母性

  • 2784人登録
  • 3.30評価
    • (77)
    • (330)
    • (503)
    • (136)
    • (16)
  • 389レビュー
著者 : 湊かなえ
  • 新潮社 (2012年10月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (266ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103329114

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

母性の感想・レビュー・書評

  •  冒頭の、アパートから転落した女子生徒の記事がすでに伏線。この伏線に、私、まんまと引っかかりました。湊さんの作品は、毎回衝撃の度合いがハンパありません。

     母は娘を、娘は母を、必死で愛し、守ろうとする。それがこんなに届かないなんて。伝わらないなんて。
     母親が子供を愛し、子供も母親を愛する。愛とか、それこそ母性とか、そういう言葉を意識するまでもなく、私はそれが当たり前のことだと思っていた。
     私にはまだ娘はいないけれど、もし私に子供ができたら、私はその子を愛すのだろうと、そう当たり前のように思っていた。

     けれど、この作品を読んだ今、私の中に「母性」というものが存在するのか、そう聞かれると、それは分からないと、答えるしかない。
     だって、自分が愛した分だけ、相手からも愛が返ってくるのか、それが実感できないんだもの。愛しても、伝わらないかもしれない、そんな事があるなんて。そうなのか、母子の愛も、そんなもんなのか。

     自分が愛した分だけ、相手からも愛が返ってくるのか、それも分からない。愛しても、伝わらないかもしれない。そんな、不安定な関係に縋っているのか、私たちは。

     娘、清佳の記憶の一説が印象に残った。
     「言っていればよかったのだ。父も、わたしも。母にどれほど感謝し、愛しているのかを」
     愛を、感謝を、言葉で伝える。頭を撫でて相手を褒める。抱きしめる。言わなくてもわかっているだろう。しなくても伝わっているだろう。
      
     ううん、そうじゃない。言わないとわからない。伝わらない。
     
     母娘のフィクションとは思わずに、自分たちの家族にあてはめて考えながら読んで欲しい作品でした。

     

  • この作者でこのタイトル。
    怖い。

    女性には、母になれる人と、娘でいたい人がいる。
    母性は誰にでもあるものだろうか?
    という問いかけ。
    やはり重い話でしたが、殺人事件というわけではなく、中心になる祖母、母、孫娘の三世代は‥嫌な人間というほどではなかったかな。
    母は状況が過酷なためにこうなったという感じで。

    ある事件の報道を皮切りに、母親の手記と娘の手記が交互に。
    やさしく愛情深く教養もある祖母に育てられた母は、結婚しても子供が出来ても実家の母を頼りにしていた。
    結婚も母が褒めた相手だから応じた面があり、母に褒められたい一心で、何事もする傾向があった。
    しだいに親離れできていけば、それでよかったのかもしれないのだが‥

    ある災害をきっかけに、祖母は命を落とし、娘一家は夫の実家に身を寄せる。
    地方のことで、姑はきつく当たり、お嬢さん育ちの若妻に慣れない農作業までのしかかる。それに対して夫はかばうこともなかった。
    幼い娘は母を慕っているが、母を守ろうと姑に逆らうことは、疲れ果てた母の困惑を招くだけ。
    そんな二人を見るのが内心つらい夫。

    夫がどういう人間なのかは、後半でだんだん明らかになります。
    祖父が暴力を振るう家庭で、のこされた祖母に逆らうことも出来なかった。
    妻の味方をすれば、火に油を注いでしまうから。
    「お母さんは頭が良い人だから言わなくてもわかってる」と娘に言うのですが、どうかなあ‥それがそもそもの誤解ってことですか。
    あんなにつらい目にあわせて、放っておいて良いわけ?
    ありがちなことだという現実も、まったくわからないではないけど。
    誰がサイテーなのかっていうと‥
    夫? 実の子だけを可愛がる姑? その亡き夫?

    逆に出来すぎの亡きおばあちゃんにもある意味、原因はありますね。
    母に愛されていると思えない寂しさを抱えた孫娘。
    おばあちゃんだけが無償の愛をくれたと感じている。
    母のほうは、娘を愛しきれないということばかりで悩んでいるわけではないんですね。娘のほうに拒否された感覚もある。
    心に傷を抱えてはいるけど、はたの人間が思うのとは、ずれがあるんじゃないかなあ‥
    などと色々、考えさせられました。

    近所の人との付き合いや、義妹の動向に振り回されつつ、しだいに友達も出来て、年月は過ぎ行く。
    迷い、ぶつかり合う家族の長い葛藤を描ききった力作でした。
    結末は穏やかです。

  • 相変わらずの“イヤミス”感をじんわりと漂わせる湊かなえの最新作。
    読み進めるごとに、背筋がぞわぞわと落ち着かない。この文章が彼女の持ち味だ。
    どこまで、この一人称告白形式の路線で突っ走るのだろう。
    この文体に拘り、ひたすらこの形で書き続けていくのだろうか? 非常に興味深い。

    能うる限りの愛情を母より授けられてきたと信じる娘。
    その娘が母となり、自分の娘に同様の愛を与えようとするものの、思うように伝わらない葛藤。
    母と娘。親と子。
    娘はいつまでも母の子であるが、自ら産んだ娘にとっては自分がその子の母親なのだ。

    嵐によって引き起こされた突然の母の死。そのとき、自らの死を犠牲にしても母が望んだこととは?
    母の死によって、娘と子は複雑に入り組んだ家族生活に引き込まれ、後悔、懺悔、苦悩、いくつもの感情が、思いと裏腹に二人をねじれた未来へと導く。
    愛を与えたがる者、愛を欲しがる者、二人とも同じベクトルの上にいるはずなのに。
    互いに相手を思いやりながらも、些細なすれ違いが不安・不満を呼び、疑心を抱かせ、苦悶する親子。
    二人の思いのすれ違い、ボタンの掛け違いは悲劇を招くが、最終的には寸前のところで救われ、ようやく互いの存在がそれぞれに幸福をもたらすことに気付く。
    子は親を選べない、親も子を選べない、という当たり前の事実にあらためて深く考えさせられる。

    母性とは、いったいなんだろう?
    簡単には曰く言い難いその本質に迫る作品である。
    男である私には、その深さに迫ることも実感することもできない。
    あるべき母性とはどういうものなのだろうと問いかけることさえできない。
    ただ、この作品は“母性”が一義的なテーマではあるが、“親子”あるいは“父性”というものまで訴えかけてくる。

    “イヤミス”感の充分漂う作品ではあるが、最後、微かな光明が射すことで、読後感は悪くない。
    難しい作品ではあるが、湊かなえ、さらに進化したと言ってよいのではないだろうか。

  • 途中で何度も読むのをやめてしまおうかと思うほど、辛い。辛い

  • 母、娘の関係 一言では言いいきれない
    家族への愛情とは違うもの、誰かに褒められたくていい子、いい母、いい妻になろうとすることは、誰でも思ったことがあるんじゃないかな。
    個人名を持つ人間であり、女であり、娘であり、嫁であり、妻であり、母であるのだ。
    名前が最後にでてくるところは、あっと思った。
    私も姉さんとよばれていたし。
    自分が欲しかった愛を子に注いでいくんだろうという言葉も印象的。
    親ではない自分には、母の気持ちを語れないけど、
    子供を産んだから母になるのではないと思う。

  • 母と娘。
    娘から母になることはあっても、母から娘になることはない、なんていう当たり前のことに気付いた。
    誰かの娘から誰かの母へ。 
    なれる人となれない人がいる。
    それは母性があるかないか、と言うよりは、自分が娘のままで留まってしまうのか、母へと成長できるのか、だ。
    母性は先天性のものではなく、後天性のものだと。

    ところで、自分が母にされたことを自分の娘に同じようにしてあげたいというようなことが書かれていたと思うが、その逆の方が多い気がする。
    自分が親にしてもらえなかったことを子供にしてあげたい、逆にいえば、自分が親にされて嫌だったことを子どもにしないようにしたい。そう考える人の方が多いのではないか。
    私はある程度幸せな家庭で育ったと思っているが、それでもそう思うので、本の中に出てきた幸せな家庭像には気味悪さすら覚えた。

    母性の問題提起にはなったと思う。
    続きが気になり、数時間で読み終えてしまったから、面白い作品だ。ミスリードや叙述トリックも興味深い。 
    ただ、終盤の展開が少しだけ、残念。
    でも、読む価値がある本だと思う。

  • タイトルに惹かれ読み始めると、想い描いていたものとはかけ離れていて少しガックリ。でも、読むほどに著者が「これを書きあげたら、作家を辞めてもいいと思いながら書いた」と云われる程、覚悟されて書かれたかと思うと重く感じた。
    褒めて欲しい母親も他界して息子のみで娘を持たないせいだろうか?深刻に考えた事ないが、裕福な家庭で褒め育てられた子供で大人になりきっていないからと直ぐに思ったのは間違いかもしれない。娘であり、母親でもある女性。色々考えさせられるな~。

  • 「一般的に「良い」行いであることに対する「なぜ」と言う疑問は聞き手が既にその疑問に対する答えを予測出来ていて、つまり、それは、答えを知っていてなお、相手の口から直接聞く事で“確認”をしたくて口にする」と言う冒頭の一文にハッとして、一気に読み進めてしまった。複雑な気分にはなったし、決して「晴れ晴れ」したりするような作品ではもちろんないのだけれど、それでも、過去の湊作品のような後味の悪さはない。スッキリもしないんだけど、もやもやはしない。物足りなさはあるけど、でも、腑に落ちる感じで良かったと思う。

  • 湊かなえさんの長編小説が本日発売です!湊さん自ら「これが書けたら、作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です」と語る入庫ンの一作です。

  • この人の小説はいつも救いようがなくて辛い気分になる。

  •  図書館より
     ”母”に囚われた女性の運命を母の手記と娘の回想、一人の高校教師の視点から描いた小説。

     とにもかくにも母親の手記の胡散臭さが印象的です。『私は愛能う限り娘を大切に育ててきました』

     この一文から手記は始まりますが、それを読んだ瞬間「自分はこの手記を書いた人は嫌いだろうなあ」と思いました(笑)。

     いざ読んでみると、やっぱり今一つ感情移入できない。手記を書いた女性の母親への思慕の感情もどこかずれているし、娘に対する感情は一見綺麗で正しいようにも思えなくもないですが、それは理想の母娘像を押し付けているだけの非常にわがままなものです。

     読んでいるとこの手記を書いた母は愛と完璧な娘像をイコールで結び付けすぎているように思いました。そしてそれに縋り付くしかできない彼女の弱さも感じました。

     そして出てくる登場人物の嫌さ加減にはそれ以上にイライラします。

     土砂崩れで自宅が倒壊した後、この親子は夫の実家に身を寄せるのですが、その家族がもう…。読むのが嫌になるくらい嫌味で自分勝手な人物ばかり…。それに特に目立って逆らわないのにもイライラし通しです。

     けど、そうした主人公の思考にも夫の田所の言葉を読んで妙に納得。母への愛情で培われた自分の信念が、どれだけ不幸な境遇になっても崩れないんだな、と思いました。普通、それだけの強い信念がある人の話を読めばうらやましく思えるものなのに、全くうらやましく思えませんでしたが。
     手記を読んでいる身からすると、それは信念なんかじゃなくて、そういう人間でいなければならない、という母からの愛情を得るための代償、もしくは呪いをずっと背負い続けているのだな、と思いました。

     最近よんだ『夜行観覧車』もそうでしたが、湊さんの家族小説で父親って基本戦わず、逃げるか目をそらしているんですよね。家族だからって決して壊れないものではなくて、それを壊さないようにするためには、どこかで目をそらさず戦う必要があるってことが湊さんの家族観なのでしょうか。手記と回想の母と娘の擦れ違いもそういうメッセージがあるのかな、と思います。

     ラストはちょっと中途半端だったかな…。散々ドロドロで疲れたので再生へのドラマももう少し書いてほしかったかな、と思います。

     湊さんらしいドロドロさとさすがの筆力が感じられる作品でつまらないというわけでもないですが、妙に疲れる読後感でした。

  • 2014.5.6読了
    作品の好き嫌いがはっきりする作家さんで、嫌いにあたるともう読まないかなって思うのに、何でだろうやっぱり手に取ってしまう。
    よく言われている友達親子ってのを考えた。あれを嬉しそうに話す親子がいるけど、親子は友達ではない。絶対に。やっぱり親に問題があるよな。親が子に依存しすぎ。子を自立させるのが、一番の親の務めだと私は思うんだけど。自らの死で教えようとしても、もう遅い。より依存してしまうだけ。清佳が痛々しく、やるせない。清佳のための救いあるラストで、私は良かった。

  • いつまでも娘気分の母親とその母からの愛を求める娘。湊かなえおなじみの交互の手記で語られる。人は自分の思うようにしか物事を見ていない、ということがよく分かる。この娘気分の母親が気持ち悪くてしょうがない。いい年して母親に褒められたいって何?人が喜ぶように振舞うことができるなんて、娘の気持ちも分からないくせによく言うもんだ。私がこの先母になることはないから、こんなにも娘に肩入れしてしまうんだろうか。職業柄だろうか。最後が珍しくハッピーエンドな感じだけど、こんなにうまくいくかね。田所家の面々は言うに及ばず、誰一人好きになれない。まぁ亨はいい奴か。娘は亨に出会えてよかったね。無事子どもを育てられるといいけど。

  • いつもながら「スゴイ!」としか言いようがない。
    なんで、ヒトの、こんな黒い部分に焦点をあてるのだろう?
    なんで、そうと分かっていて、読んでしまうのだろう?

  • 女性として生まれたからと言って、必ず母性が備わっている訳ではなく、子どもを産んだからと言って母性が芽生えてくる訳でもない。
    誰でも母である前は、娘だった。
    母から一心に愛情を受けて育ったように、娘に愛情を注げるだろうかと常に不安で葛藤しながら、思い通りにならない娘にガッカリしたり…
    でも娘も同じ気持ちで、祖母がしてくれたように母に愛情を注いでもらいたいと思っている。

    母と娘の関係は、簡単なようでも些細な事でこじれてしまう程、脆い。
    読み進めながら頭に浮かぶのは、娘よりも自分の母ばかり。自分の幼い時を思い出しては、娘とはこんな関係になりたくないと思う。
    「母と娘」がテーマの物は、まだ心穏やかに読むことは出来ないな。

  • 湊かなえはもう、ホラーに思えてくる。母親に依存しすぎて娘を愛せない。こんなことってあり得ないって思ったけど、夫は学生運動の時代の人ってわかって、「あー、あの世代だからか。。。」と腑に落ちた。

  • 母と娘そして孫の葛藤が母性を軸に語られていくが、所詮はそれぞれの私的幻想が語られるに過ぎない。私的幻想で有るが故に、互いに全部が重なることも無い。
    だけど、このズレを書いた作者の力量がすごい。

  • 母親から愛されて育った娘。その娘がまた子を産み育てる。

    お嬢様として育った娘には嫁として生きることが辛かった。でも自分の母親が褒めてくれるから頑張れた。
    その母親は死に、義理の母にいじめられるような生活が始まる。自分の子どもとは心が通わない。

    月日が経ち、娘と母の目線から全てが語られる。

    ---------------------------------------------

    童話『シンデレラ』はいじめられた娘が、王子に見いだされ、幸せになる話だった。

    母親に愛されて育ち、幸せだったのに、嫁いで辛い目にあっていく、この物語の女性は救われないシンデレラのようだった。

    ただ、子どもを育てる自分に酔っているというか、
    娘のしつけは娘が将来困らないためではなくて、しっかりと育てた自分が褒められたいからしつけをするような感情が怖かった。

    母性とは何か、というと難しい話だけど、
    母親の立場になっても褒められたい気持ちのまま行動するひともいるんだよ、という話だったのかな。

    母親のそういう気持ちを子どもがなんとなく気づいていたり、夫もそれが嫌で浮気してしまったりして、むなしさの沼みたいな物語だった。

    孫のために舌を噛み切るのもすごいけど、そこまで甘やかしまくったのもあんただろう、と思った。思うことはいろいろある。むなしさの沼。

    しかし、冒頭の飛び降り事件と母親の書記が関係ないのには、完全に騙された。なんで娘生きてるの?とずっと思っていた。
    (タコ焼き屋さんに流産させた悪ガキがいたあたりでやっと気づけた)
    わざと読みにくくしてるんだろうなあ。やられた。くやしい。

  • ネタバレします。
    最初に女子高生が県営住宅の4階の自宅から転落する自殺(あるいは事故)が起こる記事から始まる。
    母親の手記、娘の独白が平行するように続き、間によくわからない高校教師の話が入る。
    この母娘(ルミ子と清佳)が最初の転落事故の当事者と思いきや、読み進めると全然違っていて、娘(清佳)も自殺未遂を起こすが庭の桜の木で首をつるというものであり、記事とは合っていない。
    ということは冒頭の記事の事故(事件)に関わっている高校教師は全く関係ないはずなんだけど、同僚の国語教師と食事をするたこ焼き屋でたこ焼きを焼いているのは「りっちゃん」という。

    ここのところが分かりにくかった。要は、高校教師=結婚した娘(清佳)で、りっちゃんは母ルミ子の旦那の妹の律子で、バイトしているヒデはもう一人妹の憲子の息子の英紀(ルミ子を突き飛ばして流産させた子)。

    文中で教職を目指す等、話してはいるけども、高校教師を最初は男と思っていたのでなかなか結びつかず。後半の妊娠しているというところと、母性についてというエピローグのようなところでやっとボンヤリと結びついた感じで読後感が半端なくすっきりしないです。謎解き感もなく、それで?といった感じ。

    転落事故の娘の母が「愛能限り(アイ・アタウ・カギリ)、大切に育てた娘」と語り、母(ルミ子)も同じことを言っていますが、こんな難しい言葉をそうそう使う人はいないと思う。なのに、全く関係のない出来事だったなんてひどい。
    リルケの詩の引用も意味がわからず、読み解けず。リルケでなく湊かなえさんを読みたいのに。

    歪んだ母性というか、母性を持てない人もいるのだというか、まあ、いろいろでしょうけど、「これが書けたら作家を辞めてもいい」という湊かなえさんの帯は言い過ぎというか、辞めなくてよいと思う。

  • 湊作品をずっと読んできて、
    前作が私にはいまいちだったのであまり期待せず読み始めた。

    だけど一気に読んでしまった!

    これは「男/女」「出産経験有/無」でずいぶん捉え方が違うかも。
    そして自分が【アダルトチャイルド】である自覚がある人は、
    そうでない人以上に強いインパクトを受ける気がする。

    辛くて胸が痛かったり、
    反吐が出そうにムカついたり、感情がかき乱された。

    終わり方はあれで良かったのかどうなのか、私にはわからないな。

    いくつか伏線を回収しきれてない気がするのは、
    私が鈍いのか、伏線でもないのに深読みしているだけなのか…?

  • 不幸な登場人物ばかり。
    読んでいて不愉快な気分にも、いたたまれない気持ちにもなった。

    冒頭にある事件の新聞記事を持ってきて、その後母親と娘の独白を交互に、途中第三者の視点も挟みながら物語が展開していくのだが、なんとなくすっきりしない。結末はこれでよかったのか?母親像、娘像はこれでよかったのか?もっと思い切った方向に舵を切ったほうが、作品としては面白いものに仕上がったのでは、という気がして仕方ないのだが。

    これはこれである意味救いがあってよかったのかもしれないが、作品の面白さという点では、ちょっと肩すかしだったかなあ。
    読後感は悪くなっただろうけれど、もっと湊作品ならではの暗すぎ重すぎ不快作品にしてもよかったんじゃないかな…。
    そういう点での中途半端さが残念。

  • 湊さん得意の同じ出来事をそれぞれの視点で語らせて(今作は手記)物語りは進んでいく。母の手記と娘の手記、ほとんど同じ出来事な筈なのに時々、母親の方が記憶の書き換えをしてる所があって、湊さんの作品に出てくる母親は何かしら病んでるよなぁと思った。
    今まで読んだ湊さんの著書の中で1番感情移入しやすかった。

  • 取り敢えず最後までは引っ張られるし、考えさせられることも多い。子供の為でなく誰かにほめられるために良き母であろうとすることの悲劇というのか。ただ娘が母親に反発しないものだろうか。自分の体験上、娘は女親にはシビアで、欺瞞を見抜いたりするものだが。
    時折入ってくる教師の会話も、店の店員も思わせぶりなのに何もない。
    個人的には祖母の完璧さを裏読みして、なんかあるんじゃないかと思いつつ読んでいたら、完璧のまま終わった。この完璧さが一番こわいかも。

  • 母の手記、娘の手記からなる湊かなえさんの小説。
    冒頭からイヤ〜なかんじに包まれます。
    あぁそうだったこの独特の感じ、やっぱ読むんじゃなかった。
    普段であれば読むのをあきらめてしまうところ、母・娘と変わる語り手の話に引っ張られてしまい、楽しくないのについつい最後まで読んでしまいました。やはり売れっ子作家さんなのだと感心します。

    嫌だなぁ、不快だなぁと感じる事柄が次々あふれ出してきます(トホホ)
    心から望んだわけではない結婚に始まり、夫の実家での嫁いびり、義父母の言い争い、ずぼらな小姑、我関せずの夫。あー醜悪。
    何より主人公である母親がなんだかもぅ…受け入れがたい人です。
    幼少時から自分の母親に褒めてもらえることを価値観にして育ってきた人で、自立できていないのかと思えます。
    自分の考えを持ってしっかりして!と言いたくなる私。
    またさらにこの人、我が子のそのままを受け入れてあげないのが、とても残念です。
    自分が望んでいる部分しか見ようとしないので娘が哀れに感じます。
    また理想に反することや、思い通りにいかないことは、自分勝手な解釈をするので、相手の気持ちに思いが至らない。すれ違いが悲しくてやるせない。娘に関しては同情の気持ちがわきました。
    母親が、娘にきれいごとを求めているところがまた愚かしい。

    母性がテーマのこの小説。作中、「子どもを産んだ女が全員、母親になれるわけではありません。母性なんて、女なら誰にでも備わっているものじゃないし、備わってなくても、子どもは産めるんです。子どもが生まれてからしばらくして、母性が芽生える人もいるはずです。逆に、母性を持ち合わせているにもかかわらず。誰かの娘でいたい、庇護される立場でありたい、と強く願うことにより、無意識のうちに内なる母性を排除してしまう女性もいるんです」
    という台詞が出てくる。
    この小説において、私は、母性という以前に人としてのあり方どうなんでしょう?
    という身もふたもないことを感じてしまったので、テーマである母性について全体にあまりピンとこなかったです。

  • 「これが書けたら作家をやめても良い」とまで作者は思いを込めて書かれた作品なのですね。帯にそうありました。

    …私は湊さんの小説としては、今までの作品のほうが良いな、と感じました。
    リルケの詩を引用して、構成も内容もすごく渾身、というのも
    感じるのですが。何故でしょうか?単なる好き嫌いか?
    高校教師の居酒屋談義で、関係者の「その後」がわかる仕掛けになっているようなのですが、なんだかちょっとわかりにくい「仕立て」のような。

    母性というのは本能なのか、個性なのか、意見が分かれるだろうな
    と常々考えていたのですが、これを読むともしかして情念なのかな、
    と思いました。

全389件中 1 - 25件を表示

母性を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

母性を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

母性の作品紹介

湊かなえさんが「これが書けたら、作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です」と語る入魂の、書き下ろし長編。

持つものと持たないもの。欲するものと欲さないもの。二種類の女性、母と娘。

ツイートする