ねむり

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著者 : 村上春樹
制作 : カット・メンシック 
  • 新潮社 (2010年11月30日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (93ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103534266

ねむりの感想・レビュー・書評

  • 村上春樹の作品の中ではダントツで自分的に共感できる作品。眠れなくなったという些細な出来事から今の平凡な生活に嫌悪感を感じる所がリアルでこの作品を引き立てていると感じた。
    最終的に眠れない現実が夢なのか、眠れない現実がリアルなのか、解らない所がまた良かった。

  • あとがきにあるように「『ノルウェイの森』『ダンス・ダンス・ダンス』の長編小説が成功を収めた後、心が冷え込み、作家としても個人としてもきついことが立て続けに起こり、小説が書けずにいた」時代を経て、やっと書くことのスイッチが入った最初の短編。そして21年後ドイツのデュモン社より単行本化された本書は、青と銀の斬新なイラストや装丁により、1989年に発表された『眠り』を、より洗練させて復活させている。
    夜、睡眠するという当たり前の行為が突然できなくなってしまった女性の心理と結末。いや、結末はない。読者に委ねられる。想像を掻き立てられる読後感である。

  • 装丁と挿画が幻想的で美しいことに感激します。いつまでも眠らない主人公(ちなみに不眠症ではありません)、ありゃ~どうしたの? と思いながらぐいぐい引き込まれてしまう、ある種の狂気に脱帽。とても短いお話なのですが、生きる、ということについて苦悩した哲学的作品に仕上がっていると思います。

    「……それでは私の人生とはいったい何なのだろう? 私は傾向的に消費され、そのかたよりを調整するために眠る。それが日々反復される。朝が来て目覚め、夜が来て眠る。その反復の先にいったい何があるのだろう? 何かはあるのだろうか? いや何もない、と私は思う。たぶん何もない。ただ傾向と是正とが、私の体の中で果てしない綱引きをしているだけだ」

    あとがきを見ると、この作品は、「ノルウェイの森」の大成功の後、作者が小説を書く気持ちになれなかったころに書かれたようです(それでもこんな短編が誕生するから凄い……)。きっと世間の称賛のみならず羨望やら怨嗟といった様々なプレッシャーやストレスがあったのかもしれないな……。

    「これが本来の私のあるべき姿なのだ、と私は思った。大事なのは集中力だ、私はそう思った。集中力のない人生なんて、目だけ開けて何もみていないのと同じことだ」

    主人公の危うい苦悩にはらはらとし、その眠ることのない哲学にちょっぴり共感しながら楽しく読了。
    そして私はぐっすり眠ります(^^♪

  • 村上春樹が20年前に書いた短編を手直ししたもので、装丁は、そのままではないが、ドイツ語翻訳版を使っている。カット・メンシックという人の印象的なイラストが添えられていている光沢紙のページは、物語を追う目にやさしい。本を支える手に、ほどよい重みが感じられる。読み出したら一気に読めてしまった。紙の本だからこそ味わえる読書体験!
    (yori)

    本館2階学習室(日本の小説) 913.6||Mu

  • 2016/8/31
    村上春樹ではある。

  • そんなものはいらない。
    私には私自身の方法がある。
    私は本を読む。
    私は眠らない。

    大事なのは集中力だ。
    集中力のない人生なんて、目だけ開けて何も見ていないのと同じ。

  • 最後が残念。
    なんでかな。
    どういう意味があるんだろう。
    もうちょっと考えようかな。

  • ≪県立図書館≫

    覚醒の物語だ。
    泣くことしかできない。
    その一言が強く響く。
    一番明るいところを選んだはずなのに、
    得体の知れない黒い影は彼女を強く揺さぶる。

    素晴らしい作品だと感じた。

  • 8年前「TVピープル」の「眠り」を読了済み。改稿版とのことで「ねむり」を再読。

    不眠症ではないけれど、17日以上全く眠れなくなった主婦のお話。主婦のただの日常の描写の中にも村上春樹氏の世界観がもたらされていて、やっぱり好きだと再確認。

    当初は自身が不眠症の真っ只中だったので、とても印象に残ってる。「眠り」と「ねむり」の違いを比べるのも楽しい。意外と細部まで憶えているものだ。

    舞台が「横浜」から「港」になっているのは、世界的に翻訳されているから、よりイメージしやすくしているのかな。

    「眠る」ことについての思考。
    眠りは「クールダウンするための治癒行為」であるけれど、それを眠らないことで「人生を拡大しているのだ」と解釈する主人公。誰にも邪魔されず、何も要求されず。

    この「誰にも邪魔されず、何も要求されず」にすべてがかかっているように思える。誰かに邪魔され、何かを要求され、日常を機械的にこなしているうちに、自分が自分でなくなってしまったような、そんな虚無感を抱いていて、かつての若き日の自分がしていたように、チョコレートを頬張りながら、「アンナ・カレーニナ」を読み耽る。そんな自分らしい時間を求めるために、眠りを拒否した。

    最後に車中で揺り起こされるところで終わるのだけど、17日以上眠れなかったこのストーリーそのものが夢だったのかもしれない。「クールダウンするための治癒行為として」。

    ドイツ語版で挿絵となったイラストレーションが、村上春樹氏の世界観にとても合っていてアートとの融合も素敵。

    そして、言葉を借りるなら、私は村上春樹氏の作品を読むことそのものが、眠りに匹敵するぐらいの「クールダウンするための治癒行為」であると確信している。

  • 『図書館奇譚』につづくアートブックシリーズ。図書館に1冊あったので借りてみた。このシリーズ、やたら高いので買いたくはないけど、1時間以内に読める気軽さがいいのかも。セレクトセンスもよい感じ。

    で、『ねむり』はねむれなくなった女性の話。でも、不眠症ではないのです。この設定からしておもしろくて、ぐいぐい入り込んでしまいました。
    女性はねむれなくなったことにより、かつて自分が本当に楽しんでいたこと(そして、現在の生活に苦しんでいたこと?)に気づくんです。

    例によってあとがきから読んじゃったんですが、この作品は1989年、小説を書きたいきもちになれなかった時期に書いたのだそう(村上春樹40歳)。『ノルウェイの森』や『ダンス・ダンス・ダンス』が成功を収めた直後。このあとがきを読んでたので、なんとなく当時の春樹氏の感じなんだなぁ〜なんて感じ取りながら読めました。そうじゃないと、ちょっとわかりづらいのかも? でも、若干の隠喩はあるものの、書いているとおりそのままって感じもしました。(たとえば、ねむれなくなる前の記憶が遠のいて、その変化が自分にしかわからないことへの恐怖など。)

    なので、意味がわからない人は、あとがきから読むといいかも!と思います。

    ーー
    追記
    この女性が不眠中に読むトルストイの『アンナ・カレーニナ』が作為的だったので、DVDで観たところ、なるほど…と思いました。『アンナ・カレーニナ』も幸福そうでいて幸福でない(愛が足りない)ことに気づくんですよね。。

  • 異常に難しい内容だった。

  • 2015/9/24読了。
    村上春樹の短編小説。
    独特の世界観に今回もまたぱしっとはまった。
    不眠症の主婦である主人公が、最後揺さぶられる車の中でどうなったのか、
    そしてそれ自体は何を意味していたのか
    そこまではわからなかったけど、面白かった。

  • 眠ることができなくなった主婦の話。睡眠から死へ哲学が展開されていくのがさすがと思える流れだった。

  • 《ねむり》とは鈍感さや己を信じきってのうのうとしている様。そして《死》から目を背けること。主人公は、老人の姿をした《死》を見た夜から《死》を認識し、不眠に陥る。
    「誰もがいつかは死ぬ」でもそんなことを意識していては、日常生活は送れない。だから人は目を閉じ、眠る。無垢な子供はよく眠る。図々しい大人ほどよく眠る。繊細で不安を抱えた者は熟睡できない。
    車を揺さぶる彼等は「自分たちの推論を脅かすものとして」ねむらない彼女を排斥しようとしているのかもしれない。

  • 「眠り」が「ねむり」に改題。
    主人公は30歳。歯医者の妻で小学生の母。
    「毎日がほとんど同じことの繰り返し」だが、車(ホンダシティのブルーとか懐かしすぎる)で買い物に行き、スポーツクラブで水泳をし、毎日何一つ不自由ない暮らし。そんな中、金縛りにあったあと、眠れなくなる。普通の不眠というものではなく、何日眠らなくてもまるで平気で、夜じゅう「アンナ・カレーニナ」を読みお菓子を食べ酒を飲む。なのにむしろ健康になり力も漲り若返っている。

    最初は、有閑マダムの優雅な日々? とか思ったが。
    家族関係は良好で、それでも少しずつなにか苛々することもあって、義理の母とも多少の摩擦はあって、普通に面倒で普通に幸せ。いつのまにか本を読まない生活に慣れていた。主婦あるある。

    読みたい、と思ったからだろうか。それとも、食べたい? 飲みたい?
    結局眠れない理由はよくわからない。バッドエンドというほどでもないけど意味不明な終わりかた。

    これは全部夢オチと見るか、所詮人生こんなものという例え(箱の中でなすすべもなく揺さぶられているような)と見るか。

    全体に英文の翻訳みたいな文章だと思ったが、作者あとがきによると、翻訳の仕事もしてたからか。「ニューヨーカー」誌に翻訳掲載されたそうだし。
    国籍不明だけど舞台が日本というのはわかる。
    不思議な絵が国籍不明を増しているのかも。この絵が変わればまた違った印象で読めるかもしれない。

  • 21年前「眠り」として出版したものに手を加えて「ねむり」として出版したもの。21年前に読んで、詳細はともかく内容をほぼ覚えていた。最後にどうなるのか、解釈としてはいろいろあると思うが、この世界観が大好き。やはり村上春樹だ。

  • すごく引き込まれました。
    最初から最後まで夢だったのではと思ったり…。最後の終わり方に驚きました。
    私には全てが謎に包まれていてスッキリできないです。。。

  • 眠れなくなって17日めになる。

     私は私専用の車として中古のホンダ・シティを持っている。色はブルー。2年前に、私はそれを女友だちからただ同然で譲ってもらった。

    「アンナ・カレーニナ」はずっと昔、たしか高校生のときに一度読んだことがある。筋はほとんど覚えていない。記憶に残っているのは最初の一節と、最後に主人公が鉄道自殺をするというところだけだ。「幸福な家庭の種類はひとつだが、不幸な家庭はそれぞれに違っている」、それが書き出しだ。

     結婚したころはよく意味もなくその寝顔を眺めたものだった。そしてこの人がこうして平和に眠っているかぎり、私は無事に守られている、そう思ったものだ。
     でもいつからか、私はそんなことをするのをやめてしまった。


    あとがき 眠り 1989年 バチカンの近くのアパートメント

  • 眠れないことがあった人には、この気持ちはよくわかるだろう。眠れなかった次の日は、不思議と感情が減って、無機質に「義務」をこなしていく。周りはその異変にまったく気がついていない。世界が色褪せてさえみえる。
    描写するだけで空気感を書き上げる村上春樹の表現力に改めて驚愕した。ストーリーは、もっとなんとかならないものか…

  • 日常から、不眠という過程を経て、非日常へとうつりゆく話。よくわからなかったけど引き込まれる。時間をおいてもう一度読むかな?

  • 眠れない主人公の「私」と何をしても途中で起きることのない「夫」が対照的だった。これだけ眠れないのは明らかに病気だと思うのに、それに家族が気づかないことが不思議だった。最後の二人の人間に車を左右に揺すられる部分は夢なのか、それとも現実なのだろうかと考えさせられた。作家は海外でも日本でもとても人気があるけれど、私には彼の考えていることがよくわからない。彼の本を何冊か読んだけれどやはりわからない。この本を書いたときは小説が書けなくてその時の精神状態を表しているようにも思う。彼の本に共感する読者は深い読解力があるのだと思う。私は太宰治のこともわからない。結構な年齢になったのに自分はまだまだだなと感じる。

  • 村上春樹が作家としての軌道に再び乗るため、つまり深いところから元の場所へ戻るための一地点、一通過点の作品。
    日常に存在する「眠り」を消し去ることで、歪んだ非日常が作り出されていて、村上春樹の世界観がより一層際立っていた。

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