その日東京駅五時二十五分発

  • 388人登録
  • 3.52評価
    • (23)
    • (58)
    • (61)
    • (13)
    • (4)
  • 84レビュー
著者 : 西川美和
  • 新潮社 (2012年7月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (121ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103325819

その日東京駅五時二十五分発の感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • 子どもの頃、近所に「女子挺身隊」だったというおばあちゃんがいた。
    その人の話がやたらと面白くて、とにかくとことん明るく戦時中を語るのだ。
    まぁ、なんの後悔も無いよ、精一杯働いたから。というお決まりの結び文句までしっかり覚えている。
    暗く悲惨なイメージが先行する戦争体験談が一般的だが、こういった人たちも案外多いのではないか。

    西川美和さんのこの本も、その時代に生きた親戚の伯父さんの「軽やか」な体験談から生まれたもの。
    しかしそこはさすがの西川さんで、静かで淡々とした筆致ながらも見事にツボは抑えている。
    【終戦当時、ぼくは広島に向かった。この国が負けたことなんで、とっくに知っていた】という帯文に惹かれて読み出した私は、またもや「してやられた」。ええ、本当に。

    終戦間際に通信隊に召集された、作者の伯父さん。
    その手記と証言から、終戦までのわずか3ヶ月間の心理描写を、丹念に、細かに、綴っていく。
    激変した故郷広島に舞い戻るまでの主人公の心情には、心音すら聞こえてきそうなリアル感が漂い、終末に近づくにつれ、読み終えるのが惜しくて惜しくて。
    時間軸の使い方も巧みで、ひとの持つ汚さや愚かしさ、たくましさや優しさなどが、静謐な文体で見事に描かれていている。
    いつもながら、ひとの感情にはこんなにも色々な側面があるのだと、その描写力にはヒヤッとさせられる。
    短い作品の最後では、広島で耳にした「ツクツクボウシ」の鳴き声から、人生を思索している。
    その終わり方も、(戦争ものでありながら)実に美しいのだ。
    現代の若者がそのまま戦時中にタイムスリップしたかのような主人公の考え方や感覚がむしろリアルで、こういった描き方もあるのだと、深い読後感に浸ってしまった。
    ここがいいなと思う場面がいくつもあって、読まれた方はたぶんそれぞれに見つけられることと思う。

    後書きがまた秀逸で、「3.11」の体験が、この作品を世に送り出す必然のタイミングとなったという。
    北野武さんが、東日本大震災について「2万人が一度に亡くなったのではなく、1人の人間が命を落とした事件がいっぺんに2万件起きた、と考えるべきだ」という内容の話をしていたのを思い出す。
    そしてこの作品もまた、「真ん中の話しではなく端っこの物語」だが、紛れもないひとりの人間の戦争体験談なのだ。

  • こういう終戦の迎え方もあったのか。
    戦争の話なのに、たまたま主人公は特殊情報部の通信兵という事で戦うシーンはなく、こういう戦争体験記もあるんだと、そしてこれは作者の伯父様の体験なのだと。
    短い文章でも、当時の事が伺い知れて、読んで良かったと思いました。

  • タイトルの「その日」とは終戦の1945年8月15日。
    「時代に巻き込まれ、あの戦争への参加を余儀なくされながらも、完全なるコミットを果たせぬままに放り出された宙ぶらりんな少年の境遇」(あとがきより)を描いた本書は、短いながらずしっと胸に残る。
    これまでの西川作品と同様に、戦時下を描いたものといえど静かな空気が流れている。陸軍特殊情報部で通信兵の訓練を受けていた「ぼく」の寄る辺なさがふわふわと漂い、空疎だ。悲しみとか苦しみとかの激しい感情はフリーズドライされたかのよう。淡々と進みながらも、軍の上司や帰郷の鉄道で出会う子供とその叔母、わずかな会話からその人物らのバックグラウンドが透けて見えるような描写がうまいなと思った。
    感情のうねりが極力排された展開ながらもぐっとくるのは、同期・益岡との別れのシーンかな。汽車の窓を小刻みに叩く益岡のモールス信号。ここまできてようやく、表紙がモールス信号を意味していると気付くのだが、もしかしたらここでのセリフなのかな?軽やかでしたたかな、関西人・益岡のキャラクターがとても印象的だった。一見お調子者だけど実はシャイなところも。
    広島に帰郷する「ぼく」が、原爆投下後の故郷を目の当たりにして何を思うだろうか…とそこにばかり捉われてしまったが、帰郷直前に出会った、家財をごっそり運び出すたくましい姉妹の姿になんだか勇気付けられる。あっけらかんとした図太さ、みたいな。
    様々な悲劇と対峙しつつも、生きていかねばならない目の前の「日常」がある。あの3.11の記憶を重ね合わせて綴られたあとがきを読み、強く実感した。

  •  語り手である吉井は、陸軍の通信隊として兵隊に取られることとなった。通信兵としての訓練に励む毎日だったが、ある日を境に身分を捨て、すべてを忘れて故郷へ帰るよう命令される。それは人々より先に知らされた敗戦のせいであった。

     本書を「戦争モノ」と分類しても良いものかわたしには悩むところである。戦時中〜終戦の話であることはたしかだが、銃・爆弾・命のぶつかり合い、そんなものは出てこない。しかしこういう人たちも現実にいたのだ。
     これは著者である西川美和さんの叔父の手記をもとに書かれた物語だが、わたしの祖父の戦争にまつわる手記にも同じような「戦争中とは思えない当たり前の日常の光景」が書かれていた。戦争中ではあっても、当時のその人たちにとってはそれが日常だったのだと気づかされる。

  • 中江有里さんの本で知って、借りてみたこの本。
    読み終わって登録しようとしたら、すでに「読みたい」本として登録されていた。
    過去の私よ、いつの間に!

    戦争の話ですが、あまり悲惨さを感じません。
    でも確かにあの時代、こんな風に時を過ごした人もいるんだろうなあと思いました。
    限りなく運のいい人なんだと思うけど。

  • 戦争という大きなものの中にいたのは普通の人なんだと思った。
    小説とあとがきと、両方読んでそう思った。

    祖母に戦時中の話を聞いたことがあるけど、文章や映像で知るそれらよりも当人の語り口は穏やかだった。
    それが祖母にとっての毎日だったからだと思う。
    語られる内容は結構ヘビーなんだけど、その中を普通に生きてきたんだろう。それが祖母の生活だったんだ。
    もちろん話を聞いた当時にそこまで考えたわけではなくて、この小説を読んで、そういうことだったんだな、って腑に落ちた。

    この物語の主人公はとても普通で、周りにいる人たちもとても普通で、そんな日常の中であんな怖くて悲しいことが起こっていたのか。
    と、考えたら、なんとも言えない気持ちになる。

    ポツダム宣言のくだりで、
    「ぼくらはみんなつられて笑った。おかしいわけではなかった。ほかに表すべき感情が湧かなかったから、だらだら感染してくる笑いに抗わなかっただけだ。」という文章が印象に残っている。
    当時、戦争は日常で、だけどやっぱりどこか歪んでいるから、柔らかい部分が少しずつ削られていっているように感じた。

  • 西川美和さんの本はいつも行間に熱い何かを秘めているので、読みやすいばかりでなく心に長く残るものが多いのです。これもそうですね。

    第二次世界大戦の終息を淡々と一兵卒の視線で。

    奇しくも大震災と重なってのご執筆ということで付されたあとがきにも感銘を受けました。

  • 一般よりも一足先に『終戦』を知ってしまった青年たちの物語。特種情報部で通信兵として訓練を受けていた主人公たちは、敗戦とともに所属していた部隊が解散となり、それぞれ郷里への帰路につく。そこで目にし、感じた世界とは…。著者の叔父の体験記を基に小説化されたようで、従来の戦争ものとは一線を画すような空気感が不思議で、淡々とした主人公たちの姿が、逆にリアルな「あのとき」を伝えているような気もする

  • 西川さんが得意な「ありのまま」で、祖父の戦争経験をつづる。
    何もかもに乗り遅れてしまい、空振りしてまい、何の役にも立てず。むしろ、そういう人のほうが多かったのかもしれないと感じた。

  • こんな形で戦争を戦った兵士もいた。
    陸軍特種情報部の通信員だった作者の伯父が残した手記により書かれた本作。終戦3か月前に徴用された兵士が、静かに終戦を迎える日々が描かれている。そこには無残な殺戮も、恐ろしい銃撃もなく、ただ平和で時にユーモラスな日々があった。
    一発の実弾を撃つこともなく兵士でいる主人公は考える。「戦争で死ぬことと、滅びた後を生き抜くこと、いったいどちらが苦しいことなのか」と。
    原爆を投下された直後の故郷に帰り、この世の終わりのような世界で鳴くツクツクボウシに、それでも未来への希望を見出し、壊滅の中生きていくよすがとする主人公。
    作品全体を漂うどこかのんびりした他人事のような雰囲気はとても今まで読んだ戦争の物語と趣を異にしている。
    だけど、作者のあとがきも含めて、これも一つの戦争物語なのだとしみじみ思う。

全84件中 1 - 10件を表示

西川美和の作品

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

その日東京駅五時二十五分発を本棚に「読みたい」で登録しているひと

その日東京駅五時二十五分発を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

その日東京駅五時二十五分発を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

その日東京駅五時二十五分発の作品紹介

そしてぼくは、何も何もできない。頑張ってモールス信号を覚えたって、まだ、空は燃えている――。終戦のまさにその日の朝、焼け野原の東京から故郷広島に汽車で向かった「ぼく」。悲惨で過酷な戦争の現実から断絶された通信兵としての任務は、「ぼく」に虚無と絶望を与えるばかりだった――滅亡の淵で19歳の兵士が眺めたこの国とは。広島出身の著者が伯父の体験をもとに挑んだ、「あの戦争」。鬼気迫る中編小説。

その日東京駅五時二十五分発のKindle版

その日東京駅五時二十五分発の文庫

ツイートする