持ち重りする薔薇の花

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著者 : 丸谷才一
  • 新潮社 (2011年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (199ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103206095

持ち重りする薔薇の花の感想・レビュー・書評

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  • テーマがいい。クインテッドだなんて、なかなか気が利いてる。
    でもやっぱり芸術家よりビジネスマンのほうが好きだな~。
    初めは旧仮名遣いが取っ付きにくいかなと思ってたけど、全然そんなことなくてかえって滑らかで素敵。日本語って美しい。

  • カルテットの人間関係は、狭いところの人付き合いの難しさにそのまま通じると思う。
    それぞれにポリシーがある芸術家が4人集まって一つの音楽を奏でるわけだから一筋縄でいくわけがない。それなら一時期であれ最高の音楽を奏で評価を得られたことは幸せかもしれない。
    それを見守る経団連会長となった梶井も、奥さんや子を失い、再婚相手も早くに認知症になるなど、常に満たされないものが付きまとっているようだ。
    しかし、良い音楽、一流の文学、芸術に日ごろから親しむ教養人の社会はよいな。本を読まなかったり、アイドルユニットの曲しか聞かない大人はすこしもったいないと思う。

  • いやあ、さすがに手なれたものです。こういうのを風俗小説というのでしょう。

    財界や会社の人事にまつわる裏事情に始まり、企業買収のために関係者の趣味を徹底的にリサーチするやり口まで、知らなくても困らないが知っていてもいっこうに困らない、いやむしろ愉快か、といった話が、主筋の話に入る合いの手のように、次から次へと繰り出される。そこは丸谷才一のことだから、その手の読者を飽きさせないように艶っぽい話も用意して、これでもかという具合に供される。巻擱くを能わず。一気に読み終えてしまいました。ああもったいない。

    かねてから懇意にしている二人。一人は財界の大物で元経団連会長の梶井。もう一人の野原は梶井とは雑誌の編集長時代からのつきあい。野原は取材で、ブルー・フジ・クヮルテットという日本人弦楽四重奏団の話を聞きに梶井のもとを訪れたところ。

    クヮルテットというのは難しいもので、どんなにすぐれた演奏を聴かせる楽団であっても二年で喧嘩別れをするのが常という。少人数の集団が四六時中顔をつき合わせていれば、それも無理あるまい。それが、この四人組は、一度抜けたメンバーが再加入して続いているめずらしい例。ひょんなことから後見の役回りをしている梶井は、世間の知らない面白い裏話を知っているらしい。関係者の死後に公開するという条件で野原は話を聞くことに同意する。

    とはいっても、そこは初めに紹介した通り風俗小説です。ミステリのような展開を期待されても困る。メンバーの間に起きるトラブルの原因は、男と女の問題に端を発する。それは、どんな社会でも同じ。ただ、精妙なアンサンブルを期待されるクヮルテットだからこそ、感情のもつれが軋轢となって構成員の調和が乱れる。ヴィオラの別れた奥さんにチェロが手を出し、それを吹聴して回るので、ヴィオラが退団をほのめかしたり、チェロの奥さんとヴィオラが駆け落ちしたりという、よくありがちないざこざ。

    まだ若い音楽家たちの稚気あふれる逸話の間に、華やかな実業家人生の陰に隠された家庭内の不幸や、雑誌編集長の社内人事での挫折話が絡み、人生の有為転変が、酸いも甘いもかみわけた人の口を借りてしんみりと語り出される。まるで名人の語る人情話を聞いているような、いいあんばいの語り口です。

    英国の小説にくわしい人らしく、階級差というものをうまく使っています。中流の上程度に属する階級の暮らしぶりが醸し出すスノビッシュな味わい。ニューヨークですき焼きを食べて、アメリカの卵にはサルモネラ菌が入っていて危ないが、この店は大丈夫と言わせたり、二人が会話の間に手にするシェリーがアモンティァードだったりと、読み手の気を惹く小道具の使い方がうまい。

    クヮルテットの話だから、音楽談義が中心になるのは当然のこと。音楽史では一時代前の人のようにみなされているボッケリーニがハイドンと同時代人だったという事実や、ハイドンのセレナーデは二楽章がいいけれど、実は本人の作ではないという説が持ち出されたりと音楽好きには愉しい。スラブ的旋律が耳に残るチャイコフスキーのアンダンテカンタービレが、むしろモーツァルトに代表される西欧的音楽に近いのだという第一ヴァイオリンの話には我が意を得た思いがした。

    圧巻は、ニューヨークの日本料理店で梶井にご馳走になったクヮルテットの面々が余興にやってみせる「忠臣蔵七段目 祇園一力茶屋の場」。チェロの義太夫に第二ヴァイオリンの口三味線、ヴィオラがお軽と平右衛門を早変わりでやってのける。第一ヴァイオリンが「成駒屋!」と大向うを務める。歌舞伎、中でも「仮名手本忠臣蔵」は丸谷才一自家薬籠中の演目。このあたりはお遊びでしょう。

    抜けた第一ヴァイオリンに代わって加入したアイリッシュ系の奏者が、あまりにベートーヴェンばかりを持ち上げるので、チェロがかねて用意の難しい単語を繰り出して、自慢の鼻を折ってみせるくだりでは、英語原文をそのまま数行引いてみせる。『ユリシーズ』の訳者の一人でもある丸谷ならではの華麗なペダントリーだが、これもまた読者サービスの一環か。丸谷ファンの中には、音楽だけでなく英語に堪能な読者も多いにちがいない。

    蘊蓄満載のエッセイ集はコンスタントに発表するが、長篇小説は寡作という、この人の久々の書き下ろし。弦楽四重奏など聴きながら、シェリーとまではいかずとも、グラス片手に読まれるなら至福のひとときをお約束しよう。

  • クァルテット。それは四重奏のこと。

    どうやら四重奏は、
    他の何重奏よりも、
    オーケストラよりも、
    緊密な構造らしい。

    不思議なもので、クァルテットの人間関係が複雑になるにつれ、奏でられる音楽は、深く、美しいものになるようだ。

    なんと恐ろしく興味深い世界なのか。

  • 丸谷氏最後の小説だというので読んでみました。
    軽妙な作品で読み易かったですが、クラッシックに詳しくないと面白さ半減でしょう。(私は半減)
    うんちくを読むのも楽しいけど、曲を頭で流しながら、モデルの人物像を思い浮かべながら読めたらなあーという感じでした。
    M&Aの話とかは面白かったけどさ。

    文学系なら少しはついていけるので、やっぱりそっちをテーマにした本の方が私にはあってるかも知れません。
    選択ミスか。

  • 丸谷才一さんの最後の長編『持ち重りする薔薇の花』を読了。やはり彼の作品は少しばかりノスタルジーを感じさせ、だが確実に我々の弱い部分、世界とは異なっている日本人の独特な感性や行動の仕方を物語にして見せつけてくれる。俺たちってそういえばどうだよねって言う感じで。日本をきちんと外から見ている人だからかける物語な気がした。品のよい、いい作品です。品のよい小説を読みたい方是非どうぞ。

  • なんていうか、ウディ・アレンの味わいですかね。コレ。僕は好きです。

    丸谷才一さんの長編(中編?)小説。丸谷さんの9篇しかない長編の、遺作に当たりますね。
    これまで、丸谷さんの長編の何篇かは読んだことがありました。ただ、どれも10代の頃に、背伸びして読んでたんですね。
    なんとなく当時から、「これぁ、俺ちょっと背伸びしてんなぁ」と薄々は思っていました(笑)。なんとなくね、味わいというか面白さがフィルターを通してしか感じられない部分が多かった感じですね。
    と、言う訳で、「持ち重りする薔薇の花」。
    これ、去年の秋くらいに、衝動的に電子書籍で買ってたんです。
    なんですが、ちょこっと読んで何となく後回しになっていました。
    何となく再び読み始めたら、面白くて面白くて。どどっと読んでしまいました。あまり長くないし。

    内容を備忘録に書くと。

    80代くらいと思しき、経済界のかつて偉かった男がいます。
    もともとお金持ちの家の出で。海軍下士官(つまりエリート)で終戦。コネで財閥系の商事会社に入って。
    仕事も優秀だったみたいで海外歴が長く、社長になり、経団連会長になり、やっと引退。
    で、この老人。上記の通り、インテリで洒落ててお金持ちなんですね。
    この老人が、旧知の仲である、とあるノンフィクション作家のインタビューに答える。
    その語りの内容が、この小説なんです。

    で、その内容っていうのは。
    その元経団連会長が、商事会社でアメリカにいた時分に、ひょんなことから知り合った、日本人の弦楽四重奏、カルテットの四人組。
    まあ、なんとなく20歳くらい年下なんですかね。設定としては。
    初対面のときは、ジュリアードの学生だったんですね。その四人は。
    その四人と仲良くなって、まあ、パトロンというほどお金も出せないけど、精神的なパトロン、そして兄貴分的な相談相手になるんですね。
    で、その「ブルー・フジ・カルテット」は、どんどん世界的に有名な弦楽四重奏団になっていきます。
    その足跡を、四人の人生の春秋と、愛情の歳月と、いがみあいと不和の歴史を、その元経団連会長さんは、ずっと見聞していくんですね。
    初対面が1980年代だそうなんで、足掛け30年以上ってことですね。この本が2011年ですから。

    で、その「ブルー・フジ・カルテット」の30年の歩みを、旧知のノンフィクション作家に語る。
    ノンフィクション作家は、元はとある出版社の編集者だったんですね。
    これはこれで、ひょんなことから元経団連会長と何十年も前からの友人になっている。

    ●とある弦楽四重奏団の30年の人生模様。

    英才としてジュリアーノで結成、青春の熱い芸術至上時代。
    やがて売れ出して、それぞれに女性と愛憎、結婚、離婚、浮気。
    仲間内で女の相克、売れる売れない嫉妬に僻み。
    反目、喧嘩、脱退離脱に再加入・・・。

    ●商社マン(後年の経団連会長)と、編集者の、これまた30年くらい?の人生模様。

    スポーツジムでの偶然の出会いから、清い付き合い。
    やがて互いの、老いた親やら家族やらの事業の失敗や、ココロの病。
    そして出会いやら親子関係、恋愛についてまで。


    が交錯して語られていきます。
    タッチとしては。
    適度に軽くて明るくてユーモラスでちょっとHでちょっとエロくて、でも卑猥じゃなくて。
    英文学者丸谷才一さんですからね。ウィットと皮肉と知的な細部に満ちていて。
    クラシック音楽、英語、商社、M&A(企業合併や売買。カルテットのリーダーの奥さんが、その仕事してる)の、蘊蓄が豊かで。
    でも、そんな薀蓄は別にわからんちん、で、飛ばし読んでも別に良いんです。なんだかんだ、男女の恋愛とそのもつれ、の話の多いんですが、
    そういう人間ドラマ、軽喜劇、と割り切って読んでも楽しいんです。

    なんだけど、これ、読む人によっては。
    「ブルジョワの老人と世間知らずのお坊ちゃんクラシック音楽家の呑気な日々を、薀蓄自慢しながら語られても、一体全体、なんなのさ?」
    という感想も、あると思います。その通りの側面もあります。

    でもねえ、これ、良いんですよね。
    その軽さっていうか、風俗的な戯れ感というか。確信犯なんですよね。
    重くも考えられる人生模様だって、軽くかるーく、ちょっとしみじみ、くらいで行っちゃうんですよね。
    何のオハナシなの?って言われると。
    世俗ってこういうもんだよね、ヒトって男女ってこういうもんだよね、という、肩をすくめた身振りのような。
    ちょっと哀しいけど泣いてもしょうがないね、という諦念と苦笑い。
    そして、そんなニンゲンが生み出す芸術って、すごいよねえ。素敵だよねえ。というようなため息というか。
    いやほんと、そういうことなんだと思うんですよ。
    でも、それが、ちゃーんと小説になっている、っていうのがオモシロイんですよね。
    小説書くのが上手いんです。

    で、こりゃウディ・アレンさんだなあ、と。
    語り口が上手いんです。確信犯の軽さなんです。肩の力の抜け具合が腰砕けなまでに、にやっとしちゃう快さ、ココロヨサ。
    でも、冗長じゃないし、扇情的じゃないし、テンポよくて、明快で明朗で、なんだけど人生の苦味が山葵のようにツンと来る。アッサリさっぱり、胃もたれしません。
    これが、貧しい人が出てこないからって、人生の実相について、欺瞞的にしか描いていないのか、というと、当然ながらそんなことは全くありません。
    ソレはソレで、コレはコレ。丸谷さんはこういう物語を語りたかっただけ。でもある種のバブル以降の日本の精神史、の、一部ではありますね。

    何しろ、この本出たとき、丸谷さん86歳ですからね。
    86ですよ。もう、何書いても良いんですよね(笑)。
    戦争も貧しさも内ゲバも繁栄も、特攻も餓死者も安保もバブルもニートも、全て眺めてきた86歳ですからねえ。
    しかも、英文学者で翻訳家でジョイス研究ですよ。後鳥羽院も研究して、国語と日本語の博学であり、あらゆる文学賞も総なめして、驚異の読書家で書評家。
    それでいて、軽さと明るいエロと、知的なおバカと、英国趣味と日本文化と日本語が大好きで。
    重さ、暗さ、お涙頂戴、安易な感動、教養の浅さ、知ったかぶり、ヤンキー的なものが大嫌いで。
    と、言うオヒトですから。
    ま、言ってみれば、「永遠のゼロ」の真逆というか(笑)。 ※読んでないから、偏見っす。失礼。

    だからまあ、好みなんです。
    僕は、大好きです。
    ただ、好みと片付けてはいけないと思うのは、日本語のキレイさ、洒脱さ、読みやすさ。
    そこンとこ、もっと説得力のある褒め方をしたいけど、まあそんなことを考えながら、もやもやするのも読書の愉しみですね。

    ※言い忘れました。丸谷さんなんで、当然ながら旧仮名使いです。僕は、コレ理屈抜きで好きなんです。
     岩波書店版の漱石全集、同じく岩波書店版の芥川全集、谷崎全集、などで親しんだ旧仮名、丸谷さんが現代風俗小説で使うと、
     「ぜんぜんコレで21世紀でも使えるよね!」と興奮です。

  •  楽しく読めました。

  • クヮルテットの4人組のドロドロ
    ”薔薇の花束を4人で持つには持ち重りする”
    というのでこの題名
    まわりくどい横道逸れ話が多く、
    さらっと読んだだけではわかりにくい
    けど人生の機微の勉強にはなります

  • 音楽を通して全編に匂い立つ、かくも美しく深淵なる日本語。
    ”日本人男性作家”ならではの性的描写(性への我執?)は華麗にスルー。

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持ち重りする薔薇の花の作品紹介

元経団連会長にして旧財閥系企業の名誉顧問である梶井は、80年代初め、NYで不遇をかこっていたころ、ジュリアード音楽院に通う日本人学生たちと知りあう。そして彼らが結成した弦楽四重奏団に「ブルー・フジ・クワルテット」と命名。やがて世界有数のカルテットに成長した四人のあいだにはさまざまなもめごとが起こりはじめるが、その俗な営み、人間の哀れさを糧にするかのように、奏でられる音楽はいよいよ美しく、いよいよ深みを増してゆく-。

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