殺人者はいかに誕生したか―「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く

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著者 : 長谷川博一
  • 新潮社 (2010年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (284ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103287612

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殺人者はいかに誕生したか―「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解くの感想・レビュー・書評

  • 全てがそうではないのでしょうが
    親子関係が悪い中で育った人が人を殺す人になるのか…。そして人格障害、アスペルガー、etc. 色々な本で障害自体に危険はないとも念を押されてはいるものの、やっぱり(人格障害者にいたぶられた側としては;)危険要素を持つタイプの人に限っては普通に世の中に放たないようにした方が良いと思ってしまいます…。普通にぶっそうな事言ってたし。(自分と合わない人に対して暴力をふるいたいと職場で堂々と言ってた(怯))

    海外で養子縁組した子供達の成長を追跡した結果
    •犯罪者の親に犯罪者の子供
    •普通の親に犯罪者の子供
    •犯罪者の親に普通の子供
    •普通の親に普通の子供
    (犯罪者でも養子縁組可能なのか?という所にも驚きましたが。日本だと養子縁組って条件のハードル高いんですよね?;)

    やはり成長した子供が犯罪者になる率が一番高かったのは
    •犯罪者の親に犯罪者の子供
    で、どのように育つのかは結局
    育つ環境がおおいに影響するという結果だったそうで。

    犯罪は遺伝云々だけでなく「育つ環境」というのはどこでも同じようですね。

    この本を読むと加害者にも痛みや苦しみがあった、という事は分かるのですが被害者にしてみればこう言った本は犯罪者を擁護するようでいい気分はしないかも。
    特に池田小学校事件のあの人。
    この本を読むと随分印象が変わってしまうのですが
    再度ネットなどで
    実際に見える所での態度や言った言葉の数々を読むと
    無関係の私でさえ死ねばいいとしか思えないという。


    反省しない、理解も共感も出来ないまま死刑になってしまったり
    死刑になりたくて殺すなんて話を聞いてしまうと
    遺族はどれほど悔しい事か。
    某国のようにガス室での死刑でも取り入れてみたら殺人事件起こすの躊躇う人もいるのでは…。
    絞首刑だと長時間苦しまず楽に死ねてしまう(らしい)のである意味犯罪者に対して救いがありすぎるというか。

  • したことはやっぱり許せない。
    でもなぜしたのかは知らないといけない。
    これからの未来のために学ばないといけない。

  • 臨床心理学の教授が一般向けに書いた犯罪心理学本。凶悪犯が犯罪に至る過程を、インタビューや書簡から、幼少期の家庭環境の問題を軸に解き明かしていく。
    小説ならどんなに残酷なものでもほとんど大丈夫なのだけど(動物虐待は除く)、ノンフィクションはつらい。筆致は柔らかいのだが、死にたくなるほどきつい。わずかだが、身に覚えがあるからかな。平凡な市民と凶悪犯は、カラーチャートの色分布のようになだらかに色が変わっていくだけで、同じ人間なのだよな。

  • 救いようのない殺人者と思っていた加害者にも、こんな一面があった!虐待されていた幼少時代、彼や彼女だけが罪を背負うべきなのか?
    弁護士という人たちにも色々な人がいるのも知りました。

  • 犯罪を犯すことは絶対に悪

    でも、なぜそうなってしまったのかを考えなければ、また同じことが繰り返される、ということを改めて感じました。

    誰もが知っている凶悪事件の裏の部分を知れました。

  • 裁判は量刑を決める所で、真実を突き止める所ではない。
    その事が悲しいし、せっかくだから成育歴から何から調べ上げて再発防止というか、何かしら今後に活かして欲しい。
    でも、成育歴や、精神障害なんかを理由に、犯人が同情されるべきではないと、私は思う。
    「乖離が生じていたから」の理由で、その人が裁かれなかったら、誰を裁けばいいのか。
    私は死刑には反対だけど、犯した罪はやっぱり別人格だろうとなんだろうと、大きな意味で「その人」が犯したならその人が償うべきだと思う。

    この本は「その人」達の生の声が垣間見られる興味深い。

  • 裁判という場所が、真実を明らかにする場所でないということは、こういった本を読んできて何となく理解してきた。
    だがこの本を読んで、やはり明らかにされないまま、死刑執行という形になるケースが多いことが分かった。
    なぜこういうことが起こる結果となってしまったのか、ということを解明することは、同じようなケースを生まないためにはやはり欠かせないことだと思う。

  • お借りした本。
    臨床心理士・長谷川氏と、殺人事件をおこした人たちとの獄中での対話を書いたもの。
    とても興味深かったです。本当に。
    量刑を決めるための裁判でなく、どうしてこのような事件が起こったのか、そこまでを掘り下げてこその裁判だと、私もそう思います。

  • 物語としてはまぁまぁ読める.主張にはいまいち同意しかねる.全部幼少期の環境を理由にしているだけだからだろう.あえてかもしれないが,理論的な要素が無いので信頼しづらい.一般化過剰やな.

  • 有名な事件から、あまり知られていない事件の犯人の生育歴や心理の推察等を書いてある本。
    もっと一人に肉薄した方が良かったかも・・・。

  • 被告たちへの筆者のアプローチと比べて、タイトルが少々扇情的。

    全ては書けないのだろうが、それにしてもどのケースにも書き方に不全感が残った。

    最後のケース、会おうとしていた実父がどのような形相をしていたのか気になった。

  • 犯罪加害者が許されるわけではないが、
    家庭内暴力や家庭内の性的虐待があったことがわかる。

    当たり前だが子供にとっての「親」「家庭」というのは
    とてつもない影響を与えるんだということを改めて感じた。

    虐待を受けていた子供が大人になり
    子供を虐待するという負の連鎖を止めることは難しい。

  • 殺人を犯すという異常事態は普通ではない。
    だから異常者を捕まえて裁き刑に処する。
    それは単なる法的手段であり、異常事態の根本解決にはならない。
    異常者は異常である理由がある。
    その理由から考えないと、殺人の根本解決にはならないのだ。

    この本を読んで、自分も殺人者になる可能性がある、と感じたが、それが普通である気がするのだ。
    他人事と感じる読者の方が危険な気がする。

  • 殺人を犯した人は絶対に悪い。でもその人がなぜそのような罪を犯す人になってしまったのかを解明しないと、同じような殺人は繰り返されると思う。生育環境が何よりも大切だと改めて感じた。

  • 裁判で真実を追究され、かつ、虐待の連鎖がこの世からなくならない限り、凶悪事件はなくならない、、、と言うことですね。

    裁判員裁判ではより一層犯罪を解読する機会を失っていく。
    裁判は国民の安心出来る生活のためのものではないってこと。

    臨床心理を学習中&興味ある方は絶対読むべき。

  •  「殺人者には殺人者になる悲しい過去がある」ということがわかった。きょうも殺人が起っているがその人たちにも悲しい過去があるのだろう。
     個人的には金川真大の過去が悲しかった。経済的に恵まれていても、学力があっても、家族がいてもうまくいかないってつらい。周りの大人が子どもの悲しさに気づいて手助けすることが大事だと思った。

  • 東海大学教授であり、臨床心理士である長谷川博一氏が、宅間守、宮崎勤など10人の凶悪犯罪者との獄中対話から心理の読み解きをした本。

    いずれも我々に大きな衝撃を与え、連日マスコミで大々的にとりあげられた凶悪事件。
    その殆どが死刑囚である彼らのことを語るにあたっては、死刑制度の是非は切り離せないものだが、著者はそのどちらでもなくニュートラルな立場で、”真実の究明”ということ一点に力を注いでいる。
    つまり、何が原因で犯罪者になったのか。
    アクリル板越しの面談録には好感が持てたし、共感すべき部分も多かった。

    ただ、著者は「どの人も、生まれ落ちた時には純真無垢な清い存在だと信じて」いるという。臨床心理士としての彼のベースは、性善説にある。

    著者の主張は、もしタイムマシンに乗って、彼らがまだ子供だったときに救いだすことができていれば、もしかしたらこんな事件は起こさなかったのではないか、ということだ。

    そうかもしれないし、そうではないかもしれないと思った。

    池田小殺害事件の宅間の死刑が執行されてまもなく、パリ人肉事件を起こした佐川氏から著者は手紙を受け取っている。
    自分は虐待を受けていないのに、なぜあんな事件を起こしてしまったのか調べてもらいたい、というものだった。
    けれども、著者がそれに応えることはない。

    彼の犯罪の原因がいかなる生育環境によるものではないことがわかったとき、すなわち彼の信じている性善説が崩れたときにもなお、著者は臨床心理士を続けることができるのだろうかと、酷なことを考えてしまった。

    http://spenth.blog111.fc2.com/blog-entry-88.html より抜粋

  • とても興味深かった。
    裁判は量刑を決める場であって、真実を追求する場ではないのだなぁと…

    ただ、長谷川氏によると殺人者のほとんどが成長の過程での影響によってそうなってしまったようで、ということは原因が分かったとしても新たな殺人者の誕生を事前に防ぐことは難しいのではないかと。

  • 加害者が加害者であることは紛れもない事実ではあるけれども、同時に被害者であることも忘れてはいけないと改めて思った。
    虐待の連鎖、断ち切れた人の事も知りたいと思った。

  • 某所で言われていたけれども
    ちょっと説明不足の部分はありましたね。
    もっと読みたいなと思ったら終わってしまったり…

    私も一部の加害者のように
    精神的な虐待を受けた経験がありますので
    プレッシャーを与えられていたケースは
    非常によくわかります。
    とある事件の被害者なんかは…
    胸が痛くなるものです。

    よくテレビで上げられるケースが
    現実に見られるケースは最後の事件です。
    これは本当に悪夢です。
    こういう親を絶対に増やしてなんかいけません。
    あとがきのケースも同様です。

    こう思うと親になることは
    難しいこと、と思ってしまいます。

  • かおるも、すずかも、まもるもうまれたときはただのあかちゃん。
    その後の生育環境(とくに親)ってすごくその人の生き方にものすごく影響をあたえるものなんだなぁと感じた。
    だから犯罪をおこしていいというのではなく、人の命を奪って許されるものではない。
    真実があきらかにならないまま、また自分と真正面から向き合うことなく死刑執行されている現実を知った。

  • その事件の名前を聞いたら、誰しもが「あの事件か」と思い出す、世間を騒がせた事件の獄中の犯人たちに面会をし、彼らの心から事件の真相に迫った記録だ。

    犯罪を犯す人の多くが、幼少期の成育歴に問題を持っているという事実は、そういった文献をいくつか読んで私も知っていたので、そのことに対しての驚きはなかった。
    取り上げられている犯罪者たちは、皆例外なく、幼少期に虐待も含め不遇な環境で育っており、やはりそうかという印象を持っただけだが、何より驚愕だったのは司法の在り方だ。

    実は、裁判は加害者に対する量刑を決めるだけの場で、事件の真実を解き明かす場ではないのだという。
    検察側、弁護側、裁判官側、それぞれに都合のいいように証拠が採用され、鑑定結果が持ち出され(あるいは持ち出されず)、挙句には被告の発言でさえコントロールされてしまうこともあるという事実。
    その恐ろしさに戦慄を覚えた。

    この重大な事実を知っている市民が一体どれだけいるのだろうか?

    著者が丁寧に鑑定を行った結果、検察側、弁護側、どちらからの依頼であってもその期待に反するような結果が出ることはもちろんあり、その場合、証拠に採用されなかったり、量刑判断にその鑑定結果が使われなかったりして、無視されることも少なくないのだそうだ。
    彼らの目的は、量刑を決めることだけなのだ。事件の真実をつまびらかにすることではないのだ。

    これでは、同じような事件を起こさない、犯罪を未然に防ぐ、という働きは全く期待できないではないか。
    犯罪者が抱えていた問題に迫って事件を解読することをせずに、死刑判決を下し、執行をし、それが果たして本当の彼らの償いになるのだろうか。次なる不幸な被害者や加害者を出さないための、何かの手掛かりをつかむ、そして加害者本人が、自分のしてしまったことの重大さに正面から向き合い、その意味をしっかり考え、自分の罪を受け止めることができて初めて、彼らの償いの第一歩が踏み出せるのであり、本当の意味での被害者の弔いはそこからこそ始まるのではないか。
    それをやるのが裁判なのではないのか。そうあるべきではないのか。
    現状のままでは、なんの手掛かりすらつかむことができないではないか。

    長谷川先生は、同じような理由から裁判員裁判にも危惧を持っている。
    裁判が素早く行われ、判決が早く出ること、市民感覚を取り入れた判決が期待できることなど、一定の利益は認めつつも、場合によっては、丁寧に加害者の心理を解き明かし、事件の全容を明らかにするのに時間をかける必要があることもある。その場合、裁判員裁判では、時間的制約もあり、また一般市民に理解しやすいように鑑定結果も平易に説明されるなど、量刑のためだけの裁判色がより強くなり、「(裁判員)制度は、犯罪を解読する機会を失う方向に進んでいるよう」だと憂慮していた。

    犯罪は許されるものではないし、どんな過去があったにせよ、罪の償いは絶対にさせなければならないが、それで終わりにしてしまわずに、新たな犠牲者(被害者も加害者も)を産まないための取り組みについて、もっと強く考えていかなければならないのではないか。

    この本は、殺人を犯した犯罪者たちの内面から事件に迫るという体裁を取っているが、実は、司法の在り方について、大いなる疑問と問題を提起した本なのだと思った。

  • 「なぜ、それ(犯罪)は起きたのか?」
    マスコミがニュースとして「それ」(犯罪、それも猟奇的なもの)を喧伝するたびに、ずっと澱のように気持ちの中に残っていく気持ちが「なぜ?」だった。
     それを きちんと 臨床心理士の長谷川博一氏が その「問い」に対して書いてくださっていた。
     「犯罪が産み出される仕組みを見極める」ために もっと多くの人に手にとってもらいたい一冊です。
     と同時に 「子ども」の子育て真っ最中の 若い父母にこそ 今読んでもらいたい一冊でもある。

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閉ざされた記憶、明らかになる事件の真相…。勾留施設での面会と往復書簡から炙り出す、その凄絶な生育歴。

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