新リア王 上

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著者 : 高村薫
  • 新潮社 (2005年10月26日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (475ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103784043

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新リア王 上の感想・レビュー・書評

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  • もうですね、超すっ飛ばし読み。作者に申し訳が立たぬ。

    父(政治家)と子(坊さん)の対話で振り返る80年代なわけだが、そもそも政治(政党政治&地方政治)にも宗教にも興味がないそれがしのような輩が読んで面白うはずがない。
    これは読み手が選ぶ小説ではなく、読み手を選ぶ小説なんだな。

    というわけだが、それでも下巻に移るのだ。

  • ようやく読了。長かったー。東北は青森の政治家一族の長である父と出家した曹洞宗の住職である息子・彰之との魂の対話。重厚でボリュームがあるため読むのに一苦労。以下に詳しい感想があります。http://takeshi3017.chu.jp/file6/neta6707.html

  • 暗闇の小説だ。自民党代議士として青森の王として君臨した主人公は人生の晩年に金庫番の私設秘書の自殺、妻を筆頭とする一族の裏切りにあう。74歳になる元王が語る政治家人生は光が届かない泥沼の底だった。読んでいて鬱鬱とした気分になるがなぜか止められない。作家は読者に一切配慮せず政治の陰部を突きつける。最後まで読まなければ作者に負けるという意識で読み切った。700頁以上になる小説の残り100頁から異常に面白くなった。さあ、この陰鬱に負けずに政治の暗部を覗いてくれ。

  • タイトル通りで、子どもたちに裏切られる父(政治家)が幹となる物語。
    前作『晴子情歌』は「母から息子への手紙」という形式で、今作は「父と息子の対話」を通してストーリーが展開する。前作では昭和史を描いたが、今作は戦後のというか昭和の転換点をあぶり出しているのかな。作品の時代設定は80年代で、語ることが理解につながる最後の時代だったのかもしれない。
    作品の発表当時の事情を覚えてないけど、これだけ実名が出てくる作品ってすごい。高村薫作品なのだから、政治家の実態もこの作品に描かれているようなものなのだろうか。よく名誉毀損とかの騒ぎにならなかったものだ。
    合田さんが電話口に登場するのがご愛嬌。
    さあもう一度『太陽を曳く馬』を読まなくちゃ。

  • 晴子情歌が母と息子のやり取りだったのに対してこちらは父と息子のやり取りになっている。
    前作は手紙という形式をとっていたから一方通行の様な印象があった。
    今作は対話しているはずなのにどこかが噛み合ないような雰囲気を醸し出していて同性同士の親子の関係の方がより根が深いものなのかもしれないとも思った。
    親子といってもほぼ同じ環境下にいたことがないという特殊さもさながら、何か因縁の様な血の存在を感じるからなのだろうか…。
    とりあえず政治の話はいいとして仏教の宗教観の話が特に理解するのが難し過ぎた…。

  • 感想は下巻に

  • (2004.10.31読了)(新聞連載)
    日本経済新聞・朝刊2003.03.01-2004.10.31連載
    新聞連載中に挿絵画家の盗作事件と、長すぎる連載のために連載中止となり、続きは、「新潮」に発表して完結。新聞連載の文しか読んでいません。

    内容紹介(amazon)
    保守王国の崩壊を予見した壮大な政治小説、3年の歳月をかけてここに誕生!
    父と子。その間に立ちはだかる壁はかくも高く険しいものなのか――。近代日本の「終わりの始まり」が露見した永田町と、周回遅れで核がらみの地域振興に手を出した青森。政治一家・福澤王国の内部で起こった造反劇は、雪降りしきる最果ての庵で、父から息子へと静かに、しかし決然と語り出される。『晴子情歌』に続く大作長編小説。

  • 何度となく挫折してきたんですが、やっと上巻を読み終えました。
    晴子情歌での彰之のイメージは感情の起伏があまりないように感じたけど永平寺の修行風景では年下に怒鳴りまくってたという人間らしさが感じられて良かったです。
    詳しい感想は下巻にて。

  • 難しい。。
    再読が必要。

  • 今までやっと「晴子情歌」まで読んでいる高村薫の小説なのですが、そのあと「新リア王」「太陽を曳く馬」を上梓し、去年「冷血」を刊行したと聞いていました。これらが「びみょーに」繋がっている事を知っている私は去年末にやっと続きを読む決心をしたのでした。

    多田和博装幀の表紙は、全ての高村薫の単行本の中でも最高傑作だと思う。もうこれ以外には〈リア王〉のイメージを作れないほどのインパクトがあった。闇の中から浮かび上がる皺だらけの老人。老いさらばえて、世の中から棄てられているかの様に見えるが、眼光だけは真っ直ぐ私を見て衰えてはいない。元の絵は、レンブラントの「金の鎖をつけた老人」である。

    言っただろう、敵に足元をすくわれる屈辱も敗北感も、この腹の炉に放り込んで燃やせばエネルギーに変わるのだ、と。そのいつもの仕組み通り、私はこの七十四歳の心身に俄然力が満ちてくるのを感じ、何よりもそのことが私を陶然とさせた。忙しく回転する頭やふつふつする臓腑の一つ一つが嬉しく頼もしい、この感覚は若い君にはわかるまい。朝からもう何段の階段を上がったり下がったりしたか覚えてもいない、いい加減膝の骨にきていたはずの疲労もまるで感じない、この一瞬一瞬のなんという軽快さ!裏切りも策謀も仕掛けられるうちが花というが、あらためて我が身を振り返るまでもなく、この福澤榮は青森一区の、いや青森の、老いぼれてもなお〈王〉だったということだー!(167p)


    (内容紹介)
    保守王国の崩壊を予見した壮大な政治小説、3年の歳月をかけてここに誕生!
    父と子。その間に立ちはだかる壁はかくも高く険しいものなのか――。近代日本の「終わりの始まり」が露見した永田町と、周回遅れで核がらみの地域振興に手を出した青森。政治一家・福澤王国の内部で起こった造反劇は、雪降りしきる最果ての庵で、父から息子へと静かに、しかし決然と語り出される。『晴子情歌』に続く大作長編小説。
    内容(「BOOK」データベースより)
    55年体制を生きた政治家の王は80年代半ば、老いて王国を出た。代議士の父と禅僧の息子の、魂の対決。

    代議士と禅僧。水と油の様な2人はしかし、因縁のある父子でもある。生涯で唯一2人は数日間を共に過ごし、水と油の様なお互いの人生を語り始める。そこは、高村薫、問答体の小説と言えども、いやだからこそかもしれないが、その描写は細に入り微に入り精緻を極めるだろう。

    そこで浮かび上がるのは、禅問答の様な会話から明日の政局を判断する代議士の半日であり、世間と隔絶した永平寺の一日であり、利権と票の動きのみが最大の関心事になる自民党政治の世界であり、青森の辺境で福澤王国を築いた政治家一族の確執であり、詰まるところ「ある日本の姿」なのだろうと思う。

    青森と言えば、原発立国でもある。「自民党政治の終わりの始まり」を描いたと言われるこの小説を現代に読む意義は何か。それをこれから見極めて行きたい。そしてできる事ならば、今年中に新作「冷血」まで辿りつきたい。
    2013年1月23日読了と

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新リア王 上の作品紹介

55年体制を生きた政治家の王は80年代半ば、老いて王国を出た。代議士の父と禅僧の息子の、魂の対決。

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