魚はゆらゆらと空を見る: 釣りバカ放浪記

著者 :
  • 新潮社
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  • Amazon.co.jp ・本 (219ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784104321025

作品紹介・あらすじ

幼き日に甲州の川で出逢った井伏鱒二の"宿題"、生きる道を示唆してくれた太宰治のつぶやき、癇癪もちの黒沢明が目を細めたこと、やらせなしのTV番組「ビッグフィッシング」の苦心惨憺…。そこに魚がいる限り、どこでも行った。海でも川でも、日本の秘境から北米、南半球の孤島まで。釣り人も、釣り人でない人もたっぷり愉しめるエッセイ集。

感想・レビュー・書評

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  • p17

    そうだ。あれは私がまだ小学校六年生頃だったかしらん。私の地元甲州の黒駒川や下部の渓流で、時々出会ってすっかり仲良しになった人がいた。そのおじさんは名前を、井伏鱒二、と言った。

    (中略)

    「おじさんの家はどこで?」「今いるのは御坂峠のてっぺんさ」「あんなてっぺんじゃ釣りはできんね」「でもいい景色だよ」と、私をそこへ連れて行ってくれたことがあった。そこは全く峠のてっぺんにあった。天下茶屋、と看板が出ていた。なんだこの茶屋の人かと思った。「おじさんはこの家の人だったのけ」「いんや。ここの二階をちょいと借りたんだよ」と私を二階へ連れて行った。そこにはもう一人ウサンクサイ男の人がいてびっくりした。釣りもしないでゴロゴロしていて何となく好かん男だった。名前を、ダザイ、と言っていた。でもその人は、時々急に笑いだすので、見かけによらない笑い上戸で、面白くて私もつられてクスクス笑った。天井の低い二階の小窓から均整のとれた富士山が美しく見えて、まるで絵葉書のようだった。

    p21

    動員の途中、医学校に受かった私は、皆より一足先に故郷にもどることが出来た。医学生だけは、兵隊に入る歳がきても、そのまま学校にいることを許されたからだった。私は、あのおじさんや太宰のお兄さんのことをしばしば思い出していた。たまたま甲府の街をバカな顔をして歩いていたら、ボロ自転車に乗ってすごい速さで突っ走って行く男を見た。よく見たら太宰さんだった。声をかけようとしたが間に合わなかった。なにが忙しいのか突っ走りがあまりに早くおかしかった。なんと彼は甲府に住んでいたことを知り、懐かしくて後日訪ねてみた。太宰さんはとても喜んでくれた。なんだかやたらと明るく元気で、一緒に酒を飲みに行った。酒が入るとすごいお喋りで、気どったつもりの標準語も、あくまで津軽の標準語でなかったかしらん。そう言う私も甲州弁丸出しだ。私は東京の新劇というものに興味をもっていたが、それまで旅廻りのどさ芝居しか観ていなかったので、博学の彼に新劇についていろいろ質問をした。「俺はお医者なんかなりたくねえよ」「俳優になればいいのになあ」と彼は言った。何回も言った。ひょっとしてこの人は、本当は自分が俳優になりたかったのではないかしらん、なんて思えた。やがて甲州は爆撃されて、太宰のお兄さんは四昼夜かかって津軽に逃げた。そして戦争は終わった。「もう兵隊に行かなくていい」私は生き生きとした。「俳優になればいいのに」彼の言葉が次第に大きく頭の中を過った。そしてついついあの言葉にほだされて、私は医学をすてて道化の華になっちまった。今、道化はとても空しい。私が俳優座の研究生となった頃、太宰のお兄さんはトカトントンと三鷹の玉川上水なんて所へ飛び込んじゃった。その頃私はそんな予感はしてはいたものの仰天して上水へ突っ走った。そこに何と、ゴム長靴をはいて上水沿いをおろおろしている、井伏のおじさんを見た。その悲しみようったらなく、私は声すらかけられなかった。その後おじさんは元気をとりもどし、たまに、仲良く釣りに出かけたりした。私がなかなか雅号をつけないものだから、おじさんは自分一人で仲間に雅号のおひろめをした。『尊魚堂主人』そんなおじさんも、「雅号が出来たら最初におしえるんだよ」なんて宿題なんか出したまま、今はケロリとあの世に行ってしまっていない。あの宿題はそのままだ。

    (中略)

    あれから、もう何年も経ってしまった。私はまだ釣りをしている。ある時、はからずもテレビの仕事で、あの懐かしい天下茶屋を訪ねた。井伏のおじさんも、太宰のお兄さんも、今はもういない。二階はガランとして胸にしみ入った。富士のお山だけが、変わらず均整がとれた姿で浮かんでいた。

    p33

    『七人の侍』のなかで、侍の仲間に入りたくて、私たちの後を離れてくっついて来る菊千代(三船敏郎)という男が、我々が高い崖の岩の上でオニギリを開いて食べている時、自分は食べ物がないので、崖下の渓流に潜って魚をつかみ取るという場面があったが、例によって黒澤さんは、それをワンシーン、ワンカットで撮りたいと言う。三船さんが崖を歩き川に入り、水に潜り込んで魚をつかみとり、「ヤッホーッ」と魚を手にかざすのであるが、そんなことはとうてい無理で、あらかじめ手頃な鱒を十匹用意して、その一匹を彼のフンドシの中に隠し入れて本番を撮ることになったのだ。わからないように水中でフンドシに手を突っ込んで魚をつかみ、それを手にかざすのだが、魚がフンドシの中でぬるりと手から逃げてしまうので四苦八苦した。撮り直し、撮り直しで続けたが、時には魚と間違えて自分の息子の方をつかまえてしまいオタオタした。そしてとうとう、十匹の魚は全部なくなってしまい、スタッフが慌てて養魚場まで買いに走ったりで、やっとあのワンカットを撮り終えたわけだったのだ。映画での魚の撮影はそれぐらい難しいものである。

  • 2009/11/21購入

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