撮影した年月日がつけてあった。呼野刑事はその日付をかき取った。
    銀行関係者から聞き取りに努めたら大村という女性から数年前から電話があり、その電話があると辺りを気にするような話し方をしていたそうである。小塚宅に伺い百合子夫人に確認すると自宅にも大村さんから電話があったという。旅行に出る前にも電話があったという。ふと応接間の壁を見るとゴーガンの複製画が掲げてあった。小塚貞一が好きで集めたものだった。(ゴーガンに失踪のヒントが隠されていた。)
    呼野は北尾刑事と広島へ向かった。呼野は、旅行先の写真から広島から来る女性と東京から行く小塚貞一がほぼ中間地点で落ち合ったのだと読んだ。
    今回の失踪は、広島の女性とどこかでひっそり暮らすため、であろう。
    広島支店の聞き込みで、小塚貞一が広島支店にいたころから勤めていた女子社員が一年前にやめていることが分かった。古い出勤簿を調べてもらうと、休暇を取得している時期が、小塚貞一の旅行の時期と一致した。女性の名前は、福村慶子。
    銀行で教えてもらった住所を訪ねてみたら、福村慶子は、三か月前に病気で死亡していた。
    福村慶子に両親とか兄弟の身内はなく、葬式は東京から従妹(いとこ)がやってきて、万事後始末をして帰ったという。
    (後はご想像にお任せします。)
    「ゴーガンは、第二の人生を求めて南洋に住んだ人だ。人間だれしも、長い苦労の末、人生の終点に近い駅路に来た時、初めて自分の自由というものを取り戻したいのではないかね。小塚氏のは、家庭への責任を果たして、やれやれ、あとの人生はおれの勝手にさせてくれ、という気持ちだな。」(35頁)
    (「駅路」には、長編推理小説の骨組だけが書かれている。この短篇に肉付けをすると、あっという間に、長編推理小説が出来上がる。推理小説を書くときの原型がここにある。自分でも推理小説を書こうという方には、この短篇は、非常に参考になるのではないでしょうか。)

    ☆松本清張の本(既読)
    「ゼロの焦点」松本清張著、光文社、1959.12.
    「砂の器」松本清張著、光文社、1961.07.
    「徳川家康」松本清張... 続きを読む

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駅路 最後の自画像の作品紹介

なに不自由のない男が家庭を捨て、失踪した。追う者と残された女たち…。昭和52年、NHKで放送され、平成21年、フジテレビでリメークされた名作ドラマ。不世出の二人の才気と真髄が刻まれた、空前絶後の共著。

駅路 最後の自画像はこんな本です

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