きことわ

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著者 : 朝吹真理子
  • 新潮社 (2011年1月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (141ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103284628

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きことわの感想・レビュー・書評

  • 貴子と永遠子。だからきことわ。
    命名センス以外はあまり響かず…。

    芥川賞受賞作なのだけれど、地味な印象を受けました。

  • 150ページ弱の短い小説だったのであっという間に読了。2011年に芥川賞を受賞した作品で、若手の美人女流作家だから話題にものぼって記憶にも残っていたけれど、読んだ人の評価はけっこう手厳しかった記憶もあって…

    何かを伝えたい的な力強いエネルギーは感じない小説だった。
    文章はすごく綺麗で、平仮名が多めで、雰囲気としては童話みたいなものも感じて…文章自体は江國香織さん辺りが好きな人ならけっこう好きなんじゃないかな、と思った。
    でもはっきりとしたストーリーがないから、伝わってくるものは少なかった。白昼夢を見ているようなお話、というのが私の感じたこと。

    数年前まで芥川賞の審査員をやってた石原慎太郎氏が、最近の芥川賞受賞作は伝えたい力を感じない的なことを言って審査員を降りてたけれど、それも時代の流れで書き手も変わっていって、団塊の世代より上の人たちみたいなハングリー精神を今の若い人はさほど持ち合わせていないわけで、伝えたいことはない、っていうのもひとつのスタイルになりつつあるのかな、と思う。

  • 母と叔父と一緒に葉山の別荘を度々訪れていた貴子。最初はその別荘の管理人の母に連れられて、そして次第に自らの意志で夏のひとときを貴子と過ごすために永遠子は別荘に向かう。
    別荘でのやりとりも、海辺で過ごす時間も特に印象的ではなく、日常とはそういうものなのだとでもいうように。

    当時15歳の永遠子と8歳の貴子が葉山の別荘地で過ごした夏以来、
    25年ぶりに会い、当時を回想する。特別な事件があるわけでなく、鮮烈な思い出があるわけでもない。別荘を処分することになった貴子に立ち会うために会って、その当時の思い出を2人でなぞる。


    国語の教科書に載っていそうな文章だと思った。
    だとしたら、登場人物の心理は?
    これは何を暗喩している?
    マーク模試に馴らされた世代は、つい正解を探してしまう。
    悪い癖ですね。


    逗子、葉山。
    子どもの頃、GWや夏休みに幾度か訪れた。やたらと国道が渋滞していた。大人になってシーズンオフに訪れた時、海辺は人影もまばらで国道も混んでいないことに驚き、とても不思議な感じがしたことをふいに思い出した。

    久しぶりに会った友人と「あの時・・・。」と話をすり合わせながら話すような、同じものを見ていながら感じ方が違っていたのを確認するような、そんな気持ちをこの本は思い出させる。
    日頃好んで読む本は、登場人物に感情移入して泣いたり笑ったりできるものが多い。けれど、この話は読みながら自分の思い出と向き合っているような気がした。

  • 遠い昔の思い出は時とともに薄まり、ふとしたことから思い起こされたり修正されたりする。いろんな記憶と混じって幾十にも塗り替えられたり重なってしまったり。混同することもある。歳を重ね生きていくうちにそうなる。

    生きること、生きていくことはその繰り返しかな。記憶に残るならまだ良いほうで忘れることのほうが多いのが人間かしら。

    若い芥川賞作家の才能がまぶしい。

  • 芥川賞に彰される見事な作品でした。再会した”キコ”と”トワコ”の過去の回想と折あるごと見るトワコの夢、そして二人のそれぞれの白昼夢の世界の中で二人の心の襞の隙間に在るものや記憶から蘇る感情の遷移が実にうまく表現されていました。なかなか純文学といえるものが商用小説に押され少なくなっている昨今、新進の純文学といえるでしょう。生粋の文学家族の中で育った朝吹真理子氏ならではの作品と思います。この先の作品がとても楽しみです。

    読後感=透明な文書に不思議な懐古感が甘く苦く切なく・・・

  • 難しかった。
    話自体はそんなに難しいわけじゃないから、読み進むけど、理解に時間がかかった。
    YAばっかり読んでいるせいかな?改行が少ない文章を読むのにも苦労した。
    たまには、こういう文学作品も読まなきゃダメね。

    かなりの読書家じゃないと高校生には難しいかな。

  • 評価低すぎないでしょうか…。

    40歳の永遠子という女性が、昔遊んだ年下の貴子と共に、古い別荘を片付ける話。永遠子、の名前に象徴されるように、時間と記憶と夢について立ち止まり言及されることが多い。時間の話があからさまに多い気がしたけど、確かに、そんなに、日常で「長さの違う時間」を感じる機会って多いんだなと気づいた。

    会話の端々の化石の話だったり、食事風景だったり、別荘の庭だったり、出てくる言葉、紡がれる情景、物が全て素敵で、また登場人物がふと思う考えがキラリと考えさせる感じで、センスがある作者さんだな、と思った。

    ほどけて絡み体温を移し合う2人の少女。エロくはないんだけど、なんか境界がわからなくなるほどの関係ってときめきがある。

    髪の毛を引っ張られる、真相はいかに…??

  • 女性の無意識下のあの願望を刺激するのか

    ツイッターでやたらとつぶやかれている作品。
    発売から結構時間が経っているのに言及されているので気になっておりました。

    この朝吹さんというのは何かのきっかけで小説を書くことを薦められて
    作家になったという変わり種の方、というぼんやりした知識での読書です。

    なるほどこれは、独特の世界に浸らせてくれる作家さんだなと納得です。

    間怠く、とかなんとなく意味は浮かぶけれども、正確な意味はわからず、使ったことがないという絶妙に新鮮な単語のチョイスたち。
    辞書で調べても広辞苑では出てこないような漢語だったり、あっても出典が新古今和歌集とか、源氏物語とかそういった古い言葉たち。

    興味対象として読んでいた書物が相当なところだったんだとお見受けします。
    本のプロフィールに近世歌舞伎で大学の博士課程在籍って書いてありますね。
    そうやって得た言葉たちの中から現代21世紀に使うそのチョイス力がすなわち才能か。

    また

    音に合わせて道路灯が符のようにつづいた。たしかに時間のうえを走行していた。夢の時間軸ではいったいどの線上を走り過ぎているのか。
    という文章で、現在過去未来という時間経過を線のように見せ、その線が伸びて世界が広がって行く。
    そのように時間の経過を感じさせながら、今と25年前とを巧みに行き来する。

    あとは、きこ・とわの二人があいまざっていく感覚、その記述か。
    まるでちびくろ・さんぼの絵本のとらのようにとけあっていく様が随所に見られます。

    ツイッターで見るファンに圧倒的に女性が多いのが、女性にはこのようなとけあいたい願望が無意識下にあって、それを見事に明示し、刺激するからなのではないかな、と感じました。

    逆に男性の全くわからない、伝わらないなんて感想もお見かけしたのはそのあたりに通じるのかな。

    この世界にひたりに他の作品も読みたいなと思いました。

  • 何かをきっかけに、懐かしい人と会ったり連絡をとったり、その人の思い出を思い出したり、思い出があやふやだったり、ぶっちゃけそれだけの話。でも、そんな体験ってあるな~確かに。着眼点はいいと思います。でも読んで良かった、心に残ったという作品ではなかったです。

  • 内容的には貴子(きこ)と永遠子(とわこ)という2人の主人公をベースに、25年の時をかけて想い出の場所で再会するという話なのですが、現実の話なのか?夢の中の話なのか?どっちの話を今しているのか?分からなくなる展開で、今と昔話がスピーディーに入れ替わるところが面白いと思います。
    久しぶりにミステリー作品ではなく、文芸作品的なものを読みましたが、ちょっと眠くなりましたね。
    でも内容的には女性向けの話のような気がしました。
    オチも意外性はありませんでしたね。こういう作品に意外性を求めてはダメなのかもしれませんが・・・

  • 読んでいてしんどかった。

  • 読後感がとても気持ちよく、自分の子供の頃の事、なにげないひとこまがよみがえってきたような、不思議な感じが良かったです。

  •  「流跡」とはずいぶん感じが違った。
     
     細かな描写でうまっている。知識も幅広い。それを難しいと思わせず、
    自然に書いている様がすごい。
     こういうのを才能というのだろうか。
     夢中になって読むような作品ではなく、「すごい」というのが第一感想。
     美しい小説。

  • 文章っておもしろいな

  • 芥川賞受賞作品。描写が美しく、場面場面の温度が伝わってくる。淡々とした話で、個人的にはあまり好きじゃないジャンル。余韻を楽しむような作品。

  • 幼なじみの女二人が成長して、また出会う。
    7歳離れた友達のふしぎな経験。
    日常的な描写と、夏ならではの雰囲気、ほのかな官能、会わなくなったいきさつ、思いがけない小さな秘密。
    ほどよく、品良く。
    別荘に毎年夏にやってきていた一家。そこの娘・貴子。
    別荘の管理人をしていた淑子の娘・永遠子。
    夏になると、住んでいた逗子からバスで20分かけて、葉山町の坂の上にある一軒家に通っていた。
    そこには貴子の母親の春子と、叔父の和雄がいて3人で避暑に来ていた。
    永遠子は遊びに行っていただけだったが、じつは貴子の子守役も期待されていたらしい。
    きこちゃん、とわちゃんと呼び合い、漢字でどう書くかも知らないままだった。

    25年後、別荘の解体を前にして、再会することに。
    心臓に病気のあった貴子の母があっけなく世を去り、別荘には来なくなったのだった。
    大事な人を亡くしたときには模様替えが一番と、家も引っ越した。
    別荘で一晩を明かした貴子は、春子の濃厚な気配を感じ、色々な姿を思い出す。

    永遠子には娘の百花もいる。
    母親の年代になった二人だが、幼い心もどこかに残っていたような。
    記憶の曖昧さや、片方だけが知っていたこと、思いこんでいたことなど、いかにもありそうな。
    一言を引用するのでは特徴を伝えられない~2ページぐらいたらたらと続く言葉の美しさ。
    淡々と描かれる日常的なモチーフと、湯気が立ち上るような効果。
    味わってみて下さい。

  • 後半、冴えない。流跡のほうが何倍もいいね。

  • 芥川賞受賞作品「きことわ」を読んでみた。純文学らしい美しい文体と時間の紡ぎ合いを描いた内容が不思議な感覚を与えてくれます。川上未映子の「乳と卵」の変な文体を思い出した。「居眠り磐音」のようなものばかり読んでいると最初は戸惑う。

  • うつらうつらとたゆたうように、現実に起こった過去と、
    いつか見た夢の記憶が交差しているような作品。
    余分なものをそぎ落として、選び抜かれた言葉が心地良い。
    前作の『流跡』より読みやすくなった。

    芥川賞選考委員の池澤夏樹氏の選評にあった、
    “透明な素材”と“空気遠近法”という言葉がいい得ている。
    刺激的なものを期待している読者にとっては、
    肩透かしかもしれないけれど、著者独特の
    知的でエレガントな文章は、新感覚の純文学の香りがする。
    凍雨、流星雨、雲量、など気象語の散りばめ方が
    作品に透明感を与えている。《第144回芥川賞受賞作》

  • 3分が永遠に感じられたり、25年が一瞬で過ぎ去ったりする。お互い絡まり合うくらい一緒にいて同じ時間を過ごしたけど、残るのは違う記憶や風景。
    貴子と永遠子の見ていた記憶や情景が前半と後半で繰り返し出てくる。読んでいるこちら側にとっても、その繰り返し出てくる鮮明な日本語の描写とその風景があたかも自分の過去であるかのようにデジャヴのように蘇ってくるような、自分に新しく昔の記憶植え付けられてしまったような読後感

  • 同じ時間、同じ場所にいた2人の子ども(+1
    大人だけど、子ども時間にいた大人)が
    見た風景も、覚えている情景も、溶け合うようで
    違っていたこと。
    その思い出のすり合わせ作業の楽しさと不思議さ。

    生きることは、寿命の間だけではなくて、その
    周囲で時間を共にした人に影響を与え、
    与えられ、脈々と引きつがれていく営み、歴史。

    傑作だと思います。

  • 『夢のなかではいつもいまになり、ひかりなどがのろいものにおもえる。過ぎ去った一日も百年もおなじように思えていた』

    せわしなく生起する思い。それは客観的に捉えればその直前まで脳細胞が弄んでいた意識の残響に過ぎないのかも知れない。残響が再び入力となり別の意識として脳細胞の活動を占拠する。連想とはそんなことなのだろう。しかしそんな脳細胞の活動の雑音のようなものに、一つ一つ意味を与えるとしたら。そんな行いがひょっとすると朝吹真理子の為していることなのでは、と思う。

    意味を与えるとは、因果をとらまえるということだとも言える。一つ前の意識の残響が如何にしてその次の思いに結びついたのかを探り、偶然と見えたことをでき得る限り必然的なものに直してゆく。その過程ではどうしようもなく時と場所の飛躍があるだろうけれど、それもまた超自然的な繋がりとして受け入れてゆく。その行為の果てにあるのものを第三者的に見届ければ、祈りを見い出してしまっても致し方ないだろう。

    次々に連なる思い一片一片に祈りが滲む。祈りは手渡されるもの。連祷の続く限りにおいて人と人の結びつきは保たれるという信仰心にも似たものに、打たれたような思いがする。

    「流跡」を読んだ時にも感じたことだけれど、朝吹真理子の小説には何も存在しない「無」からふっと生まれでたものという印象が残る。無にはポテンシャルとして高いエネルギーが賦存している。そこから一瞬にして生起されたもののように思われるのだ。生まれたことには偶然以外の意味はほとんどないのかも知れない。そういう捉え方をすると、因果関係に絡め取られたメッセージ性などというものは余り意味を持たないということも了解できる。これは純粋にゼロから生まれた言葉なのだと思えばよい。

    もちろん言葉はすぐにつながる先を見つけ出しもする。例えば「こうしているうちに百年と経つ」と言われて漱石の夢十夜のことを連想しないでいるのは難しい。でも朝吹真理子は決して本歌取りをしているわけではない。むしろ何も無いところへ出て行こうとしているように見える。あたかも宇宙の端が時空さえ存在しない先へ広がってゆくように。ひたすらに無から有限なるものを産み出し、有限を無限の時間へと結びつけそこへ留まらせようとしているようにみえる。

    しかし無から生起した高速の粒子が物理法則に逆らえないように、そうやって有限なものを時空間に定め置こうとしても、それらはやがて消滅する。無から生まれた時に対となって生成した反物質と出会ってしまう。二つの存在が出会う時、存在としての物質は失われ、エネルギースペクトラム上にくっきりとしたアニヒレーションピークを残して消える。この小説の中にそのメタファーは溢れているようにも思う。

    消滅によって生み出されたエネルギーの残滓は、やがて空間に拡散してゆくだろう。その余波を細やかに受けとめ、かつて存在したものの在りように思い至る。そんな祈りの行為を、朝吹真理子は書くことで成しているような気がする。

  •  三越本店の向かいに、タロー書房という極めて個性的な書店があった。「タロー」というネーミングとロゴは見るからに「爆発芸術家」岡本太郎由来のものだろうと推測されるのだが、確認してみたことはまだない。
     その書店が新しくできたビルに移転して、品揃えや陳列方法という点ではユニークさがすっかりなくなってしまった。店名ロゴこそはユニークなままだが、店員の思い入れ満杯の文庫本が、透明アクリルの階段状の書棚に表紙が見えるスタイルで並べられていた、あの売り場はなくなってしまった。
     もうかつてのあのタロー書房は失われてしまったのはわかっているのに、先日通りがかりに立ち寄ってしまった。「麗しき過去の喪失」をああやはり確かに失われてしまったのだと再確認してみないと気が済まない。くどい性格なのだと自分で思う。
     平凡な大型書店になってしまったその書店の、入り口正面の平置き台に直近の芥川賞受賞作が二作品、山積みになっていた。見ると、二作品ではなくて山積みになっていたのは男女二人の受賞者のうち男性の方だけで、朝吹真理子の『きことわ』は最後の一冊だけ残してきれいに売れていた。
     私が手にとったら、平台が真っ平らになった。それをしり目にまず立ち読みする。
     書き出しの二行。

     永遠子は夢をみる。
     貴子は夢をみない。

     鳥肌がたってしまったのは、タイトルの『きことわ』とは、キコとトワコという二人の女性の再会の物語だと、受賞を報じるニュースで聞いていたのが予告編になっていたこともあるだろう。書き出しを読んだだけで鳥肌テスターがマックスに振れてしまったのは、梶井基次郎の『檸檬』や川上弘美の『真鶴』以来のことだ。
     『きことわ』というタイトルの語感もとてもいいと思う。「たそがれ」とか「いやさか」とか、古代から日本人が使い慣らしてきたのに現代では記憶のバックヤードに仕舞い込まれている大和言葉がある。「きことわ」にはそれらに相通じる響きがある。そういえばそんな言葉が昔からあった様な気がする、という誤解を誘う巧みすぎる技だ。鳥肌のスイッチというのはこういう潜在意識の奥底に潜んでいるものなのかもしれない。

     そういえば芥川賞の選者の一人が「過去と現在の重なり合う時間の表現がとても巧い」と評していたのもニュースで聞いた。読んでみると確かにその通りなのだがそれだけではない。貴子と永遠子が、手も足も髪も、互いに自分のものなのか相手のものなか解らなくなるほどもつれ合い絡みあった濃密な過去の記憶と25年後の現在との交錯が独自の文体でさらりと、絡み合ったまま記されている。同時に、生に見た現実なのか夢や妄想で見たもうひとつの現実なのかも、二人の手足や髪のもつれあいと同様に絡み合わせながら読ませてしまう。
     それらが全て、貴子(キコ)と永遠子(トワコ)という二人の名がひとつの大和言葉まがいの「きことわ」というタイトルに象徴される渾然一体の物語として結実している。もはや反則の域の技だ。著者の略歴では慶大大学院在籍という部分だけが喧伝されすぎているが、詳しく見てみると専攻は近世歌舞伎だという。少し納得できる気がする。

     物語は二人が少女時代を過ごした葉山の別荘が取り壊されるのを機に、30代と40代に成長した二人が再会するというもの。二人は別荘の随所に早世した貴子の母春子の影を見出すのだが、そのあたりの回想と夢と現実とのない交ぜとなった文体は絶妙で、まさしく今、日本で最高の文学賞を与えられるべきものだと思わせる。
     日本語のブンガクはほんの1億余りものにとってだけの、世界に向けては閉ざされた世界だ。同時に、失われた20年を経て、失われてしまった「麗しきなにものか」を過去の中に追想する以外に目を向けるべき方向も閉ざされてしまっている。その限ら... 続きを読む

  • 単行本じゃなくて春秋で読みましたが。

    良い意味でも悪い意味でも何かひっかかる印象。技巧派。
    2人の人間の現在と過去を見事に織り交ぜる。
    独特の表現にいつの間にか引き込まれてしまう。抽象的な映像作品みたい。
    それを文章で実現しようとしたのかな。それができてるからすごい。
    ただそれだけに、物語全体のストーリー性がなくなってしまっていたことが残念。過去と現在を行ったりきたり、いつの間にか夢の世界で、きこちゃんの過去からとわちゃんの現在へ…、そしてよくわからないうちに終わってしまった印象。
    何かふわふわした不思議な時間を過ごしたけど、あれ、結局何なんだっけ?という感じ。
    でも著者のインタビューやらを読んでると、その時間感覚の不思議さを描くことが目的だったみたいだから、何も残らないのはまあ妥当な感想なのかもしれない。
    ただ私はどうしても物語にはオチを求めてしまう。
    いくら表現に重点をおいていても、小説、しかも長編という形で出すからにはそれなりのストーリーが必要だと思う。
    一応、別荘の取り壊し→春子の供養って形で、貴子が最後に未来の夢を見ることで、春子の影からきっぱり決別、っていうオチなんだろうけど、
    物語の中の春子の存在があいまい過ぎて、オチにもってくるにはちょっと弱い印象。
    貴子、永遠子、春子、別荘の関係性が微妙。結局誰と誰の物語なのか分からなくなってくる。
    独特の世界観を表現する技巧は素晴らしいから、いっそストーリーとかガン無視のおはなしを書けばいいと思う。
    起承転結も登場人物の設定すらないけど不思議な感覚を味わわせてくれる、そんな不思議なものがこの人なら書けると思う。


    あと文章は、良くも悪くも独特。
    短文でぷつぷつ切れて単調なんだけど、味がある。それほど凝った言い回しはないんだけれど、すごく抒情的でしっとりした感じ。
    特に二人が肌を触れ合わせるシーンの肉の感じ。小学生と高校生の体がもつれあって、腕を噛みあって、髪をからませる。
    湿った感じが伝わってきて、ドキドキする。

    ただ気になる表現もいくつか。
    「貴子が春子に妊娠されていたとき」とか、「情けない顔を浮かべた」とか。
    川上弘美も批評で書いてたけど、「絶対にだめ」な表現じゃないんだけど、何かひっかかる。
    これも技巧の一つなのか、そうでないのか。
    特にストーリーじゃなくて文章表現そのもので勝負してるんだから、そのへんはきっちりやって欲しかった。
    あと古語的表現が多かったのも違和感を感じた一因かもしれない。
    からがる、とか、しずもる、とか。

    最後にすっごい元も子もないことを言うけど、子供時代に肉を触れあわせてきゃいきゃい(百合!)してた描写がたくさんある二人の、25年後の姿は正直見たくなかったです。
    「現在」できこちゃんの目に入った睫毛をとってあげるシーンとか、30後半の女性で冷静に想像するとなんかすごく嫌。
    「現在」のふたりが、やたら平仮名で喋っていたのも嫌。
    子供の肉体はうつくしいけど、大人はいやだ。
    なるべくキレーなお姉さんで想像しようとしてたけど、永遠子の娘が出てくるところとか、永遠子がもう40歳なことを再確認してしまっていちいちゲンナリした。
    そんなわがままな感想。

    「よかった」とも「悪かった」とも言えない、なんとも不思議な作品でした。

  • 透き通るような清潔感が漂うような文章。

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永遠子は夢をみる。貴子は夢をみない。葉山の高台にある別荘で、幼い日をともに過ごした貴子と永遠子。ある夏、突然断ち切られたふたりの親密な時間が、25年後、別荘の解体を前にして、ふたたび流れはじめる-。第144回芥川賞受賞。

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