人間自身―考えることに終わりなく

  • 170人登録
  • 3.75評価
    • (15)
    • (18)
    • (25)
    • (1)
    • (1)
  • 12レビュー
著者 : 池田晶子
  • 新潮社 (2007年4月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (157ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104001095

人間自身―考えることに終わりなくの感想・レビュー・書評

並び替え:

表示形式:

表示件数:

  • ふと思い出したときに触れたくなる池田某のことば。
    雑誌のコラムという限られたスペースにこれだけ豊かなことばが広がっているという事実に驚かずにはいられない。
    生きること、死ぬこと。ただこの一念を掴んでいるからこそ、語れる。定義云々なんてどうでもいい。すべてこの事実の写像であるから。わかるひとにはわかると言うのは、意味か内容かなどと分けているやつはその意味を一度問うてみなさい。その問い自体が成り立たないから、そういうことだ。
    あるものはあるし、ないものはない。だけど、ないということばがある。じゃあ、ないって一体なんだ。わたしではない世界とは何だ。
    池田某がしているのはこの一点に尽きる。薄っぺらい紙面の中にこの世のすべての問いを詰めこんでいる。行間から生きた姿が立ち上がる。

  • 最後の「墓碑銘」の節が興味深かったです。これを書いている時点で著者は自分の寿命をわかっていたのでしょうか?もし、そうならかなりスパイスがきいた文です。

  • <印象に残ったこと>
    *自殺のすすめ→破壊衝動が迷わず外へ向かい、自分の側へは向かわないというのが、なんというか憎たらしい。「存在感が希薄」とも言われるが、そういう意味での自己愛は存在しているらしい。
    *国家の品格→存在するのは、一人一人の人間の狂気である。集団という観念でしかない存在に、自分が帰属していると思い込む。ここに狂気のモトが発生する。
    *どうすればいいのか→知らないからこそ、考えるのだ。本コラムシリーズ第三弾、「知ることより考えること」考えてから読みますか、読んでから考えますか。
    *天才とはどういう人か→「当たり前のことを発見する能力」
    *プロといえる人→自分はどうしてもこれがしたい、これしかできない、だからこれをするのだ。このような構えこそ正当に覚悟とよんでいる。
    *いじめの憂鬱→人間には命より大事なものがあるということを理解しない社会が、生きた者勝ちのまさにこの社会である。抗議の自殺が成立しない。無視されるか笑われるだけである。精神というものを忘れ果て、ただ生き延びようとする者ばかりのこんな社会で、死にたくならない方がおかしいのではないか
    *第三の性→個として確立し、自分の行動に責任をもって生きてきた。女であろうがなかろうが、私は私として変わらない。自信に満ちたそういう態度が、結局は最後まで美しいのではなかろうか。
    *善悪雑感→法律で悪いと言われているから、それは悪いことなのだ、とはすなわち、法律で悪いと言われていても、自分は悪いとは感じない。それなら、人はいつでも悪いことをする可能性がある。なぜなら、自分でそれを悪いとは感じてないからである。

  • 論理的というよりは、感覚的な哲学の本。
    女性の哲学者って、めずらしい気がする。

  • 生きることは考えること
    人は知性がある
    ゆえに考えることをやめてはいけない
    人間は堕落する
    心に止めておこう、考えることやめたらそうなってしまう
    考える、すばらしい

  • 池田晶子さんのエッセイは読んでいて気持ちが良い。
    歯切れの良いぶれない文章は、さすが。
    一番気に入った文は、下記の一文。

    人間の本質は自由である。
    不自由になるのは、自らを属性と思い込む以外に理由はない。

  • 2009年2月6日読了。

    『知ることより考えること』の続きが収録されている。
    『知ることより〜』がシリーズ3冊目だとあとがきに書いてあるので、本書はシリーズ4冊目ということになるのだろう。
    1、2冊目も買わなきゃ。

    池田さんは2007年2月に急逝された。
    日付を見るとその直前まで書かれていたことがわかる。
    本書は池田さんの死後出版された。
    奇しくも、本書最後のエッセイのタイトルが「墓碑銘」。
    ここにあるように、著者の墓には「さて死んだのは誰なのか」と書かれているのだろうか。

    本書もやっぱり気持がいい。
    青少年犯罪について、世の中が嫌になることで、なぜ自殺ではなく誰かを殺そうと思うのか(普通逆だと思うんだけど)、とか、人間が自分の子供を欲するのは自然か、それとも血縁の価値への執着(=不自然)か、とか、とにかくわたし自身が疑問に思ったり考えたりしてきたことがスパーーーンと書いてあるのだ。

    つい先日、タレントのブログ炎上が事件になったけれど、その本質は、池田さんのこの言葉がすべてだと思う。
    <自分は守りつつ他人は攻撃したいという、この小心にして卑怯な心性がネットの悪意である>
    これはほぼ2年前に書かれた。
    本質には時間など無意味だ。というよりだからこそ本質なのだ。

    池田さんが、尊敬を超えて<恋慕の情を抱いて>いらっしゃった小林秀雄氏、わたしも全集を持ってるのでそろそろ読もうかなと思った。

  • ― 紀子妃が男児を御出産なさった。 ・・・あの方のお顔は、巫女のそれである。ああいう人は、怒らせると怖い。
    これに対して、雅子妃の顔は、完全に近代人の顔である。個我の確立した、主張の明確な、そして公私の区別に敏感な、我々と同じ感性の顔である。

    そういう通常の感性のあの方にとって、「白昼の子宮」はたまらないはずである。おかしくなるのは当然である。お気の毒なことだ。

    p.38より―


    雅子さんを初めて見たとき、あぁこの方はきっと向いていない。きっと苦労する。と思った。 好みの顔である。鼻も大きいし。

    対して紀子さん怒らせるとホント怖そう。怒っていることを顔にちっとも出しはしないだろう。表面的にはあの微笑を保ちつつ、実のところ静かに怒っているのだ。
    想像するだに恐ろしい。


  • この題名、何だかそれだけで泣いてしまいそうです。

  • 読みやすく、しかし骨太で、率直で鋭くて。
    ある意味、気持がスッとする文章です。

全12件中 1 - 10件を表示

池田晶子の作品

人間自身―考えることに終わりなくを本棚に「読みたい」で登録しているひと

人間自身―考えることに終わりなくを本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

人間自身―考えることに終わりなくを本棚に「読み終わった」で登録しているひと

人間自身―考えることに終わりなくを本棚に「積読」で登録しているひと

人間自身―考えることに終わりなくの作品紹介

「人は病気で死ぬのではない。生まれたから死ぬのだ」。池田晶子の珠玉の哲学エッセイ最終巻。

ツイートする