魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─

  • 219人登録
  • 3.92評価
    • (12)
    • (27)
    • (11)
    • (1)
    • (1)
  • 24レビュー
著者 : 奥野修司
  • 新潮社 (2017年2月28日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104049028

この本を読んでいる人は、こんな本も本棚に登録しています。

有効な左矢印 無効な左矢印
森見 登美彦
宮下 奈都
村田 沙耶香
辻村 深月
ピエール ルメー...
エラ・フランシス...
中村 文則
三浦 しをん
恩田 陸
塩田 武士
有効な右矢印 無効な右矢印

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─の感想・レビュー・書評

  • 喪失に対する答えの出し方、ジェントルゴーストストーリーは生者の為に語られるもの。

    津波の影響やらで遺体の未発見も多かった時期に語られる話は、かつての戦死者が会いにくる話と同じで多分日本人の深層なのかなぁ。

    話すことで救われる事はありますよね。

  • あの世とこの世、日本人特有の死生観というか。魂の存在を強く感じた。

  • 霊界はある。肉体はなくなっても霊人として生きているというしか説明できない。
    科学で説明しきれるわけでもない。
    ただ落ち込んでいる時ではなく、前向きになった時に亡くなった家族が現れるのは霊界の決まりがありそうだ。

  • 震災に合い大切な方を亡くして途方に暮れて過ごしている遺族の方
    その生活の中で、亡くなった方が夢に出てきたり、
    第六感。または虫のしらせで感じたりした話が載せられている。
    私は震災経験はないですが、大切な人を亡くすと似た感情を知り
    もがき、夢で会いたくなったり、「これってもしや・・・?」みたいな
    偶然の一致や感覚を経験した事あります。
    だから、現実離れというよりは、実際にあったんだろうと思いました。
    1万8千人の方が突然命を落とし、その家族、友人、知人達にも
    それぞれの物語がある。
    亡くなっても近くにいて欲しい、感じたいと思って当然だと思います
    その感覚こそが、生きる希望に繋がっている。
    死と隣り合わせで生を生きている。

    その当時の凄まじい様子も垣間見れてきて、想像を絶する想いです
    遺体を捜す。豆が出来てつぶれても歩くしか手段がないから必死で探す
    見つけられても時間が経っていると袋に入っていて触れられない
    自分で火葬場を探す。見つからず山形まで行ったなど。
    放心状態で、空腹で、睡眠不足で、家も家族も失い
    何も出来る状態じゃないのに・・・。泣けてくる
    特に小さなお子さんを亡くした話は読んでいてもつらい
    魂でもそばにいてあげてと思いました。
    自分にもそばにいてほしい人はいる。時々感じる偶然の一致だけでも
    とても嬉しくそれだけで前向きになれる

  • やっぱり、あるんだなあ。

    人が死んだ時に、家族に会いに行く「お知らせ」現象や、当人の死期が迫っている時に、すでに亡くなった家族が会いに来る「お迎え」現象。その他、不思議なエピソードの数々。

    3.11で多くの方が犠牲になったが、残された遺族に、不思議な現象があったかどうかを、著書が聞き取り調査していき、この作品は出来上がった。

    実は、私の家族がオカルト本を期待して購入したのを、私が先に拝借して読んだ。これはオカルト本ではないので、そっち系が好きな人には、がっかりする作品だ。著者もあとがきで語っているように、極力、オカルト的恐怖体験は排除したという。

    3.11で取り残された家族の悲しみは、関東に暮らす私にはどうしたって本当のところまで理解はできない。
    ただ、この作品を読む限り、お迎えやお知らせを体験した方々が、死ぬのは怖く無くなった。むしろ待ち遠しい。あの世で大切な人と会えるから、というのを聞いて、少しだけ安心した。

    死ぬことは決して怖いことではないんだなあと、しみじみと感じる。作者の旅は続くそうなので、ぜひ、続編を期待したい。
    読んでよかった。

  • 震災で肉親を亡くされた方の、不思議な体験の聞き語り。
    突然の巨大災害で最愛の人を亡くした悲しみ、助けることができたのではという悔い、残った者として生きていかなればならない現実。そんな中、亡くなった方の気配や夢に支えられて、前に進み始めた遺族の話が16話掲載されている。
    理性的には信じがたい話だが、詮索せずにそのまま受け止めたい。
    お子さんや孫を亡くされた方の「成仏しなくていい、そばにいていつでも出てきて欲しい」という語りが胸を打つ。

  • 私自身はこういった体験を信じる方だ。
    亡くなった人が夢に出てきて意味のあることを言ったり、亡くなる直前に夢に出てきたり、影となって現れたり。
    亡くなった人を思い悲しんでいたら突然動かないものが動いたり。
    この本は、震災を体験した人の不思議な話をまとめたもの。
    どれ一つとして、それは勘違いなんじゃ?偶然でしょ?とは思えない。
    むしろそれが起こったことで、残された人の気持ちが一瞬でも穏やかになったのなら本当に良かったと思える。

    しかし、こういう体験をしたことがない人や、信じない人には、ただの面白話としか捉えてもらえないことが多いと思う。
    だからこそ、自分を救ったこの大切な思い出、体験を他人に話すのは勇気がいったと思う。
    きっと話していないだけで、こういう貴重な体験をした人はまだまだたくさんいるんだろうなぁと思った。

    どの体験も心打たれるけれど、やはり幼い子供に関する体験は辛いね…。愛猫の話も一つあり、胸にせまるものがありました…。

  • 霊体験というより、生きている人間の能力が起こしている、不思議だけど理にかなった現象だと思えた。

  • 所詮、科学で分かることはほんの少し。実証されなくてもきっとあると思う。

  • 不思議なことがいっぱい書いてあったが、実は僕は不思議と感じつつ、さもありなん、と自然に受け入れていた。

  • 記録としても物語としても共感できる。

  • 神戸の震災においてはこういった話はあまり無いそうである。東北は此岸と彼岸がなだらかに繋がっているのだろうか。

  • こういうことは、あっても全くおかしくないよなぁ。

  • 震災後の霊的な体験談。

    あれから数年経ち、少しずつこの様な話をしても良い雰囲気に社会がなりつつあるのだと思う。
    非科学、というのは簡単だが人生にとって大切なものほど見えないことが多い。
    幸福、愛、感動、心…見えるもの、手にとって触れるものしか信じないのでは人として、いささか寂しい感じがする。

    内容的にはオカルトを扱うTV番組のように面白おかしく恐怖を煽ったりするような怪談話ではなく、この世とあの世をつなぐ感動的な話に貫かれている。

    分からないからといって即座に否定することこそ、非科学的な態度とも言えるのではないだろうか。

  • 夢に出てくるのはともかく、壊れた携帯が光るとか、プラレールが勝手に動くとか、震災前のメールが届くとかいうエピソードを読むと、確かにそういうことはあるのかと思う。

    本書には書かれなかった体験談はいろいろあったらしい。

    本書を通して書かれるのは、家族を失った喪失感と、霊でもいいから近くにその存在を感じていたいという家族の切実な想いだ。

  • 私の祖父がなくなったとき、仕事の都合で葬式に間に合わなかった。実家で遺骨の祖父と対面した後、ふと携帯電話を見ると「着信あり」の表示。発信者は、昨日死んだはずの祖父の名前。ずっと誰にも言えなかった、この体験。何かの誤作動でそう表示されたと思い込むようにしていた。

    この本を読んだとき、そんな思い込みなんて必要なくて、祖父が挨拶に来てくれたんだと、思うようになれた。

    飛行機の中でこの本を泣きながら一気に読んでいたら、隣のバハレーン人が、心配したのかポテチやグミを私にくれた。

  • タイトルの通りです。 
    突然断ち切られた日常 逝った人、残された人 お互いに悔恨の念があるでしょう。 
    「あなたが生きたことは決して忘れませんよ。・・・多くの人の記憶に残るように、いつまでもいつまでも僕はあなたのことを刻みつづけますからね」 
    こういう経験談なら いくつあっても良いと思います。 
    続編を期待します。 

  • 民俗学の本であるような気がする。
    ノンフィクションとして書かれているようだが。

    著者本人も言及しているが、霊的な体験は「本当に霊なのか」という科学的な証明はできない。しかし「あの震災での哀しい別れの後に霊的な体験をしたと思っている人が沢山いる」ことは現実で、そして、少なくともここに収録された数の話が存在し、しかもこの著者は最低3回は同じ人に話を聞きに言っているそうなので、これらは決して著者の作り話でもなければ、インタビューを受けた人達の作り話でもないのだろうと思えた。
    私はどちらかというと幽霊とかを「見る」ひとの話は(特にテレビ等に出てそれらで金を稼いでる人達のことは)マユツバと思ってしまうタイプだが、ここに登場している、親しい人と理不尽に死別してしまった人たちが霊的な体験をしていることは、事実だろうと思えたし、そこに科学的な検証なんて必要無いだろうとも思えた。素直に、言葉通りに受け取ることができた。
    東日本大震災のことは非常に生々しくて多くの哀しみが今もなお深く残る中で軽々しく言えないけれど、人間の死者との関わり方の姿を見るという意味で、やはりこれは民俗学なのだろうと思う。

  • 泣くにゃ

    身をおき思いやる想像力があれば
    胸がじんわりあつくなるにゃ

  • 請求記号:369.31/Oku
    資料ID:50086322
    配架場所:図書館1階東館 め・く~る

  • 3.11の際に大切な家族を亡くしてしまった人たち。
    その中で霊体験をしたのが20%にも及ぶと話を聞いた著者が取材をした本作。

    家族の亡骸が見つかる際に出会う不思議な体験を基にオムニバス形式で話が進んでいくのだが、霊体験がメインというよりは生き残った人たちの人間模様がメイン。


    ●オススメ出来る人
    家族の大切さ。何気ない日常が大事な日々になるという事を気づかせてくれるという事を知りたい方にはオススメ。


    ×オススメ出来ない人
    霊体験を通じてどこかドラマチックであったり、感動的な場面を求めている人が読むと少し肩透かしを受けてしまうと思う。

  • 話題の一冊。3.11後の「霊体験」と言えるような不思議な現象・体験の取材を通して、生きる人々が、失った人々との物語をどのように再構築しようとしているのかを垣間みようとする力作。

  • 一瞬見た時のタイトルから受ける印象のような際物の本ではない。霊体験という言葉を使っているが、選ばれているエピソードの多くは、亡くなった人との夢の中での再会の話だ。著者が描こうとしているのは、突然の死に遭遇して生き残ったものたちが生きて行くためにどのように死を自分の中の物語に組み込んで行くのか、その姿だろう。著者はここで取り上げた「霊体験」の物語を「東北」という場所に結びつけて考えたい様子だが、これは濃淡はあっても、東北に限定されないもっと普遍的な物語であり体験であろう。死とともにどう生きるのか、を考えさせられる。

全24件中 1 - 24件を表示

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─を本棚に登録しているひと

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─を本棚に「いま読んでる」で登録しているひと

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─を本棚に「読み終わった」で登録しているひと

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─を本棚に「積読」で登録しているひと

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─の作品紹介

「いままで誰にも言えなかった――」喪った最愛の人との“再会”の告白。「亡き妻があらわれて語った〈待っている〉という言葉が唯一の生きる希望です」「兄の死亡届を書いているとき〈ありがとう〉と兄のメールが届いて」「夫が霊になっても抱いてほしかった」――未曾有の大震災で愛する者が逝き、絶望の淵にあった人びとの心を救ったのは、不思議でかけがえのない体験の数々だった。“奇跡”と“再生”をたどる、感涙必至のノンフィクション。

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─はこんな本です

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─のKindle版

魂でもいいから、そばにいて ─3・11後の霊体験を聞く─のKindle版

ツイートする