思い出の作家たち―谷崎・川端・三島・安部・司馬

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制作 : Donald Keene  松宮 史朗 
  • 新潮社 (2005年11月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (148ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103317067

思い出の作家たち―谷崎・川端・三島・安部・司馬の感想・レビュー・書評

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  • 五人の作家との交友録かと思いきや,親友だったらしい三島由紀夫と安部公房の部分は確かにそうだが,谷崎潤一郎,川端康成は小伝のような要素が強い.読みやすくて,よくまとまっていて,本質をうまくとらえていて,感心した.

  • 2009/
    2010/1/5返却

    谷崎潤一郎・川端康成・三島由紀夫・阿部公房・司馬遼太郎の五人についてドナルド・キーンがその思いを書いています。
    【谷崎潤一郎】

    【川端康成】
    大江健三郎が1994年に日本人二人目のノーベル賞作家になった時、彼は文学の伝統を、谷崎、川端、三島などの“純文学”を書くことを選んだ作家と、対するに大江自身はじめ、井伏鱒二(広島の原爆を小説に書いた)、大岡昇平(太平洋戦争中の実体験を子細に書いた)、安部公房(社会からの疎外と孤独を題材にした)など、書くことで戦い、実践する作家とに対照させて語った。

    【三島由紀夫】
    ・アイヴァン・モリスとドナルド・キーンとを含む三人の友人に「小生とうとう名前どほり魅死魔幽鬼夫になりました」と別れの手紙を送った
    ・三島は作家としての全生涯を通じて若さに、とりわけ夭折に憧れていたままであった。ファウスト博士がようやく老年にいたって若さを渇望したのとは異なり、三島は極めて若年から若さ-永遠の若さではなく、突然、劇的に散る桜のように終わる若さ――に憧れていた。
    ・三島の没後一年を記念する追悼の会で、著名な批評家の山本健三は、人生にはそれぞれの時期に応じて咲くそれぞれの“花”があると説いた偉大な能作者、世阿弥の言葉に、なぜ三島は心をとめなかったのだろうか、と述べた。
    ・三島の徴兵検査の結果は第二乙種合格だった。ところが召集に応じて出向いた入隊検査の当日、たまたま彼は風邪をひいており、経験の乏しい若い医者に、その熱とひどい咳はいつものことなのかと問われた彼は、深刻にうなづいてみせた。風邪を肺浸潤と診断され、即日帰京を命じられた彼の、喜びと安堵・・・。
    ・1967年三島は「葉隠入門」を発表する。三島はこの書物について、自分の文学制作全般の母体であり、作家としての活力の源泉であると語った。
    ・三島は、天皇無謬説を唱えたことがある。むろんこれは天皇の人間としての能力を指した説ではない。ローマ教皇の無謬性を信ずることが、教皇の現代美術観の無条件な承認までを含むわけではないのと同様に。天皇は神の資格において、人間の姿をした日本の伝統そのものなのであり、日本民族の経験が保管された唯一無二の宝庫である。天皇を守ることは、三島にとって、日本そのものを守ることだった。
    ・終戦翌年の1946年に告示された新仮名遣いにもかかわらず、彼は正字と歴史的仮名遣いを維持した。これは彼の伝統への固執の結果である。上流階級の会話をふさわしい言葉づかいで描写できない太宰治のような作家には、軽蔑の念しか抱かなかった。
    ・三島の作品中、西洋古典からの借用が最も顕著なのは小説「潮騒」の筋
    であろう。この小説は、古代ギリシャの恋愛小説「ダフニスとクロエ」をかなり綿密に下敷きにしている。
    ・1952年年の短期訪問に端を発する三島のギリシャ熱愛は、彼の心を生涯離れることなく、数多くの作品にその影響が見受けられる。彼にとってギリシャが意味するものは、日本の作家が一般的に好む陰影とは正反対の、太陽に照らしだされた景観だったのである。
    ・三島の古典主義は、著しく非古典的な材料に基づいた作品にも表れている。彼は1950年に書いた、「青の時代」で、新聞でも報道された実際の事件をモデルにした。

    【阿部公房】

    【司馬遼太郎】

  • 先日NHKで、エドガー・アラン・ポーやレイモンド・チャンドラーやアガサ・クリスティを特集した番組を連続でやっていて(録画したけれどまだ見ていませんが)そのあとにドナルド・キーンが特集されていて、これも実は後半部分をチラッと見ただけですが、あれっ、と思ったものです。

    この文脈からいくと物故者だということになりそうですが、でも、まだ生きておられ・・、いえ、たしか去年か一昨年に亡くなられた記憶がありますが・・・・。

    調べてみると、何と言うことでしょう、まったくの私の勘違いでした。亡くなられたのは、一昨年8月26日ですが、それはエドワード・G・サイデンステッカーで、ドナルド・キーンは86歳でご存命です。たいへん失礼しました。

    共に私に、日本文学の何たるかを日本人以上に教えて下さった方です。そんな大恩人に対してあまりにも近況を知らなさすぎました。

    最初に読んだドナルド・キーンは何だったのか、今となっては確定できませんが、源氏以外はほとんどすべて読んでいるはずです。

    私は源氏物語を、古くは与謝野晶子が、そして谷崎潤一郎が円地文子が、田辺聖子が瀬戸内寂聴が、そしてかの橋本治が現代語訳を出していて、その魅力に痺れている愛好者が多いのは知っていますが、どうせ単なる淫乱助平男の乱交乱痴気騒ぎ物語にすぎないもの、くらいにしか思っていません。たぶんこのまま一生読むことはないでしょう。

    そんなことはともかく、ドナルド・キーンのドナルド・キーンたるゆえんは、何と言っても、日本の古典から日本的美意識の充満した戦後文学までを評価し紹介した、なんてことではなく、ひとえに極めて特異な安部公房の優れた文学性を読み取り、日本のみならず世界的に評価したことにあると思います。

    これは即物的な、単に英語に容易く翻訳できたからというのではなく、日本的なるものにドップリ浸かっていた60年代70年代の文学において、始動するSFに先んじて、孤立無援の孤高の闘いをしていた安部公房を、世に出した埴谷雄高や花田清輝と共に、優れて先験的な批評眼の持ち主だと思います。


    ・・・・・

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ドナルド・キーンの作品

思い出の作家たち―谷崎・川端・三島・安部・司馬の作品紹介

かくも壮大稀有なる「日本回帰」、谷崎潤一郎。果敢に前衛を目論んだ「伝統主義」、川端康成。仮面をわが肉体とした「美の極点」、三島由紀夫。日本語の可能性に飽くまでも沈潜した「無国籍者」、安部公房。日本人のための日本奪還の「英雄」、司馬遼太郎。現代日本文学の天空を鮮烈によぎった、またと出会えぬ作家たち。その軌跡を活写する五つの論考。敬愛と友情、そして感謝をこめて-。

思い出の作家たち―谷崎・川端・三島・安部・司馬はこんな本です

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