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著者 : 小山田浩子
  • 新潮社 (2014年1月24日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103336426

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穴の感想・レビュー・書評

  • 終始不穏な空気が漂う。うっすら、ところによって濃く……怖かった。
    主人公が田舎に越してからの奇妙なあれこれは現実か幻か。
    黒い謎の獣、水を撒く義祖父、いるはずのない義兄、川原の穴の数々。
    お日さまの下、川原で遊んでいる子どもたちでさえ不穏。

    虚実や結末がはっきりと描かれていないので、いろんな読み方と感想があると思うのだけれど、私はいくつかの事実(義母のうっかり不足金や義祖父の深夜の徘徊)はあるものの、不穏なそれらは主人公にとっての田舎の生活そのものが形を取ったものだったのではないかと思う。
    ラストで自転車を漕ぐ彼女の姿は「そこ」で根付き始めている。そんな彼女はこれからはもう黒い獣の姿を見ることはないのではないだろうか。

    収録された他2篇も不穏な空気を纏っているのは同じ。
    二組の夫婦を描いた2篇は続きもののようになっていて、1本目はわかりやすく怖いのだけど、どちらかというとつい深読みしそうになる「はじまったばかり」の2本目のほうが怖かった。

  • 不思議な話だった。文もいっぱい詰まってた。だけど読みやすかった。
    いったい義兄は何だったんだ・・・
    不思議だけど嫌いじゃない感じ。

  • ◆第150回芥川賞受賞作「穴」2013.9「いたちなく」2013.7「ゆきの宿」2014.1の3篇。
    ◆新しい。フラグたちまくり。なのにフラグは立つだけで物語は予想する方向に転がることはない。ザワザワする。噂話や悪口の一歩手前。「あ、これ、トラブルに発展しそうなヤな感じ」という言葉にする一歩手前のもやもやした感触を、言語化している。地上の蝉の死体の総数を視覚化するように。撒かれた水が地に浸み込まない量を想像するように。冒険は始まらない。無意識下の日常をあえて視覚化・数値化しているみたい。怖い、そして面白い。
    ◆女主人公は「冒険」に出ないこと・「流れ」に乗ることを選び取る。「冒険」に大切なことだけが言語化されない。それってやっぱり怖い(笑)
    ◆色々考えると、この作品の「穴」の深さは象徴的で絶妙。物語に逃亡せず、現実と添い遂げるには相応の覚悟がいる。現実は、小説よりも恐ろしい。私にはその覚悟があるかしら。
    ◆後半の「穴」の場面、BEATLESのイエローサブマリン(アニメーション)を思い出した。ジェレミーw

  • 芥川賞受賞作、文芸春秋で。

    さて、芥川賞ってことで・・・ん~。
    純文学は分からないって感じ以前のわからなさ。
    田舎の暮らし、姑との関係、義兄の存在、義祖父の死、
    そして意味不明の動物、穴。すべてがどうしてもわざわざ述べられるべきことなのかどうか。初めの方は非正規社員の愚痴も並べてあったりで(その辺がいちばん納得できたけど)
    夫の実家の田舎でで暮らすことで感じる日々、ホラーへと続く日常が書かれてゆくのではと一種ワクワク感でしたがとうとうホラーにもならずに。

    解説書として「文学界」買ってあるので読んでみます。
    「文芸春秋」諸先生方の評では手がかりがつかめなかったので。

  • 現実を少し斜めに見つめたら、見つめ続けたら、当たり前だと思っていたものが急に怪しくなり、ずしりとした存在感のあったものの輪郭が急にぼやけだす。その瞬間、見知った筈の世界がくるっと一変し、何処でもない世界のど真ん中に放り出される。日常に潜む非日常というフレーズは使い古された感があるけれど、実は日常を成立させているものが、そんなに確かな手触りのするものばかりの積み重ねではなくて、非日常はすっと手を置いた壁の手応えがなくなるように目の前に顕れるものであるように思える。ただそのあやふやな境に目をつぶっているだけで。

    小山田浩子が物語るのは、そんな世の中のありふれた出来事。あるいは世の中に対するざらざらとした違和感が少しずつ鞣されていく話。違和感が少しずつ失われて行くことが、あたかも予定調和的な結末を導くようでいて、いつの間にか当たり前のことを当たり前だと思わなくなっている恐怖感も同時に喚起する。その部分が面白いと思う。

    しかし、非日常の入り口を探り当てる感性の鋭さには感心しつつ、どことなく批評家めいた立場から語られた物語をどのように受け止めたらよいのかを量りかねてもしまう。むしろ「工場」のように、黒いものの存在を炙り出すような勢いがこの「穴」にもあったら、もう少し頭の中をぐるぐるとかき回されるような感覚を楽しめたのかと思う。語られなかった話の中に込められた意図のようなものを、想像せよ、とのメッセージを受け取りたかったような気分で読み終える。

  • この作品もくせのある文体で、カギ括弧で括られた会話文が改行されずに一つの段落で延々と続いたりするのですが、慣れるとそれほど気にならずに読めます。女性が嫁ぐという経験が、女性ならではの視点で語られており、「ああ成る程、そりゃそう感じるんだろうな」とうなずかせる説得力がありました。

    読み終えて、どう咀嚼すればいいのかイマイチわからないところがあったので、芥川賞の選考員のコメントを調べてみました。腑に落ちるまではいかなくても、成る程こういう観点からプロは見ているんだなと、なんとなく得心するものはありました。

    特になるほどと思ったのは宮本輝氏のコメントで以下のとおりです。
    「平凡な一主婦がなべて抱くであろう心の穴を普遍化している。」「だがそれを幻想や非日常や、マジックリアリズムの手法で描きながら、突然あらわれた穴も、得体の知れない獣も、たくさんの子供たちなども、小説の最後ですべて消えてしまうことに、私は主題からの一種の逃げを感じて推さなかった。」

    同じく選考委員の村上龍氏は、
    「わたしは、『穴』を推したが、複雑な構造の作品ではなかったことにまず好感をもった。」「嫁として、知らない土地に引っ越すというどこにでもあるモチーフを通して、新しく出現してきたものと、失われたものが、一見無秩序に、実は高度な技術で巧みに構築されて提示される。」

    と絶賛していますが、まだそれほど読書力の伴わない私には、この作品がどのように高度な技術で巧みに構築されているのか、わかりませんでした。

    表題作以外の二編は、マジックリアリズムの手法を前面に出さずに描かれていますが、やさしい味わいのある作品で、好感度アップでした。

    オススメです。

  • 少しずつ少しずつ、異界に入り込んでいく感じが、しかし完全に現実から遊離していかないところがスリリング。
    例えば穴。アリスの穴は、底深く、ゆっくりと落ちていく。けれども本作の得体の知れない獣が掘った穴は、「底」が知れている。別世界に行きそうで行かない。ところが、別世界はすでに始まっている、「私」が、陶器の人形みたいな夫と結婚した時点で。

  • 黒い獣の掘った穴。穴だらけの家に出るいたち。こういう、民話のような…田舎で起きるふしぎな現象…ファンタジーとまではいかないんだけど、田舎っていう、言い伝えやしきたりを当たり前のように守るお年寄りたちの中に、都会っ子がぽおんと紛れて非現実的体験をする、そんな異端な空気が好きです。

    解説も何もなくて、理由はよくわからないし、その後もよくわからないけれど、こんなことがありました。オワリ。っていう良い意味で読者に丸投げなオチは、変に現実に引っ張られずに済むので嫌いじゃないです。察してください、そう物語が言っている感じが何ともシュールです。ああ、そうなの、語らないのね、わかった。じゃあ勝手に解釈しておくね。という感じで。でも、不自然な感じはしないです。こう終わるべくして終わる物語ということで、完成されています。

    こういう物語って、主人公が語り過ぎないのが魅力なのかもしれません。基本的に冷めていて、淡々としていて、俯瞰していて、何にも興味がなさそうなのに、黒い獣がいる。とか言ってふらふらついて行っちゃう謎の好奇心。何なんでしょうね。何でそんなところだけ少女のようなんでしょうね。

    『穴』って聞くと、真っ暗がどこまでも続いていて、その先に何か恐ろしいものが蠢いているようなイメージで、全然アリスみたいな可愛らしい想像が出来ないんだけど、ここでの穴はどちらでもない気がする。水がとめどなく出てくるホースの穴。掛け違えた衣服のボタンの隙間の穴。日常のあちらこちらに空いている、覗き込むまではしないけれど、なんとなく見てしまう穴、そんな感じです。

  • 不穏で謎めいていて終始不気味なこの世界に引き込まれ、今も戻ってこれない。

    最近読んだ本はエンタメ系ミステリーばかりだったので、こういう雰囲気を楽しむ文学的な作品は久しぶりで、とても楽しかった。これぞ文学!という感じで、解釈は読者の人にお任せします〜みたいな。いいねぇ。
    田舎住みの30代くらいの主婦のリアルな気持ちが痛いほど伝わってきて、結局なんだかよくわからないのだけれど、すごくよくわかるような気もする。そんな作品。
    夏に読むとさらに戻ってこれなくなりそう。
    14/06/12

  • 面白かった。
    いわゆる純文学の、芥川賞取りそうな作品ではあるが、そこにはどの受賞作にもあるクオリティの高さが
    伴っている。言葉の一つ一つの選択、場面がたち現れたり登場人物の人間性を感じさせる表現力、生活のにおい、リアリティーは、それだけでページをめくらせるほどおれは共感できなかったが、力強いものを感じた。
    分からないのは、この話の面白さをどう表現したらいいのか。なぜかは分からないが何か起きそうな予感は漂うし、義兄についていくとドキドキするし、穴のなかに入るとダメだと思ってしまう。たぶん、先に作家の感覚があって、それを表現するためのツールとして、穴や黒い動物が使われるんだとおもった。
    女性らしい、観念的にまとめない、自分の予想を書かない、出来事の羅列で小説を形作ることができるのがうらやましい。
    面白さが言葉にならないのは当然で、この作品に使われた全ての言葉でそれが表現されているからだと思う。テーマがない、伝えたいこともない、ただ生々しい感覚、リアリティーがある、といったとこか。まぁ、もちろん主張を読み取ろうとすれば、読み取れなくもないんだけど、何かを選択するということはそういうこと。
    まぁ、でもともかく面白かった。文体なんか、なんでもいいんだな。はじめは気になったけど、気になるくらいの方が愛せるのかもしれない。
    雑誌で読んだので穴しか読んでない。

  • 色々面白いところはあるのだが、どこが一番面白いかって、旦那さんの描写。スマホをちゃかちゃかといじるその描写の迫り方がもう、なんていうか、秀逸すぎてそれだけで満足してしまった。あるかもしれない日常とそのゆらぎはわたしが小説を読む意味と直結している。きちんとした力を持つとても素敵な物語だとおもった。
    一つ感じたのは、いくら芥川賞の力があるとはいえ、キャッチーさなどがなければ話題にならないのか。中身ではないのだな、現代においては小説は外形がそんなに大事なのだな、という。地味だけれども、一瞬で人目を惹くようなキャッチーはないけれども、しっかりとした芯のある小説が読まれず沢山の書物の中に埋れていくというのはかなしいことだ。

  •  葬式の時に、湯飲みに納豆の糸がはっているとか、「これを描くか!?」と思える見事な描写が多い。それを描くだけで、他のところまで浮かんでくるというのが、本当に素晴らしい描写だと思うのだが、それがガンガンでてきて、すいすい読める。
     都会と田舎という対比があるようで、そうではない。女性と労働についてもテーマとしてあると思うけど、そうでもない。ヒマで仕方がないという状態になって、異世界へと突入していくのもそうだし、でもそれほどでもない。義兄やへんな動物や呪怨くんのような白い子ども達がコンビニでわいわいでてきて買い物できないみたいな描写とか、夢と現実があまりのヒマさに入り交じるというものか。つまり、二項対立ではなく、一項そのままを書いている。夢と現実が入り交じるなんか当たり前で、ただその当たり前をうまく書きましたという小説だと思う。
     向かいに住んでいるおばさんも謎すぎる。それでいて、夫も姑もどこかおかしい。夫なんか携帯しか見てない。田舎に飲み込まれるというか……田舎は素敵と言うが、そこには何か不気味なものがあるのだ。都会で、毎日忙しい労働の日々を送っていることを異常だと批判してしまうが、それはそれで正常なのであり、異常なのは田舎。が、まあそんな田舎VS都会みたいな構図が見えているようで、どっちも一緒で、気持ち悪い、という書き方だと思う。
     芥川賞受賞作は面白くないとか、色々批判されているが、「爪と目」の時もそうだが、この作品、死ぬほど面白い。こんなにも楽しめるのに、読者はいったい何を求めているのだろうか。
     「いたちなく」、「ゆきの宿」も、とても恐ろしい作品で、いたちとアロワナと……動物を不気味に使って、生と死を、出産を微妙にからめつつ、通常世界を残したまま描くことに長けている作家だと思う。
     動物を使って異世界に入りやすい扉を作り出す。それは、描写が的確で、静謐で、おどろおどろしくて、見事だからだ。いたちの母を殺して、鳴き声を聞かせる呪いの描写も良い場面だ。ゆきの宿も、これって、勝手に誰かのを妊娠していたってことかしら。いいよね、やばいよね。昔、宮崎哲弥が、「これからは、やばさの時代になるとおもう」と言っていたが、価値基準は、どれだけパンチラインを出せたかのやばさ勝負だ。そのやばさをやばさとして理解せずに、その感性をあえて欠如させることを読書のスタイルにしていると、これら作品は何も面白くないのだと思う。ものすごーく普通にホームパーティーみたいなの開いて、田舎の良い暮らし~ビールとか飲んでおめでとう~みたいなところから、一気に黒々とさび付いた世界にもっていくうまさがいい。それは、読者の期待に応えているということだ。
     私はこの種の小説を読む時にいつも思い出すことがある。それは読書会などでこの本を取り上げて読みあう時に、そこに出席したおじいさんやおばさんが、私は時代小説しか読まないから、こんなわけわからんのがどうして芥川賞受賞するのだろうと疑問ですはっはっは、というものだ。じゃあこの読書会来るなよ! と言いたくなるが、それは仕方ない。来たのだから。問題はそこじゃない。読書は、お前の価値観なんぞなんの価値もない、というところから始まる。そして近年の文学はそれを密かに前提としているか、それとも、それを逆に伝えようとしている。
     日常がだんだん亜日常になっていき、そして亜日常をなんとなく残したまま日常に戻る。そのパターンは純文学の型でもあるのだろうが、その極地までに至るような名作だと思う。

  • ズボン、ヒューン、ならばアリスの穴だが、この作品ではドスッ、シーン、肩から下が埋まってしまう。
    リンチを思い出す草地や土の描写を経て、現実が変異するが、それはもとからそうだっただけのこと。
    「工場」の着地は変身だが、「穴」の着地は変態(もしくは成長)。
    まずは義兄の存在感だが、
    この作者はどこかしら子供を作るということにしこりを感じているらしい(実際はいるけど)。
    そこに共感。
    だからこそ、(「ディスカス忌」に続く)「いたちなく」「ゆきの宿」の夫婦にも肩入れしてしまう。

  • 淡々としてて飽きそうな物語をスラスラと読ませるのがすごい。テンポの良さと、主人公の物の見方への共感が良いんだと思う。
    あまり幻想的というかマジックリアリズム的な物語とは思わなくて(結果的にそうなってるのかもしれないけど)、極めて日常的な流れだと思う。上手いのは、「日常」というものを「逸脱」から語るのではなく、日常的なものの内側から脱構築しているようなところだと思う。じわりじわりと、感じさせて、考えさせるものがある。土地とか家族とか顔とか。それが良い。

    それと文藝春秋掲載の選評では小難しいことかかれてたけど、結局、アレコレ全体の構造に思いをめぐらさなくとも、軽く読みたい人や読む理由のない人に読ませる、というのが一番重要だと思う。読み始めは「パッとしない物語」と思ってたけど読み進んだし、結構面白かった。

  •  私は、「さようならオレンジ(岩城けい著)」が受賞すると予想していた。
     ところが、この作品が受賞。私の好きな作家川上弘美が芥川賞の選評で高く評価していることを知り、益々期待が高まった。
     文章にリズムがある。現実描写と感覚描写が交錯しながら語られていて、グイグイ引き込まれる。「基本的にみんな見ないんですよ、見たくないものは見ない」というセリフが象徴的だ。
     登場人物の存在感も圧倒的だ。姑、お隣の世羅さん、義祖父、義兄。
     ところで、表題の「穴」とは?
     思い込みで落ち込む落とし「穴」・・・外からなんか見えるもんか!
     見たくないものを見せてくれる覗き「穴」・・・ほら、見える! 見える!
     様々な解釈を可能にする謎の「穴」蔵・・・書いた本人も分かっていないはず!
     芥川賞選考委員の小川洋子が興味深いことを『文藝春秋(3月号)』書いている。「生物の中で唯一言語を持ってしまった人間は、見返りに何を失ったのか? (中略) 作家は、その失われた何かを求めるため、言葉で小説を書かなければならない」
     『文学界(3月号)』では、川上弘美と小山田浩子が対談している。その中で「純文学は<松村>を<村松>と間違って読み続けていたとしても面白いような気がするので、そういうものが書けたらいいんですけど」という小山田の発言が印象に残った。
     人生を生き延びる上で、やっぱり小説はなくてはならないものだと確信させてくれる小説であった。小山田さんには、これからも、ずっと、ぼちぼち、書いていってほしい。

  • ファンタジーっぽく紹介されていたので不思議な話なんだなーと思って読んだけど、わたしにとってはホラーだった。何から何まで現実味がなくて、義母も義父も義祖父も義兄も夫もお隣さんもみんな怖い。穴も怖い。子供たちも怖い。振り返ったら目の前2センチくらいのところに顔がありそうな不気味さ。近すぎるよ、っていう。

  • 芥川賞受賞、表題作「穴」

    非正規で働きながら家事をこなして過ごしていた妻(主人公)が、
    夫の仕事の都合で夫の田舎しかも実家の隣に引っ越し、
    それを機に仕事を辞め主婦になる。
    主婦としての生活にもすぐ飽き、夫の家族や隣人に違和感を抱きつつ、
    目を向け近づいていくと、嫁と呼ばれるようになる。
    妻、主婦、そして嫁となって日常を過ごしていく中、
    不意に現れた獣の後を追い穴に落ちる。
    そして何かを求め日常を過ごしながらも異界をさまよう。

    最近の芥川賞作品はクセのあるというか印象的な文体が多いと感じていたので、本作もかなと思っていたがそうでもなかった。
    読みやすいというわけでもなかったが。
    こんなところをと思うような部分のチクチクとくる細かい描写が妙でよかった。
    その描写のせいなのか異界に漂う空気みたいなものが感じられ、
    なんだか怖い雰囲気があって最後まで、いや、読み終わってまで、
    ドキドキさせられた作品だった。


    「いたちなく」
    登場人物は僕(主人公)、妻、友人の斉木君、その妻の洋子さん。
    斉木君が移り住んだ田舎には屋根裏にイタチが住み着き苦労している話を聞く。
    シシ鍋がうまいから来ないかと誘われ行くことになり、
    鍋の後イタチの話になり、妻から出た話が…。

    ぞわぞわくる怖さがあった。

    「ゆきの宿」
    「いたちなく」の続きにあたる話だと思う。
    斉木君と洋子さんの間に子どもが生まれ、会いに行くことに。
    あいにくの雪に見舞われ帰れなくなり、一晩を過ごす。
    僕の感じる奇妙な感じがまた怖さを誘う作品。

  • 芥川賞には何かしら現代性というものを抽出している作品が多いような気がする。文中の主人公の夫の携帯とSNSの利用を臭わせる夫婦間の奇妙な関係性。頁数は少ないが淡々と進む物語に引き込まれることが難しい。

    文学としての新しい構造を築いてはいない。読中・後には不可思議な違和感とでもいうべき所感を抱かせる。しかし、その違和感は自己の中にもある何かしらのかけらに近似性を持たせてくれる。

  • 分かる様で、分からない。そんな作品。
    細かい部分を問い正して、結論を求めるのではなく、主人公の田舎暮らしカルチャーショックが、感覚的にある程度伝わって来たなと思えればそれで良い作品なのだと思う。
    ぎっしり言葉が詰まったページは、はっきり言って眠気を誘い、主人公に向けられた周囲の人物の言葉の裏を読もうとするも、分からずじまい。結局、実際の人付き合いと同じで、善意か悪意かどちらにでも取れる表現は、どちらでもあり、どちらでもない。
    未知の世界の象徴である穴は、やがて自分がその環境に慣れてくることによって、その存在を消す。

    「いたちなく」「ゆきの宿」は続き物の短編。男の視線から書かれた、女の姿。あえて言うなら、「いたちなく」の構成が、まとまりがあって良いと思う。純文学と分類される作品のせいか、どことなく昭和のにおいがする作品。

    好みの問題で、評価の星は二つ。

  • 標題作、怖いですね。人間って単体でも関係性でも未知数で怖いね。一人称って結構好きです。

  • 無意味無意味無意味無意味で構成された話。

  • 穴は何かの比喩、何だろうけど、ゴメンナサイ。純文学わかりません。風景や季節の情景、嫁姑、不妊と赤ちゃんの微妙な空気感なんかは、よく伝わってきます。

  • 第150回芥川賞受賞作。図書館で借りた本。3話の短編集。タイトルの穴で芥川賞受賞したようだが、面白さや深みは無く設定も中途半端だった。他2話のいたちなく、ゆきの宿も、ど田舎に暮らすようになった子なしの夫婦の話で悪い意味での田舎特有の陰険さや余所者に対する好奇心が側面に溢れているし、いたち・虫やら害虫が絡むのも相成ってホラーテイストを感じた。田舎暮らしの不気味さを書くなら、付け火の俳句を残して殺人で逮捕されたかつをの話や医者を追い出し続ける秋田県の農村の闇とかをノンフィクションで読みたい。

  • なぜこの本が芥川賞?本当に謎です。
    三編はいっているうち、いちばんしっくり来たのは
    書き下ろされたゆきの宿。あとは本当に終わり方も
    モヤっとしてるし、穴なんて何が伝えたかったのか
    いまいち掴めなかった。

  • 読みやすい文体なのに読みにくかった。
    すらすら情景が浮かぶ独特の文章なのに理解はできなかった。難しい。

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穴の作品紹介

奇妙な獣のあとを追ううちに、私は得体の知れない穴に落ちた――。仕事を辞め、夫の田舎に移り住んだ夏。見たことのない黒い獣の後を追ううちに、私は得体の知れない穴に落ちる。夫の家族や隣人たちも、何かがおかしい。平凡な日常の中にときおり顔を覗かせる異界。『工場』で新潮新人賞・織田作之助賞をダブル受賞した著者による待望の第二作品集。芥川賞候補となった表題作ほか二篇を収録。

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