リア家の人々

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著者 : 橋本治
  • 新潮社 (2010年7月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (291ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104061129

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リア家の人々の感想・レビュー・書評

  • 何だかずっと昔から読んでいて、読み続けているような、ずっと知っていたような、懐かしい作品。とても、面白かったです。

  • 橋本治はずっとorthodox(正統)的な書き方で、小説を書き続けてきた。しかも、常に周りにいそうなごく「普通」な人にスポットライトを当たっている。そのところは、「普通の僕」を描く村上春樹とはいい対照になる。(村上の場合は自己基準の「普通」だが)しかも、橋本のほうは小説に歴史の重しを置く。どっちがいいというわけではないが、小説というジャンルの広がりをみせてくれたとでもいうか。
    特に「リア家の人々」は戦後から東京オリンピックまでの日本を描いたことは、1970年代を出発点とする村上とは時間軸的にはつながられる。ところどころに真実を含んだセンテンスに触れると、思わずどっきとする。まさに「妙語連珠」。

  • annex ~小説のススメ~ 爆笑問題 太田光:スミスの本棚:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京 http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/blog/smith/2010/12/post115115.html

  • 一族の歴史を紐解くことで見えてくる激動の時代――
    というコピーを自分で勝手に(読む前に)思って、それで読みだしたらなんだろう、橋本氏の口調のせいか、橋本氏=主人公・文三の視点で、明治に生まれた男の昭和考察、なんというのかな、新書的な解説に見えるのだ。
    時系列に沿って、あれが起きてこれが起きた。その見えざる連関がじつは云々、みたいな。

    で、新書だから、文三は終始「困ったことになった」くらいの距離感を保っているのだけど、唯一彼の(というか橋本氏の)考えがつよく透けるような気がしたのは、p280「(…)しかしその静の中にも、『小さな石原』は生まれていた――男の秀和の中に生まれた『小さな石原』よりも、もっと大きな『石原』が。」石原は静の彼氏だけれど、この表記、それから立場的にも(?これは全然、知らないけども)あの都知事を思い浮かべないわけにはいかぬ!

  • 前に読んだ「巡礼」がなかなかよかったので読んでみた。切り取られた時代設定がとても興味深い(終戦から東京オリンピックのあとくらいまで)。なんとなく知っていることや聞いたことがある程度の史実を織り交ぜて描いたひとつの家族の物語。でも温かくもないし感動もなく、わかりあわない、わからないまま終る物語。この人の描く不器用で古い男性の思考が、そういうことか、こういう人はこういう頭になっているのか、とわかるところが面白い。いつか再読したらまた違う味わいがあるかもしれない。

  • 戦後の昭和を舞台にした父と娘3人の家族の物語。

    分別と技術を持つ大人の作家が書いたと感じられる、無意味さや思わせぶりのないきちんとした小説で、最後までスイスイと読めた。

    私自身は末娘の子どもにあたる世代なので、各娘たちには全く共感できず。昔の女の人は大変だね、という感じ。これは戦後の昭和を舞台にしたほとんどの小説に感じること。父の在り方には非常に感じるものがあった。

    学生運動や体制・反体制といった時代の空気は正直、いまひとつわからないし、その時代を生きた人が思っているほど重要なことだろうかと感じてしまう。ひとつ納得できるのは、末娘の彼氏の石原のバカさ加減。しかし、そのバカさに見切りをつけた末娘のその後の行動は理解できす、何しろ昔の女性は生きにくかったのだなと思うばかりだ。

  • 『リア王』を下敷きに、戦後の日本の歴史を検証しながら、父権を中心としたひとつの家族が変貌していくさまを、登場人物の感情を克明に解釈しながら描く物語。
    橋本氏の小説は初めて読んだが、本当に「お勉強しました」という感想…。読むのにすごく時間もかかったし、やや疲れた。
    だからというわけではないが、「上手」とは思うけれども「好き」にはなれないな。個人的な好みの範疇で言えば。
    それはたぶんこの小説に「省略」がないことが原因だと思う。
    優れた小説には「省略」があり、そこから何を読み取るかで、読み手の能力を試される。あるいは「行間」と言うべきか。
    それがないのだ。たぶん橋本氏は意識的にそう書いているのだろうと思われるが、とにかくすべてを提示してくる。
    そういう小説にはあまり魅力を感じなかった。それだけである。

  • The橋本治....ってカンジの良作♪
    昭和の歴史を織り交ぜながら淡々と流れる家族の物語。
    その時代をリアルに知らない(終盤の方は子供心に少し知ってるw)ので、作者の本当に表現したかったことは理解できなかったのだと思うが、(私の時代には)教科書に乗ってなかった日本の現代史、少し勉強してみたくなった。

  • 【新歓企画】ブックリスト:「大学1年生のときに読んでおきたい本たち」
    「文学というものは、自分で選んで作っていくものですね。自分で自分にふさわしい文学を作って、そのことをもとにして自分の人生っていうものを作っていかなくちゃいけない。本というのは、そういうもんなんですね。/それを読んで、「これはすごい!」と思えたら、もうその作品は自分にとっての「すごい文学」になりつつある。なりつつあって、でもそう簡単になれたりはしないというのは、やっぱり文学が評論家なんていうメンドクサイものが存在するややこしい世界だからですね。/自分は「これがいい」と思う。だからって、それがそのまんますぐれてるかどうかは分からない。人は「つまんない」と言うかもしれない。だから、そういうことが知りたくなって、友達に「こういうのがおもしろかった」と言いたくなるし、「読んでみなよ」と言いたくもなるんです。“批評”というのは、そういうところから生まれる。/本というのは、結局センスなんです。だから本の選び方というのが重要になる。まずその話をしましょう。/本というのは、自分で読まなくちゃいけない。一生懸命読みとおすというメンドクサイことをしなくちゃいけない。だもんだから、本を手に取る時にはみんな悩む。「読むなんてメンドクサイことをして、でもそれが結局はつまんなかったなんてことになったらどうしよう、時間のむだだしな」とか。それで本を選ぶ前にはアレコレと悩むわけですが、これはしょうがないですね。一度は失敗をしてみなきゃいけない。/自分の読んだ本がつまんなかったら、「自分が本を選ぶ直感はこの程度のものでしかないんだ」ということが分かるんだから、そういうレッスンを積まなければならない。CD買ったり服買ったりする時には直感を働かして、そのセレクションが失敗したら自分のせいにする。似合わない服を選んだのは自分のせいで、それをデザイナーのせいにはしないでしょうが。/センスというのは、服買う時にだけいるもんじゃない。本を選ぶのはセンスで、これはもう本を何冊も読んで磨いていくしかない。だから「失敗しなさい」と言うんですね。何度も失敗していけば、その結果、「一体自分はどういう本を読みたいんだろう?」という疑問だって浮かんでくる。「自分の読みたい本」という必然性は、そこからしか浮かびあがってこないもんです。」(橋本治)【U.K.】

  • リア王のあらすじを見ましたが、三人娘ということ以外特にかかわりはないのですかね。続編が出るのですかね。
    それで終わりかよ!という終わり方でびっくりしました。

  • リア王をきちんと読んでないので比較のしようがないが、タイトルで宣言しているのだから、下敷きにしているのだろう。戦前、戦後の動乱期、公職追放と復権、学園闘争までの昭和史に父親、娘3人のそれぞれの思いが書き込まれていて、キャラクターに納得できるし面白い。
    最後は、終わってなさそうなので、続くのかな。

  • 昭和初期のたわいも無い家庭を描かれた小説である。先だたれた妻と三人姉妹との女性ばかりの家庭環境が、みょうに身近に感じた。昔ながらの男子は、家事もやらず、動かず、語らず、硬い生き方がしみじみと感じ取れた。しかし、いつの時代でもどんな小説でも、女性は強く感じる(笑)また、男は、いつの時代でも同じ生き物だ(^-^)

  • 形骸化する家父長制の家族で暮らす父と三人娘とその周囲の人間の心の動きの機微と、戦後から昭和40年代前半にかけての社会の大きなうねりとをまったく同じ手つきで見事に描き出す。どちらが主でどちらが従でもない。橋本治にしか書けない小説。彼がこの三部作を経てどのステージに進むのか楽しみだ。

  • 橋本氏らしい1冊。戦後、昭和の時代の家族のあり方を今理解し行うのはもう無理

    作品の紹介
    もの言わぬ父と、母を喪った娘たちの遙かな道のり―。公職追放と復職。妻の死と夫の不実。姉娘の結婚と父への愛憎。燃え盛る学生運動と末娘の恋―。ある文部官僚一家の相克を、時代の変転とともに描きだし失われた昭和の家族をよみがえらせる橋本治の「戦後小説」。

  • 戦後、公職追放を受けたものの、復帰し、文部官僚一筋に生きた役人中の役人、文三とその娘3人の家族の物語。

    読み終えると、崩壊する家族を描いているような気がするけど、そうではない。描かれているのは明治から昭和への時代の波に乗って、生き抜いた普通の現代家族だ。

    家でも仕事でも物言わぬ父と、家から付かず離れずな関係を維持する娘たち。その娘たちも生きた時代によって、家に対する考え方は3者3様。特に学生運動の影響を受けた3女は、仕事も恋愛も親の扶養も自分で選ぶことができる、まさに現代の女性。

    娘3人という設定はシェークスピアの「リア王」と同じだが、文三の存在感は暴君、リア王には遠く及ばない。それこそが、今の時代の父親像なのだ。ちょっと悲しいけど。

  • 明治生まれの砺波文三とその家族の話。文三は帝国大学を出て文部省に入省した。戦争を経て公職追放、そして復職。昭和の時代を描きながら、東京オリンピック、ベトナム戦争、大学紛争、などの背景がわかり感慨深かった。☆4つは付けたけれど決してうれしい読書とはいえなかった。日本に巣食うどうしようもなさの根っこが、あれもこれもと綴られている。文三のような男はめずらしくは無かったのかもしれない。家庭では口数少ない家長。自分を語る言葉は無く、家族に対して何か聞きたくても返される答えを怖れて何も聞けない。情けない。意気地がない。官僚の秩序の中で安定して疑問を持たない文三。わからないことを理解しようとしない。理解できないことには無関心である。今にも続く哀しい日本のメンタリティ。読んでいて脱力した。誇りをもてない日本だ。橋本治が書き著した昭和は、ノスタルジックでかたずけずに、葬りさられようとしていた当時の人たちの気持ちのありようをわかりやすく浮かび上がらせてくれた。その時その時でずるしたり、放ったらかしにしたことがあって、今の日本のいやな所に続いてきているのだなと思う。読みごたえがありました。

  • 明治41年生まれの砺波文三と三人の娘たち。
    戦後から1968年までの「昭和」の家族が描かれている。
    末娘の静ですら私よりも上の世代の人たちなので、懐かしいというよりは、こういう時代だったのかと歴史の確認する感じ。
    大学紛争については説明を読んでもよくわからない。
    この時代の「熱」だったのだろうか? 

    「リア王」を読んでみたくなった。

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リア家の人々の作品紹介

もの言わぬ父と、母を喪った娘たちの遙かな道のり-。公職追放と復職。妻の死と夫の不実。姉娘の結婚と父への愛憎。燃え盛る学生運動と末娘の恋-。ある文部官僚一家の相克を、時代の変転とともに描きだし失われた昭和の家族をよみがえらせる橋本治の「戦後小説」。

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