王国―その1 アンドロメダ・ハイツ―

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  • 新潮社 (2002年8月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (134ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103834038

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王国―その1 アンドロメダ・ハイツ―の感想・レビュー・書評

  • ばななさんは、目に見えないけれど大切なことについて、この連作全体を通してずっと、様々に表現を変えながら何度も何度も書いているように感じた。

    この1巻目は、山の世界と、都会の人々が交わることで、都会の人々の考え方や暮らし方、時間の流れ方のおかしさなどを浮き彫りにしている。

    主人公「雫石」が語る分かりやすい言葉なので、誰かの心の声を聞いているような感じでこちらに届く。押し付けでも批判でもなく、都会に生きる私にも、ああその通りだなと思えることがたくさんあった。

    例えば、
    ”恋愛とか病気の治療と同じで、ものごとは正しい時間をかけて、順当な道をたどって変えていかなくてはぜったいに収まるところに落ち着くことはない。人だけが、それをはしょったり急いだりする。欲のために。”
    アイタタ…

    都会にいるとつい忘れてしまいそうな、シンプルだけど生命を輝かせる自然界の大切なルールが、しっかりと記されていた。

  • ずいぶん昔に読んで、「あれ?こんな話だったっけ?」という感じにあっさり読み終えてしまった。
    この占い師の男の子は、他の小説に出てきた不思議なオブジェを作る子に似ている。誰だったかなぁ。

  • 「自分の体と心と魂、それさえ持っていれば、欠けるものはいつでもなにひとつなくて、どこにいようと同じ分量の何かがちゃんと目の前にあるようなしくみになっているのだ。」
    「自分が何かしてあげている気持ちになったときがおしまいのときだ、」

  • 王国1~4をまとめて。

    ばななさんらしいスピリチュアルな小説だった。
    でも、人間や環境についてのややお説教臭い雰囲気が
    鼻について、他の作品よりは好きになれないかも…と思っていたが、
    最終巻4巻のラストで、パパ2がノニに対して語る場面ですーっと氷が溶けるように
    それまで物語にまとわりついていたぎこちなさが消えていった。

    そして、あとがきのばななさんの言葉も素直に腑に落ちた。
    「彼らの奇妙なライフスタイルをまねる必要はない」とあったけれど、
    物語に登場する人たちは妖精の域に達しそうな超越ぶりなので、
    読んだ瞬間に無理でしょ、と思わず苦笑いしてしまった。

    そのあとに続く「ただ、自然とともに常にゆれている心、そこだけ読んでもらえれば。」という言葉には素直に共感できたけれど。

    「これからしばらくは大変な時代が続くだろう。
    直感と本能を信じ、自分を保つことをたえず続けていかないと、
    生きていくのが困難になるのではないか」
    というあとがきの言葉は2010年春に書かれたもの。

    そのばななさんの慧眼にぞくりとしたが、
    どんな状況でも人は適応して生きていくんだと思う。
    そのときに必要なのが物語なんだと、実感できる小説だった。

  • シリーズものの一作目らしい。
    サボテン。多肉植物。自然。おばあちゃん。癒し。
    緑に囲まれた暮らしに憧れる。
    サボテンの絵が可愛い。
    著者の作品は、『TUGUMI』に続いて二作連続のヒット。

  • 途中まで読了。おばあさんの思想がずいぶん偏っており、主人公も偏見の強い思想を持っている。登場人物の歪みは問題ではない、これを正当化しているのが問題。

    ヒロインは差別の意識はないと宣言したあとに『都会ならではの人種』と朗々と差別したり、同性愛に理解を示す素振りを示しつつ自身の不倫と同列に扱ったりしている。
    山でも電気やネットという人間の技術の恩恵にあやかっておきながら人や都会の街並みを馬鹿にしたり、商売人を汚らしいもの扱いしたりするヒロインを正当化する論調なので居心地が悪かった。
    本物のプロならお金なんかいらないでしょ、という思想の真逆にいるので、プロなら己の手でしっかり金を掴み取って生きていってほしいと思う。

    ヒロインと楓、一瞬で友達なったというようなフワッとした一文で終わらせ次の瞬間には信頼のおけるパートナーという設定になってしまっていて、人間関係を築いていく過程の描写が省かれている。

    p71まで

  • 多肉植物を育てたくなり、お茶が飲みたくなる話。

  • 再読。何年ぶりかなぁ。

  • ひさしぶりによしもとばななを読んだ。目的はその3の台湾編。はじめてかと思ったけど、これ過去に読んだことあるわ。とデジャブをかんじさせるのがよしもとばななだと思っている。でもこれは本当に読んだことがある。敏感すぎる人々の日常。うらやましくもあり、おそろしくもある。私は敏感な人が苦手。心がみすかされるような気がするから。でもそう思っていることもみすかされそうで、実は仲良くなれそうな気がする。そんなことを想いながら読みました。私も分かり合えるサボテンのような存在がほしい。心を磨かなくちゃね。ととりとめのない感想を書きなぐってしまったわ。その2も読むわ。
    (201511)

  • その2に続く小説なので、たくさん感想は書けないけれど…
    楓(弱視の霊脳力的占い師)を見てると、知り合いの占い師、ミナコさんを思い出す。重なるところが多すぎて。

    人々を癒すお茶を作る祖母と山で暮らしていた雫石という女の子が、山を降りて都会で暮らし始め、恋愛感情とは違うもので占い師の楓という男と惹かれ合い、彼の元でアシスタントとして働き始める。その日々のあれこれ。

    スピリチュアルの世界って、信じる・信じないで分かれるし、意見が違う者同士で解り合うのも難しい。
    私は自分にはそういう力はないし、幽霊が見えたこともないけれど、そういう力を持つ人はいると思う。
    というか、そういう人を目の前にすると、認めざるを得ない感覚が生まれる。
    それを信じすぎて傾倒することはなくても、そういう力自体はあると思う。そういう感じ。

    まさに、ばななワールド。
    とりあえず、サボテンが欲しくなっている私です。

  • 初めてこの本を読んだときは、2巻がでるのをすごく楽しみにしてたんだけど、1巻だけでもいい(笑)
    出てくる人たちがみんな好きです。いい話。

  • 『自分が何かしている気になったときがおしまいのときだ、』

    『病気の人の謙虚な気持ちに普段接している私たちからしたら、健康な人がカネカネとなんでも金に換算したがるあの雰囲気は本当に悪い冗談みたいに思えた。』

    「憎むことにエネルギーを無駄遣いしてはいけない。最高のものを探し続けなさい。流れに身をまかせて、謙虚でいなさい。そして、山に教わったことを大切にして、いつでも人々を助けなさい。憎しみは、無差別に雫石の細胞までも傷つけてしまう。」

    「この場合さほど悪い人はいないはずなのにめぐりめぐってこんなことが起きて、いちばん小さな命が犠牲になったりするんだ。」

    『私が弱ってるときは体ががんばってくれているし、体が弱ったら私が知恵で解決してあげられる。』

    『楽しみのために存在するものに、楽しまれてしまっては、それはもう何かの奴隷になっているということです。』

    『もうすっかり、体の具合が悪いのに、足をいためているのに、どうしても山を、自分の足でなくてはいやだと登って会いにくる人たちを。~でも、たいていの場合、それは何かもっと大きなことから、自分の大変さをたてにして逃げているだけなのです。』

    『お互いが並列の立場で、普通に、陽気に力を出し合っててそこに存在するとき、サボテンはもっとも喜んでよく育ちます。生き物はそういう意味でみんなエゴイストで、自分の心地良いことが好きなのですが、それが本当に助け合えるということなのかもしれないと思う時があります。あれこれ考えてやることはたいてい嘘なのです。まず、自分がその新しい環境をもてあまし、退屈して、淋しがっていることを認めることです。~とにかくひとつのことをやるときにはそのことだけをやること。入ってくる情報の量を制限して、脳を休ませること。TVは最高においしいチョコレートだと思って、大切に観ること。せっかく縁があってやってきてくれたTVを、嫌いにならないこと、敵だと思う力と、それに惹きつけられる力は、全く同じものなのです。そして何よりも、罪悪感を持たないでください。弱い自分に、ちょっとしたことで変化してしまった自分に。誰でも、そうなのです。あなただけきれいでいることはできません。反省して生活を変えるのは大いにきっこうですが、罪悪感は、その、退屈な淋しさにとっての、おいしい餌のようなものです。』

    『みんな急いでいる~それは、エネルギーはすぐに充電できるという幻想を持っているからだろう、と思えた。そのことによって、人生の主導権を時間や周囲に与えてしまっている…そんな奇妙な世界があるみたいだ。』

    『なるべく違うことをすること、それが大人になるということなのかもしれない……なんて思っていたのだから、私も少しおかしかったのだと思う。~ほんとうはさほどしたくないことに流されるときは、口数が多くなって、全身がそわそわして、おなかの底に小さく重い塊が生じる。』

    「ああいう人は、無報酬っていうけど、結局、こっちがお金もらいたいくらい手がかかるんだよね、それに、いつか必ずもっと大きなものをほしがるんだよね。たりないたりない、ほしいほしいって気持ちで来てるからね。」

    『でも、からかうことはしなかったし、ただ線をひいているだけだった。人手は足りています、自分の場所にいって、がんばってね、そういう態度だった。なによりも、そこには愛があった。』

    「生きてるってことは、そんなこと。いいことやきれいなことや真っ白いことばっかりじゃない。でも、それぞれ生きてる。自分は自分のよしとすることを、静かに、もくもくとするしかないし、自分のよしとしないことが起きたら、静かに離れればいい。」

    『体を動かして、血をめぐらせて、やれば結果のでる簡単なことをして、やりすごすしかないのだということ... 続きを読む

  • 心のお薬みたいな言葉たちだった。さらっと読めて、前向きというか暖かい、優しい気持ちになれる。

  • ずっと読みたかった本。

    やわらかい。
    まぶしくて透明できれいで、眼を細めてしまう。

  • ふっと読みたくなって図書館から持って帰ってきました。
    多肉植物が大好きになった今、
    刊行当初よりもイメージが鮮明になったと思う。
    とくに雫石(オブツーサ)は大好きです。

    四巻まで読もう。

  • これも好きだなぁ

  • これは、守られている女の子の生き方の物語だ。
    身内の愛情に、そして目に見えない存在に、それから育った土地のエネルギーに、今まで与えた分の感謝の気持ちに……何重にも、虹の輪のように、私のまわりには愛情の輪がある。
    どこまでもいつまでも大きなものに守られて生きていく、たとえたまにそれを忘れて傲慢な気持ちになることがあっても、ひとりで生きているような気持ちで暴走しても、それさえも包んでいる何かがある。本人は孤独を感じたり悲しみや試練に大騒ぎしてじたばたといろいろな感情を味わっているが、大きな大きな目で見れば、実はいつでも守られている。





    「でも、旅立ちの前なのに大丈夫なの?そんな新しいことをはじめて。」
    「大丈夫だよ。やりたいと思ったときが、時間のある時なんだ。そういうのをしなくなったら、時間の奴隷になっちゃうよ。やりたいと思ったときに、ぱっと手を出さないと届かなくなることがあるんだ。……それに、どうしてかわからないけれど、今、サボテンが俺と交流してもいいと思っている気がする。うちのリビングにいるところがさっと浮かんできたんだ。そういうときは不思議なもので、どんなに手間がかかっても自然にことが運ぶんだ。



    *・*・*・

    主人公は、私なんかよりよっぽど孤独なのに、自分は守られている女の子だという。そして気づかせてくれる、私もそうだってことに。
    将来のこととか考えるとあまりの孤独感になにもかもいやになることもあるけど、この文章読んだら、今まで生きてきた、これだけで、もう一生孤独になることはないのかなって思えた。

    よしもとばななさんと三砂先生が交流あるのもわかる気がするなー、って感じの本だった。わたしもサボテン育てようかなー。万が一一人暮らしすることになったら、絶対育てる!
    昔枯らしちゃったサボテン、かわいそうだったな。入院中のおばあちゃん、花咲くサボテンを大切に育ててたな。うちの前の家の出窓に、カニサボテンがあったな。

  • よしもとばななさん、久し振り。
    スローな出だしって感じ。

  • 雰囲気はとても好きなのだけど、個人的には慣れない言葉使いというか文章で、地に足がつかない読み心地。だけどドキッとする文章が必ずあるのが印象的。

  • 前から、いつか読もうと思っていた、よしもとばななの『王国』シリーズ第1巻。

    山奥で、薬草茶を作る祖母のアシスタントをしながら暮らす「雫石」(サボテンからとった名前)。
    あるとき山を下り、祖母と別々に生きていくことになり、目の不自由な占い師「楓」のもとで働きはじめる。
    慣れない都会暮らしや、汚れた心の持ち主に疲弊したりしながらも、
    「自分の体と心と魂、それを持ってさえいれば、欠けるものはいつでもなにひとつなくて、どこにいようと同じ分量の何かがちゃんと目の前にあるようなしくみになっている」(p14)ことに気づいていく。


    「そうだ、体が生きているのだから、私も生きていこうと思った。
    私が弱っているときは体ががんばってくれているし、体が弱ったら私が智恵で解決してあげられる。今は、私の心が細く弱くなっているから、体はうどん一杯でこんなにも一生懸命働いては励ましてくれているのだ。」(p72)

    山を愛し、植物と心を触れ合わせる雫石に、生まれついての都会っ子である私は(ちなみに植物はすぐ枯らす)ほとんど何も共感できないけれど、この一文はだけは彼女の気持ちがよく分かった。
    体は私のものではない、という考えが私にはあって、私の心で起こる苛立ちや不安を体を痛めつけることで解決しようとしてはいけない、と思っている。体の方は、無心で(そりゃそうだが)私という生き物を生かそうと毎秒働き続けてくれているのだから、その無償の行為を無駄にしてはいけないし、無碍にしてはいけない。

    燃えてしまったサボテンも、小さなかけらからまた命を吹き返す。
    心がどんなに疲れてしまっても、人はまた歩き出すことができる。
    そのきっかけは、人とのつながりだったり、思わず触れた優しさだったり、体に沁み入った一杯のうどんだったりする。

  • 久しぶりによしもとばななさんを読んだらとっても良かった。
    おばあちゃんと雫石と楓と片岡さん。

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