養老孟司の大言論〈1〉希望とは自分が変わること (養老孟司の大言論 1)

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著者 : 養老孟司
  • 新潮社 (2011年2月発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (252ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104160044

養老孟司の大言論〈1〉希望とは自分が変わること (養老孟司の大言論 1)の感想・レビュー・書評

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  • 三葛館一般 914.6||YO||1

    本書は季刊雑誌『考える人』に連載された文章が単行本化されたものになります。
    著者の考えや、体験をもとに考えたことなどをエッセイ形式の文章にしています。1つの事象を取り上げても考え方は十人十色というのは当たり前ですが著者の考え方は、また独特な一面を持っており、そこに面白さを感じることができます。
    「情報不変・人間変化」の中に希望を見出すことができるという、著者の主張をみなさんはどのように考えるでしょうか。非常に読み応えのある1冊です。
                                  (うめ)

    和医大図書館ではココ → http://opac.wakayama-med.ac.jp/mylimedio/search/book.do?target=local&bibid=60816

  • 養老先生がどんなことをやってきたヒトか、一冊である程度わかってしまう。なかなかエコノミーな一冊る

  • この本は人生におけるスパイスである。作者はものごとの本質を常に問い続けているからだ。
    「読書は目的ではなく、象徴的行為、すなわちシンボルである。」ということを述べている章がある。そして現代人の我々は「それ自体が目的ではない行為」にばかりだとも言う。その理由を本人の行動により説明しているのであるが、昆虫に執心し、解剖学で様々な功績を作り、読書をしまくり、たくさんの図書を執筆していることから来る迫力はハンパではない。
    また、この本を読んで得た教訓は、何かトコトンやり続けることの重要性である。自分を振り返ると、極度の完璧主義である。しかし、直ぐに日和ってします。最後まで続けない。その理由は失敗を怖れているからである。しかし、筆者にはそれはない。むしろ失敗して当たり前という覚悟がある。その源泉はもちろん彼の趣味である「昆虫採集」にあると邪推する。何故ならばそれは失敗知ることでしか向上しない活動だからである。
    ゆえに自分は悔やんでしまう。覚悟を持ってやり切ることがあまりに少なかったことを。

  • 著者の本はこれまでに何冊か読んだが、本書はかなり難解であり、1度読んだだけでは、なかなか理解が出来ない。著者の思考レベル(思考の深さ)に到達していない自分の未熟さを思い知らされる。
    一見、ひねくれおやじの独り言のように読める文章が多いが、よく考えてみると、やっぱりまともなことを言っているいるのでは、と思う箇所がいくつか出てくる。現代社会の中で多数意見に流されつつある(思考停止化している)大衆への警鐘ともとらえることができる。
    当たり前を当たり前としない、逆さメガネ的発想、常にこれが本当か、という疑いの目を持つ心構えを見習いたい。
    印象に残った文章。
    約束は言葉で、言葉は情報だから変化しない。変化する人を変化しない情報に結合することこそが、約束あるいは契約なのである(225ページ)。

  • バカの壁もそうだけど、頭よすぎ、ふつうの人の上いっている!他のエッセイとは違う!

  • 資料ID:W0164917
    請求記号: 914.6||Y 84
    配架場所: 本館1F電動書架C

  • 「考える」ことは、自分の意識の中に埋没すとることではない。そこからなんとかでようとする作業である 人間とはもっとも凶暴な動物である 真理は単純だが、事実は複雑である 人間の欲するものは、実は事実ではない 人間は平等にはできていない 万人に与えられたものが良識なのである 

  • やっぱりいいなあ と思う 安定の養老先生 人生に大切な価値を思い出させてくれる

  • タイトルと内容はあまり関係ない。エッセイ

  •  日本には「エリート」が存在しない。ノブレス・オブリージュ、持てるものの責務として民を導くという社会的に是認されている階層がすっぽりとなくなってしまっている。こうした兆候は、戦後日本社会では顕著である。戦前においては貴族、華族、旧制高校など確たるエリート集団があったが解体されてしまったからである。また、民を導くというのは本来政治家の役割であろうが、もはやエリートとしての政治家は過去の産物となっている。まったく嘆かわしいことではあるが、それが現状であろう。とはいえ、日本は一人ひとりの平均的な能力は世界でトップレベルである。寺子屋方式から連綿と受け継がれている全国的な教育の行き届きは現代においても健在なのだ。こうした背景もあって、ある人がある日エリートに選ばれ、ある日エリートでなくなるということが起こるのである。つまり、生前からエリートとなるべく運命づけられるというよりは、たまたま選ばれて成り行きでエリートとしての仕事をするというのが実情であろう。そういう意味で選良という言葉はほとんど死語になっているといっていいだろう。全人的な卓越者としてのエリートではなく、問題解決の専門的能力をもった人物というのが正確な日本のエリートの姿なのだ。やるべきことが明確だった戦後はこうした行き方が日本にはあっていたのだろうが、現在では明確な全体としてのビジョンを示すものがいないという事態に陥ってしまっている。根本的な問題はこのあたりにあることはうすうすみんな気づき始めているようだ。

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人は死んで、いなくなる。ボケたらこちらの勝ちである。木の葉のつき方にも複雑な規則がある。問答無用、ドカンは困る。私は純粋行為主義者である。人間の実質は不平等だが、民主社会は平等を要請する。「良識は万人に与えられている」。9年間40万字を費やし、到達した「大言論」シリーズ。全著作リストつき。

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