ひらがな日本美術史〈3〉

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著者 : 橋本治
  • 新潮社 (1999年12月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (261ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104061037

ひらがな日本美術史〈3〉の感想・レビュー・書評

  • 橋本治による、日本美術史の第三巻。

    時代区分は安土桃山時代である。
    鎌倉時代に一世を風靡した、運慶・快慶に代表される彫刻はもうこの時代には影を潜めてしまい、代わりに勢いを見せるのが屏風絵、襖絵である。

    彫刻はまず仏像であることが多い。
    寺を建立して仏像を奉納する、その主はまず貴族であった。
    その貴族が勢力を失い、代わって武将が文化の担い手となったとき、彼等が建てたのは寺ではなく城だった。

    そして彼等は広間の間仕切りとして使われる屏風や襖に美麗な絵を求めた。
    美術を、歴史のひとつとして見ていくとき、それも世の流れに沿って移り変わって行くのだ。

    さて、本書で建築物がふたつ取り上げられている。
    ひとつは家康を祀った日光東照宮、もうひとつは名城と名高い姫路城である。

    このふたつは、安土桃山時代と江戸時代という、ふたつの時代の特徴を色濃く反映している。

    日光東照宮は、家康の死後、息子秀忠によって建立されたが、その後三代将軍家光の代になって改造が施され、現在の形になった。

    つまり、最初に建立されたときはもっと地味な建物であったものを、家光が改造して「安土桃山風」の建物にしてしまったのだ。

    どこもかしこも装飾と意匠に溢れ、隙というものがない。
    それでいて破綻がなく、見るものを圧倒するほど美しい。
    安土城は焼け落ち、豊国神社は家康が破壊してしまった。
    今、安土桃山時代の建築様式を色濃く残すのは、高台寺と東照宮くらいかもしれない。

    しかし、家康が目差したのは実用第一の管理社会で、それは江戸城に天守閣がないことに象徴付けられると橋本氏は言う。

    高くて目立ち、敵の標的にされやすいにもかかわらず板壁で覆われて燃えやすい。
    それが天守閣である。

    そして、家康は焼け落ちた江戸城の天守閣を再建しようとはしなかった。
    徹底的に無駄を排除し、危険性のあるものは芽のうちに潰す。
    それが家康の目差した江戸時代という管理社会だった。


    一方、姫路城は別名「白鷺城」とも呼ばれ、その白い漆喰壁を特徴とする城である。
    日本で初めて城に天守閣を備えたのは織田信長と言われるが、彼が建てた安土城の復元模型と比較すると、姫路城がいかに洗練された形をしているかがわかる。

    だが、この白壁こそ

    「真っ白な漆喰で塗り固められた姫路城は、「耐火建築」なのである。当時の常識に従えば、これは、「美しさを排除した実用一点張りの建物」(P160)

    なのだと橋本氏は言う。

    では、なぜ姫路城は美しいのだろう。

    「姫路城は、奇跡のように出現した、「実用の美」なのである。「作る」ということになったら、昔の職人はいかに丁寧で見事な仕事をするかということの美をあらわすものが、姫路城なのであると、私は思う。」(P160)


    遠い古代は無理でも、時代が現代に近づいてくると、それを作った、あるいは作らしめた人々の心理を測ることができる。

    家光は尊敬するおじいちゃんの輝かしい業績を、なにより豪華な建物で、「おじいちゃんの頑張った頃の様式で」表したかった。
    家康は、おのれが仄かに思慕する女性が亡き夫への愛を貫くための寺を破壊しなかった。
    「とにかく焼けない城を作れ」と命じられた職人達は、知恵を絞ってその命に従いながらもかくも美しい城を作った。


    過ぎ去った日々を懐かしむために、あるいは未来への備えとして、時に「うつくしいもの」が生まれることがあるのだと、私は思う。

  • 3巻目。

    記録に残る史実が多くなってくると、厚みがでますね。
    女のものとカッコいいものがハイライト。

    北の政所がカッコイイ。

  • 長谷川等伯 meets Jazz!

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ひらがな日本美術史〈3〉はこんな本です

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