謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉

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著者 : 高野秀行
  • 新潮社 (2016年4月27日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (350ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103400714

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謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉の感想・レビュー・書評

  • 高野さんの本を初めて読む。本来はソマリアシリーズぐらいから始めた方がよかったのかもしれないが、たまたまNHK朝イチで納豆特集があって、高野さんがアジア納豆の納豆煎餅(表紙の写真)を紹介していたので、無性に読みたくなって紐解いた。

    「(見た目は腐っている)こんな臭みが強い食べ物を好んで食べているのは、日本人ぐらいのものだ」という「納豆選民意識」が、日本人にはある。しかし、それは大いに間違っている。ということを、これでもか、これでもか、と書いている。確かに納豆菌が発見されたのは、明治期日本においてである。しかし、そのことによって納豆が日本で興ったことの証明にはならないのだ。

    納豆にも個性がある。ミャンマー・シャン族のそれは臭みの薄いモノを、パオは山の民で水浴びをしないので、臭いモノが好まれる。(日本人含む)それぞれの民族は自分たちの納豆が最高だと思う「手前納豆」症状が少なからずあった。また、東南アジアでは、納豆を発酵食品の味噌の代わりに使っている。日本も最初に納豆があり、あとから味噌と出汁に取って代わられた、ようだ。だから、秋田地方のように、最初は納豆汁が普通だったというのが高野氏の説である。ともかく納豆は、煮豆を手近な葉っぱで包めば出来るのだ。この本を読むうちに、私の中に少しはあった「納豆選民意識」が見事に剥がれていったのを感じた。

    納豆を追ってゆくうちに、意外にも東南アジア納豆民族の共通した「ルーツ」がわかってくる。漢民族の南下西進を受けて、アジア東部に広くいた納豆民族が南や西に追いやられて残った食習慣なのである。だとすれば、中国南部に起源を持つ稲作民族の日本の出自も、この辺りにあることの例証になるかもしれないと思っていたら、最終章で著者もそう推察していた。ところが、である。ビックリすることが最後に書かれていた。一つは民族移動が原因ではなく、あまりにも簡単にしかも必要性があり出来ることから、納豆同時多発発生説の方が説得力あること。もう一つは、その最古のモデルが日本の縄文時代である。というのだ。確かに世界最古の煮炊き土器をつくったのは、縄文土器だ。しかも、縄文時代に豆を煮炊きしていたのは、つい最近証明されている。しかも高野さんは、この本において、縄文の代表的な植物であるトチの木の葉で納豆が、しかもとても美味しい納豆が、出来ることを証明してしまった。間違いないでしょ、間違いない。何処が最古かは別にして、間違いなく縄文時代に納豆を作っていた。考古学ファンとして、私はかなり興奮しました。

    2017年7月21日読了

  • 世界各地の辺境を旅し、そこでのリアルな体験を痛快な文章でまとめあげる著者が本作でテーマに選んだのは「納豆×アジア」という一見、奇想天外なものである。

    そもそも我々は納豆を日本独自の伝統食と認識し、外国人に対して、日本に慣れたかどうかを試す”踏み絵”として話題にすることも多いが、本書を読むと、実はアジアには納豆を食べる民族が多数存在しており、日本独自のものではないということにまず驚かされる。

    また、食べ方も煎餅のように加工するタイプから、味噌のようなペースト状でご飯と一緒に食べるタイプなど、バラエティーに富んでおり、頭をガツンとやられるような衝撃と、納豆という謎の食べ物の面白さに、読むページが止まらず、そして納豆を食べたい気持ちにさせてくれる一冊。

  • 内容(「BOOK」データベースより)
    山奥のジャングルで出会った衝撃的納豆ご飯。ぱりぱりと割れるせんべい納豆。元・首狩り族の優雅な納豆会席。中国湖南省の納豆入り回鍋肉。そして日本で見つけてしまった「究極の納豆」。本気度1000パーセントのノンフィクション大作。壮大すぎる“納豆をめぐる冒険”

    もう脱帽ですよ。謎の怪獣から、西南シルクロードから、四畳半から、サハラ砂漠マラソンとあらゆることを題材に本を書いていますが、今度は納豆ときました。目の付け所がプリティーかつ鋭敏で、しかも行き当たりばったりの楽しさに溢れていてなんとも読み応え満点です。
    納豆皆さん好きですよね?日本だけのものだと僕も思っていたのでまさに目から鱗がぼろぼろ落ちてきました。何しろどんな葉っぱにも納豆菌がいて、わらを使わなくても全く問題が無いという事にビックリです(通気性、保温性で抜群の素材ではあるようですが)この本は後世に残すべき大名作ではないかと思います。何故ならこれ読んだら急にアジア諸国に親しみを覚えているからです。他の人も読んだら急にアジア諸国の人々が身近に感じられて平和になりそうな気がします。

  • 図書館より。

    自分の故郷が納豆発祥の地?気になって、のんびり読了。
    知らない土地ばかりだけど、納豆は知ってるから(笑)割りと読みやすく(でも、人名や地名は覚えず)読めた。

    手前味噌ならぬ手前納豆。
    やはり慣れ親しんだ地元の納豆が一番だと、読みながら地元の納豆を食べていた。こちらも美味しく頂きました。

    強いて言えば、字の細かさと分厚さが難点か?持ち運ぶには重たいし、文庫になったら一冊に収まらないタイプかな。
    ☆4.5。

  • 深夜のSNSで美味そうな料理画像をUPしたり、TVの深夜番組でグルメ番組を放送するのを「夜食テロ」と呼ばれているが、本書はさながら「納豆テロ本」である。
    通勤列車の中だろうとおしゃれな喫茶店だろうと頁を開けば「納豆食べたい!」と叫びたくなる。
    ミャンマーの山間部の集落で「白いご飯に納豆と生卵」という日本の納豆そのものみたいな食事に出会ったのをきっかけに、アジア各地の納豆分布と、並行して日本の納豆のルーツに迫り、辺境食、辺境民族の食としての納豆文化を分析する。
    「手前納豆」の発見が素晴らしい!

  • わたしは納豆はひとくちも食べられないし、匂いも苦手なんだけど、おもしろく読んだ。ただの「納豆」(失礼)なのにこんなに地理的、歴史的ドラマがあって、ここまで掘り下げられるっていうところがまずすごいと思った。
    すごくたくさん文献にもあたってきちんと調べて研究してるんだなっていうのがよくわかるけど、「納豆合宿」とかいって、納豆を実際につくってみて、わーできた!とか無邪気に喜んだり、アジア各地でいろんなツテを頼って納豆づくりを見学したり試食したりしてるところがやっぱり読んでて楽しかった。

    高野さんが、なんか納豆の会社の研究機関?みたいなのの顧問をしているというのにも驚いた。ここまできたらもう立派な「研究」だ。ふと興味がわいて追求していってここまでできるっていうのもすごいな、と。

  • いやいや、納豆で感動するとは思わなかった!タイからミャンマー、ネパールへとアジア納豆の姿を探索してきた高野さんが、岩手の雪納豆にたどり着いて旅を終える。このくだりでジーンと胸にこみ上げてくるものは、やはり「感動」なのだった。納豆で、ねえ。

    大の高野ファンで、何を読んでも面白いと思ってきたけれど、今回ばかりはちょっと不安だった。納豆?うーん、そりゃ普通に食べるけど…。謎の怪獣とか怪魚とか、アヘン王国やらブータンやらソマリランドやら、ワクワクするような未知物件を紹介してきた高野さんが、納豆…。

    ふーん、で終わってしまうのでは?という危惧は見事にはずれ、おもしろいったらありゃしない。納豆は意外にもアジアの多くの地域で日常的に食べられていて、大切な食材であるという。その実態も起源もよくわからないということで、高野さんの探究心に火がつく。とことん生活の現場で、ありのままの姿を見ようといういつものスタイルで、アジアの辺境へ、日本の田舎へ、旅を重ねていく。昨年ブログ(ツイッターかも)に「このままだと上中下三巻になってしまう。いくらなんでもまずい」というようなことが書かれていたが、実に取材量が半端ではない事が伝わってくる。

    何よりおもしろいのは、納豆を通して、国や民族や部族の歴史、人々の生活のありようが生き生きと感じ取れることだ。納豆を作る人たち、買って食べる人たち、食べない人たち、それぞれにそうなるに至った、動かしがたい必然性がある。文化とはそういうものなのだなあとしみじみ思う。納豆は辺境食なのだという「発見」はまさに目からウロコ。高野さんは、かつて壮絶な徒歩行をした西南シルクロードが実は「納豆ロード」なのではないかという仮説をたてている。そうかもしれないなあと思って、なんだか嬉しくなってしまった。

    いつものように、魅力的でヘンテコな人が次々出てくる。これが本当に楽しい。シャン族の美人女将(いやほんと別嬪さん)、カチンの達人カプラジャン、上村愛子似のルビナ、岩手で雪納豆を作る中村さん夫婦…、忘れがたい人ばかりだ。一番心に残ったのは、アジアの辺境で、岩手の田舎で、同じような言葉を繰り返し聞いた高野さんの感慨だ。「人間には好奇心ってものがあるからなあ」 古き良き世界にどっぷり浸かっているはずの人たちがどうして探検部出身者みたいなことを言うのか、と書かれている。納豆というものができたのも、それを食べるようになったのも、実に好奇心のたまものかもしれない。

    取材期間は長く、地理的にも広範囲にわたっている。それをわかりやすく楽しく読ませる高野さんの筆力に改めて脱帽。

  • ソマリランドの本を書いたノンフィクション作家の高野さんの本。ソマリランドの本が無類に面白かったので、この本も買ってみた。最後まで読んでも大きなオチらしいオチがないので、ある意味肩すかし的な感じの内容ではあるんだけど、最後まで読む手が止まらなかった。この本も無類に面白い。納豆は日本だけでは無くアジア各地に存在し、納豆はワラだけではなくて各種葉っぱでも出来ちゃう件とか、納豆の料理方法は日本は後進国であり、アジアでは料理法が多岐にわたるという事実だけでも知っていて損は無いし、読んでいて相当ワクワクする。
    ともあれ、日本でも択一的な納豆だけでは無くていろんな種類の納豆を作って販売してもらいたいなと思うし、同時に納豆の各種料理方法も含めて広めてもられば相当面白い事になるなぁ、と思った。納豆好きな人には世界観が広まるのでお勧めしますが、オチを求める人にはちょっと食い足りない内容かな、とも思う。

  • ニッチにしてソウル。面白いテーマを見つけ、追い続けたものだ。納豆文化圏の広がりと民族的位置づけという、堅苦しさもあるテーマでありながら、懐に飛び込むスタイルと美味しそうな料理、目の前に情景が浮かぶ文章が堅苦しさを感じさせない。
    自家製納豆ブームが起きる日も近いか。優秀な菌を見つけたら億万長者だな。

  • アジア諸国の納豆事情はなかなか興味深かったが、著者の熱が熱すぎて、もう少し軽くサラ~と読めたらよかったのに。。ちょっと重すぎ。

  • この人が書くものの面白さと納豆という題材がよく合っていてもしかすると相当な傑作ではなかろうか。

  • 納豆があまり好きでない人間には、情熱が今一つ伝わらない。が、納豆文化の発見自体は素晴らしい。

  • 気楽に読み始めたが、あちこち取材に行かれ、真面目に?納豆を探求された本だった。

  • 「謎の独立国家ソマリランド~」以来、高野さんの本にはハズレなしと思っているので、今回も発売からはちょっと遅れましたが、期待しながら読んで、そして読了しました。

    正直に言ってしまうと、ソマリランドほどのジェットコースター感は無かったのですが、それでも個々のエピソードを楽しく繋ぎ合わせ、大きな物語に仕立て上げる(ノンフィクションですが)手腕は素晴らしいなぁ、と改めて感服しました。
    アジアに納豆っぽい食材があるね、と言われて「そうだね」で終わってしまう人もいれば、ここまで掘り下げられる人もいる。各国の納豆を見て、比べて、共通点や違いを見出し、通低する要素を掘り出し、なかなかできることじゃない!
    しかも、巻末の謝辞を見れば一目瞭然の行動力。どれだけいろいろな人とやり取りして、知見をもらっているのか。さすが、と言いたくなります。

    軽妙な言い回し(手前納豆、って面白い)を真似したくなり、そして納豆が食べたくなる(小粒派でしたが、大粒納豆や黒豆納豆にも興味が…)。読者に不思議な変化をもたらしてくれる、素敵な本でした。

  • 納豆は日本独自のものなのか?その答えを求めてアジア各地の納豆探索に出かけた著者渾身の納豆ルポ。結論から言うと、日本と同じタイプの納豆はアジアにもあった。著者の推測では、納豆はアジアからの伝来ではなく、各地で非関連的にかつ多発的に製造されていたのではないか、である。

    私も納豆を日常的に食べているが、日本以外の納豆は食べたことがないので、本書で紹介されているアジア各地の納豆をぜひ食べてみたいと思った。

    なお、著者のことはTV番組「クレージージャーニー」で知っていたが、番組内で納豆についての調査を行っていることを知り、本書にたどり着いた次第。

  • 藁以外でも納豆ができるなんて。。。という衝撃と共に、いろいろ真似しようと思った。しかし、納豆テーマでこれだけの本になるとは、さすが高野さん。

  • 2012.12.24市立図書館(家人)
    2017年お正月初読みは、
    高野秀行『謎のアジア納豆 そして帰ってきた<日本納豆>』新潮社
    『考える人』掲載時の文章もかなり読んでいるはずだけれど、本にまとめるにあたって大幅加筆されて読み応えあり。期待に違わぬ知的興奮を味わわせてくれた。日頃なにげなく食べている納豆、日本食のある種の代表のように気軽にみていた納豆(文化圏)の広がりと奥深さにはおどろかされっぱなしだった。
    今年も楽しい本との出会いに恵まれますように。

  • タイ、ミャンマー、ネパール等のアジア納豆、納豆文化の奥深さを感じる。
    読み終えたときふと納豆が食べたくなる。

  • 辺境作家が目指した未知の大陸、それは納豆だった。山奥のジャングルで出会った納豆ご飯、ぱりぱりと割れるせんべい納豆、日本の究極の納豆…。知的好奇心あふれるノンフィクション。

    納豆の起源を探ってミャンマー、タイなどの東アジア辺境の村を訪ね、さらに秋田に戻って調べる…納豆だけに粘り強い調査には感心。でも未確認生物を探し回って無茶な旅をしていたころの高野秀行に比べれば、成熟はしたのだろうけど、若き日の冒険譚の方が魅力的に感じた。
    (C)

  • 辺境作家の高野さんが、納豆が日本だけでなく実はアジア内陸部にも存在していた!、という発見をきっかけにして調査を深めて、最後は文化論にまで仕上げてみせた。諸々の学説や文献に当たり、大学の研究者や納豆を生産する企業にヒアリングを実施、全くもって立派なフィールドワークになっている。中学生の娘の授業参観で国語の先生が、面白い本があるとこの本を紹介していた。身近な問題だけれど疑問を持ったら即行動して自分の足で現地現物にあたる。そしてわからなければ人に聞く。そうするとどんどん話が広がってくる、という好循環が起きる。確かに子供たちに勧めたくなる内容。第一にまず読んでて面白い。処女作『幻獣ムベンベを追え』のような粗削りさはなくなってきたようにも感じるが、ますます好きな作家になっている。とにかく、その行動力と言語力には脱帽。

    ミャンマーで思いもかけず納豆かけごはんを食べたという体験を人に話していると、ふとそれが果たして日本の納豆と同じなのかどうか気になった、というところからこの探究の旅が始まった。「旅」は 決して比喩などではなく、正しく旅そのものである。ミャンマー、タイ、ブータンの各国の内陸部、かつて著者が長く滞在し、その経験を本にしてもいる勝手知りたる国々の辺境の村に向かう。

    結論として、納豆とは山間のマイノリティ民族の保存食であり、かつ調味料でもあるということらしい。海産物が採れるところであれば魚醤など別の形での大豆調味料が発達する。納豆は魚や家畜の肉などのタンパク質が取得しずらい山間部でのみやむなく食べられるようになった「辺境食」なのだという。辺境作家が辺境食を語る。日本でも納豆は東北の山間部で生まれたという説があるという(高野さんは当然そこにも足を運ぶ)。
    また、納豆菌はありふれたもので、大豆をそこいらの葉にくるむだけで手軽にできるというのも意外な発見であった。そのため、納豆は他所より伝来されたものではなく、各所で独立して何度も発見されたものであると想定している。海産物からうまみ成分を採ることができなかった場所ではそれらが重宝されて徐々に納豆食文化が確立されたというのが著者の唱える説だ。これらを著者は「アジア納豆」と呼ぶが、日本の納豆はその中で異端のようだ。第一にあまりにも粘りが強すぎる。さらに生で食べるところも珍しい。他の地域での納豆は調味料のように他の料理に混ぜられたり、煎餅状に加工にしたり、納豆汁にしたりといった様々な食べ方がスタンダードの食べ方のように行われる。日本でも東北では納豆汁が当たり前なようだ。確かに味噌汁に納豆を入れて食べると美味しいが、一種の調味料ということなのかもしれない。

    高野さんが「アジア納豆」を求めて訪ねた所ではどこでもそうだったようだが、誰もが自分の納豆が一番だという「手前納豆」が当たり前になっている。一方で、たくさんの納豆を調べた著者は日本の納豆に自信がなくなっていくのが面白い。納豆食文化論における、グローバルな相対化が非常に気持ちがよい。正に子供たちにも読んでもらいたい佳作。

  • 納豆と言えば日本、と思いがちだが、実はアジアのあちこちに納豆はある。我々が普段日本で見ている納豆とねばりや形が違ったりするが、調べて行けばまさに納豆。
    そんな「アジア納豆」を追いかけた。

    アジア納豆を追うほどに、「『日本納豆』が何者なのか、どこから来たのか」の謎が深まる。
    アジア諸国と日本を行き来しながら「納豆とは何か」を追いかける。

    納豆は、藁じゃなくてもできるんだなあ。

  • 納豆には,あまり興味がなかったが,あまりにも奥深い世界で,高野氏がのめり込む感じもよくわかる.詳しくレシピや写真などが載っているので,納豆料理の一つも作ってみたくなった.

  • これは面白かったー!
    ううむ、まさか納豆がそんなに世界各地で作られていたとは。藁で作るものである、という固定観念とそれゆえにある時期から日本では手作り納豆が衰退したのではという部分なんてぞくぞくしてしまった。
    …しかしお腹がすいたな。納豆が食べたくなる。

  • この人の本は大体面白い。納豆が食べたくなった。

  • いやぁ〜〜面白かった!
    1966年八王子生まれ、早稲田大学探検部出身
    ノンフィクション作家。

    「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり
     それを面白おかしく書く」をモットー

    この作家さんは『謎の独立国家ソマリランド』
    『移民の宴』に続き読了。

    反政府ゲリラの取材をし、東南アジアの奥地へ奥地へ
    そこで食べた納豆ご飯。
    その幻の納豆を探して、一路日本からタイ北部、ミャンマー、ブータン、ラオス、ベトナム、ネパール、中国湖南省、
    そして、長野、秋田、

    納豆という言葉は漢字ではあるが、中国には存在しない。
    納豆は日本で言う所の納豆菌が作るが
    中国の似る豆豉などは麹菌が作る異なもの。

    納豆はどこから来たのか、来なかったのか?
    日本人は外国人に「そうだよね〜たべれないよね〜」と
    日本独特のもので、外国には無いと思いがちだが
    実は似てる以上にほとんど同じじゃ無いか?!と
    思われる納豆がアジア各地に存在し
    日本では各家庭で作る文化は途絶えてしまったが
    アジア各地では、商業的に作られる以外に
    各家庭で今でも作られている。
    それを調べに、早稲田探検部の先輩と旅に。

    豆は縄文時代から食事に使われていた。
    はじめは野にある野生の小さな豆だったが
    栽培されるようになり今の状態に。
    山間地などの不便な場所では、食物を無駄にでき無い
    豆を煮たら余ったものは、そばにある葉っぱなどで
    包んで保存しただろう。
    アジアでも同様に葉っぱに包んだ煮た豆が2日ほどで
    発酵し、納豆になり、もっと保存するために
    潰したり、乾燥させて形状が異なる納豆が存在。

    納豆の発酵度合いはその食文化(環境による)で
    好みが変わる。
    アジアでは、たいてい納豆は加熱して炒めたり、煮たり
    汁料理になって食卓に上る。

    また、面白いことに納豆文化が残る地域の人々は
    静かで穏やかな民族がほとんど。
    住んでいるところは辺鄙な場所が多い。
    逆に考えると平地に進出し、蛋白源を他に選べるようになった
    民族は納豆文化が途絶えたともいえるか?!

    また納豆を初めて食べたのは、人ではなく犬だろうと。
    保存したつもりが発酵し臭うこれを、捨ててそれにぱくつく犬
    その様子を見て、初めて食べたに違い無い。。。

    ホォ〜〜、へぇ〜〜と最後まで面白い349ページ。

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謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉の作品紹介

見て、嗅いで、作って、食べる。壮大すぎる「納豆をめぐる冒険」! 辺境作家が目指した未知の大陸、それは納豆だった。タイやミャンマーの山中をさまよううちに「納豆とは何か」という謎にとりつかれ、研究所で菌の勉強にはげみ、中国に納豆の源流を求め、日本では東北から九州を駆けめぐる。縦横無尽な取材と試食の先に見えてきた、本来の姿とは? 知的好奇心あふれるノンフィクション。

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