いつも彼らはどこかに

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著者 : 小川洋子
  • 新潮社 (2013年5月31日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (216ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104013074

いつも彼らはどこかにの感想・レビュー・書評

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  • 小川洋子さんは、死者と生者を分け隔てしない。
    欠けてしまったものや失ったものも、けっして別世界へと追いやったりしない。
    見えないけれど、傍らに寄り添ってくれている愛おしい気配に身をゆだねながら
    「彼ら」への感謝を言の葉に乗せ、私たちへと届けてくれる。

    異国での輝かしいレースに参加する天才馬の不安を鎮めるためだけに
    飛行機に押し込められ、一緒に旅をする帯同馬。
    長年にわたり自著を翻訳してくれたのに、ついに一度も顔を合わせることなく
    この世を去った翻訳者から贈られた、真っ白なビーバーの骨。
    学校に行くのをぱったりとやめた少女を、ドールハウスの中から見守る犬。
    「h」の文字を綴りの中にひっそり隠し持つ、檻の中のチーター。
    忘れられない数字をからだに纏って、身代わりガラスの中を泳ぐ竜の落とし子。

    動物をモチーフにした短編集だけれど、どの物語の中でも
    主人公は、動物の血の通ったからだに触れることはありません。
    ことさらに可愛い可愛いと褒めそやしたり、撫でたりしないのに
    カウントダウンのカレンダーを持った作り物のうさぎにも、白い骨になったビーバーにも
    等しく敬意と愛情が注がれているのが伝わってくるのがすばらしくて。

    時の彼方に消え入りそうな記憶も、忘れられない悲しみも
    首から下げた身代わりガラスの中身のように、そっと抱きしめながら。
    人に褒め称えられなくても、たとえ奇異に見られようとも
    自分が好もしい、正しいと思ったことを、声高に主張せず、ただ静かに積み重ねる。
    時に、ニュースで知った帯同馬の奥ゆかしさや
    命ある限り木を齧り続けたビーバーの骨の中に眠る命の輝きに励まされながら。
    そんな慎ましい人たちの、慎ましい日々の尊さに
    波立っていた心が、いつしか凪いでいることに気付くのです。

    この世では二度と会えない人に贈られたビーバーの骨に
    生きるエネルギーをもらいながら本を書き続ける『ビーバーの小枝』の作家に
    小川洋子さんの姿がふわりと重なる、静かで美しい短編集でした。

  • 堀込高樹、堀込泰行。二人の兄弟からなるバンド、キリンジ。
    その堀込兄弟によるキリンジとしてはラストとなるアルバム『Ten』
    そこに収録されている『ナイーヴな人々』という曲が、この本を読んでいる間、頭のなかでいつもかすかに流れていた。

    ナイーヴな人々 ナイーヴな人々
    世界をそうっと美しくしてくれるのは
    そういう人だ
    そうだろう?

    『帯同馬』
    『ビーバーの小枝』
    『ハモニカ兎』
    『目隠しされた小鷺』
    『愛犬ベネディクト』
    『チーター準備中』
    『断食蝸牛』
    『竜の子幼稚園』

    自分の気持ちと向き合いながらに静かに生きる人々。
    そして、その心にそっと寄り添う動物たち。

    物語の登場人物たちは内面世界だけをみれば、不器用や愚直さを通り越して奇妙に、あるいは少し狂っているとさえ思う人もいるかもしれない。
    でも彼らはどこにでもいる、もの静かで、少しだけ真面目で、きっと普通の人だ。

    カラオケボックスのソファではくつろげない。
    ファミレスの壁紙をみていると落ち着かない。
    いま売れています、いま流行っています、という大音量を聞くのは疲れる。
    声の大きな人が世の中を動かしているように見えるけれど、小さな声で共感しあう目に見えない大多数の人々がいるはず。
    『いつも彼らはどこかに』

    体にこびりついた垢は、目の粗いタオルでこすりシャワーを浴びて落とせばいい。
    脳みその溝につまった余計なものや、心にたまった澱のようなものは、小川洋子さんの小説が洗い流してくれる。

    一篇ずつ、時間をかけて味わって読んだ。
    騒がしい場所で流し読みするのがもったいないので早起きをした。
    朝五時半に起きて珈琲を淹れて、本を開く。
    土砂降りの休日、薄暗い窓辺で雨音に耳を傾けながらページをめくるのもなかなか乙だった。

    この本は図書館で借りたけれど、きちんと購入して時々読み返したいと思う。

  • 登場人物の多くは、不器用で少し孤独な人たち。
    動物をモチーフにした8篇の物語は、時に優しく温かく、時に孤独をさらに浮き上がらせ、時には滑稽さを覚えたりもする。

    「帯同馬」
    「ビーバーの小枝」
    「ハモニカ兎」
    「目隠しされた小鷺」
    「愛犬ベネディクト」
    「チーター準備中」
    「断食蝸牛」
    「竜の子幼稚園」

    なかでも好きなのは「愛犬ベネディクト」。
    不登校の妹が盲腸で入院する間、彼女の愛犬の世話を任された兄。愛犬ベネディクトはブロンズの犬だが、妹から散歩や餌について細かい指示を出される。
    彼女が家で毎日こつこつ作っている縮尺のおかしなドールハウスやベネディクトの餌。一緒に住む祖父と兄の、それらの扱い方に妹への静かで濃やかな愛情を感じた。

    「ビーバーの小枝」は描写が美しいと思った一篇。
    森の緑、庭の畑、古いピアノ、バッハのゴルトベルク変奏曲、満月の下で泳ぐ池、ビーバーの気配。
    そして、机に置かれたビーバーの骨とつややかな小枝。
    色や音や匂いや、ひそやかな気配までもがページから漂ってくるよう。

    「断食蝸牛」は怖かった。
    落丁図書室は興味深いし、風車小屋からの景色も素敵そうだけれど。
    虫がニガテ、特にうにょうにょしているものや寄生虫の話には卒倒しそうになるので、とても(生理的に)怖かった。
    頭の中で映像化しながら読む自分のクセが恨めしい。

    最初の「帯同馬」で、遠くへ行くのが怖くなり移動手段や距離に限りがある女性を描き、最後の「竜の子幼稚園」では、身代わりガラスを首から下げ依頼人に代わりどこへでも旅に出る女性を描く、という構成になっているのが、なんともいい。

    登場人物は孤独な人たちと書いたが、みんな、どこかで誰かを思い、繋がっている。
    くっきりとでなくても、ふんわりとした関係でも繋がっている。
    だから、淋しいだけの物語集にはなっていない。
    読み始め、不思議に感じた「いつも彼らはどこかに」というタイトルが、読み終わったとき、胸にすとんとおさまった。

  • 8編ある短編を、一日に1話ずつ読みすすめた。
    スピードをあげて読むことが出来ないのは、小川さんの世界に少しでも長くゆっくりと浸っていたかったから。
    そして、読み終えた後じっと、本を抱きしめていたくなるのが、いつものこと。

    「新潮」の2012年6月号から2013年1月号に掲載された8篇の短編を収めた作品集で、すべて何かしらの動物たちが登場する。
    相互に関連性はないものの、マイノリティーな存在に向ける温かい眼差しと、まぶたの奥がじんと熱くなるような美しさに、酔ってしまいそうになる。
    読み手の負の感情を否が応でも引きずり出す作品が世にずいぶんあり、作家さんの根暗で底意地の悪い性格を見せ付けられたようでとても気分が重くなってくる。
    ところが、小川洋子さんの作品では過去一度もそんなことがない。
    ある意味、稀有な作家さんではないだろうか。

    モノレールの沿線でスーパーの売り子さんをしている女性を描く『帯同馬』。
    クラシック三冠馬のディープインパクトが、闘うためにフランスに空輸される。
    移動のストレスを緩和させるために帯同する駄馬の、砂をかむような不安と孤独に、彼女は優しく寄り添っていく。
    『ビーバーの小枝』は、長年一緒に作品を作り上げてきた女性小説家と翻訳家の話。
    机上にある、よく磨かれた白いビーバーの頭の骨の物語。
    ビーバーは、【自分に与えられたささやかな歯で、諦めることも知らないまま幹を削っていく。(中略)しかし誰も褒めてくれるものはいない。ビーバーは黙々と労働を続ける。】
    作家は、そんなビーバーの骨に手を添え、小説を書き続ける。

    『愛犬ベネディクト』に登場するのは、ブロンズで出来たミニチュアの犬だ。
    母は病死し、父は家を出て、祖父と僕と妹との三人暮らし。
    不登校になり、自分の精神世界に閉じこもる小さな妹は、ドールハウスを作り続ける。
    その妹の入院中、ふとしたはずみでドールハウスをひっくり返した僕が見つけたものは、妹が作製したミニチュア本の一冊だった。
    開かれたページに書かれた、「ブリキの太鼓」。
    この一行で胸の奥をぎゅっと掴まれたような気になった。
    自らの意思で成長をとめた哀れな「オスカル」に、妹は自分をなぞらえてでもいるのだろうか。。

    そして、一番心に残ったのは、ラストの『竜の子幼稚園』。
    何らかの理由で旅ができない人のため身代わりとなる品、通称「身代わりガラス」と共にあちこちを旅する女性の物語。
    身近なものに声をかけながら誠実に仕事を果たしていくのは、5歳で早世した弟の「喪の仕事」をしていたのだと、最後の数行で明かされる。
    終盤の2ページで、胸の中からこみ上げるものがあり、涙がにじんだ。

    孤独で、静かな時間の中に生きる登場人物たち。
    彼らが思いを寄せるのは、時に癒しになり時に現実を突きつけてくる生き物たちだ。
    それぞれは、与えられた自空間の中で真摯に時を刻んでいる。
    まさに、いつも彼らはどこかにいるのだ。

    生き物たちの美しさや優しさを描きながら、実は底辺に流れる存在の悲しみと不安を凝視する著者は、狭き門より入る求道者なのかもしれない。
    『最果てアーケード』以来の、静かに心を満たす感動作だった。

  • 小川洋子さんの短篇集。8つの物語が収められています。
    特に好みだったのは「目隠しされた小鷺」「チーター準備中」「竜の子幼稚園」。
    「断食蝸牛」のラストシーンには背筋がぞぞぞっと寒くなりました。

    小川さんの文章を読んでいると、いつの間にか物語の中のものに肌で触れているような錯覚を覚えることがあります。
    ウサギの胃袋の中にある黒々としてつややかな2つの球や、象牙のようにすべすべしたビーバーが齧った小枝、なめらかな曲線を描くひんやりとした身代わりガラス。
    そういったものたちが、ふと気付くといつのまにか手の平の中にあるように感じるのです。

    スーパーのデモンストレーションガールや日めくりカレンダーをめくる朝食専門食堂の男、「アルルの女」を流しながらやってくる修理屋…。
    この世界の片隅で誰の邪魔にもならないよう、ひっそりと生きている人々。
    彼らの孤独で、慎ましくひたむきな生き方に敬意を払わずにはいられません。
    きっと彼らはいるのでしょう、この世界のどこかに。

  • どこかに動物が絡んでくる短編を集めたもの。
    小川洋子さんらしい、ひそやかで切ない、心あたたまるというか、心が鎮まるような世界です。

    「帯同馬」
    スーパーで試食販売の仕事を続けている女性。
    モノレールで行ける範囲に限っていた。その理由とは。
    フランスで開催される競馬の凱旋門賞に出る名馬の緊張を和らげるため、付き添いで行く帯同馬に、思いをはせる‥

    「ビーバーの小枝」
    20年も自作を翻訳してくれていた翻訳者が亡くなり、家を訪問する作家。
    森の中にある家は快適で、その森にはビーバーが住む。
    翻訳家はビーバーが齧った小枝を机の上に乗せていた。

    「ハモニカ兎」
    町のシンボルであるハモニカ兎。
    その看板に、「オリンピックまであと何日」という日めくりが掛けられ、それをめくる仕事を担当する男。
    ところが‥?

    「目隠しされた小鷺」
    修理屋の老人はなぜか「アルルの女」をテーマ曲に流していた。
    小さな美術館の受付をしている女性は、老人がたびたび来館するため、しだいに顔なじみになる。
    修理屋もほとんど客がないようだったが、ある日‥

    「愛犬ベネディクト」
    学校に行かなくなってしまった妹は、ドールハウス作りに熱中するようになった。
    妹の入院中、愛犬ベネディクトの世話を頼まれる兄と祖父。
    ベネディクトとは‥

    「チーター準備中」
    hを手放してから何年たつか、考えないことにしている女性。
    動物園の売店で働いているたある日、チーター(Cheetah)のスペルにhが入っていることに気づく。

    「断食蝸牛」
    断食施療院に入院している女性。
    風車を見物に行くのを楽しみにしていたが‥思わぬことに?

    「竜の子幼稚園」
    調理補助の仕事を定年で辞めた後、身代わり旅人の仕事に就いた女性。
    身代わりガラスに依頼主の決めた小さなものを入れて首にぶら下げ、代わりに各地へ出向くのだ。
    代わりというよりも、一緒に行く気配を感じ取っていた‥

    センスのいいタイトルで、中身を期待させますね。
    淡々と働いている人々のささやかなこだわり、胸の奥にある悲しみ、目に映る光景の中のきらめき、意外なことが呼び起こす一瞬の思い。
    丁寧な文章に吸い込まれるように、どこかの世界に自分も入り込んでいる‥
    切なさとともに、じんわりと染み入るように、静かな喜びがこみ上げてきます。

  • 何かしら動物が出てくる短編集。
    動物たちは、そんなにがっつりとは物語に絡んで来ないが、さり気なくひっそりと寄り添ってくる感じ。まさに「いつも彼らはどこかに」というタイトル通り。
    ビーバーの骨の話と、最後のタツノオトシゴの話が良かった。かたつむりは思わず検索してしまい、寒気がした…。

  • ただ生きているというだけのことに意味を持たせようとしてしまう。
    そんな生き方をやんわりと否定しているように思える作品。

    偽りの思い出を得意げに語る小母さんの哀しさや、手製のドールハウスの中で静かに生きる少女の儚さや、3月3日が背負ってしまった喜びと絶望が、なぜかとても優しい。
    小川洋子さんの作品を読んでいると、誰かの大切な記憶の中をこっそりと垣間見てしまったかのような少しの罪悪感と、その人の悲しみを見て慰められたことによる苦味がかすかに残るように思う。
    自分とは違う。けれどよく似た絶望を知っている登場人物たちの不器用だけど実直な生き方にいつの間にか救われている。
    私ももう少し頑張らなくちゃと思う。
    そう素直に思えるのはこの作品が決して「頑張れ」とは言わないからなのかもしれない。
    どこにも行かなくても、目の前の壁から目をそらしていても、そこに立ち続けていることの頑張りを認めてくれている気がする。
    そんな優しさを感じました。

  • 誰から見ても、本人的にも、
    いつでもどこでも幸せ、そんな突き抜けるような
    幸福感に満たされている人間は世界広しと言えども
    そう簡単には見つからないだろう。

    ある程度の年齢を迎えれば、
    なんでも自分の思い通りにはいかないことを知るし、
    大切な人が自分の傍を離れていく悲しみや
    自分一人の心の奥に抱える孤独感、
    この先自分はどうなってしまうのかわからない不安、
    納得できないような気持ちの悪い不公平感など、
    幸福とは対極にある感情達の存在を知る。
    受け入れたくないのに
    力づくで入り込まれて、
    なんとか自分なりにやり過ごさなくてはならない
    気持ちを一通りは体験済みである。

    そんな複雑な感情を道連れにして、
    人は日々生きていくのだが、
    しかし、そんな「生きること」の積み重ねである
    毎日もそんな「苦難」だらけで
    出来ているわけでもない。

    ささやかな喜びや気がつけば
    そっと近くにいる小さな生命に
    心が温められる時もある。

    そんな生きることを
    コツコツ積み重ねる人々と
    小さな生命の交流の物語。

    この作品集では、人間同士の交流は
    あまり上手く出来ない、少し不器用な人々が、
    自分の周りにいる動物たちに「救われる」、
    「思いを寄せる」話が多く収録されている。

    職業も環境も、過去も違うのに、
    何故か登場人物達に気持ちが重ねることが出来て、
    少し戸惑う自分がいる。

  • うーん、小川ワールド!静かな静かな世界を堪能した。

    こんなに読者に親密に語りかけてくる書き手も珍しいのでは。まるで自分だけがそっと打ち明け話をされているような気さえする。優れた書き手は皆さんそうなのかもしれないが、小川洋子さんにはとりわけひしひしと、そういう気配を感じてしまう。マジックだなあ。

    「チーター準備中」と「竜の子幼稚園」が特に心にしみた。この二作に限らず、小川作品にはしばしば、心から愛する者を失った人たちが登場する。喪失はすでに取り返しがつかず、人は無力感と共に取り残されている。美しい世界は時に残酷で、その不条理を誰に訴えることもできない。

    さして不幸な目に遭ってきたわけでもなくても、きっと多くの人は漠然と不安感を抱えているのだと思う。この世界で居心地が悪く、なにかが間違っているような感覚。何とかうまくやっているつもりでも、ふいに世界の様相が一変して、呆然となすすべもなく立ち尽くすことになるのではないかという予感のようなもの。そういう、普段は意識しない心の暗がりに小川さんの言葉が届いてくる。

    それは胸に痛いはずなのに、そして確かに締め付けられるような痛みがあるのに、同時に穏やかに癒やされるものを感じるのが、作者のすごいところだ。繰り返し読むほどに味わいが深い。

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いつも彼らはどこかにの作品紹介

この世界が素晴らしいのは動物たちがいるから――震えるような感動を呼び起こす連作小説。たてがみはたっぷりとして瑞々しく、温かい――ディープインパクトの凱旋門賞への旅に帯同することになる一頭の馬、森の彼方此方に不思議な気配を残すビーバー、村のシンボルの兎、美しいティアーズラインを持つチーター、万華鏡のように発色する蝸牛……。人の孤独を包み込むかのような気高い動物たちの美しさ、優しさを、新鮮な物語に描く小説集。

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