- Amazon.co.jp ・本 (297ページ)
- / ISBN・EAN: 9784103275060
作品紹介・あらすじ
"香港の幻影"から脱け出して、やっとインドにたどり着いた。風に吹かれ、水に流され、偶然に身をゆだねて旅することに快感を覚えるようになったは、最下層の子供たちとの共同生活を体験し、街で日々遭遇する生と死のドラマを眺め続けた。そして、クレイジー・エクスプレスともいうべきバスに乗って「絹の道」を一路西へ…
感想・レビュー・書評
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文章も綺麗で、旅の状況が目に浮かぶような本。
ただ、旅の本であり書かれた時が古いので、かなり今とは違うかもしれない。
そう思うとなんか微妙だった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
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1974年、27歳の沢木青年の旅はインドのカルカッタから、インドの各聖地、ネパール、パキスタン、アフガニスタン、そしてイランへ。実はこの時代はまだアフガンにせよ、イランにせよ後のイスラム原理主義による不自由な国ではない。インドではあまりにも混とんとした貧しい国の描写に驚くが、戦後直後の日本を思い出すのも当然かもしれない。ヒンズーの聖地ベナレスの人や動物の死体と沐浴が混然としている町の様子は壮絶!カジュラホのドミトリー(共同寝室)で出会った2人の美しいフランス人女性、カルカッタで会ったネパール人青年、ポーランド人ヒッピーその他多くの人たち、特に世界各地の人との出会いの話が生き生きと描かれて面白い。
このことは著者自身が書いている次の言葉のとおり切実に感じる。
「(P222)私たちは行く先々で人の親切を「食って」生きているといってもよいくらいだった。「食う」という意味は二重である。ひとつは、文字通り人から親切によって与えられる食物や情報が、旅をしていくために、だから異国で生きていくために必須だということ。もうひとつは、人々の親切が旅の目的そのものになっているということ。つまり私たちのようなその日ぐらしの旅人には、名所旧跡などどうでもよくなっている。重要なことは一食にありつくこと、一晩過ごせるところを見つけることでしかなくなってしまうのだ。だからこそ、人が大事だと思うようになる。 旅にとって大事なのは、名所でも旧跡でもなく、その土地で出会う人なのだ、と。そして、まさにその人と人との関わりの最も甘美な表出の仕方が親切という行為のはずなのだ。ヒッピーとは、人から親切を貰って生きていく物乞いなのかもしれない。」 -
2022.10.2読了
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第二巻も面白かった。
あと一冊で終わってしまうのは残念だ。 -
旅が進む度に逞しくなる沢木青年。
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きれいは汚い、汚いはきれい。
社会の裏表が同時に存在するインドにおける沢木耕太郎の心の機微が印象に残った。 -
■一橋大学所在情報(HERMES-catalogへのリンク)
【書籍】
https://opac.lib.hit-u.ac.jp/opac/opac_link/bibid/1001144289
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死を彷徨ったところが、印象的だった
当時はこんなにヒッピーが多かったのか -
第二便のメインであるインドはとにかく異次元すぎて、いずれかはと思っていたインドへの旅行をかなり萎えさせた。
インドを訪れると住みたくなるくらい嵌る人と二度と行きたくないと拒絶する人との二極に別れると聞いたことがあるけど自分は後者かも・・・。
とりあえず脳内で度は続いている。
第三便が楽しみ。