火山のふもとで

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著者 : 松家仁之
  • 新潮社 (2012年9月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (384ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103328117

火山のふもとでの感想・レビュー・書評

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  • 昨年からずっと読みたかった本をやっと読むことができた。
    期待を裏切らない、いや期待以上の作品だった。
    何よりも美しい。端正で美しくて、そして心地よい。
    浅間山麓の透明な空気に包まれている錯覚に陥りながら最後まで物語の世界を味わった。

    浅間山が噴火した年に有名な建築家の設計事務所に入所した主人公の「ぼく」はひと夏を浅間山の麓の軽井沢で過ごす。
    物語の核となるのは国立現代図書館の設計コンペ。
    このコンペに勝つべく心血を注ぐ設計事務所のメンバーのやり取りを追っていくだけでも十分楽しい。
    建築の知識があまりない私でも、アスプルンドの「森の墓地」やライトの「グッゲンハイム美術館」など見知った建築物が登場するとググッと引き込まれる。

    魅力はそれだけではない。
    軽井沢の自然描写がなんともすばらしい。
    様々な野鳥の鳴き声やそこに息づく木々や花々。
    北軽井沢を飛び交う蛍。
    そんな自然が淡々を描かれている中で、良質の音楽や絵画もアクセントのように織り込まれている。

    もちろん、忘れてはならないのが人間模様。
    「ぼく」が恋する様子、先生のもとで成長する様子。
    そして物語の後半に起こるある出来事。
    それまで淡々と進んできた物語が突然動き出す。
    浅間山の噴火とまるでシンクロしているように。
    切なくて切なくて思わず涙がこぼれる。
    そして私としては納得の結末。

    あー、大満足。
    いい作品を読んだという充足感でいっぱいになった。
    あまりの完成度の高さにしばし放心。
    作者のデビュー作というのは知っていたが、まさかここまでとは。
    激しい性描写や、目を覆いたくなるような場面は全くない。
    意表をつかれることもないし、誰も死んだりしない。
    建築に対する思いと、人々の日常が美しい自然の中で描かれる。
    ただそれだけ。
    ただそれだけがいい。

    それにしてもこれほどの作品だというのに、認知度が低いことに残念。
    私の利用図書館にも蔵書がないため取り寄せてもらって読んだ。
    ブクログのレビューも少ないし、話題にもなってなさそう・・・。
    松家さんは有名な編集者だったそうで、それがハードルを高くしているのか。
    なんだか、もったいないな~。
    こんなに素敵な作品なのに。
    一人でも多くの人に読んでもらいたいと思いつつレビューを書いた。
    次回作も楽しみ。

  • 終始しずかな物語。
    何ともいえず心地よい小説でした。

    タイトルだけ見ると、歴史時代小説のようですが、
    少し前の1980年代のお話です。
    軽井沢のさらに奥まった浅間山のふもとにある「夏の家」を舞台に、
    村井設計事務所の面々が国立現代図書館の設計コンペに向けて過ごす
    ひと夏をベースに描かれていきます。

    レコードで聴くピアノソナタのように
    やさしく寄り添い、
    なじんでくると思いがけないほどの奥行や伸びしろがある。
    真摯で誠実で、静謐で。
    先生の設計する建築は、きっとこんな雰囲気なのだろうと
    読むものを想像させてくれます。

    きっとまだパソコンやケータイはおろか
    ファックスも普及してないような時代だからこその
    俗世から離れた雰囲気なのでしょうが、
    鉛筆を決められた時間に削って、
    何万本と線を引くような緻密な手作業が、
    そのまま彼らの生み出す建物や家具に表れている気がしました。
    別荘周辺の自然描写、建築物の細かな表現も丁寧で、
    どこまで実在するの?と思わず調べてしまったほど。

    建築についてはさっぱりですが、
    フランク・ロイド・ライトやル・コルビジェくらいなら知ってるし、
    村井先生の考えや姿勢がすごくすてきですごく深くて
    共感できるところもいっぱいありました。

    物語も一見シンプルに見えて実は手が込んでいて
    すーっと入っていける心地よさがありました。
    久々に読み終えるのがもったいなく感じた本でした。


    最後になりますが、
    ブクログやってなかったらきっと出会えてなかったこの本
    こうして巡り会えたことに感謝いたします。

  • 静かな佇まいを感じさせる小説で、私には大変好ましいものだった。
    こういった小説が最近少なくなっている気がする。

    大きな事件が起こるわけではないが、丁寧な描写が情景を浮き上がらせ、秘めた心の内を思わせる。
    読んでいる間避暑地の清涼な空気を感じていた。
    穏やかな気持ちで読み終わることのできた本は久しぶりではないか。

    これがデビュー作というからたいしたものだ。
    次作が楽しみ。

  • 昭和の終わりの匂いを中心とした背景に、丁寧に綴られた若き建築家の日々。 ゆっくりと生きていく人々がみな好ましくて、読めてよかった!


    大学を出たばかりのぼく・坂西は憧れの建築家・村井俊介の設計事務所で社会人のスタートを切る。

    彼がなぜ、村井の建築物が好きなのか。彼の目線で村井の設計した建物を撫でるように語り、私のような素人でも、どんなに優しい光が流れ込む空間なのか、どんなに穏やかな空気が漂う場なのか、がよくわかる。

    村井設計事務所は夏になると毎年、浅間山の麓に「夏の家」として移転。
    蒸し暑い東京を避けて涼しい高原で仕事をする、というスタンスからして、
    浮世離れした設定なのだけど、村井先生を始めとして、事務所の人々が皆、それを当たり前のことのように分担で食事を作ったり、薪を割ったり、夜にはクラシック音楽を流しながら語り合ったり。

    実績があるわけでもない彼が人気の事務所になぜ採用されたのか。
    読んでいるとおいおいわかってくるのだけど、
    なんていうか、ぼくも村井先生も、また、事務所の人々、浅間山の集落の人々も含めて、
    同じ落ち着いた匂いのする好ましい人たちで、
    私も、心静かにゆっくり読書を楽しむことができました。

    薪のはぜる音、美味しく入ったコーヒーの香り、朝の高原の靄や鳥のさえずりなど、
    言ってみれば平凡な道具立てなのに、
    どれも、どこかで見たような描かれ方、ではないような
    愛おしい描写に思わせられてしまうのは、
    新人ながら手練れとまで言いたくなる松家仁之さん、という人なんですね。



    以下、ちょっとネタばれかも。





    ただ、一番新人の彼が、
    先輩である女性スタッフ、また、先生の姪で夏の間だけお手伝いに来ている女性を
    終始、ファーストネームで呼び捨てにしているのが気にかかって(とうか、感じがよくなくて)いたのだけど、

    それも、着地点が用意されていた、という仕掛けにも、うん、そうだったのか、なんて。

  • 送別会の嵐をくぐり抜け、生まれた地への引っ越しもなんとか終わりまた読書を始められた。

     昨日は飛行機の中で読み始めた松家仁之氏の作品「火山のふもと」を読了。作者のデビュー作であった故か読売文学賞と言う地味な賞を取っただけで知名度もあがらず世の中にあまり知られていないと思われる本だ。

     僕も実はあまり期待をせずに読み始めたが、読み進めて行くうちに上品な文章で表現される浅間山麓の別荘地近辺の鮮やかな自然、著者は設計事務所に勤めた経験があるのではと思わせるくらいに微に入り細にいりかつ優しい目線で描かれた建築設計のコンペに参加する設計事務所で働く人たちの日々の様子、懇切丁寧に語られる主人公が憧れる設計事務所の所長が過去の設計た建物や作り付け家具のシャープな姿など小説の中での様々なものの描写の美しさにまず圧倒された。

     もう一つ秀逸だなあと思ったのが、小説全体を構成する時間軸のコントロールだ。主人公が設計事務所に入社するくだりから、残念な所長の病気によりコンペには参考出品となりその後事務所をたたむ事になるあたりまでは非常にゆっくりとした時間の経過でもって描かれ、それにより人間関係の濃密さが協調され、その後の主人公の今の姿を描きながら語られるコンペに関わった人たちのその後の人生模様はとてもとても簡素に、時間の経過もものすごく速いテンポで描かれて、そのテンポは主人公のそれらを振り返るときの枯れた視点を感じさせるという時の流れを操る凄技を駆使している。

     もちろんちょっとほろ苦い恋愛あり、事務所内のとても微妙な先輩後輩の切磋琢磨する人間関係や事務所の所長の病気により突然変わってしまうそれぞれの人間模様の描き方も大きな魅力だ。

     主人公の学生時代から壮年までが描かれる訳だから結構なページ数となっているのだが、まず多くの人が途中で読むのをやめられられなくなるのは間違いなしだ。したがって平日のしごとに差し支えないよう週末での読書をお勧めします。

     そんな処女作なのに隙のない名品を読むBGMに選んだのがもう飽きるほど聞いたが決して飽きない名盤Bill Evansの"Waltz for Debby"だ。何度聞いても素晴らしい。
    https://www.youtube.com/watch?v=RbTEgBEaEM4&t=3462s

  • 1980年代の、ある高名な建築家の設計事務所を舞台にした小説。
    国立現代図書館のコンペ入賞を目指す老建築家は、ひさしぶりに若い駆け出しの設計士を採用する。
    その事務所は夏の間、浅間山のふもとに場所を移し、共同生活を送りながら仕事を進めるのだ。

    だれでもモデルを特定できるライバルの作品や、ライトや アスプルンドといった世界的建築家の逸話がふんだんにちりばめられる中で、事務所の先輩設計士たちや、先生の姪、山のオフィスの隣人など多くの登場人物がそれぞれの人生を抱きながら接点を持って行く。

    淡々と進むストーリーは、大きな事件がおこるわけでもないのに、濃厚で引き込まれる。
    日々の作業はとても地味なのだが、建築という世界が、クリエイティブな華やかさと、多くの人に場を提供する以上考え抜かなければならない哲学的な要素を発散させるからか。

    新潮社の編集さんだったという松家さん、世代的に共鳴するところも多いのだろう。
    紹介してくれた友人に感謝。
    素晴らしい作品でした。

  • とても いい本 を読みました。
    そんな感想です。

    密かに好評価を得ている本書。建築の内容で、建物(を見るのが)好きな私には奥深く感じました。

    新米建築士と先生と呼ばれる建築家の話しです。

    戦後の時代、都内のとある設計事務所が夏の間だけ浅間山麓へ移ります。「夏の家」と呼ばれるそこは、避暑地というだけでなく、自然を満喫しながら仕事の効率も上げてくれ、食住を共にすることでチームワークも向上させていきます。そして何よりもこの土地と「夏の家」を愛している先生は楽しんでいるかのよう。自然環境は勿論厳しく、嵐や大雪、すずめ蜂等の生物・・・と不便だからこそ、あらためて建物本来を見つめ直せる建築士たち。

    建物は作品ではないという専門家もいるけれど、クライアントの要求に応えるだけではなく、いかに希望に近い形で快適さを求めた上で、設計者の手腕とセンスが問われるもの。だから私は作品だとやっぱり思ってしまいました。ただただクライアントの要求だけを飲んでいる実験的な建物ってないと思います。与えられた時間、向き合い仕上げる建築家の手塩にかけた作品であり成果ではないでしょうか。

    脱線しましたが、個人的に最近思っていた建築の世界をいろんな角度から堪能する事もできました。

    既製品よりも大工さんや各種の職人に恵まれていた時代がまたイイ。建築家のポリシーや仕事ぶりにも細かく触れられています。クラシック音楽を傍らに先生を中心とした登場人物が丁寧に描かれ、切磋琢磨してできる建物への想いを感じることができました。とても精密で規模の大きい小説で、読み応えを存分に感じた一冊です。

  • とても良い小説だった。
    描写が美しくて、こんなにも惹き付けられるのにストーリー展開が自然。読後感もすごく爽やかで気持ち良い。
    小説を読むとその世界があまりに非日常過ぎたり、作者の魂胆が見え透いてしまい、冷めてしまったり、入り込めないことが多い。けれど、全くそれがない。もちろんその世界は非日常なのだけど、誰もが心にもつ記憶にすーっとシンクロしてくるのだと思う。
    こんなに気持ちよくさせてくれた小説は久々だった。

  • 読み終わり、終わりの方を何度か読み返して、もう一度最初から読み始めた。小説をこうやって読むの、久しぶりだな。

    変わった言葉を使うわけではない。印象的なレトリックがあるわけでもない。プロの書き手としては平易に過ぎるくらいに訥々とした文章だ。これといったドラマがあるわけでもない。もちろん物語はあるのだけれど、書きだしてみたら4コマ漫画になりました、といったたぐいの物語ではない。だがそれが妙に居心地がいい。使い慣れて身体の形に合わせて磨り減った椅子みたいに。

    ああ、そうか。この本自体が、この本に登場する「先生」の建築物に似ているんだ。寡黙で、ひとを驚かすような強い自己主張があるわけではなく、細部まで練りこまれているのに外からはそれが見えない。忘れられないのだけれど、どうして忘れられないのかよくわからない。つまりはそれが著者が考えているよい仕事というものであり、著者は編集者としてずっとそういう仕事をしてきたのだろう。

    ものを作るというのは、いいものだな、とふと思った。

  • これがデビュー作というから畏れ入る。編集者という経歴のなせるわざか、よく彫琢された上質の文章で綴られたきわめて完成度の高い長編小説である。

    1982年、大学卒業を目前にした「ぼく」は、村井建築設計事務所に入所がきまる。所長の村井俊輔は戦前フランク・ロイド・ライトに師事した著名な建築家。事務所は夏になると、スタッフ全員で浅間山麓にある山荘「夏の家」に転地し、そこで合宿、仕事をするのが慣わしだった。今夏は特に参加を決めたばかりの日本現代図書館のコンペに向け、そのプランを練ることになっていた。

    建築設計のコンペという新鮮な題材を基軸に据え、季節によってうつろう北軽井沢の自然を背景に、若い「ぼく」の仕事と恋愛を描く。仕事といっても入所したての主人公は、先生や先輩たちから学ぶことばかり。下界から高地へ転地した青年が、先人から教育を受けるという点で、トーマス・マンの『魔の山』に似た設定を持つ。登場する車がすべて外国車だったり、暖炉のある山荘に似合った食事のメニュだったり、ある種の富裕な階級を感じさせるあたりも共通する。

    北軽井沢という避暑地を舞台に選んだ時点で、小説は日本とは異なるいわば異国情緒を漂わせることになる。長期にわたって本拠地を離れた山荘で過ごすことのできる人種とは、芸術家、大学教授、著述業といったハイブロウな人種に限られる。当然のように当時、下界で起きている出来事などは、小説の中から慎重に排除されている。会話のほとんどを建築や家具を中心とした審美的な話題が占めている。作中で「先生」は「建築は芸術ではない」と語っているが、そういう意味で、この小説はある種の芸術家小説の相貌を帯びざるを得ない。

    いわゆる生活臭のようなものが徹底的に排除されているという点で、読者は醜いものや見たくないものから完全に隔離され、趣味のいい食事や車、音楽、暖炉の前で交わされる心地よい会話に囲まれ、知らぬ間に時を過ごしている。『魔の山』にいる間は時が止まっているように。

    鉛筆やナイフといった小物からヴィンセント・ブラック・シャドウなどという旧車のバイクにいたるまで選び抜かれたブランド名が頻出する。カルヴァドスやグラッパなどのアルコールにしても詳しい者には愛飲する人物の個性を示す表象になるだろうが、その方面に不調法な者には鼻につくきらいもあろう。評価の分かれるところかもしれない。

    主人公は二十四歳。事務所ではいちばんの新入りだ。その人物を話者に据えた一人称限定視点での語りで、日本語で文章を書けば、一般的には周囲の人物には敬語を使うことになる。呼称の場合、名前の後に「さん」がつくのが普通だ。ところが、自分より三歳年長者である先輩の雪子と先生の姪に当たる雪子と同い年の麻里子にだけは最初から地の文で呼び捨てになっている。

    回想視点で語られている以上、現在の主人公が過去を振り返っても、呼び捨てで語ることのできる関係に、この二人の女性はいるわけだ、とそんなことを読みながら考えていた。どこまでも神経の行き届いた書きぶりである。

    そんな中でひとつだけ気になったことがある。全体を通して「ぼく」の一人称限定視点で語られているこの小説の中で、一箇所だけ麻里子でなければ知りえない感情を直接話法で書いた部分を見つけた。重要な場面だけに気になった。故意にだろうか。もしそうだとすれば、ロシア・フォルマリスムでいう「異化」作用を意識した心憎い演出である。次回作に期待のできる新人の登場である。

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火山のふもとでの作品紹介

「夏の家」では、先生がいちばんの早起きだった。-物語は、1982年、およそ10年ぶりに噴火した浅間山のふもとの山荘で始まる。「ぼく」が入所した村井設計事務所は、夏になると、軽井沢の別荘地に事務所機能を移転するのが慣わしだった。所長は、大戦前のアメリカでフランク・ロイド・ライトに師事し、時代に左右されない質実でうつくしい建物を生みだしてきた寡黙な老建築家。秋に控えた「国立現代図書館」設計コンペに向けて、所員たちの仕事は佳境を迎え、その一方、先生の姪と「ぼく」とのひそやかな恋が、ただいちどの夏に刻まれてゆく-。小説を読むよろこびがひとつひとつのディテールに満ちあふれた、類まれなデビュー長篇。

火山のふもとでのKindle版

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