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みんなの感想・レビュー・書評
生きること
それを気付かせてくれる
情報社会でどのようにあるべきか
話がいろいろと飛ぶが最終的に落ちつく
おもしろい本だった
最近の若者は云々という枕詞は古今東西を問わずよく使われる。しかしこれは「若者」という言葉を「老人」に変えたとしても成立する。つまり、情報の質としては極めて低いほとんど愚痴に近い嘆きだろう。そこには余裕というものがない。多くの人が理想するような老人像には笑って許すという懐の深さあるだろう。水戸黄門もよく笑っている。だから国民的に人気なのだろう。どういった老人になるかあるいは、、なるべきかという仮想思考は中々面白い。自分としては「年をとったらあんな年寄りになりたいな」と若者にいわれるような年寄りになりたいと願う。
養老訓
1)不機嫌なじいさんにならない
2)感覚的に生きる
3)夫婦は向かい合わないほうがいい
4)面白がって生きる
5)一本足で立たない
6)こんな年寄りにならないように
7)年金を考えない
8)決まりごとに束縛されない
9)人生は点線である
刀を斜めに振る際の縦と横の動きを、という話は本当に共感。
それを人付き合いに繋げるあたりがさすが養老先生。
どんな事にも言える事だと思います。
自分が渋面ヅラしたお爺さんになるか。
笑顔なお爺さんになるか。
これから次第でどうにでもなると思うので、なるべく後者になるように。
うん。
養老孟司の論点は、実はどの本も同じと思う。
なので論点だけを抑えるならば一冊で十分だろう。
逆に論点を理解できないのならば、理解のために複数の著書を読んだ方がよい。
また、論点を抽象的な方向や具体例に求めるならば、多数の著書を読むのがよい。
読書にばかりふけると自分で考える癖がつかなくなう。仕事をするときは本をあまり読みすぎずると、そちらに引きずられてしまう。/意外と世の中には一本足で立っている人が多い。男性の場合はとくに仕事一本という人が多い。本当は仕事があって、趣味があって、家があってとなれば少なくとも3本になる。/肝要なのは分相応。自分でできること、身の回りのことをきちんとする。/都会のひとは仕方がないといわないひと。自然の中で... 続きを読む »
「養老センセイ」タグ、作っちゃおうかしら。 山岸俊男先生の『安心社会から信頼社会へ』と奇しくも同じことを言われている節があって、深く納得。 信じないこと(信頼関係がないこと)のリスクは計り知れないね。いや、最近、忘れそうになっていた。 まあ、世の中、だまされることも多くて、裏切られることも多くて、いかに人を信じようとしても、もういい加減やめようか、っていうか、人ってみんな裏切るじゃんかっ... 続きを読む »
久々にこうゆう本読みました。こういう爺さんになりたいな。
欲がなく外的なものに振り回されることがないような人。
そうなりたいと思うけど若いうちはどうしてもねぇ。
思いがけないものが「幸福」とはまさにそうだと思いました。
幸せになりたいなんて思うもんじゃないですね。
「バカの壁」に代表されるように、養老孟司さんの本は読まれていると思いますが、この「養老訓」は、私くらいの初老期に入った人間にはとてもありがたい本です。
養老さんの、他の本と特に違ったことが書いてあるわけではないのですが、最初の章「不機嫌なじいさんにならない」という言葉に惹かれました。
「人間五十を過ぎたら、損得で生きるのはやめよう。損得なんて大したことじゃない。」
「歳をとったら、金よりも体力が大事。ポケットに百万円入っているより、ちゃんと歩ける方がずっと幸せ。」
「人間は、眠る度に意識が途切れている。だから人生なんて点線。死とは、眠ったまま起きないこと。」
「すべてを明文化して一律化したら、社会的コストは高くつく。」
これからの私には、うれしい話がならんでいます。
自分と妻、そして親の年齢、そして自分の老後。
とりあえず、かりかりせず、ほんわか生きれればいい。
と思うのだけれどそれを実現できるだろうかと
不安になる。
自分も含めて、世の中世知辛くなくなっていけば
いいなぁと思う一冊。

「A=B」という概念的なものばかりに捉われていると、感覚的な思考が鈍ってくる。





