できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたこと

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  • 新潮社 (2011年12月16日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (398ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103638025

できることをしよう。―ぼくらが震災後に考えたことの感想・レビュー・書評

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  • 糸井重里さんと「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」による,東日本大震災のあとに活動してきたこと,考えてきたことをまとめたもの。
    2011年の5月23日~9月30日の「ほぼ日」の記事を書籍化したものです。

    クロネコヤマトの,震災後の様々な活動,「ふんばろう東日本支援プロジェクト」など様々な復興支援活動を立ち上げた西條剛央さんと糸井さんのインタビュー記事など。

    震災後,4年たって初めて読みましたが,2011年の5月~9月ごろの時期によくこれだけの活動をしてきたんだというのに驚きました。
    これからも,気仙沼,陸前高田,福島など,そのほかたくさんの地域のことを忘れてはならないのだと感じます。

  • なかでも、とりわけ印象に残ったひと言を紹介します。
    福島県高等学校野球連盟会長
    岩渕賢美さんの挨拶のなかに登場した一節です。

    「もとより、高校生の未熟なプレーに、
     福島県民を勇気づける力などはありません。
     しかし、感謝の気持ちを胸に、若者らしく、
     はつらつと、爽やかに、謙虚に、礼儀正しく戦う姿は、
     必ず見てくださる方々の心に響くものと信じます」

    すごいことを言うなぁ、とぼくは驚いてしまいました。
    「君たちのプレーに福島県民が励まされる」と
    まとめるほうが挨拶としてはふつうだと思います。
    しかし、高校生のプレーに、そんな力はない、と。
    見ていただくべきは、謙虚な姿勢と感謝の気持ちだと。

    聖光学院の斎藤監督のおっしゃった
    「震災を簡単に背負うのは傲慢だ」
    ということばと通じる気がします。

    「宣誓、2011年、思い返せばあれから4カ月、
     とてつもなく長く、そして、
     とてつもなく短い時が流れ、
     ここ、福島にも待ち遠しかった夏が
     ついにやってまいりました。

     東日本大震災で、被災された方々、そして、
     その中にいる福島球児の仲間たちと共に、
     新たな季節を迎えることができ、
     いま、心から感動しています。

     思い返せば、この数カ月、
     ほんとうにがっかりするような嫌な思いをしました。
     しかし、その一方で、ほんとうにうれしく、
     感動に溢れる、人とのふれあいもありました。

     そのたびに、わたしは生きててよかった、
     と「生(せい)」に素直に、
     感謝することができるのです。

     まだまだ福島の困難は続きますが、
     この特別な夏を89校の仲間たちと共に、
     支え合う夏、助け合う夏、思いやる夏、
     勝ち負けという枠を取り払い、
     人と人とのつながりを大切にした
     日本一熱い夏にすることをここに誓います。

     平成23年7月13日
     選手代表、学校法人松韻学園福島高等学校
     硬式野球部主将、塩瀬龍」

  • この本を読んで思い出したことがある。

    震災時、僕は日本にいなかった。遠い国でわからない言葉のナレーションを聞きつつも、津波の映像でただ事ではないと感じていた。東京も揺れたというし、日本はどうなっているのだろう。友達は皆無事か。外から見る震災に、ただただ悪い想像が膨らんでいく。でも同時に感じる非日常とお祭り感....。
    そして震災一週間後に帰国。
    正直に言うと、何も変わってないように思えた。コンビニには商品は無いけれども、街は変わらず動いている。なんか拍子抜け。外から見たら、そこはまるで混乱でどうしようもないイメージがあったのに。

    海外から見た震災。
    東京から見た東北。
    外から見るのと、中にいるのでは違うのだろう。
    この本は被災地で活躍している方々のインタビューが掲載されている。それを読んで驚いたのが、何も変わってないという人が多いこと。東京や海外から見た東北は、ズタズタにされたイメージが強い。勿論、家を流され、家族を失った人も多い。けれども、やらなくてはいけないことは変わってないという人がいる。そして、復興を支える人は、そう言える人たち、糸井さんの言う「ふつうの誰かさん」なんだと知った。
    そんなことを考えさせられる一冊でした。

  • ほぼ日がWebで公開していたものを書籍化したのが、この本。

    自治体がどうの、国がどうの、権威がどうのじゃない。
    普通の人々が、自分のやれることをやっていたんだなと、読んで感じる。

    防災対策というのは、自治体主導ではなく、地域の人々が核となるように立てるべきなのではないかと思う。

    震災から二年。
    最近、「あの時は○○だったね。怖かったね」という思い出話に遭遇した。
    とても、違和感を感じた。
    この会話の方々にとって、もう「過去」なんだと。
    確かに暦的には過去なのだけれど、意識的に過去にはしてはいけないと、私は思っている。
    石巻に一年ぶりに立ち、感じたのは、復興とは程遠い状態。
    少しずつ、少しずつ、歩みは進んではいるけれども、まだまだの状態。
    現在進行形。
    だから、過去にして、忘れてしまう事は避けないといけないと思っている。

    その中で私ができることはなんだろうか?
    と、この本のタイトルを見た時に考えた。
    今は、見続けて行くこと。が私にできることだと思った。
    もしかしたら、しばらくしたら、できることが変わるかもしれないけれど、それはそれで縁があったということ。

    この本、よい本だなーと思う。

  • 「震災モノ」。震災後、「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載された記事を再編して一冊の本にしたもの。糸井氏としては、「ほぼ日を読んでる人はごく一握りだけど、本になればもっと多くの人に知ってもらえる。覚えてもらえる。忘れないでいてもらえる。それを意図した」らしいです。

    読むべきは冒頭のヤマト運輸のエピソードと、中盤の災害への備えに関するNHKと糸井氏の対談、それに最後の糸井氏インタビューあたりでしょうか。ヤマトについては単純に一企業としてやるべきことをきちんとやった真摯な姿勢を、NHKとの対談では災害への基本的な備えに関する見落としがちなポイントを、そして最後の糸井氏のロングインタビューでは、氏ならではの洞察力と知見を堪能できます。

    一方、後半かなりの紙幅を割いてある福島の甲子園球児の夏のエピソードは、個人的にはあまり響かず。高校野球はこのエピソードを担当してる人と同じように好きなんですが、いかんせん、担当者の「福島」という場所だったり人だったり環境だった利に対する覚悟というか、認識が足りない。というか考えがペラい。むしろ、「そういう感覚のヤツが裸一貫で何も分からないままに福島を取材してきました」感が出てるという意味では好いのかもしれませんが、自分はダメでした。仕事で福島と多少なりともかかわっているので、余計に。
    そう考えると、「この完成度と未熟さ」を表に晒してもOK、と考える「ほぼ日」が凄いのかなぁ、という気もします。

  • ここはシンプルに。そのまま。「できることをしよう」という人たちの記録。そして私も、できることをしよう。

  • 震災から1年。
    震災直後からHPやツイッターで情報を発信されていた糸井重里さんの本です。

  • 糸井さんが講演で仰っていた
    「震災によって引き出された人のおもしろさ」が
    適度の硬さで語られている。

    確かに震災は悲惨な出来事だった。
    でも、語るべきはそれだけじゃないよ。

    ちゃんと乗り越えて抱えて生きようとしている人。
    それをサポートする人。
    仕事人の誇り。

    色んな人間性が浮き彫りになっている。
    そういうことがあったことを、忘れないようにしよう。

    帯のPOPの言葉を借りて、
    “忘れない”ことからはじめよう。

  • ツイッターで切れ切れに見えていた糸井重里氏の、震災後の思索、活動を時系列で知った。

    頭から血が出るくらい考えるけれど、考えていることは表に出さない。
    言葉による表現が巧みなのは流石だと思う。

    できることは何かを考えずに、何もできないと無力感に捕われていた自分を蹴飛ばそう。

  •  ひとこと、ひとことを噛みしめるように読んだ本だった。

     ぼくにとって2011年がどんな年だったのかを考える上で、中心になるのは間違いなく東日本大震災である。2011年に知ったこと、感じたこと、考えたことの多くが東日本大震災をきっかけにしている。

     そうした2011年に知ったことのなかでも、ぼくにとって特に大きな存在になっているのが糸井重里と、彼の主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」である。
     本書は、その「ほぼ日刊イトイ新聞」上で連載された東日本大震災関連コンテンツに、糸井重里へのインタビューを加えた1冊である。

     2011年12月27日に開かれた政府の緊急災害対策本部での資料によれば、東日本大震災によって亡くなった方は15,844名。行方不明の方、負傷した方も含めると2万5千人を超える。これに加え、仮設住宅で生活されている方や、今も避難を余儀なくされている方を考えると、東日本大震災によって直接被災した方の数は計り知れない。

     だが、その一方で、被災した方の何百倍もの「被災しなかった人」がいる。
     ぼくも、そのひとりだ。

     3月11日以降、自分の生活が落ち着き始めたころから「被災しなかった人」として何ができるのか、何をしなければならないのか、ということをずっと考えていた。
     「何かができるんじゃないのか」とか「あんなことをしてる人がいるじゃないか」とか。いろんなことを考えた。

     しかし、実際に被災地へ行ってみて、自分の小ささ、無力さを痛いほど感じさせられた。
     だが、それと同時に、被災地へ行ったことで、ひとつ前向きに実感できたことがあった。
     それは、「自分にも『できること』はある」ということだ。

     本書に収録されているのは、「できること」をやっている人の話である。
    それはクロネコヤマト、西條剛央氏、三陸沿岸部の経営者たち、スコップ団、福島の高校球児、みんなに共通していることだと思う。

     しかし、最後に収録されている糸井重里氏へのインタビューは、少し異なる。
     このインタビューから強く感じるのは、彼が「被災しなかった人」として何ができるのかについて、どれほど悩んできたのか、ということだ。ぼくからすれば、被災している、していないに関わらず、多くの人へ情報、想いを届け続けているように思える彼でも、「できること」を求めて、ひたすら悩み続けていたのだ、ということが感じ取れる。

     でも、それはなにも彼に限ったことではないはずだ。本当に多くの人が、同じことで悩んできたはずだ。

     ぼくは、彼がこのインタビューで、そうした多くの「被災しなかった人」の苦悩を言葉にしてくれているように思えてならない。
     本書の冒頭で「ふつうの誰かさん」へ向け、「この本のなかにいるのは、あなたかもしれない」と記されているが、最後のインタビューは、糸井重里 自身が、「できること」を探し求めていた「ふつうの誰かさん」の一人として語っているのではないだろうか。

     そして、震災を乗り越えていくために、一人ひとりの「被災しなかった人」と、何より自分自身へ向けたメッセージが、本書のタイトルである「できることをしよう。」なのだろうと思う。
     震災について悩んできた2011年の終わりに、こうした1冊に出合えて、本当に良かった。

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