何者

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著者 : 朝井リョウ
  • 新潮社 (2012年11月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (286ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103330615

何者の感想・レビュー・書評

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  • 「就活の頃の話を聞かせて」と言われたら、ひたすら遠い目をして語るしかない私でも
    あの頃こしらえた傷のかさぶたをじわじわ剥がされるようで、こんなに苦しくなるのだから
    就活中の学生さんが読んだら、どんなに胸に突き刺さることか。

    目覚ましい勢いで進化を続ける朝井リョウさん。
    もっともっと素晴らしい作品を書くのだろうから、受賞はもう少し待ってもいいいのでは?
    との声もあった中、今、この作品で直木賞を受賞したことに深く納得できる
    今を映した、今の彼にしか書けない、凄い本でした。

    たかだか二十数年しか生きてきていないのに、まだ何者にもなり得ていないのに、
    「私ってここがスゴイんです、こんなに有望なんです!」
    と、にっこり笑ってアピールしなくてはいけない、あの居たたまれなさ。
    友達の就職先が次々に決まる中、自分だけどこからも選んでもらえない辛さ。

    大昔だったら、そんな辛さや胸に渦巻く黒い感情も「王様の耳はロバの耳」よろしく
    深い井戸や、ザクザク掘った穴にでも向かって叫んでしまえばよかったけれど
    数秒もあれば本音も嘘も書きこんでしまえるSNSというツールがある今だからこそ
    書き込んでうまく蓋をしたはずの心の傷は、ネットの海を彷徨って
    かえって深く、じくじくと痛み続けるのかもしれません。

    たった140字の中にまとめきれなかった
    「選ばれなかった言葉」を見つめようとするサワ先輩や
    各駅停車の電車の中で「がんばらなきゃ」と絞り出すように囁く瑞月に励まされます。

    この歳になって、娘に偉そうにお説教していても
    実はあの頃からちっとも成長してないなぁ。。。と思う、未だ何者でもない自分に
    「こうなりたい!」に向かって悪あがきできるうちは、しなくちゃ!
    と思わせてくれる本。

    読み終えて、冒頭のプロフ紹介ページをもう一度開いたとき
    拓人が選んだアイコンにほろりとして、言ってあげたくなります。
    その画像を選んだきみには、まだまだ可能性が拡がってるよ。
    殻を破ってがんばって! と。

  • ブクログで花丸が欲しいんです、僕。

    twitterのプロフィールをみれば、その人が『何者』かがわかる。
    いや、他人から『何者』にみられたいのかがわかる。
    アイコン画像に何を選ぶのか。名前は漢字表記かカタカナ表記か、それともアルファベットか。
    個人情報にどう優先順位をつけ、どの順番で提示するのか。
    誰との、どの団体とのつながりを強調するのか。

    その他諸々に個性が、いや「個性」と思われたい物が反映される。
    物語の人物紹介として、そのプロフィールを最初のページに持ってきた仕掛けにどきどきする。
    『桐島、部活やめるってよ』を書いた朝井リョウだ。ただで済む訳がない。

    なーんて、したり顔のレビューを書こうと思っていた読み始めの頃の自分を、過去に戻ってぶっ飛ばしてやりたい。傑作。
    これはもうサスペンス、いやスリラーだ。
    この本を読んだ後にレビューを書くのは本当に恐ろしい。

    WEBテストもエントリーシートもなかった時代の人間だが、就職活動で感じる葛藤や緊張感は道具立てが変わっても、何ら変わりはない。ひりひりするような感触を味わった。
    でも、それだけじゃない。就職活動を題材にした、ただの青春小説だと思っていたら痛い目を見る。
    学生時代にこの本に出会いたかった。
    でも、あの頃の僕はこの本のメッセージを逃げずに正面から受けとめることが出来ただろうか。あまり自信はない。

    読み終えてみれば、誰のスタンスも誰の見方も間違ってはいない。
    正解なんて本当にわからないのだ。
    ただ確かなのは、頭のなかの傑作や百点よりも、体を動かした駄作や十点を積み上げなくてはいけないということ。
    そして、またまたこういうレビューを書いちゃう自分のかっこ悪さを認めた上で「やっぱり書くもんね」ということ。

    結局、拓人は仲間に恵まれていると思う。大丈夫だ。
    光太郎やサワ先輩、瑞月さんにバイトの後輩。
    もちろん、隆良や理香さん、ギンジにだって。
    一度は本気でぶつからなければならない時がある。
    そうでなければ、それこそ室内でチノパン穿いているようなものだ。

    ひさびさに胸に刺さる本だった。
    いつも心に『何者』を。
    ブクログで、いや人前でも花丸が欲しくなったら、この本を読み返そうと思う。

  • 物語の前半まではSNSの記述が目新しいだけで多少退屈した感は否めなかった。
    あれ?これが今一番旬の朝井リョウ!?
    大したことないじゃん、などと思っていると・・・。
    いや~、とんでもなかった。最後の最後での追い込みがすごい。
    就活の辛さと現代のSNSでのコミュニケーションを軸に若者の姿を描いただけかと思っていたらとんでもない。
    これはある意味サスペンスだ。
    泥臭さなど感じさせない最近の若者の爽やかな仮面が徐々にむき出しになって、その裏の姿を表した時の描写は鬼気迫る。
    怖かった・・・。

    時代を反映した若者の姿はまだその空気感がリアルに残っている朝井さんではなくては書けない。
    またそれだけでなく新進作家なのに、構成や台詞の選び方などは「何者」どころか「ただもの」ではない。
    これからどんな作家になっていくのか非常に楽しみな人である。

    ただ一点。
    就活をしている登場人物の通う大学がどうしたって一流大学としか思えない。実際そう言う設定なんだろうけど。
    私の経験上、実際には大手企業の説明会にさえエントリー出来ない学生の方が圧倒的に多いだろうし、ほとんどが面接までたどり着けない。もしや今は違うのか?
    もう少し、その他大勢の学生たちの就活の姿をすくい上げるともっと深みのある作品になったんじゃないかなと思う。
    というわけで、☆4つ。

  • 直木賞受賞作。
    就活をする大学生の話だってこと、知らない人ないぐらいじゃないかな。

    自分は何者なのか、生まれて初めて突きつけられるような就職活動の時期。
    不況で就職難なので、結構いい大学の学生でも次々に落ち続けることに。
    特異な状況で、内定が出たことがヒエラルキーの頂点に立つことになるという。

    演劇サークルで脚本を書いていた二宮拓人。
    今はすっぱりやめて、就職活動中。
    3年のときから拓人とルームシェアしている光太郎はバンドのボーカルだが、今回のコンサートを最後に引退することになっていた。
    いぜん光太郎と付き合っていた瑞月が、1年の留学から帰ってくる。
    拓人は瑞月に片思いしているのだが、見守るしかない。瑞月は拓人にはけっこう優しくしてくれる良い友人ではあるが、そういう対象ではないのは目に見えている感じ?
    光太郎は人に好かれる性格で、コンサートの後は髪を切って変身。
    突然追い越されてしまいそうな拓人だが‥

    瑞月の友達の理香が、アパートの上の部屋に住んでいるとわかり、4人は就活の情報交換を始める。
    理香も留学経験があり、ボランティアにも積極的なしっかりしたタイプ。
    理香の部屋には同居し始めたばかりの恋人・隆良もいた。
    就職はまったく考えていないという隆良は、いささか気取った芸術家肌のよう。
    拓人はかって二人でコンビを組み、今も演劇を続けている烏丸ギンジが隆良に重なって見えて気になり、現実味がないと感じてしまう。

    ツイッターやフェイスブックを駆使する若者達の人間関係は、リアルな付き合いとネット上の短い文章の語るものが交錯する。
    どちらが本当なのか、どちらもまやかしを含むのか?と思わせるような‥
    しだいにピリピリして来た彼らは、批判し合うことに。

    あ痛たたた‥てぐらい、痛烈ですね。
    まあその結果は‥
    一段階成長したという希望が持てる結末。
    ここまで書くとは~前半の余裕はこんなところへ行き着く前提だったとは。
    就職活動を終えたばかりで、良くぞここまで抉るように書けたもの。
    なるほどの直木賞でした!

    こういう就職活動をしたことがない自分って、馬鹿なんじゃないかとしばし呆然‥いやカッコつけてたとかでは全然なく。
    事情があったんだから仕方ないわねぇ‥とだんだん思い出しました。でも賢かったとはいえないけど(苦笑)

    今の時点で単行本化されている作品はこれでコンプリート。
    次はどんな作品が来るか?
    楽しみです!

  • 私が就活していた頃はmixi全盛期で、今ほどTwitterやFacebookは一般的でなかったように思う。関関同立、バブル期には企業の方が学生に媚びていたようだが、早稲田や慶應ほどブランド力がある訳ではなく、大規模サークルなどにも属していない身分ではOG訪問も気安くはなく、それなりに苦労した。

    何かに打ち込んできたと胸を張って言えるような経験もなく、両親の庇護のもと、ゆるゆると育ってきたことばかりが痛感され、正解の見えない就活に日々気持ちが磨耗していった。

    何度か転職活動も経験しているが、あの頃の就活ほど辛くはなかった。思うに就活の辛さは、同じ地点で肩を並べていた友人たちから取り残される焦りと、社会に受け入れられないかもしれないという不安が多くを占める。ひとつ内定をもらって初めて冷静になれた記憶もある。

    人間の自己顕示欲は様々で、実際以上にリア充ぶってしまう人もいれば、かまってちゃんやだめっこアピールや「他人とは違う」自分に酔う人もいる訳で。Twitterには如実にそれが現れてしまうのかな。

    理香や隆良、拓人をイタいと感じながら、自分の中にも彼らと似た部分があるイタさ。

    ところで医学生には所謂「就活」にあたる、マッチングという制度があるのだが、2~10(10はかなり多いレベル)の病院から研修先が決定する。大学3年から50社以上、就職氷河期であれば100社以上もエントリーし、内定を得るまで模索する一般学生に比べたらなんとも効率的。

  • 就活の情報交換をきっかけに集まった5人の大学生。
    演劇をやっていたけれど今は辞めている拓人、
    大学時代はバンド活動に没頭していた拓人の同居人の光太郎、
    留学帰り、熱心に就活の情報を集めている、光太郎の元彼女の瑞月、
    同じく留学帰り、大学時代はボランティアや国際活動に充実していた理香、
    理香の彼氏でナンチャッテ芸術家、就活を馬鹿にしている隆良。
    Twitterで近況を報告し、時々会って情報交換をしあう5人だが、思惑はそれぞれで…。

    5人5様でありながら、どの人についても「いるなぁ」「わかるなぁ」と、
    見覚えやら身に覚えやらあって、生々しく、痛々しい。

    私は自分の就活を終えてもうそれなりに時間が経っているし、
    やや特殊な状況でこの本のような就活戦線ともだいぶ違ったけれど、
    就活を始めようとしたときに感じたことで、よく覚えていることがある。
    「あぁ、私って特に何もしてこなかったし薄っぺらいなぁ、書くことがない…」

    とりたてて何もない自分をどうやって取り繕えばいいのやらと頭を悩ませたものだ。
    拓人の「ダウト」になぞらえた就活は、何かすごくわかる気がした。
    人事をしている知人曰く、就活生の精一杯の虚勢なんて、簡単にわかってしまうらしい。
    実際、社会に出たことなく、緩い大学生活を送ってきた大半の大学生にとって、
    本当に語れることなんてごくわずかなのだ。
    それでも「ダウト」と言われるまで、虚実ない混ぜのカードを並べていくしかない。
    自分は自分でしかないと気付きながら、自分の中のネガティブな面を押し殺し、
    表向き明るくポジティブな面を強調していくことに、時折感じてしまう虚しさ。
    自分を摩耗するのと同時に裏ではドロドロした思いもたまっていって、
    どこかで吐き出さずにはいられない。
    それが、今はTwitterというツールになるんだなぁ。

    内定を得た瑞月が放つ鋭い一言。
    “あなたが歩んでいる過程なんて誰も理解してくれないし、重んじてない、誰も追ってないんだよ、もう。”

    そして、この作品のテーマにもつながる、
    “自分は自分にしかなれない。痛くてカッコ悪い今の自分を、理想の自分に近づけることしかできない。”
    という言葉。

    実際に就活をしてきた朝井さんだからこそ書けたリアルな現場、
    だけど、学生のときの気持ちが色々蘇り、ちょっと苦い一冊でありました。

  • 途中、何度か挫折しかけたが、
    気がつけば、読了へと至っており、

    (何故、途中から引き込まれていったんだ?)

    …と、現在、困惑中。
    よって、どう感想を書いていいものやら…。

    まず、私はツイッターをやってない。

    なぜなら、スマホどころかケータイも持ってないから。(今時っ!)
    でも、
    必要ないし、
    しょっちゅう、ぶるぶる言ってる主人や息子の携帯を見てると、
    ちょっと怖くなるのだ。
    何か、その(どこにも逃げ場なし)みたいな感じが。

    と、いう事で、今まで無かった新鮮な趣向にも、
    (登場人物達が、
    ツイッターの画面のプロフィールのまま紹介されてる。)

    (こんな人達って普通にいっぱい、いそう・・・)
    と、彼らによりそう事がなかなか出来なかった。

    就活に悩み、迷いながらも、友人達の動向をとにかく気にする彼ら。
    集まっては報告しあい、
    ホッとしたり、励ましあったり。

    もちろんツイッターにてつぶやく事も忘れない。

    紙面の画面のどこにも生きた言葉が無いなぁ~
    と、いささか読み疲れし始めた頃、
    登場人物のひとりが発した言葉が、ぬるっとした温かい液体となって、
    機械的な文字の配列から、滲み出てきた。

    ー私ね、ちゃんと就職しなきゃだめなんだ。

    誰が聞いても、目にしても、
    全く支障のない、あたりさわりのない言葉なんかに、その人を語る事なんかできない。

    ただ、ひたすらに『何者』かが、どこかにいる、ってだけのはなし。

    その子が発した一言が、
    いつの間にか、冷たい機械を使用不可にしていった。

    もはや、機械の後ろに隠れていられなくなった彼らがようやく
    顔を見せ始める頃…

    この物語の世界感がやっと見渡せてきた様な気がした。

    気付くのが遅かったか、
    結末までに、気持がついていくのが遅すぎたか?の、ようなエンディングではあったが、
    なんとなく…

    携帯なくてもダイジョウブだよね?と、肩叩いても平気な気がしていた。

  • こんな読後感はまったく予期していなかった。
    夢中になるのとも、続きが気になって仕方ないのとも違う感覚が
    はじめから終わりまであった。
    もっと手がふれそうなぐらい近くにあるものに
    ページをめくらされていた気がする。

    繊細で敏感な部分は、今までの作品でもずっとそうだけれど
    この「何者」ではそういう朝井さんの、きっと得意とするところが
    とてもきれいに形になっていた。

    就職に限らず、まわりがおなじようにすることに
    自分だけ遅れをとるのは気持ちのいいことではない。
    なかなか決まらないその何かは、
    自分自身で保つ努力をしていなければ
    少しずつ、あるいはまわりがその何かを決めたときに大きく
    「自分」というバランスを崩しにくる。
    それは「何者」にもなれていないという意識なのかもしれない。

  •  第148回直木賞受賞作品。おめでとうございます。受賞前に図書館で予約しておいてよかった。

     自分ではない何者か、ここではないどこかに行きたい、けれど行けない就活真っ最中の大学生たちのお話。

     就活を経験したことのある者ならば、彼らの思いが分かると思う。
     お互いガンバローね、就活って団体戦だよって、言われた先から、俺が一番できる、お前らとは頭の出来が違うんだよって思うあたりとか。

     SNSに少しは身を置いている者ならば、彼らの思いが分かると思う。
     口では、すごいねーなんていいながら、もうひとつのツイッターアカウントでは、どろっどろの本音をぶちまけているあたりとか。
     ある日、ふとリツイートとか、お気に入りに登録、が入ったりするから、このアカウントのツイート見られたらやばい、と分かっているはずなのに、カギをかけられないあたりとか。

     みんな、フェイスブックで「いいね」をもらいたいし、ツイッターではフォロワーが欲しいし、ブクログでは、花丸をもらいたい(笑)
     私もそう、認められたい。

     そして、認められない現象には目を背けて、認めてくれない人は拒絶して、私を認めてくれる人とだけ仲良くしたい。
     ネットの世界ではそれができるけど、生身の世界では、そうはいかない。

     聞きたくない言葉を聞いて、痛くてカッコ悪い自分でがんばらないといけない。私たちは私たちであって、他の何者かには、生身の世界では、なれない。次の日も、その次の日も、自分は自分でしかない。

     けれど、認められたい。そのためには、理香が拓人に言ったとおり、拓人が面接で言ったとおり、カッコ悪い自分をまず認めるところから、始めるしかないんだろう。

     「自分には、何もありません」
    これを言える人って、日本に何人いるのかなあ?

     最後に、拓人は、認める。
    「自分は何者でもない」と。
    そこから、彼の新しい物語が、始まっていくんだろう。

  • はるか昔、私は“シューカツ”には、さほど真剣に取り組まなかった。
    大手企業では、指定校制というごく一部の大学生がまだ優遇されていた時代で、“シューカツ”などという言葉もなかった。
    指定校の学生でなければ、一次面接からも弾かれるという有様だった。
    私はたまたま指定校だったので、まあ何とかなるだろう、と高を括っていた。
    それほどあくせくしなくても大丈夫だろうと思っていた。
    一般のメーカーへの就職などは、これっぽっちも頭の隅になかったし、マスコミ関連、いわゆる「ギョーカイ」関連への就職しか考えていなかった。
    (某レコード会社主催のオーディションはそれとは別に受けていたけれど……)
    でも、自分が想像していたより、就職活動は困難を極めた。
    何度も何度も面接で落ちて、心が折れそうになった。自分の甘さを恥じた。
    この作品にも書かれているように、“自分が何故落とされるのか分からない”。
    それまでの高校や大学の試験だったら、世界史に失敗したとか、数学でケアレスミスをしたとか、何らかの理由が思いつくものだが、“シューカツ”には正解が見えない。
    模範解答が見つからないのだ。だから、つらかった。
    それでも、第一志望じゃなかったとはいえ、最終的には目標とする「ギョーカイ」関連の会社に就職できたから良かったけれど。

    この作品は、大学生の主人公二宮拓人が“シューカツ”をしていく中で、自己のアイデンティテイについて悩み成長していくという物語である。
    ついこの間まで、バンドをやっていたり、芝居をやっていたりした学生が、髪を黒に戻し、短くし、それまでの自分を変えて、就職活動に励むようになる。
    「就職が決まって髪を切ってきた時、もう若くないさと君は言い訳したね」
    という1970年代の名曲「いちご白書をもう一度」の世界だ。
    何のために? これから自分ひとりの力で生活していくためだ。
    シューカツには否応なしに、夢や理想と現実のギャップが存在する。
    みんなが知ってる大企業、ちょっとカッコいいマスコミ関係などに受かるかどうかだけで、ともすればその人間の存在理由までもが決められ、勝ち組か負け組みか判断されそうになる。

    会社に就職するということはどういうことなのか? 自分はいったい何者なのか? 
    拓人は、友人たちと競い合いながらのシューカツのなかで、本当の自分の姿に目覚めるようになる。
    その間の焦り、葛藤、 不安、苛立ち、妬み、共感などといった登場人物それぞれの心情が痛いほど伝わってくる、なかなか心に響く作品だと思う。
    特に最後で明らかにされる主人公のもう一つの側面の件などは、ミステリー小説なみの鮮やかさだ。

    石田衣良にも「シューカツ!」という同様のテーマの作品があったが、作者本人がその真っ只中で経験してきた思いを素直に吐露しているせいか、人物造形、心理描写なども含めて明らかにこちらの方が完成度としては数段上だろう。
    あちらは、いかにも作者の想像上の物語という作品で、上っ面だけを描いているような印象だった。
    それに比べ、朝井リョウ君の才能の豊かさを感じさせる作品だ。

    さて、この作品は現時点(1/10)で直木賞候補作品に選出されている。
    1月16日の夜に受賞作が発表されるわけだが、
    浅田 次郎、阿刀田 高、伊集院 静、北方 謙三、桐野 夏生、林 真理子、宮城谷 昌光、宮部 みゆき、渡辺 淳一
    などの選考委員に現在の学生のシューカツ事情が分かるのだろうか。
    何も分からないのに、この作品を推すようなことはしてほしくない。
    ましてや、この作品のメイン舞台は、ツイッター、フェイスブックなどのSNSだ。
    「スカイプで会議」などと文中で書かれても、何のことか分かるのだろうか?
    文中に出てくる“たった百四十字”の持つ意味を理解し、その使い勝手を実感したり、現在の若者と同じレベルで活用している選考委員など皆無なはずだ。
    もちろん、SNSをよく分からなくても、ある程度この作品の評価はできるだろう。
    若者の不安な心情表現の卓抜さ、言葉選びの巧みさ、見事な会話のキャッチボール、キラリと光る比喩、などなど、高く評価される点はたくさんある。
    それでも、この作品の本質を理解するにはSNSを少しでも齧っていなければ無理だと思うのだ。

    「ツイッターやフェイスブックを利用していないサワ先輩は現実の中にしか存在していない。」(本文より)
    とあるように、ツイッターやフェイスブックなどでの仮想コミュニケーションは、結局のところ疎外感や孤独感を生み出す。
    それを実感として分からない選考委員に評価などして欲しくないというのが本音だ。

    私は、この小説が“新鮮さ”や“現在の若者のコミュニケーション事情と葛藤をよく描いている”などという陳腐な表現で高評価されるのを恐れる。
    文学賞の選評でありがちなのが、選者の知っている分野であれば、批判も物足りなさも語れるが、まったく知らない世界が出てくる途端に「新しくて凄い」というような雰囲気で高評価されてしまうことだ。

    コミュニケーションの世界を描いているこの作品は、実際にツイッターやフェイスブック、はたまたブログやメールを自分の生活の一部として活用している人間でなければ正当な評価はできない。
    そこを“新鮮だ”というような曖昧な言葉で高く評価してはいけないと思うのだ。
    この作品が、どれほど私の心に深く響いてきた素晴らしい作品だとしても。

    朝井リョウ君にはまだまだ抽斗がありそうだ。
    慌てなくても、これ以上の作品を今後も書き続けるだろうから、この作品に直木賞をあげる必要もあるまいと思うのだが。

    *でも、辻村深月のときもそう思っていたら意外な作品で受賞してしまったからなあ。
    後日記:結局、この作品で直木賞受賞してしまいました。

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