家守綺譚

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著者 : 梨木香歩
  • 新潮社 (2004年1月1日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (155ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104299034

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家守綺譚の感想・レビュー・書評

  • 読んでいる途中は評判の高いこの本を私は楽しめているのかなんだか不安で、集中力を欠くことも多かった。
    ところが、いったん読み終えてみると物語の舞台となった京都の外れだろうか、訪れたこともないこの地を綿貫とともにゴローとともに時には漂い時には立ち止まりとすっかり知り尽くしたような気分になるのだから不思議だ。
    私もキツネやタヌキに化かされてしまったのか。

    夏の終わりに読むにふさわしい本だった。
    秋の夜長に虫の音を聞きながらページをめくるのも良いかも。
    気負わず力まず物語の世界を楽しむのが良し。
    私の乏しい草木の知識では景色がすぐさま目に浮かぶなんて無理な話。
    そこはネットの力を借りながら(笑)
    いや、ドクダミくらいは分かりましたよ。
    庭に毎年のようにわさわさとはびこりますから。
    匂いもさることながらその生命力の強さには参ってしまう。

    河童やらカワウソやらに化かされるなんて日常的だった時代。
    物の怪の世界も人間の世界も境界線があいまいで恐れることもなく。
    いいな~、この緩い感じ。
    隣の奥さんとか和尚とかその緩さの代表格。
    むしろ妖怪なんてあたりまえじゃないって位の構えで。
    長虫屋も良かったな。カワウソの孫ってなんだよ(笑)

    関西に住んでいたら週末にでも作品の舞台になった地へすぐにでも行きたいところだけど。
    いや、残念無念。
    ここは続編の「冬虫夏草」を読んでまたトリップすることにしますか。
    面白かったです。
    良い作品、ご紹介ありがとうございました(*^_^*)

  • 着古された和服の生地に、柔らかな筆字で『家守奇譚』、
    ひと枝の南天が紅を添える、美しい表紙。
    見返しに描かれた白鷺、一面の雪景色の中の白い笠と黒い衣。
    最後の頁にぽつんと添えられた、家守の這う蔦の挿画。

    この物語の世界を余す処なく表現してくれている装丁に
    読者として深い感謝を捧げたくなるくらい、素晴らしい本です。

    湖、疏水、用水路、田圃、池、床の間の掛け軸の水辺。
    主人公の綿貫が住まう、亡き旧友の家を取り巻く湿った空気が
    この世のものではない存在を呼び寄せるのでしょうか。

    木肌を撫でてくれる綿貫に懸想して、もの言いたげに揺れるサルスベリ。
    そんな彼女(?)のために、根元に腰を下ろして本を読み聞かせる綿貫。

    床の間の掛け軸の水辺から、ボートを漕いで現れ
    生前と変わらぬ口調で語りかける亡き友の高堂。

    風流を解し、河童を救って仲裁犬としてその名を轟かせ、
    隣に住む犬好きのおかみさんから、主人の分の食糧まで融通する飼い犬ゴロー。

    雷に打たれて孕んだ白木蓮の蕾から、天をさして昇っていく白い竜。

    庭の片隅で、満開になる木槿に助けを借りて降臨する、儚げなマリア像。

    竜田姫の竹生島参りの侍女が乗り移った、上半身は女人、下半身は鮎の人魚。

    黄泉の国へと嫁入りする幼なじみに白いサザンカの花を手向け
    幻の汽車を待つ間、綿貫と共にゲーテのミニヨンの歌を口ずさむ、ダァリヤの君。

    墨をたっぷりと含ませた筆でしっとりと原稿用紙に書きつけられた文字が
    ゆらりゆらりと形を成して実体化してきたような摩訶不思議な感覚に
    うっとりと呑み込まれ、いつのまにかその湿った空気を肌に纏っている。。。

    そんな世界まで連れていってくれる、稀有な物語です。

  • 亡くなった友人の家を管理する事になった主人公の一年間。春夏秋冬折々の草花と共に不思議な出来事が起こる。サルスベリに嫉妬されたり、亡くなった友人が掛け軸から度々現れたり…。小鬼、河童、カワウソなんかも出てきて梨木ワールドらしい不思議な世界だ。
    100年前の頃の話だが、昔は自然と触れ合い、共存しながら生きていた。この本の中の世界もあながちフィクションではないような気がしてくる。
    以前読んだ「村田エフェンディ滞土録」の村田さんの事が少し書かれている。

  • 確かに以前読んだ記憶はあるのだが、
    逆に
    「読んだ。」
    と、いう記憶しかないのが信じられない。

    人がまだ
    人以外のモノ達をどこにも
    追いやってはいない頃の物語。

    モノノケ達は
    人を怖れずに(と、いうか好意を持って?)
    共に生きよう、としていた。
    人もまた
    それを当たり前の様に受け入れてきた事で
    「生き方」の選択肢がごく自然に広がっている様に思えた。

    (前に読んだ時は
    彼らの声が聞こえていなかったのかな…)

    あぁ~
    家守を通して聞こえる
    その者達の声が愛おしくてたまらない。

    木々が揺れる音、
    鳥の囀り、
    家の軋む音、
    雨音に
    庭で吠える犬、
    まるでそれらが総じて
    言葉を綴り、物語と化した様な
    きっとすぐ隣にあったはずの世界。

    でも、今は見えない世界。

  • こんな素敵な本だったとは知らず…

    湖で亡くなった友人・高堂の実家を、彼の父親から任されて住みながら管理することになった、綿貫征四郎の一年。

    人ならぬもの…植物や動物が何故か彼の前に頻繁に現れ、高堂も、疏水をたどってか、ときどき水辺を描いた掛け軸の中からボートで現れたりする。
    学生時代のように気軽に言葉を交わすものの、そこにはやはり、違う世界に住まうものの隔たりが確かにあるのだった。

    古い民家。
    時々風を通して家を保って欲しいということだが、綿貫は、戸は開け放ち、ムカデもマムシも入れ放題。
    湿って踏み抜いた床下から延びた蔓もはびこり放題。
    来るもの拒まずで、まことにアチラの世界へのガードもゆるく、何度も化かされたり取り込まれかかったり(笑)
    それでも危ういところでこちら側に踏みとどまっている。

    短編のタイトルはすべて植物の名。
    文章そのものも、ふんいきも美しい。

    犬のゴローさんがまことに男前である。

    サルスベリ/都わすれ/ヒツジグサ/ダァリヤ/ドクダミ/カラスウリ/竹の花/白木蓮/木槿(むくげ)/ツリガネニンジン/南蛮ギセル/紅葉/葛/萩/ススキ/ホトトギス/野菊/ネズ/サザンカ/リュウノヒゲ/檸檬/南天/ふきのとう/セツブンソウ/貝母(ばいも)/山椒/桜/葡萄

    時々植物名を検索しながら読んだ。
    「貝母」の別名が「アミガサユリ」だったことを知り、本文中の謎か解けたり、「セツブンソウ」の写真の美しさにびっくりしたり。

  • 文章がとても美しい。28の草花や樹木の表題がついた短編集のような構成。不思議な出来事に遭遇したりコミカルな場面があったり、「まんが日本昔ばなし」を彷彿とさせて、読んでいるとだんだん気持ちがほっとしてくる。『村田エフェンディ滞土録』と接点があるとは知らずにいたので、村田さんの名前が出てきてびっくり。四季の移ろいの描写がすばらしいので、もっとゆっくり時間をかけて読んだほうがよかったのかもしれないが、サルスベリや犬のゴローといった魅力的なキャラクター(花も犬も登場人物!)にぐいぐい引き込まれてあっという間に読んでしまった。日本の自然っていいなぁと思える一冊。

  • なんだかしみじみとレトロで、空気感がなじむ。読み終わって気づいたのだが、私は読んでいる間中、ずっと大好きだった祖父母の家を舞台にして頭の中で自分が主人公になって、動き回っていた。40年ほど前の記憶になるが、祖父母の家は彦根城のお堀の周囲に建つ武家屋敷の一つで、夏休みにここで過ごした記憶がものすごく鮮明に記憶に残っている。「こんなに記憶に残るほど私はあの場所が好きだったのか?」とこの年になって驚くくらいに。木の塀に囲まれた家、瓦の平屋、床の間、夏みかんの木があった玄関横の庭、裏側は田んぼで小高い丘が見えた。小さな中庭、押し入れを開けた時の湿ったニオイ。
    記憶の中のこの場所で広がる物語は、何が出てきても、自然に受け入れられる物語となった。梨木さんが書いた物語の上に私は私の記憶を重ねた。他の方が読むときは、また別の舞台があるのだろうなと想像する。
    ずっと、本棚に置いておきたい本の一冊です。

  • ≪内容覚書≫
    ボートで行方不明になった友人の自宅を任された主人公の記録。

    ボートに乗って掛け軸から戻ってくる主人公の友人。
    意思をもっているかのような庭の草木。
    賢い犬ゴロー。
    隣の奥さん。
    化かす狸。
    その他もろもろ、不思議な生き物?達。

    不思議なのか、当たり前なのか、よくわからない日常の記録。

    ≪感想≫
    この雰囲気、好きだと思った。
    梨木さんは、雰囲気作りがうまいと思う。

    語り口調が古臭いので、
    一瞬とっつきにくいかと心配したが、
    読み始めればスラスラ読めた。

    一文一文をていねいに味わって読んで、
    楽しいと思える本は久々。

    不思議を不思議として、
    よくあることと受け入れるこの世界観に引き込まれる。

    そういった意味で、隣の奥さんがとても象徴的。
    普通のおばさんのようなのに、
    ちょっと不思議なことを尋ねると、
    当たり前のように返してくる。
    それがシュールで、面白い。

    久しぶりに、ゆっくりとお茶を飲みながら、
    姿勢を正して楽しんだ作品。

  • 時代背景は明治辺りでしょうか。今からだいたい100年前。
    そんな少し昔なら、サルスベリが人に懸想したり、犬が河童と懇意になったりしても全然不思議じゃないと思えます。
    不思議がとっても身近にあった古き良き日本の姿。

  • 様々な植物と季節の趣が描写されていて、交歓の様子と四季が織り成す世界が日常を離れたゆったりとした時が流れる光景だと感じる。自然に囲まれた世界の時間は現代の流れとまた違うものだろうと。植物も百日紅から葡萄まで多くの物語があり、それぞれの植物に関連された物語は短いが、内容が濃く、味わいのあるもので、一つの植物に関する話をじっくり味わいたいという感じがする読後。交歓の中で人の名前に対する思い入れと逆のことが起こることと、百日紅の名前から、猿が滑らなくなるといったことが印象に残り、植物の名前の奥深さが感じられる。

  •  大学を卒業後、売れない物書きとして日々を過ごしていた綿貫征四郎は、学生時代に亡くなった親友高堂の父親から、家の守をしてくれないかと乞われる。山と田んぼに続く疎水に囲まれた自然豊かな屋敷には、多くの木々や草花がひしめく庭が。
     夕方から風雨が激しくなったある夜、突然庭のサルスベリが窓に体当たりしてきて幻聴が聴こえたかと思うと、亡くなったはずの高堂が掛け軸から現れて……。

     亡き親友の実家を管理することになった主人公と、彼を取り巻く不思議なできごとを綴った短編集。
     掛け軸から亡くなったはずの親友が出てきたり、感情を持っているかのような庭の木々、河童や小鬼など不可思議な生き物が現れたり……。ちょっと奇想天外な物語なのに、まるごと受け入れてしまうのは、梨木さんの文章のなせる技か、はたまた時代やシチュエーションによるものかわからないけど、すごく好き。
     装丁も、ずらりと植物の名が並んだ目次もたまらなく好きな一冊です。

  • 続編が出たので再読。和風ファンタジー、と言うより幻想譚と書いた方がいいか。物書きの主人公が湖で行方不明になった友人の生家の守をする中で、子鬼やら人魚やらに出会う日常を綴った短編集。

    ざわざわと落ち着かない心持で読み始めたが、のんびりとした主人公の不思議をそのまま受け入れるのどかな日常に、少し心が穏やかになった。
    懸想するサルスベリや、仲裁にかけまわる犬のゴローや寝ぼけた子鬼や、唐突に掛け軸から舟で乗り付ける行方不明の友人に時折くすり、と微笑しながら読む。四季の移ろいと植物の描写も美しく、頁数の少ない短編が続くので、少しずつ読めるのもいい。
    ダァリヤの君との関係性は変わるのだろうかとか、ほのかに期待しながら続きの巻が楽しみ。

    『村田エフェンディ滞土録』ともリンクがあるようなので、そちらも読みたいと思う。

  • 図書館で初めてこの本を手にし開いた瞬間、
    あまりの装丁の美しさに感動し、
    そして最初の章を数行目を通しただけで、
    パタンと本を閉じてしまった。

    それはなぜか?
    私は、この本の容姿、中身にいきなり「一目惚れ」
    してしまったからである。
    「自分のための一冊」をきちんと手に入れて、
    この作品にじっくりと向かい合ってみたい、
    作者の織り成す「世界」をゆっくりと歩き回って
    彷徨いたいと思ったから、ここで立ち読みをせず、
    今は我慢してこの場を去ろうと思ったのだ。

    主人公の住む家の庭や近所の風景を彩る季節の花木、
    様々なものを呑み込んだような川の流れ、
    虫の死骸や腐りかかった枯葉の混ざった豊かな土の匂いと
    季節季節で違う色や匂いを付けられ、
    それに伴い変化する風の吹く音、そして主人公の
    下をふらりと訪れるかつて湖の底に消えた、
    ちょっとクール、だけど冗談もたまに言う亡き友「高堂」や
    一見普通の犬なのになぜか人間以上に物をよく分かっている
    主人公の飼い犬ゴロー、そして時に人ではない、
    風変わりな者達との交歓、ページをめくる毎に
    零れ落ちる数々の名前や言葉の全てが、
    私にとって愛おしく思える。

    とても幸せな読書時間だった。
    奥深い、静かでちょっと暗い森の中を
    歩き回っているようだった。
    名前も知らない鳥の鳴き声に耳を傾け、
    苔や茸の匂いを嗅ぎながら。
    一歩一歩さえも大切にしているような、
    枯葉を踏みしめる音さえも聞き逃すまいと
    耳を澄ましながら歩いているように、
    この作品を読んだ。

    読み終えた後も、静かな余韻の残る、
    風情溢れる作品。
    時々この作品の世界に訪問したくなって、
    しばしば足を運ぶような、
    私にとってこれから何度も読み返す作品になるだろう。

  • 再読。何度読んでも楽しい。
    亡くなった者も、植物も動物も、異界のものも、全てが穏やかに共に生きている。
    綿貫の『隣のおかみさん』の言葉を借りればそれが土地柄であり、後輩で編集者の山内の言葉を借りればそれが常識になる。
    しかし犬のゴロー、綿貫ではないが『おまえはいったい何者なのだ』と言いたいほどの大活躍。様々なものたちの仲立ちをしているらしい。
    だが綿貫もなかなかの活躍振りであり、サルスベリに懸想されたり桜に暇乞いをされたり、狸に化かされたり狐に助けられたり、カワウソに魚を贈られたり。
    剃っ久便も再読してみる。

  • 物書きである主人公が亡くなった親友の実家を守ることになり、そこで巻き起こる様々な不思議な出来事が詰まった一冊。サルスベリに惚れられたり、飼い犬が河童と鷺の仲介をしたり、亡き親友が掛け軸から現れたり、下宿のおばさん的存在である隣のおかみさんとの会話を楽しんだり…最初から最後まで独特な世界観だった。主人公の周りで起こる『綺譚』は全て季節を彩る草木が絡むもの。また、作中にある表現は読むだけで情景が目に浮かぶものばかり。今まで味わったことのない読後感を味わうことができた一冊だった。

  • こんな暮らし最高じゃんか。
    何をとっても素晴らしいこの一冊!
    半年後にまた読みたくなって読み返すに決まってる。

  • 「貧しいけれども風流な、精神的に満たされた暮らし」である。こんな暮らしがしてみたい。

  • 亡くなった親友の実家で家の守りをする事になった主人公の、不思議な日常を書いた物語。
    短編集のかたちになっており、各話それぞれ違った花や木が出てくるのが印象的。
    派手な話ではなく、どちらかといえば淡々と進んでいく。
    しかし、美しい文章で綴られる幻想的な風景に思わず引き込まれます。
    季節の移り変わりや花のある風景を想像しながらゆっくりじっくりと読んで欲しい作品。

  • 質屋さんの前で古本が売られていた。個人の所蔵を一気に買い取りでもしたのかとてもきれいな状態のものが一冊50円。さらには売上金がすべて熊本震災の義援金になるというので10冊ほど買った。うれしい。本書はそのなかの一冊だが、読み始めてすぐに「はあ、これ好きなやつぅ」と相好を崩してしまうほど好みの本だった。電気も水道も整備された時代に生まれたせいか、こういった風景が“ほんの百年前”と言われてもにわかには信じられない。犬のゴロー、隣のおかみさん、サルスベリ、その他人魚や桜鬼まで。すべてがかわいげのある存在で楽しい。

  • これは、つい百年前の物語。庭・池・電燈つき二階屋と、文明の進歩とやらに棹さしかねてる「私」と、狐狸竹の花仔竜小鬼桜鬼人魚等等、四季折々の天地自然の「気」たちとの、のびやかな交歓の記録。
    「Amazon内容紹介」より

    最近の本なのに、それを感じさせない日本語.
    仄かな幽玄.精神の世界.
    境界のあいまいさを感じる作品.生と死の境界、この世とあの世の境界、今と昔の境界、人と自然の境界.
    八百万の神を信じる文化の権化.

  • 不思議な小説だ。まず、語り手である文筆家の綿貫征四郎の亡き友人、高堂が度々掛け軸の中から出てくる、近所の和尚にタヌキが化ける、サルスベリに惚れられる。。
    季節の移ろいが植物で感じられ、植物図鑑片手に一気に読みきった。竹生島、石山寺あたりから滋賀が舞台と伺える。
    なんとなく、川上弘美を思い出させる作者だと思った。
    正解のない不思議な世界、植物が好きな人によき一冊。

  • たとえばたとえば。サルスベリの木に惚れられたり。
    床の間の掛軸から亡友の訪問を受けたり。
    飼い犬は河瞳と懇意になったり。
    白木蓮がタツノオトシゴを孕んだり。
    庭のはずれにマリア様がお出ましになったり。
    散りぎわの桜が暇乞いに来たり。
    と、いった次第の本書は、四季おりおりの天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録。

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たとえばたとえば。サルスベリの木に惚れられたり。床の間の掛軸から亡友の訪問を受けたり。飼い犬は河瞳と懇意になったり。白木蓮がタツノオトシゴを孕んだり。庭のはずれにマリア様がお出ましになったり。散りぎわの桜が暇乞いに来たり。と、いった次第の本書は、四季おりおりの天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。

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