敵討

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著者 : 吉村昭
  • 新潮社 (2001年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103242291

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敵討の感想・レビュー・書評

  • 現代のように携帯電話や気軽に写真を撮ることなどできなかった江戸時代に仇を探すだけでも相当な苦労があり、結局見つかった時にはお互い老人ということもあったとすれば、仇を何十年も追い続けるモチベーションを保ち続ける裏にはどういう心理があるのか、何故敵討ちは美談化されたのかを考えました。

    敵討ちを藩に申し出て成し遂げるまで、家族への収入は途絶え、生活費や旅費にも困る状況であえて仇を探す旅に出るということは、今を生きる者よりも死んだ者の方が重要であり、つまり,現在や未来よりも過去の方が重要視された時代であったが故に敵討ちは行われたのであろうと思いました。

    それは結局、平和な江戸時代であったからこそ過去を重んじる思想や学問が浸透し、敵討ちが美談化されていったのではないかと考えました。

  • 「遺恨あり」としてドラマ化された「最後の仇討」と、神田護持院原の敵討を描く「敵討」の2作を収録。
    ドラマに触発されて読んだわけだが、ドラマと違って、下女が情報&物質面で援助するわけでもなく、山岡鉄舟が意図を知って暗黙の支援をするわけでもない。鉄舟の娘に好意を寄せられることもなく、敵である一瀬直久の妻との邂逅もない。宿願を果たした後は、下女なかとは無関係の女性と所帯を持って、饅頭屋や待合所経営などして、豊かに穏やかに暮らしたという。
    親族にすら企図を漏らさず、非正規雇用(日雇労働や帳簿付け)で息をつなぎ、それでも敵には、正に敵討の日まで、一目も会えない。そんな六郎には、ドラマの六郎以上に、勝海舟ならずとも「哀憐」の意を禁じえない。
    吉村昭の関心は、六郎の心情以上に、仇討禁止令発令以後の、非合法な敵討に対する、江戸時代の規範を残した当時の人々の心情にある。だが、江戸時代の名残濃い明治前半の彼らだけでなく、維新後150年近くたつ今に生きる自分自身も、敵討を果たして、親(その他)の無念を晴らす、という行為に、同情する気持ちが強いのに気づく。いわゆる先進国では例外的に、死刑への賛成が日本で多いのは、敵討を礼賛するこのメンタリティのせいか?
    でも、死刑制度が廃止された多くの国でも、かつては、「復讐」への共感があったみたいなのだが。それがなんでこう分かれているんだろうか。

    「敵討」のほうは、私事だと思われていた(敵を討つ当人にも)事件が、実は、水野忠邦とその腹心である鳥居耀蔵による改革(?)に絡んでいたことを知って関心を抱いた吉村が、調べて再構成して歴史小説に仕上げたもの。
    行方のわからぬ敵を求めて何年も、長崎にまで出向いても音沙汰知れず、だんだんへたれていく伝十郎の姿が、敵討という制度の無残さを物語っている。それが急展開で敵の在り処が知れ、さらに、敵を討つに至ったのも、鳥居失脚や大火といった歴史上の事件が契機だったのも興味深い。
    しかし、ミゴト敵を討って帰参かなった伝十郎が、その後数年にして梅毒で死んでしまった(病を自覚していたので妻帯もしなかった!)のは気の毒・・・(岡場所行ったの少しみたいなのにね)。
    それにしても、剣の弟子という縁はあれ、何の義務もない小松典膳の助太刀は、無私の献身としか言いようがなく、なんか凄い・・・

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敵討の作品紹介

明治時代に入り、法治国家を目指す政府の方針で、江戸時代に美風として賞賛されていた敵討は、一転、殺人罪とされるようになった。-新時代を迎えた日本人の複雑な心情を描く「最後の仇討」。老中水野忠邦、その手足となって辣腕をふるった鳥居耀蔵による天保の改革を背景に、幕末の政争、そしてそれによる社会情勢の変遷を克明に浮び上らせる「敵討」。対になる二篇を収録。

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