この人の閾(いき)

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著者 : 保坂和志
  • 新潮社 (1995年8月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (209ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784103982029

この人の閾(いき)の感想・レビュー・書評

  • なんとも…。
    純文学アレルギーになりそうだった。

  • 理解ができたとは言い難いにせよ、文字通りの意味で、保坂和志を読めた!というのは自信になる。前は1ページで挫折してたんだから!

  • 芥川賞受賞作らしいが、本当に何も起こらない日常生活を淡々と書いており、読んでいていらいらしてくる。こちらにこうしたものを味わう余裕がないのだ、ということなのかも知れないのだけれど。それだけ「物語」を求めているということなのか。草むしりしてビール飲みました、猫が死んでました、でははいそうですか、としか思えないのだ。

  • この人の閾 大学時代の先輩との再開 小田原
    東京画 玉川上水での一人暮らし その風景

    くせのある長いセンテンスが、
    やりすぎ一歩手前で踏みとどまり、
    余韻をつなぎ続けていく。
    感覚的で生活に即した作風に取り込まれて、
    自身の中の風景が掘り起こされた。

    以下、タイクツ。
    夏の終わりの林の中 目黒の自然教育園にて
    夢のあと 鎌倉散歩

  • この作品に限らず
    作者が描く物語の世界には
    何も起こらない。

    作中に、事件と呼べるような事象は、
    その予感すらどこにも見当たらない。

    世の中を動かすような大した出来事など
    僕達の身の回りには一切起こらないが、
    それでも僕達は
    目に映る日常のささやかな変化に対し何かを考え、
    誰かと交わした言葉に対し、思索する。
    無為ではあっても、
    そこに退屈や無意味は存在しない。

    同じようにこの作品には退屈の気配する
    感じることがない。

    誰かがただ考えること
    誰かがただ言葉を交わすことは
    大変興味深いことなのだ。

    「考えること」
    「誰かと言葉を交わすこと」が
    小田原や東京の誰もが目にしていたはずの
    町並みを舞台に、
    精緻に描かれる。

    舞台と人がしっかり描かれていれば、
    もうそれだけで十分物語となりうることを
    確認させてくれる作品。

  • この人の閾だけ読んだ。好きか嫌いか、面白いか面白くないか、でいえば、嫌い面白くない、だけど、

  • 前から読みたかった著者の短編集。「なーんだ特別コーナーにあったのか・・」でやっと借りれた。

  • 随分まどろっこしい読み物だなぁと。
    ひとつひとつの事象に観念論を持ち出して来てアーヤコーヤって有り得ん話だな。それ故、小説として成り立ってるわけか。芥川賞受賞作ってこんなんばっかやね。

  • 表題作の他、東京画・夏のおわりの林の中・夢のあと。

     <B>「遊びにおいでよ」――
     時は静かに流れ、“日常”は輝いている!

     芥川賞受賞作</B>          (帯より)


    はっきり言って、よくわからなかった。
    文章は――特に『東京画』において――メリハリがなく冗長に思えるし、内容も、≪描かれている≫というよりは≪書かれている≫だけだという気がする。
    私とは相性がよくなかったようだ。

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