従軍カメラマンの戦争

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  • 新潮社 (1993年8月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (269ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103936015

従軍カメラマンの戦争の感想・レビュー・書評

  •  名取洋之助の日本工房・国際工芸で、1938年の華中から1945年の特攻隊・義烈空挺隊まで、中国・フィリピンを中心に、従軍カメラマンとして7年間を過ごした小柳のプリント写真とインタビューをまとめたもの。聴き手の石川は、『報道写真の青春時代――名取洋之助と仲間たち』(講談社)の著者。個人的には衝撃の一冊だった。

     ひとつには、これまで同時代の検閲のフィルターをくぐった写真と映像のイメージばかりを追いかけてきた日中戦争について、ナマの現物に出会えてしまった、という理由ももちろんある。だが、それ以上に、写真に写る兵士の顔、死体の顔がこちらを見返している画面の衝撃の方が大きかった。火野葦平や林芙美子が見た光景とはこのようなものだったのか、とも思った。

     兵隊たちは談笑し、無表情で歩き、仲間たちを心配し、死者のすぐそばで死んだように眠る。と同時に、彼らは銃を構え、砲撃を行い、人を殺す。小柳は軍の報道班員(嘱託)だから何でも撮れた、と行っているが、写真がどう使われていくかを意識して撮っていたことは間違いない。しかし、それでもなお、これらの写真は、「人間」としての兵隊を、人を殺す者がいかに特別ではないかを、観る者に突きつける。火野や林が、「兵隊」たちへの愛情を綴った理由が――決して二人は「将兵」とは言わなかった――少しわかった気がした。

     そしてもう一つ衝撃だったのは(やはり)特攻隊・義烈空挺隊の写真である。特に気負った様子もなく、淡々と身辺を整理し、はちまきを締め、手紙を書く。別れの杯を持って笑顔でこちらを見ている准尉。どこか虚ろな表情でカメラを見つめている若き空挺隊員たち。武器・兵器は道具であり機械だが、自らを意識と智能のある戦争機械へと転化させていった「兵隊」たちをカメラで撮影しながら、小柳は泣きつづけていたという。彼らは確かに、この世に生をうけていた。その生を、単なる戦争機械としてしか生かさなかった日本の戦争遂行権力は、ほんとうに許しがたいと心から思う。だが、「奴ら」のアタマの中は、たぶんいまも同じなのだ。

  • 戦争だけは、絶対にしてはいけない。実際に行った人が言う言葉の重み。

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従軍カメラマンの戦争はこんな本です

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