白痴群

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著者 : 車谷長吉
  • 新潮社 (2000年11月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (252ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103884040

白痴群の感想・レビュー・書評

  • 車谷長吉の短編集「白痴群」を読了。
    6篇が収められているが、最初の短編「白痴群」を読むのに3日もかかってしまい、その後一週間ほど手つかずのままになっていたが、昨日、今日と何とか時間をつくって他の5編もようやく読み終えた。
    車谷長吉の小説は読み始めると一気に読めるが、手をつけるまでが意外と時間がかかる。
    それは「業曝しの精神史」と自ら云うように、己や他人の恥部や虚飾を悪意とも思えるほどに、これでもかと暴き出す種類の小説だからである。
    毒をもった小説である。
    気楽には本を開くことができないのはそのためである。
    だが一旦読み始めると、まるで蛇に絡み取られたように、その世界に引きずり込まれていく。
    自らの身辺雑記を綴る私小説という形式ではあるが、どこまでが事実で、どこからが作り事なのか判然としないまま、その物語世界の虚実皮膜の面白さにいつの間に誑かされてしまっているのである。
    なかでも「狂」と「一番寒い場所」は魅力的な作品であった。
    「狂」は「私」が高校時代に教わった立花得二という教師についての話である。
    東大を出て三菱商事に就職した若き日の立花先生は、上司の悪意によって陥れられて会社を辞めざるをえなくなる。

    <この時、立花先生の生は狂うたのである。この狂うたというのが大事である。先生は「順の人。」から「異の人。」に転じた。異の人とは、この世の異者である。先生が狂うたからそうなったのか、あるいは甲が狂うたから先生に悲運がもたらされたのか。いずれにしても立花先生の生は、天と地が反転したのである。恐らくこの時はじめて、先生の中で「精神。」という「物の怪。」が息をしはじめた。>

    そして教師になった立花先生は、教師たちのなかでは異彩を放つ。
    「私」はそんな立花先生がもつ鬱然たる「精神。」に畏敬の念をもつ。

    <立花先生の言動には、すでに死者となった人からのみ、もれ聞こえて来る悲しみがあった。異端者の暗闇、と言うてもよいだろうか。この悲しみは、人を医す(いやす)力を持っていた。>

    もう一篇の「一番寒い場所」は、60年安保の年に社会党委員長、浅沼稲次郎を暗殺した山口二矢の親友を名乗る逆木大三郎なる人物との交流を描いている。
    彼は1942年の生まれで、小学校卒業と同時に家出、釜ヶ崎に流れ着き、さらにマニラに渡り、反共右翼思想を身につけて帰国、そこで愛国党の山口二矢と知り合う。
    だが60年安保闘争の波が引くと、右翼団体を飛び出して各地を放浪、東京に舞い戻った後は江戸川の朝鮮人部落にもぐり込む。
    この頃三島由紀夫と知り合ってかわいがられたりもするが、今度は拳銃不法所持でつかまって少年院入り、出所後は新宿に流れてフーテンになる、といった人物である。
    かつて山口二矢の事件に衝撃を受けた「私」は彼に深い興味を抱く。
    そして知り合いの編集者に紹介されて彼と知り合い、ふたりの交流が始まるのである。
    昭和43年春から48年春にかけてのことである。
    全国の大学に紛争の嵐が吹き荒れて世の中が騒然としていた時代、そして昭和46年11月には三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決という事件が起きる。
    それを区切りのようにしてふたりの不思議な交流は終わるのである。
    ともに「一番寒い場所」を抱えもつ若者ふたりの精神の彷徨が切々と語られる。
    だが、心の空洞は埋めることが出来ないままに小説は終わる。
    特別これといった事件がふたりの間に起きるわけではない。
    というよりも無為の時間がただ過ぎ去るだけである。
    だが、そこに不思議な感動を覚える。
    同じ時代を似たような無為の時間を過ごしてきたという共通の記憶があるからなのかもしれない。

  • 大岡昇平全集14より。

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白痴群の作品紹介

書くことは、私には悲しみであり、恐れである-業曝しの精神史としての私小説。

白痴群はこんな本です

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