ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一

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著者 : 角地幸男
  • 新潮社 (2014年3月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (221ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103353317

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ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一の感想・レビュー・書評

  • ケンブリッジでたった半年過ごしただけで、(けっして自分にとって第一の言語とはいえない)日本語で文士として立つことを決意して帰国した吉田健一。3冊の英国論(「英国の文学」「シェイクスピア」「英国の近代文学」)をいわば卒業論文として仕上げたあと、生活のために始めた新聞連載の随筆の執筆を経て自分の評論、文章のスタイルを確立していったとする著者の見方になるほどと思った。吉田健一の文章はそれだけで魅力的なため、ただ消費するだけで、時系列的、分析的に読んだことがなかったのでまったく気づかなかった。
    著者はドナルド・キーンの著書の訳者だが、吉田ファンだからなのか、吉田について書いているからなのか、ここに収められている吉田論はどれも吉田健一の文体が乗り移っているようで、引用と地の文が区別つかなくて非常に読みにくかった(笑)

  • 「序にかえて」を一読すれば分かるように、著者の吉田健一に寄せる思いは、単なる作家論の対象であることをはるかに超えている。初めてその文章に出会った時から実際にその謦咳に接するまで、まるで道なき広野を行く旅人が辿る先人の足跡のように、著者は吉田がその著書でふれた内外の書物を取り寄せては読み漁っている。それだけに、吉田健一その人と文学について、ここまで迫った論を知らない。

    吉田健一の文章には独特のくせがあり、名文と評価する向き(三好達治、草野心平)もあるが、恣意的な切れ目や、息遣いに合わせて適当に付される読点に狎れた現代人に、吉田のそれは、やたら迂回しては横道にそれたがりいつまでたっても結語にたどり着かないまだるっこしい書きぶりのように思えるかもしれない。しかし、それには後で述べるように深い意味がある。

    吉田健一は、父茂の領事赴任に従って六歳で中国、七歳でパリと転地を繰り返し、八歳の歳ロンドンでイギリス人小学校に入学、十四歳で帰国するまで彼の母国語は英語であった。十八歳で再び渡英し、ケンブリッジ大学キングス・コレッジに入学する。そのとき受験勉強にシェイクスピアの『十二夜』全文を暗記したというから凄い。しかし、師であるディキンソンの教えに従い、在英わずか十ヶ月で帰国する。せっかく絶好の環境にあったのになぜ帰国を選んだのか、というのが角地の疑問である。

    健一の帰国に関しては、清水徹の『評伝 吉田健一』に、「ある種の仕事をするには、故国の土が必要だ」というディキンソンの言葉が引かれているように、日本で「文士になるため」であったろうという了解がなされている。だが、それだけなら、無事卒業してからでも遅くはない。もっと切羽詰った理由があるのでは、と考えた角地が見つけたのは、「母国の喪失」だった。無論、この母国とは英国である。ケンブリッジで暮らす毎日が文化的に満たされた美しいものであればあるほど、健一はそこで自分がアウトサイダーであることを思い知らされたはず。そして故国喪失者は、何としても早急に新しい故国を発見する必要があった。吉田健一にとっては、それが日本であった。

    では、当時の日本の文学的状況はどうだったのかといえば、英国で文学とは何かということを突き詰めようとしていた吉田の目から見れば、故国のそれは惨憺たるものであったというほかない。文学に文学でないものを求めるがゆえに、文学と呼ばれているものの中には文学でないものが大手を振って歩いていた。帰国した吉田の仕事は、それらと真っ向から対決することから始められた。

    吉田健一の代表的な著作、『乞食王子』、『大衆文学時評』、『金沢』をとりあげ、その中からこれと思われる文章を引きつつ、当時の吉田がやらねばならないと思っていた仕事(上記「ケンブリッジ帰りの文士」)や、思いがけず成し遂げていたエクリチュールの達成(「乞食王子のエクリチュール」)、畢竟文学には読める本と読めない本しかないと喝破して見せた「シェイクスピアの大衆文学時評」、そして畢生の名著『時間』を書き上げるに至った契機となった小説執筆の秘密(「時間と化した物語作者」)にふれた四章に、著者はじめての本格的吉田健一論である「時間略解」を併せて収める。

    吉田健一の文学について、その愛着を語った文学者は河上徹太郎、中村光夫をはじめ、枚挙に暇がないが、ここまで、その文学が目指した志の高さ、思惟の深さについて触れ、引用の煩瑣を恐れることなく精密な考察を尽くした論をはじめて読んだ気がする。一読後、引用された吉田の文章をもう一度その本文の中で味わいたくなり、書架から『文学の楽しみ』を取り出し再読した。以前は難解とも感じた文章が嘘のように明快に読み取れることに驚きを禁じ得なかった。その文章がなにゆえ、難解と思われがちであるのか。それについて触... 続きを読む

  • ドナルド・キーンの翻訳で知られる著者の吉田健一論。
    文中で取り上げられる作品が文芸評、社会評、小説と幅広い。まぁ、吉田健一が色んなことを書きまくったので当然ではあるのだが、読めば読むほどもう少し突っ込んで論じて欲しい作品が出てきてしまうので、変な言い方だが続編(?)に期待したいところ。

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ケンブリッジ帰りの文士 吉田健一の作品紹介

自分の態度を明らかにすること、それが批評である――と、その人は言った。明治期以来、わが国の文化の底流をなしてきた「文明開化」という名の悲喜劇を徹底した形で一身に背負い、「自分」であることを得るための孤高の文学修業を通じて、独自の意識・思考・記憶のリズムを豊かにはらんだ「言葉」を探り当てた一人の文士。その比類のない精神の「時間」を多角的に追体験する、批評によるオマージュ。

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