- Amazon.co.jp ・本 (428ページ)
- / ISBN・EAN: 9784104066018
感想・レビュー・書評
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もし自分が17歳のときに25年という歳月を突然超えてしまったらどう行動するだろう。茫然自失するばかりでこの主人公のようにはできないだろうな。
彼女自身の性格によるものなのか、時を超えたと思って実はただの記憶喪失だったのか、最初は42歳というからだを纏った女子高生の思考が先生らしくなっていく、その文章がスゴイ。
だけど意地悪く思うなら、例えば25年後の職業が高校教師じゃなくOLだったらまた違った展開になっていたろう。女子高生だったからこそ高校という職場に戸惑いこそあれ馴染めていけたろうから。
それと25年前の女子高生は今の女子高生と違って化粧なんてしてなかっただろうから、42歳になって化粧しなきゃいけなくなっていろいろ戸惑ったろう、そんなシーンもあったら面白かったのに。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
設定自体は面白いけれど、途中からただの国語教師の話になってしまい読むスピードが落ちてしまった。作者の方が国語教師だったからなのかなあ( ´△`)
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高校生から今の年齢までにあったいろんなことがすべて空白だったら、私ならどう生きられるだろうと考えさせられる。子どもがいると認識した時の気持ちなど、主人公の心の動きの描写は、男性作家とはおもえないほど繊細。先に芝居で観て芝居もとてもよかったけれど、改めて文字を追ってもとてもよかった。
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独特すぎる文面で入り込めなくて…でも人に勧められたから、だらだらと一応がんばって読んだ(*´8`*)最後は好きだった♪
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北村薫の著作は初めて読んだのだが、
「なんだか、若々しい文体なんだな」というのが、第一印象。
主人公が17歳で一人称語りなので、
当然といえば、当然なんだろうけれども、
いかにも17歳っぽい。
ところが、物語が進むにつれて、文体も大人っぽくなってゆく。
設定がそういう設定なのだが、こういった表現の変化を生み出せるなんて、
「さすが!」と思ってしまった。 -
ー若い時間を飛び越えて、とつぜん42歳の子持ちになっていたら。
それはとても恐いことだ。
真理子は自分の”今”に納得出来ないながらも、そのまま42歳として国語の高校教師として教壇に立つ。これが、彼女が活き活きいられたポイントだろう。
かつての、ほんの数時間の眠りに着く前の自分と同世代の生徒たちと過ごす時間。
元高校教師である北村薫さんならではの、生活感ある学校生活の雰囲気が好きです。
部活の挫折、母の看病。「そういう子もいるんだ」といえる先生は、生徒の姿がよく見えているのだと思うんです。
初読は15歳。42歳になって読んだら、違う気持ちになるんでしょうか...。
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ついに単行本で手に入れた…!
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内容(「BOOK」データベースより)
昭和40年代の初め。わたし一ノ瀬真理子は17歳、千葉の海近くの女子高二年。それは九月、大雨で運動会の後半が中止になった夕方、わたしは家の八畳間で一人、レコードをかけ目を閉じた。目覚めたのは桜木真理子42歳。夫と17歳の娘がいる高校の国語教師。わたしは一体どうなってしまったのか。独りぼっちだ―でも、わたしは進む。心が体を歩ませる。顔をあげ、『わたし』を生きていく。 -
昔ターンを読んだけど、スキップも面白い!