春になったら莓を摘みに

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著者 : 梨木香歩
  • 新潮社 (2002年2月25日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104299027

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春になったら莓を摘みにの感想・レビュー・書評

  • 梨木さんのような本物の留学というわけにはいかないが、イギリスで2回、夏休みの一か月間を下宿して過ごした。だからいろんな国の人が来ては去りすること、彼らとコミュニケーションはできるけれど基本的に分かり合えないこと、ときどき通じ合えたような気がしてうれしかったことを思い出した。空港での緊張、窓の外に大きな木が見えたりとか、車で走るとすぐ羊に会ったりすることも。
    ただしその後の20年、自分はただ生きていただけなんだなあと、卑下するわけではなく思う。イギリスが好きだからわざわざアルバイトをしてお金を貯めて行ったのに、その後わたしのなかの「英国的なものを入れる箱」にものが増えることはなかった。むしろ拡散して散り散りになってしまった。生活で精いっぱいというわけでもなかったはずなのに、目先のことにとらわれて自分を育てることを怠けていたのだろう。自分の中がスカスカで心もとない。
    こんな風に人を自省的にする何かが梨木さんの文章にはある。温かいけれどウェットではない態度。とても大人だと感じる。

  • 世界にたくさんいる人たちのそれぞれの人生を考えさせられたというか,感想が表現しにくい。けど,外国に出るんだったら,その前に読んでおきたい本だと思う。

  • 私の思想の根幹をなすバイブル

  • 何だか話の内容が頭に入ってこなかった。

  • 著者の英国時代を書いたエッセイでした。異国での生活を通して少し悔しい事も書いてありましたが、全編を通して異国で暮らしたからこその感性のようなものを感じられて、最後はとても暖かい気持ちになりました。受け入れる、ということの難しさ。それは自国にいる方が気付きにくい事なのかもしれません。梨木さんの本は何作か読んで作風の違いに驚いたりもしましたが、それもなぜか納得できるような気もしました☆

  • チクリチクリと、いたる所でいろんな批判してて、読んでてイヤな気分になる。げんなりする。何様?

    ☆1.5

  • 旅行書ではわかりえない、薄い膜の向こうのイギリス。

  • この筆者の初めて読むエッセイ。
    エッセイなのに、短編集を読んでいる様な印象だった。
    英国や日本、NYと目まぐるしく場所は変わっても、流れる空気感は変わる事なく、ぶれる事もない。この筆者の書いてきたどの登場人物よりも本人が一番印象に残った。

  • 『裏庭』『西の魔女が死んだ』の著者・梨木香歩のプロフィールには、きまって大事そうに「英国の児童文学者ベティ・モーガン・ボーエンに師事」という一文がある。ベティ・モーガン・ボーエン、何だか呪文のような名だが、この本でウェスト夫人として登場するのが、その彼女だ。
    『春になったら苺を摘みに』は、梨木香歩が英国で過ごした20代の頃の物語である。そう、物語のような語り口はやわらかく、いっそ小説だと思って読んでしまってもいい。ロンドンのような都市ではなく、羊のくそを踏みまくるような田舎暮らし。しかし、田舎暮らしもスリルに富んでいる。

     下宿のおかみ・ウェスト夫人は、どんな人種のひとであろうと、困っているなら手をさしのべずにはいられない、軒下提供元にならずにはいられない、徹底した博愛精神の持ち主である。多くの人種の住人たちが出入りする下宿生活、気持ちが触れ合う時とすれ違う時、どちらも悲喜こもごもに綴られる。
     いかに寛容な夫人にも、理解できないことはたくさん起きるが、「理解できないことも受け入れる」姿勢の美しさ、本当の優しさが、静かにしみいる。一応は「これだから、もう」というポーズをとりながらも、夫人を尊敬している梨木さんの声が行間から聞こえてくる。 
     たくさんの国籍、さまざまな文化圏、宗教圏、風変わりな習慣。圏外の人間から見たら、奇怪な言動も多々ある。時には理解できないを通り越して、理解に苦しむ(文字通り苦しむ)ことも。
     今のところ、人々は分かり合えないし、分かり合えないということが大事なのである。というのが、一つの答えなのだが。身をもって充分に、分かり合えないということを分かっているはずの著者が、こう書くことの深さ。


     そうだ
     共感してもらいたい
     つながっていたい
     分かり合いたい
     うちとけたい
     納得したい
     私たちは
     本当は
     みな


    -レビュージャパン掲載分『分かり合えないということを分かっていても分かり合いたいと』

  • 英国滞在時のことをつづったエッセイだが、内容の時期が前後して語られたりするので、わかりづらいところがあった。
    ただ彼女がウェスト夫人のもとでいい経験をしたんだということがわかって、うらやましかった。

  • 『三四郎はそれから門を出た』を読んたときに、三浦しをんが今まで読んだ中でベスト3に入るくらいのエッセイと書いていたので、興味を持って読んでみた。実は『西の魔女~』があまり好きではなく、昔読んだ『りかさん』『からくりからくさ』にも冷めていたので、どうかな~と思って心配であったが、このエッセイは大変よかった。

    学生時代に滞在していた英国サリー州のプライトンのS・ワーデン。
    下宿先のウェスト夫人はクェーカー教徒のアメリカ人だが離婚した後も英国に住み続けている。
    彼女を中心として、梨木さんやかかわった人々との思い出が語られているのだが、すべてのかかわりが梨木さんの文章によって編み物の模様のように美しく、繊細に描かれている。ただ、美しいだけではなく、時としてひどく残酷なことだったりもするのだが。
    ジョーのこと  信じられないくらいドラマティックな出来事ばかり起こるタイプの女性

    王様になったアダ ナイジェリアン・ファミリーの父親
    ボヴァリー夫人は誰? 脚本家ハイディ・トーマス
    子ども部屋 グラスミアのグレンソン、ドリス(ナニー)
    それぞれの戦争 ウェスト夫人の父親の話と日本での日系人との話
    夜行列車 トロントからPEIへ行く列車の話
    クリスマス NYのクリスマス
    トロントのリス イスラエル
    最近のウェスト夫人の手紙から

    謝罪要求する彼或いは彼女が望むことは、本当は「対等」の立場を奪回さうることなのだ。虫けらのように扱われた、そのときに一瞬でも変容してしまった自分の意識ー哀れみを乞う、卑屈になる、怯える、徹底的な劣位を体験するー自分の身の上起こったそういう感情を払拭することだ。そして自分の身の上に起こったことの本当の意味を分かってもらいたい。痛みをそれぞれ個人のレベルの痛みとして感じてもらいたい。それが形を変えて補償金要求になっていく。せめて相手国家の懐ろを痛めて欲しい。よくある犯罪加害者に対して「同じ目に遭わせてやりたい」という被害者側の発言も、恨みの響きをまとっているが根は同じところから発しているのではないか、起こったことの本当の意味を分かって欲しいという。そして意識の様々な層を貫いてそういう表現になる。
    彼、或いは彼女らの心を相手が本当に悼んでくれたと、彼或いは彼女らがかんじることができたら、そのときやっと本当に「それ」が終わる。
    そうだ
    共感してもらいたい
    つながっていたい
    分かり合いたい
    うちとけたい
    納得したい
    私たちは
    本当は
    みな

    でもそれは本当に難しく、その葛藤の中で生きることは疎ましく、ときにモンゴメリのように堅く殻を閉ざし、群れを遠く離れてしまいたくなる者もでてくるのだ。

    理解はできないが受け容れる。ということを、観念上だけのものにしない、ということ。

  • 人と人とのかかわり、つながり、人を思う心。
    いろんなことを思う。
    なんとなく、あたたかくなる。

  • 梨木香歩さんのエッセイは好き。
    私のフランス人の友人にウェスト夫人に似た人がいて、彼女のことを思い出しながら読んだ。
    さらにイギリスを旅行したときのことが思い出されよかった。

  • 普段エッセイには手を伸ばさないのだけれど、おもいきって挑戦してみました。英国の生活について、わたしはまったく知識がないので想像の及ばないところもあったけれど、それはそれでよかったのかなと思えました。

  • どこにでもパワフルなおばちゃんはいるんだなぁ!上品で、生きる力がみなぎっていて。

  • 著者の海外での日常や見聞きしたことを記したエッセイ。平和な世界になってほしいと痛感する。

  • イギリスでの生活を語る。こうやって生きたいものだとつくづく思った

  • 梨木さんがイギリスに滞在していた頃の(おそらく記憶をたどった)エッセイ。書かれる物語も大好きだけれど、不覚にもエッセイにうちのめされていちばん好きな本になってしまった。異国に滞在した人なら覚えのある、自分の場所でないところにいる居心地の悪さとそれにともなう少し静かな目線。その目で眺めるひとびとの営み、異国の風景と出来事としずかに心に沈殿していく困惑と理解。ここではない場所、にいて思索の海に溺れたことのある人はきっとすごく好きになっちゃう本だとおもいます。人間て善意にあふれててそして滑稽で愚かなあいすべき生き物だなあと静かに静かにひとり目を細めているような気分です。

    『ぐるりのこと』もとてもよかった。

  • これから何度も何度もページをめくることになるだろう大切な本。この装丁に惹かれながらも当時、大学生だった私はあまりエッセイに興味がなく、本の存在は知っていても素通りをしていたのに、気がついたら手にしていた。それも出合うべくして出合った、あの時の私には必要なタイミングで。
    「分かっていないことは分かっている」
    「理解はできないが受け容れる」
    この言葉にはっとさせられたのだった。

  • 2012/11/22  県立図書館・・・再拝借。3.11のブログに記載があった。・・・どこ?どこ?

    2011/0324県立図書館。

  • 「人と人とが本当に理解し合うなんてことはないんじゃないかな、と私は言う。まぁ、それでも一緒にコーヒーは飲めるわけだし。」


    著者のイギリス留学時代の経験を振り返る形で描かれる、コミュニケーションを見つめる一冊。
    読んだことない作家のエッセイ本は、私にとってリスクの高い博打(ここで嫌いになると他の著書まで読まなくなる)と承知の上で、装丁と題名と「理解はできないが受け容れる」という背表紙の言葉・・・要は「雰囲気」に惹かれて手にとってみたところ、非常に好みだった。
    この著者は、人との出会いや日々の一秒一秒を、丁寧に生きてきた人なんだろうなぁと・・・連なる言葉がそう思わせる。
    優しいわけではないけれど、安堵を誘う。すてきな雰囲気だと思います。


    「異邦人」として生活し、他の「異邦人」との交流を通じて自分と相手の間の心的距離を意識する・・・
    人生の半分以上を海外で過ごした私の中で、形はおろかその存在さえぼやけて見えていなかった思いや感情。その正体が、彼女の低音で綴られているのを見るのは、うれしかった。
    人を人たらしめるものは、各個人の過去の環境と経験と、それらを吸いあげた「まなざし」であるから、そんな人間同士が互いを理解しきるなんてのは無理だと私は思う。その上で、「そうか、君の世界はそうなのか」と受容できたらいいとも思う。「自分の世界」を維持した状態で、相手の世界を自分の中で維持させるのは、なかなかどうして難しいけれど・・・その難しさに挑む気持ちが清廉かなぁ。とか。

  • 2003年4月7日読了。

  • エッセイって、著者の実生活を面白おかしく書くか、淡々と日々の出来事を綴るものとわかれると思うけど、本書は間違いなく後者。梨木さんがイギリスで過ごした日々について、ゆっくりと丁寧に語られています。
    面白い!と笑って読む本ではないけど、異文化コミュニケーションの本として読むと興味深い内容です。梨木さんのエッセンスはたっぷりだと思います。

  • ともすれば、零れ落ちそうな思考。

    見た・聞いた・触れた瞬間のとめどなく溢れるイメージや思考を、大切に文字にしたらこんな文章になるのだと思う。

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春になったら莓を摘みにの作品紹介

「理解はできないが受け容れる」著者が学生時代を過ごした英国の下宿の女主人ウェスト夫人と住人たちとの騒動だらけで素敵な日々。

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