北海タイムス物語

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (429ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103300731

感想・レビュー・書評

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  • 清々しい読後感に満たされながら、レビューを書いています。
    うん、いい物語です。
    舞台は北海道に実在した新聞社「北海タイムス」。
    実は著者の増田俊也さん自身が、新卒でこの北海タイムスに入社し、記者としてのキャリアを出発させています。
    そのため、当時の社内や周囲の状況はまさに微に入り細を穿つような詳しさで夢中で読み耽りました。
    主人公は、北海タイムスの記者として社会人生活のスタートを切った野々村巡洋という青年です。
    しかし、野々村は希望した取材記者ではなく、整理部に配属され、内心、不貞腐れて仕事をしています。
    直属の上司である権藤は野々村に殊の外厳しく、指示されるまま原稿に見出しを付けて渡しても、丸めてゴミ箱に捨ててしまいます。
    野々村は悔しいのと自分が情けないのとで何度も人目の付かないところで涙を流し、何故、自分がこんな目に遭わなければならないのかと呪詛を吐きます。
    さらに給与は超が付くほど安く、同僚の中には食い詰めて休日に日雇い仕事に行く者もあるほど。
    まさにワーキングプアという表現がぴったりです。
    にも関わらず休みはほとんどなく、連日、12時間を超す超過勤務が続き、社主催の花火大会やマラソン大会などのイベントにも無償で駆り出されます。
    今だと、間違いなく「ブラック企業」に認定されるでしょう。
    そんなわけなので退職者が続出し、各部署とも欠員状態が慢性化しており、それが社員に一層の負担を強いる悪循環に陥っています。
    野々村自身も酒におぼれ、女にはフラれと、光の見えない鬱屈した日々を送っています。
    ただ、野々村の同僚や先輩の中には、貧乏をものともせず明るく立ち振る舞っている人がたくさんいます。
    何より、野々村の直属の上司である権藤を含め、北海タイムスに勤務するほとんどの人間が北海タイムスを愛し、プロとしての自覚を持って仕事をしています。
    そして、あることがきっかけで、野々村も前向きに仕事に向き合い、「新聞人」としてまさに成長を遂げんとします。
    ここが本作の白眉で、読んでいて胸が熱くなりました。
    これから読む方の興趣を殺ぐことになりかねませんので、詳しくは書きませんが、仕事に前向きになった野々村が新聞の歴史や制作について学ぶ場面は、著者の豊富な経験と膨大な知識が生かされていてまさに圧巻でした。
    最後は感動で目頭が熱くなりましたね。
    実は、自分はかつて業界紙で記者をしており、旭川支社勤務の時に「北海タイムス」のM記者と親しくなりました。
    また、年配のK記者には、報道用の駐車スペースに車を止めていて怒鳴られたことがあります。
    女性のA記者は小柄なのにパワーがあって、タイムスを退職後は道新、そして朝日へと移って活躍している由。
    そんなわけで親近感も手伝って充実した読書となりました。

    • toshiokakutaさん
      本書の著書/増田氏。 札幌を舞台にした青春小説『おれのおばさん』の著者/佐川光晴氏と、共通点が多いことに気付きました!
      共通点Ⅰ:二人とも...
      本書の著書/増田氏。 札幌を舞台にした青春小説『おれのおばさん』の著者/佐川光晴氏と、共通点が多いことに気付きました!
      共通点Ⅰ:二人とも1965年生まれ。 
      共通点Ⅱ:二人とも北大出身。増田氏は北大(文類?)中退。井上氏は法学部卒。 
      共通点Ⅲ:二人とも北海道外からの北大受験者。増田氏は名古屋市の高校から。井上氏は茅ヶ崎市の高校から。

      さて、本書の宣伝文が≪『七帝柔道記』の「その後」を描くヤケド注意の感動作≫≪休刊した実在の新聞社を舞台に、新入社員の成長を描く熱血お仕事小説≫だったので、小説『七帝柔道記』(2013年刊)を引っ張り出して読み比べてみました。

      本書も、『七帝柔道記』も、著者の自伝的要素の色濃い「平成版・青春の門」的な小説。
      『七帝~』が体育会柔道部のアナクロ・バンカラ・ストイックで「汗臭い男の世界」を描いたのに対し、本書には魅力的な「職場の女性」が数多く登場します。
      例えば、『七帝~』の中の希少な「女っ気」場面。 主人公の柔道部員・増田が入院した整形外科病院での看護婦とのデートが、それ(第15章(「お前は退くのか、それとも進むのか」)。 曰く、≪振り返ると、看護婦が二人いた。市原慶子と川野辺美樹だった。市原も美形だが川野辺も若い患者たちに人気があるアイドル的存在だった。川野辺は「滝澤さんを紹介してください」と私にしつこく言っていた。・・・≫

      一方、本書の場合は 同期入社の浦ユリ子(第8章「殴って会社クビになれ」)。曰く、≪酒に酔っているのか浦さんに酔っているのかわからなくなって うなじに顔を埋めると、彼女はゆっくりと体を弓なりにそらせた。≫
      或いは、人事部の辻さくら(第13章「北海タイムスとともに」)。曰く、≪「頑張って四キロ痩せたのよ」「・・・?」「みんなはいまになって野々村君がかっこいいって言ってる。でも、私は入社式のときから見てるのよ」 驚いて辻さんを見た。いつもの朗らかな笑顔だった。・・・≫
      この『北海タイムス物語』・・・地元のテレビ局は、「地方発ドラマ」として映像化すべきだと思います。それとも、制作委員会へ出資して映画化しますか?

      2017/07/15
  • まさにブラック企業丸出しの小説です。
    1990年というとおおよそ30年前。24時間戦えますかなんて言葉が生きている時代の事です。北海道に実在した弱小名門新聞社を舞台にした熱血仕事小説です。
    まさに猛烈に働いて働いて働き倒すという趣きの、ふた昔前の野球漫画のような世界観ですが、なんとなくその名残の残る頃から働き始めた世代なので妙に胸に来るものが有りました。
    出てくる登場人物も非常に前時代的で、「一度しか言わないからよく聞いとけ」というような、非効率的な言葉もバンバン出てきます。しかもこの主人公の巡洋君は結構なへたれで、希望の部署に行けなかったからといってずっと腐って仕事に向き合わず、救いようねえなこいつ。という目線で見てしまうので中盤までイライラします。
    しかししかし、周りが素晴らしい先輩ばかりで、次第に彼の心に芽生えてくるものがあるわけですよ。これが非常に胸を打ちます。
    繰り返し言いますがまさにブラック企業です。完全にやりがい搾取、労働力搾取状態です。給料のあまりの安さに絶句すること間違いなしです。架空の会社ではなくて実在した会社をモデルにしていますから、ある程度ドキュメンタリーな部分もあると思います。
    それでも同じ境遇でやりがいがある仕事だと、燃えてしまうのなんだか分かるんですよ。自分も一度有名企業で死ぬほど働いていた時、仲間意識でお互いに励まし合って兄弟のような連帯感になってくるんです。まさに北海タイムスのように。
    企業がそんな社員の懸命さに甘えちゃいけなんだぜって思いながら読みました。
    ちなみに感動して涙出ました。まさに男の涙。

  • 本命ではない就職でやさぐれていたのが精を入れるようになった所は読み応えあり。
    今以上のブラック企業ではあるけど、逆に人情味があって羨ましく思えたりする。

  • ブラック過ぎる職場。だけど、ここまで夢中になれたら、楽しいかも。

  • 辛口なレビューも多いけど、
    俺は結構面白かったけど❓️この本

  • 私が就職した頃、確かに遠い噂で北海タイムスの低賃金と長時間労働の話は聞いたことがあった。
    あくまで噂であって、事実ではないだろうと思っていたら本当だったなんて、今更ながらびっくり。

    この労働環境の苛烈さだけでも相当重苦しい話なのに、主人公がまたうじうじぐずぐずしていて、読んでいるだけでストレスがたまる。
    数多く受けた新聞社の中でここにしか受からなかったというのに、やめて来年度他社を受け直すことばかりを考えている。

    それなら少しでも仕事を覚えて次の入社に備えるということもなく、すぐに引っ越すつもりだから引っ越し荷物を片付けもしない。
    職場になじむこともなく、サラ金で借金を重ねてまで元カノや学生時代の友人に長電話をしては見栄を張り、地下鉄に乗ることすらできなくタクシー通勤をする。
    サラ金に借金をしている身で!

    結局ここではない場所での、今とは違った未来を焦がれているだけで、そこへ行くために動き出すことは何一つしていない、甘ったれな若造の自意識過剰小説なのだ。
    私が親なら「いい加減に現実を見ろ!」と拳骨をくれるところだが、彼はそんなことを言いそうな父親には子どもの頃から距離を置いている。

    この負のスパイラルから抜け出して、仕事を、職場を愛するようになる、唐突ではあるけれど感動的な話ではある。のだけれど。

    結局主人公はなぜ整理部に配属になったのか。
    松田の人事だけは社長も承知していたという、その特別な理由とは。
    浦さんの行動の真意は。
    サラ金の借金はどうなったのか。
    いろいろ未回収でもやもやが残る。

  • 新聞業界にいた人、目指してる人、現役の社員、読者みんなが楽しめる一冊。マスコミの良し悪し、新聞業界の伝統、本気で仕事に挑む楽しさ、先輩や同期とのやりとり、全てが懐かしい。そして、頑張ろうと思わせてくれる。読んでよかった。

  • 北海タイムズの整理部に友人がいたので、親近感を持って読んだ。お仕事小説の舞台となっただけで、実態とは違うのかな? 後半の権藤さんのレクチャーはジャーナリスト必見。

  • 最初は、意にそわない就職先を腰掛けとして見て職場に馴染もうとも仕事を覚えようとも思わない主人公にイライラ。でもいるよね、こういう新人。なめくさってるヤツ。で、こういうのに限って仕事できないのよね。

    そして、この就職先、地元ではそれなりに格式ある新聞社なのに給料が絶望的なまでに安いことに主人公と一緒に驚愕。ありえなーい!そりゃ辞めるわー。
    主人公の厳しい先輩も、ミスタータイムスとまで言われる敏腕社員だけれど、給料の安さに血を吐く思いで職場離脱を覚悟。
    そして、先輩が辞めるまでの最後の一ヶ月、主人公に大確変が起きる…
    最終的には、このコペルニクス的大確変の凄さに感動せざるをえないのでした。
    新聞整理部の仕事の内容が詳細にわかって興味深い。

  • 増田俊也はいつも理不尽の先にある真実を描きます。バーリトゥード、高専柔道、そして今回はジャーナリズム。相変わらずど真ん中じゃなくて、地方紙の、そして地方のNo.1紙じゃなくて、それも取材記者ではなくて整理部員という隅の隅の物語。そこも最果てではなくてその先に印刷、販売という新聞にとっては欠かせない役割を背負った新聞人たちが存在するのです。物語の舞台が北海道という最北のエリアであることや白系ロシアやアイヌの血を受け継ぐ登場人物によって差別というテーマへの向き合いも強く押し出されていました。社会をつくっている今まで会っていなかった人間との出会いによって、その無言のプロフェショナリズムの影響によって、少年が大人になっていく、という成長譚は「七帝柔道記」でおなじみの著者の最も得意とするところ、わかっていてもラスト不覚にも目が潤んでしまいました。またラストスパートでの新聞学講義はそれだけスピンオフでまとめて欲しいです。ただ高専柔道と同じようにジャーナリズムに対しても滅びゆくものの挽歌になっていないか?と心配になってしまいました。とにかく「働き方改革」という言葉の徹底的な逆。もはや神話?

著者プロフィール

1965年生まれ。小説家。北海道大学中退後、新聞記者になり、 第5回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞して2007 年『シャトゥーン ヒグマの森』(宝島社)でデビュー。2012年、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)で第43回 大宅壮一ノンフィクション賞と第11回新潮ドキュメント賞をダブル 受賞。他の著書に『七帝柔道記』(KADOKAWA)、『木村政彦 外伝』(イースト・プレス)、『北海タイムス物語』(新潮社) などがある。

「2022年 『猿と人間』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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